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婚約破棄された公爵令嬢を辺境へ連れ帰ったら、俺の領地が王国で一番幸せになりました!?  作者: ぱる子
第三部 王国で一番幸せな領地

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第26話 クレアの裁縫室

 領主館の空き部屋から、朝から鋏と話し声が聞こえた。


「入口で立ち止まられますと邪魔でございます」


 クレアに押されるように入る。


 長い作業台。


 糸と布。


 十人近い女性たち。


 以前は古い家具しかなかった部屋が、工房になっていた。


「本日の分です」


 クレアが小袋を渡す。


 受け取った女性は銅貨を数え、目を丸くした。


「本当に全部?」


「あなたが縫った分でございます」


「家事の合間にしただけです」


「時間と技術を使っています」


 女性は袋を胸へ抱えた。


「娘の靴を直せます」


 別の女性は、怪我をした夫の代わりに塩を買えると言った。


 大金ではない。


 それでも、借りずに手に入れた銅貨は家の中で違う重みを持つ。


「以前から、こういう場所を?」


 俺が尋ねる。


「王都では、一枚の服を直せば一人しか助かりませんでした」


 クレアは糸を揃えながら答える。


「縫い方を十人へ教えれば、もっと多くの方が助かります」


「立派な領地改革ですね」


「大げさです」


 作業台の向こうからセラフィーナが入ってくる。


「何が大げさなのですか」


「褒めると、お二人とも同じ顔をする話です」


 その時、若い女性が裁断線を間違えた。


「申し訳ありません。布を無駄に」


 顔が青くなる。


 クレアは切り口を確かめ、別の型紙を重ねた。


「子ども用へ変更できます」


「予定のシャツが減ります」


「失敗を隠すより、使い道を変えましょう。次からは裁断前に二人で確認を」


「怒らないのですか」


「怒れば布が戻るのでしたら」


 部屋に笑いが起きた。


 セラフィーナは帳簿の余白へ書き込む。


「失敗を前提に工程を作るのですね」


「誰でも間違えますので」


「私も見習います」


「すでに学んでおられます」


 作業台の端には、完成品と不合格品が分けて置かれていた。


「この縫い目は、何がいけないのでしょう」


 セラフィーナが一枚を持ち上げる。


「表からは分かりませんが、引っ張るとほどけます」


 クレアが裏返し、糸端を見せた。


「見えない部分ほど、使う方の暮らしへ響きます」


「帳簿と同じですね」


「服を帳簿にしないでくださいませ」


 作業する女性たちが笑う。


 その一言で、部屋の緊張が少し解けた。


 クレアは不合格品を捨てず、練習用へ回した。


「失敗した一枚にも、次の一枚をよくする仕事がございます」


 昼前、賃金の決め方を話した。


 速さだけではなく、難しい箇所、仕上がり、教える役目も数える。


 家族の看病で休んでも、戻る席は失わない。


 文字を読めない人には、青、白、赤の糸巻きで工程を示す。


「私の年でも、学校へ?」


「学ぶことに年齢制限はございません」


 賃金表を見た年長の女性が眉を寄せた。


「教える役の方が高いなら、皆、自分のやり方を隠さなくなるね」


「技術を渡すことも仕事です」


 クレアが答える。


「でも、上手な人が辞めたら?」


「一人だけが知っている状態を作りません」


 糸の始末、型紙の合わせ方、布の節約法。


 それぞれを二人以上が教えられるよう、当番表を作る。


 セラフィーナは、その表をしばらく見ていた。


「誰か一人がいなくても続くようにするのですね」


「はい。残る方々を困らせません」


 俺は水差しへ手を伸ばした。


 セラフィーナも何か言いかけたが、今はただ、うなずいた。


 午後、アニエスが注文を持ってきた。


「宿屋から丈夫な前掛けを二十枚。来月まで」


 工房がざわつく。


「今の人数では足りません」


 クレアが即座に言う。


「無理なら断っていいわ」


「妹も縫えます」


「隣村にも針仕事の上手な人が」


 女性たちが自分から声を上げる。


「では、試し縫いをお願いします」


 クレアは決めた。


「ただし、数を増やすために賃金は下げません」


「賛成」


 アニエスが笑う。


「安さだけで取った仕事は、もっと安い相手が出れば終わるからね」


 夕方、最初の前掛けが完成した。


 裏側には、作った女性の小さな糸印。


「名前をつけてもよいのですか」


「あなたが作ったと伝えるためです」


 女性は誇らしそうに布を撫でた。


 注文書には納期だけでなく、受け取り後の修繕条件も書き加えた。


「売った後まで直すの?」


「丈夫さを証明する方が、次の注文につながります」


 アニエスが言う。


「ただし、乱暴に使って破いた分まで無料にはしない。親切と赤字は別物よ」


「その線引きは契約へ」


 セラフィーナがすぐに条文を整える。


 女性たちは、値段だけでなく、自分たちの仕事をどう守るかまで話し始めた。


 作業後も、皆は帰らず当番を相談していた。


 朝だけ来られる人。


 夕方だけの人。


 子どもを連れてくる日の小部屋。


「クレアさんの工房じゃないんですか」


「始めたのは私です」


 クレアは答える。


「続けるのは皆さんです」


 部屋を出る時、彼女は隣の空き部屋を見た。


「まだ一室ございます」


「増やすつもりですか」


「仕事が増えましたので」


 当然のように言う。


 俺は先に、次の部屋の雨漏りを確かめることにした。

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