表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された公爵令嬢を辺境へ連れ帰ったら、俺の領地が王国で一番幸せになりました!?  作者: ぱる子
第三部 王国で一番幸せな領地

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/89

第22話 完璧すぎる改革案

 集会所へ持ち込んだ改革案は、紙の上では完璧だった。


「人頭税の一部を廃止し、収穫量と家族の労働力に応じた負担へ改めます」


 セラフィーナの説明は明快だ。


「現金がない家は、街道や水路の修理で代納できます。凶作時の軽減分を翌年へ繰り越すことも禁じます」


 俺が初めて読んだ時は、領民全員が喜ぶと思った。


 誰も拍手しなかった。


「質問はありますか」


 沈黙。


「反対でも構いません」


 前列の老農夫が帽子を握った。


「今年だけ軽くして、来年に二倍取るんじゃないか」


「そのような規定はありません」


「王都の街道税も、最初は一年だけだった」


 別の声が続く。


「収穫量を誰が決める」


「役人が畑へ来たら、隠してると疑われないか」


「病人しかいない家は、労働で払えないぞ」


「多く作った家ほど損をするんじゃないか」


 セラフィーナは一つずつ答えた。


 測定方法。


 異議申立て。


 免除。


 村側が持つ記録。


 答えは正しい。


 それでも、人々の顔は晴れなかった。


「制度上、その心配はありません」


 彼女が言うたび、相手は口を閉じた。


 納得したのではない。


 これ以上言っても無駄だと思った顔だった。


 後ろの席から、杖をついた男が声を上げた。


「労働で払えると言うが、街道修理へ出た日に雨が降ったらどうなる」


「作業できなかった時間は、代納へ算入できません」


「じゃあ、その日の飯だけ減る」


 セラフィーナが答えを探す間に、隣の女が続けた。


「畑の忙しい時期に役所から呼ばれたら、税を払うために収穫を減らすことになるよ」


 制度の表には、労働一日あたりの金額がきれいに並んでいる。


 けれど、同じ一日でも、晴れた春と収穫前の三日では価値が違う。


「作業日は、村ごとに決めていただきます」


 セラフィーナは条文へ新しい線を引いた。


「領主側が一方的に指定できないようにします」


「次の領主が変えたら?」


「変更には、村の代表者の同意を必要とします」


 質問が一つ出るたび、完成していたはずの紙に余白が増えた。


 俺は立ち上がった。


「今日は決めません」


「アレン?」


「案を持ち帰ってください。次の集会までに、俺たちが家を回ります」


 セラフィーナが小声で言う。


「穀物庫の状況を考えれば、早急に」


「だからこそ、急いで失敗できません」


 その時、赤ん坊を抱いた若い母親が立った。


「労働で納められるなら、乳飲み子のいる家はどうなりますか」


 セラフィーナは資料を開く。


「出産後六か月は免除です」


「六か月で、この子を置いて働けますか」


 彼女の手が止まった。


「私は預ける相手がいません」


 後ろの女性が言う。


「交代で子守をすればいい。でも、それも仕事に数えるのかい?」


 紙の数字と、腕の中の赤ん坊。


 同じ六か月でも、重さが違う。


「案が足りていません」


 セラフィーナは資料を閉じた。


「子守や病人の世話も、共同体を支える仕事です。代納として数える方法を考え直します」


 母親が目を丸くする。


「公爵令嬢様でも、間違うんですね」


「はい」


 セラフィーナはまっすぐ答えた。


「ですから、皆さんの話が必要です」


 集会所の空気が少しだけ変わった。


 反対が消えたわけではない。


 ただ、完成した命令ではなく、直せる案だと伝わった。


 集会後、彼女は机の前に立ったまま、整った条文を見ていた。


「大きな誤りがあったのでしょうか」


「制度だけなら、よくできています」


「では、なぜ」


「皆、制度ではなく、制度を変えられた経験を恐れています」


「非合理です」


「理由のない不安ではありません」


 俺も余白へ、今日出た言葉を書いた。


 病気。


 子守。


 役人への不信。


 来年の変更。


「正式文書へ感情を書くのですか」


「忘れないため、余白に」


 セラフィーナは迷い、自分の筆を取った。


 俺の字の隣へ、書き足す。


『説明を受ける時間』


「税の項目ではありませんね」


「ですが、必要です」


 帰り支度をする者たちの会話も、先ほどより大きかった。


「病気の証明は誰にもらう」


「村の治療師で足りるのか」


「子守を仕事にするなら、男がしても数えるのか」


 セラフィーナは扉の前で足を止めた。


「すべて、次回までに答えを用意します」


「用意した答えが違ったら?」


 赤ん坊の母親が尋ねた。


「もう一度、直します」


 今度は、彼女の返事に小さな笑いが起きた。


 集会所の外では、人々がまだ話していた。


「明日から、一軒ずつ伺います」


 俺が告げると、老農夫が笑った。


「本当に全部か?」


「百軒ほどですから」


「ほど、で片づける数じゃない」


 セラフィーナが横から言う。


「私も同行します」


「かなり歩きますよ」


「私の案です。説明だけアレンへ任せません」


 完璧な改革案は、一度止まった。


 紙を直す前に、人の暮らしへ入り直すために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ