第23話 百軒の説明
一軒目の家で、二刻かかった。
「娘が秋に嫁ぐんです。家族が減ったら、税はいつ変わりますか」
「次の徴収期からです。ただし、嫁入り準備の事情があれば今年分は現状のまま申請できます」
セラフィーナが答えると、家主は何度も確認した。
「そんなことまで選べるんですか」
「選べるようにします」
二軒目では、病気の夫を抱える女性。
三軒目では、文字を読めない老夫婦。
四軒目では、去年の負債を新税へ混ぜられないかという不安。
十軒目を出る頃には、俺の喉は枯れていた。
「水をどうぞ」
「ありがとうございます」
「残り九十軒です」
「今、その数字は不要です」
「説明に数字は必要です」
セラフィーナの口元が少し緩む。
集会所では黙っていた人も、自宅の台所では話した。
「若旦那様を疑っているわけじゃない。次の役人が怖いんです」
「俺も王都の役人は怖いです」
農夫が笑う。
「若旦那様もか」
「かなり」
セラフィーナが記録を示した。
「だから、村にも同じ帳面を残します。担当者が変わっても、勝手に数字を変えられないように」
「公爵令嬢様に怖い者は?」
彼女は一瞬考えた。
「間違いを認めない者です」
農夫は真顔になり、うなずいた。
十五軒目では、納屋に牛が一頭いた。
「家畜を持っているから余裕がある、と数えられるのが怖い」
主人が牛の背を撫でる。
「こいつが病気になったら、うちは一季で終わる」
セラフィーナは資産欄を見直した。
「所有している物だけでなく、それが生活に必要かを区別します」
「役人に区別できるか?」
「一人の役人だけには決めさせません。村側の確認者を置きます」
「俺と仲の悪い奴が確認者なら?」
そこでまた、選任方法と異議申立てが一つ増えた。
二十七軒目で、子どもの多い家への支援を直した。
三十九軒目では、独り暮らしの老人が言った。
「税を軽くしてもらっても、畑を耕せん」
そこで、近隣の若者が老人の畑を手伝えば、その時間を労働代納へ数える仕組みを加えた。
「税が、人助けになるのか」
「うまく回れば」
「回らなかったら?」
「また直します」
以前のセラフィーナなら、制度上は回ると答えたかもしれない。
五十一軒目は、誰も扉を開けなかった。
中に人の気配はある。
「留守でしょうか」
「俺たちに会いたくないんだと思います」
セラフィーナは戸を叩き直さなかった。
「説明を拒む権利もありますね」
「あります。ただ、知らないまま負担だけ始まるのは困ります」
俺たちは説明書を戸口へ置き、読み書きのできる隣人へ頼んだ。
翌朝、その家の主人が自分から領主館へ来た。
「追い立てられなかったから、話を聞く気になった」
百軒を回るというのは、百回話すことではない。
話さない人を、話すまで待つことも含まれていた。
六十二軒目で雨に降られた。
軒下で紙を乾かす。
七十八軒目では夕食へ誘われ、薄い豆のスープを分けた。
「この税で、来年は豆が増える?」
子どもが尋ねる。
「税だけでは増えません」
セラフィーナは正直に答えた。
「ですが、水車を直し、道を整え、種を守れば、増える可能性があります」
「難しいね」
「そうですね」
「でも、やるの?」
「はい。皆さんと」
八十六軒目では、夫婦が労働代納と子守を巡って言い争っていた。
「一つの家が、一つの方法だけを選ぶ必要はありません」
セラフィーナが二人の間へ紙を置く。
「作物と労働を分けてもよい。季節ごとに変えてもよいのです」
「役所が混乱するぞ」
「混乱します」
彼女は即答した。
「ですが、皆さんの暮らしを制度へ合わせるより、制度を暮らしへ合わせます」
帰り道、俺は言った。
「ずいぶん言い切りましたね」
「実際、面倒です」
「そこではなく」
「間違っていますか」
「いいえ。俺が言いたかったことを先に言われました」
「次の家では、アレンがおっしゃってください」
「真似したと思われます」
「小さなことを気にしますね」
百軒目は、最初に反対した老農夫の家だった。
「待ってたぞ」
卓には家族全員分の木札が置かれている。
「皆で話した。案に賛成する。ただし条件がある」
「何でしょう」
「来年、うまくいかなかったら、また百軒回れ」
「厳しいですね」
「嫌か?」
「いいえ。回ります」
セラフィーナも並んでうなずいた。
「私も同行します」
最後の家を出た時、靴は泥で重くなり、記録紙は三冊に増えていた。
「最初の案より、ずいぶん複雑です」
セラフィーナが言う。
「不満ですか」
「いいえ。複雑なのは、暮らしが複雑だからですね」
彼女は三冊を胸へ抱えた。
「簡単な制度が、必ずしも親切とは限りません」
翌日の集会で、改革案は成立した。
全員ではない。
反対票も、理由ごと記録した。
拍手のあと、セラフィーナは外へ出て深く息を吐いた。
「正しい制度を作るより、信じてもらう方が難しいのですね」
「どちらも必要です」
「アレンは最初から知っていましたか」
「百軒目で、ようやく少し」
「では、次は百一軒目からですね」
「今日は休ませてください」
彼女が笑った。
制度は紙の上で成立した。
本当に始まるのは、最初の一軒が新しい方法で納める明日からだった。




