第104話 白い旗
白い旗は、春になる頃には王都の外へ広がっていた。
降伏の印ではない。
共和政を戻せという印だった。
王宮の戦況室には、各地から届いた報告が並んでいる。
「西部三地区で、議会再開を求める集会」
「北街道の検問所が、大統領府の命令を拒否」
「ハルフォード領では、白旗を掲げた住民が領庁を占拠」
最後の報告だけ、私は二度読んだ。
「占拠ではありません」
報告官が訂正する。
「領庁職員が、自ら門を開けたとのことです」
「指揮者は」
「ガレス・ローク」
アレンの幼なじみ。
私たちの家族肖像画にいた男。
「軍事拠点化していますか」
「防壁を築いています。ただし、市民の退去路と救護所も同時に整備しています」
彼らしい。
「徴発は」
「行っていません。物資はアニエス・モローの商隊が購入していると」
アニエス。
商人同盟を作り、王都へパンを運んだ友人。
「資金源を凍結してください」
命じた後、口の中が乾いた。
「民間商取引と区別を」
「困難です」
「なら、抵抗地域へ向かう大口取引だけを」
「食糧も含みますか」
答えが遅れる。
「軍へ渡る可能性があるものは」
「民間人も同じ市場で買っています」
「配給許可を申請させてください」
「抵抗側は、許可制そのものを拒否しています」
戦況図の上で、白い印が増えていく。
「マリアンヌ様から声明が届いています」
書記が封書を差し出す。
私は自分で開いた。
『私は、王位を求めない』
最初の一文だった。
『この抵抗は王政復古のためではない。旧王家の名によって国民を従わせるつもりもない』
続く文章には、要求が列挙されている。
議会の再開。
政治犯の釈放。
非常権限の廃止。
独立した裁判所。
選挙の再実施。
『私たちが守ろうとしているのは、アレン・ハルフォードとセラフィーナ・ローゼンフェルトが、多くの人々とともに作った国である』
自分の名前が、抵抗の旗に使われている。
「偽文書の可能性は」
「本人の署名です」
「放送は」
「すでに各地で読み上げられています」
窓の外から、人々の声が聞こえた。
王宮前の広場にも白旗が集まっている。
兵士が壁を作り、市民と向かい合う。
「発砲は禁止します」
「投石があった場合は」
「盾で押し返してください」
「突破されたら」
「拘束を。致死武器は使わない」
私は命じる。
彼らを殺したいわけではない。
マリアンヌ様も。
ガレスも。
アニエスも。
戻ってほしい。
ただし、武器を置き、私の秩序へ戻る形で。
白旗の地区では、独自の議会が開かれていた。
報告によれば、旧貴族も農民も同じ卓へ座っている。
武器を持つ者は、会場の外へ置く。
食料配給は家族数で決め、兵士を優先しない。
「アレン様の方式を真似ています」
報告官が言った。
「百軒を回った時の記録や、橋の防衛規則が写されています」
私が作った法律文も使われている。
抵抗側は、私の名を消していない。
大統領としての私を拒みながら、かつての私が書いた条文を守っている。
「宣伝では?」
「実際に運用されています」
その事実が、敵意より痛かった。
「恩赦を出します」
戦況室の者たちが顔を上げる。
「今から十日以内に抵抗をやめた者は、重大な暴力犯罪を除いて罪を問いません」
「指導者も?」
「三人を含めます」
「大統領閣下への反逆を」
「終わらせるためです」
声明文を作らせる。
帰還を許す。
家族の元へ戻れる。
その言葉を使いながら、帰る条件を私が決める。
昼過ぎ、王宮前へ一人の老女が来た。
白い布を杖へ結んでいる。
「大統領閣下へ渡してほしい」と、兵士へパンを一つ預けた。
固い黒パン。
包み紙には、震える字で書かれていた。
『敵にもパンを渡した領地だった。今度は、同じ国の人へ渡してほしい』
毒物検査を終えたパンが、戦況室へ運ばれる。
私は食べなかった。
捨てることもできず、机の端へ置いた。
夕方には、表面が乾いて硬くなった。
午後、抵抗側から返答が届いた。
白い布に包まれた紙。
ガレスの筆跡。
『恩赦はいらない。俺たちは、お前の所有物じゃない』
短い。
その下に、アニエスの細かな字がある。
『食料を止めれば、最初に死ぬのは兵士ではなく子どもよ。帳簿を見ればわかるでしょう』
最後にマリアンヌ様。
『セラフィーナ様。私たちは、あなたを倒して王になりたいのではありません。あなたが戻れる国を残したいのです』
紙を持つ手が震えた。
「閣下」
報告官が呼ぶ。
「命令を」
彼らを反逆者と宣言すれば、軍は動きやすい。
国家への敵と定めれば、食料も通信も止められる。
私は宣言書を見た。
『王政復古を企む反乱勢力』
すでに役人が用意している。
「この表現を削除してください」
「では、何と」
「議会再開を求める武装抵抗勢力」
「目的を認めるのですか」
「事実です」
彼らは王冠を求めていない。
私が終わらせた共和国を求めている。
「ガレス隊長は、大統領閣下の身柄をどうするつもりでしょう」
軍務官が尋ねた。
「声明には、裁判を求めるとあります」
「処刑ではなく?」
「はい」
「甘いですね」
言った将校へ、私は目を向けた。
「甘いのではありません」
「では」
「彼らは、法を戻そうとしている」
私自身が認めてしまった。
将校は黙る。
「だからこそ、武力で王宮へ入れるわけにはいきません」
法を求める者を、法を守るために包囲する。
矛盾は、説明しても消えなかった。
「包囲を続けます」
「攻撃は」
「しません。武器搬入だけを止めてください」
「食料は?」
また、同じ問い。
「民間人向けと確認できるものは通します」
「誰が確認を」
「大統領府です」
報告官はうなずいた。
それが、抵抗側には受け入れられないこともわかっている。
白旗の一枚には、子どもの字で「帰れる国」と書かれていた。
兵士がそれを押収しようとした。
「そのままに」
私は窓から命じた。
「ですが、反乱標語です」
「布一枚で王宮は倒れません」
兵士は下がる。
子どもは旗を握り直した。
私が守りたいと言った幸福を、今は私から守ろうとしている。
夕方、王宮前の広場で白旗を持つ人々が歌い始めた。
革命の日に歌われた、帰還を祝う歌。
兵士たちは武器を下げない。
市民も旗を下げない。
窓越しに、その間へ立つことはできない。
戦況室を出る兵士の背にも、小さな白布が結ばれているのを見つけた。
彼は気づかれたと思い、顔を強張らせた。
私は何も言わなかった。
机の上には、三人の逮捕状がある。
私は署名しなかった。
破りもしなかった。
白い旗を敵旗と呼べないまま、包囲命令だけを残した。




