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第十七話 学習型ゴーレム

 王城地下。


 石造りの牢獄には、重苦しい静寂が漂っていた。


 壁へ掛けられた松明だけが揺れ、薄暗い通路を橙色に照らしている。


 牢の中央では、一人の男が鎖へ繋がれていた。


 昨夜、アンディを襲撃した暗殺者である。


 両手両足は拘束され、魔力封じの枷まで嵌められていた。


 男は虚ろな目で前を見つめている。


 その前へ立つのは、宮廷魔術師長アーデルハイト・フォン・シュネーベルク。


 隣にはヴァルデン国王ルドルフ四世。


 少し後方には、騎士団長ヴォルフラム・アイゼンが控えていた。


「始める」


 アーデルが短く告げる。


 男の額へ指先を当てた。


 淡い青白い魔法陣が浮かび上がり、ゆっくりと回転を始める。


 男の身体がびくりと震えた。


 呼吸が乱れる。


 瞳から徐々に焦点が失われていく。


 精神魔術。


 対象の記憶や認識へ干渉し、秘匿された情報を探る高度な魔術である。


 万能ではない。


 魔力量の多い者、強い精神力を持つ者、記憶封印を施された者からは、情報を引き出すのに時間を要する。


 地下牢へ静寂だけが流れた。


 やがて、長い沈黙の末、アーデルはゆっくりと手を離した。


 男は糸が切れた人形のように項垂れる。


 額へ浮かんでいた魔法陣も静かに消えた。


「……終わったか」


 王が低く問う。


 アーデルは静かに頷いた。


「分かったことは三つあります」


「話せ」


「まず、この者たちは東方の宗教国家――ルーシェ皇国の工作員です」


 地下牢の空気が変わる。


 ヴォルフラムが低く呟く。


「国家直属か」


「恐らく」


 アーデルは続けた。


「第二に、今回の任務は暗殺でした」


「対象は陛下でも、マティアス殿下でもありません」


「狙いはアンディ、一人です」


 王は静かに眉をひそめる。


「余でもなく」


「マティアスでもない」


「……なぜアンディなのだ」


「異世界の知識です」


 アーデルは即答した。


「紙幣」


「教育」


「行政」


「街道」


「統計」


「王国を変え始めたもの、その中心に彼がいます」


「彼らが恐れたのは、魔力量だけではありません」


「文明そのものです」


 王は暗殺者を見据えたまま静かに言った。


「余の客人へ手を出すとは」


 その声は低く、怒りを押し殺していた。


 しばらくの沈黙。


 やがて王はアーデルへ視線を向ける。


「アーデル」


「お前が付いていながら、なぜアンディへ護衛を付けなかった」


 アーデルは深く頭を下げた。


「彼が嫌がりました」


「責任は私にあります」


「申し訳ありません」


 王は厳しい表情のまま言う。


「二度と同じことは起こすな」


「はっ」


 短く答えたアーデルは顔を上げた。


「ですが、対策は考えています」


 王が片眉を上げる。


「ほう」


「アンディの魔力量だからこそ実現できる、新たな護衛です」


「数日ほど、お時間をいただければ」


「必ず、お見せいたします」


 王は静かに頷いた。


「任せる」


「期待しているぞ」


「はっ」


 アーデルは力強く一礼した。


     ◇


 数日後。


 ヴァルデン王国、謁見の間。


 国王ルドルフ四世と、その重臣たちが静かに待っていた。


 先日の襲撃事件を受け、アーデルが用意した「対策」を確認するためである。


「アーデル」


 王が静かに口を開く。


「対策が整ったそうだな」


「はい」


 アーデルは一礼した。


「ご覧いただきます」


 王へ一礼すると、謁見の間の入口へ向き直る。


「入れ」


 重厚な扉が、ゆっくりと開いた。


 石造りの人影が、静かに姿を現す。


 身長は二メートルほど。


 全身は灰色の石で覆われ、肩や関節には補強用の金属が組み込まれている。


 両腕と両脚には、銀色の腕輪が一つずつ装着されていた。


 淡い魔力が、四つの輪から全身へ流れ続けている。


 ぎこちない足取りで、一歩。


 また一歩。


 謁見の間を歩いてくる。


 王が目を細めた。


「……あれが」


「はい」


 アーデルは頷く。


「今回の護衛です」


 安藤も一歩前へ出る。


「胸部には古代魔導核を埋め込んであります」


「本体を動かしているのは、そちらです」


 ハインリヒが眉をひそめる。


「では、その腕輪は何だ」


「魔力の供給口です」


 安藤は答えた。


「王女殿下の治療にも使用した古代魔導具を応用しています」


「俺の魔力を、四肢の腕輪を通じて常時供給しています」


 アーデルが続ける。


「一つでも残っていれば、魔力供給は継続できます」


「すべて破壊されても、内部に蓄えた魔力でしばらくは動けます」


「ただし、胸部の魔導核だけは替えがききません」


「壊れれば、二度と同じものは作れません」


 ハインリヒは腕を組んだ。


「つまり、高価な消耗品を四つ使い、代替不可な魔導核を一つ使い、さらにアンディ殿の魔力を常時供給するわけか」


 黒田が苦笑した。


「また国家予算級だな」


「否定はできない」


 アーデルも苦笑する。


 王は静かに頷いた。


「それで」


「護衛として能力は信頼に足りるのか」


「これは学習型ゴーレムです」


 アーデルは静かに答えた。


「経験を積むほど性能が向上します」


「これから護衛に必要な動きを、自ら学習していきます」


 王は興味深そうに石の巨人を眺めた。


「名はあるのか」


 アーデルは安藤を見た。


「アンディ殿の発案で決めました」


「正式名称はフィジコです」


 王が首を傾げる。


「由来は」


 安藤は少し照れくさそうに答えた。


「フィジカル・コンストラクト」


「略してフィジコです」


 黒田が腕を組む。


「……何か聞いたことある響きだな」


 安藤は苦笑した。


「学習型だからな」


「昔、そんな仕組みが話題になったことがあった」


 黒田が小さく頷く。


「ああ……」


「なるほど」


 その時だった。


 フィジコは王の前で立ち止まる。


 一礼しようとして――


 バランスを崩した。


 ドゴォン!


 盛大な音を立てて前のめりに転倒する。


 謁見の間が静まり返る。


 黒田が吹き出した。


「鈍臭っ!」


 安藤も思わず苦笑する。


「まあ、最初だからな」


 フィジコはしばらく動かなかった。


 やがて両腕を床へつき、ゆっくりと身体を起こす。


 片膝を立てる。


 そして、自力で立ち上がった。


 王は目を丸くした。


「……今、自分で起き上がったのか」


「はい」


 アーデルは静かに頷く。


「転んだ時の起き上がり方を学習しました」


 その時だった。


「……かわいい」


 小さな声が響く。


 全員の視線が王女エリーゼへ集まった。


 エリーゼは石のゴーレムを見つめたまま、小さく微笑んでいる。


 ロッティが勢いよく頷いた。


「ですよね!」


「名前はベルちゃんです!」


 安藤は即座に首を振った。


「違う」


「フィジコだ」


「ベルちゃんの方が可愛いです」


 ロッティも一歩も引かない。


 アーデルが肩をすくめる。


「……まあ、ベルとは警鐘という意味もあります」


「護衛ですから、悪い名ではありません」


 王は少し考えた。


「そうか」


 静かに頷く。


「ならベルちゃんだな」


 安藤が思わず叫ぶ。


「ちょっ、陛下!?」


 ロッティは満面の笑みだった。


「ですよね!」


「うむ」


 王は満足そうに頷く。


 エリーゼも小さく微笑む。


「……ベルちゃん」


 安藤は頭を抱えた。


「由来も説明したのに……何で」


 黒田が吹き出した。


「もうベルちゃんで決まりだな。可愛いは正義だ」


 安藤は深いため息をつく。


「……俺は最後までフィジコって呼びますからね」


 フィジコは静かに立ったまま、一人ひとりの声へ耳を傾けているようにも見えた。


 転倒したことなど、まるで気にしていないようだった。


 ロッティはゆっくり歩み寄る。


 石造りの身体を見上げ、にっこりと笑った。


「ベルちゃん」


 フィジコは動かない。


 ロッティは嬉しそうに続けた。


「わたしがママですよ」


 場が静まり返る。


 黒田が思わず吹き出した。


「何やってんだよ」


「学習型なんですよ?」


 ロッティは真面目だった。


「いっぱい話しかけた方が、早く覚えてくれるかもしれません」


 安藤は苦笑する。


「まあ……間違ってはいないが」


 ロッティはフィジコを見上げる。


「いっぱい勉強しましょうね」


 フィジコは何も答えない。


 だが、ゆっくりとロッティへ顔を向けた。


「見ました?」


 ロッティの表情がぱっと明るくなる。


「今、こっちを見ました!」


「偶然だろ」


 安藤は笑う。


「まだ何も分かってない」


「大丈夫です」


 ロッティは自信満々だった。


「これから覚えます。たくさん経験させましょう」


 王が思わず笑う。


「随分と世話好きだな」


 ロッティは少し照れながら答えた。


「かわいいですから」


 そして少しだけ表情を曇らせた。


「もう……大切な人が傷付くところは見たくありません」


 謁見の間が静まり返る。


 数日前。


 安藤が血を流して倒れた姿を、誰も忘れてはいなかった。


 アーデルは静かに頷く。


「よし」


「ベル……いや、フィジコの教育係はロッティへ任せる」


「はい!」


 ロッティは嬉しそうに頭を下げた。


 黒田が笑う。


「完全に子育てだな」


「違います」


 ロッティは即答した。


「教育です」


 その返答に、小さな笑いが起こった。


     ◇


 それから数日。


 ロッティは本当に、フィジコへ付きっきりになった。


 屋外を歩く。


 立ち止まる。


 道を譲る。


 人混みを避ける。


 荷車とすれ違う。


 一つひとつの経験を、フィジコは静かに積み重ねていく。


 その様子を眺めながら、安藤は小さく呟いた。


「面白いな……」


「こちらが教え込まなくても、自分で規則を見つけてる」


 ロッティが首を傾げる。


「規則?」


「だから成長が速いんだ」


 フィジコは何も話さない。


 それでも昨日できなかったことが、今日はできる。


 誰の目にも、その成長ははっきりと見えていた。


 こうしてベルちゃんの教育が始まった。


     ◇


 王都、職人街。


 石畳の道を、三人と一体が歩いていた。


 先頭を歩く安藤。


 その少し後ろをロッティ。


 そして二人のちょうど中間を、フィジコが静かについて歩く。


 最初の頃のぎこちない足取りは、もうほとんど見られない。


 ロッティが嬉しそうに笑う。


「歩き方も上手になりましたね」


「確かにな」


 安藤も頷く。


「最初は転んでばかりだったのに」


 職人たちが足を止める。


「何だ、あの石人形は」


「王宮の新しい魔術具か?」


「かわいいな」


 そんな声が聞こえてきた。


 ロッティは得意そうに胸を張る。


「ベルちゃんです」


「違う」


 安藤は即座に訂正する。


「フィジコです」


「ベルちゃんです」


「もういいよ……」


 安藤は諦めたように肩を落とした。


 その時だった。


 前方から荷車が近付いてくる。


 道幅は狭い。


 フィジコは荷車を見つめる。


 一瞬だけ立ち止まり、自分から半歩横へ寄った。


 荷車は何事もなく通り過ぎていく。


 安藤は少し驚いた。


「今のは教えてないな」


 ロッティも目を丸くする。


「見て覚えたんでしょうか」


 安藤は静かに微笑んだ。


「多分な」


 二人は職人へ声を掛け、一輪車を借りた。


「ベルちゃん」


「これを押してみてください」


 フィジコは一輪車を持ち上げる。


 最初は少しふらついた。


 だが、繰り返すうちに真っ直ぐ押せるようになっていく。


「覚えるのが早いな」


 職人が感心したように笑う。


 今度はスコップを渡す。


 フィジコはしばらく眺めると、安藤の動きを真似るように地面へ突き立てた。


 一回。


 二回。


 三回。


 ぎこちなかった動きが、少しずつ滑らかになっていく。


 ロッティは嬉しそうに拍手した。


「すごい!」


「上手です!」


 安藤は苦笑した。


「護衛なのに、最初に覚えたのが土木か」


 その場にいた職人たちから笑いが起こる。


 帰り道。


 三人の後ろ姿を見送りながら、一人の女性が微笑んだ。


「あの三人」


「家族みたいね」


 ロッティの足が止まる。


「えっ?」


 頬が一気に赤く染まる。


「ち、違います!」


 慌てて否定する。


 安藤も苦笑した。


「違いますよ」


 女性は笑いながら去っていく。


 ロッティは俯いたまま歩き出した。


 耳まで真っ赤だった。


 (……違わなくても)


 その小さな本音は、誰にも聞こえない。


 安藤は、その理由にまったく気付いていない。


 フィジコだけが、静かに二人の真ん中を歩いていた。


     ◇


 二週間後。


 王都郊外、演習場。


 フィジコは静かに立っていた。


 その手には、一振りの剣ではなく――


 スコップ。


 アーデルは額へ手を当てた。


「……アンディ」


「はい?」


「護衛を育てろと言ったはずだが」


「いや、ちゃんと護衛用ですよ」


 安藤は真顔だった。


「剣だと誤作動した時が怖いですから」


 アーデルが首を傾げる。


「誤作動?」


「例えば俺に近付いただけの人を、敵だと誤認したらどうします?」


「いきなり斬りかかるかもしれないな」


「それならスコップの方が安全です」


「殺傷能力も低い」


「制圧にも使えます」


「土木作業にも使えますし」


 黒田がすかさず突っ込む。


「おまえ最後、本音出ただろ」


 アーデルは少し考えた。


「……合理的ではある」


 黒田が思わず叫ぶ。


「納得するな!」


 その場が笑いに包まれた。


「まあいい」


 アーデルは咳払いをする。


「まずは護衛たり得るか、学習の成果を見せてもらおうか」


 黒田は弓を手に取った。


「行くぞ!」


 一本目。


 ヒュッ――


 ガン!


 フィジコのスコップが正確に矢を弾く。


 二本目。


 三本目。


 四本目。


 左右。


 上。


 背後。


 四方から放たれた訓練用の矢も。


 すべて。


 ガン!


 ガン!


 ガン!


 ガン!


 一本たりとも安藤へ届かない。


 黒田が思わず呟く。


「何だあれ……」


「卓球の球出しマシンみてぇだ」


 安藤だけが苦笑した。


「その例え、俺しか分からないぞ」


 アーデルは満足そうに頷く。


「護衛としては十分だ」


「では、近接戦闘だ」


 黒田は弓を置き、木刀を握った。


「始め!」


 踏み込む。


 カン!


 フィジコのスコップが受け止める。


 もう一撃。


 カン!


 さらに。


 カン!


 カン!


 カン!


 黒田は角度を変え、速度を変え、何度も打ち込む。


 それでも一本も入らない。


 木刀を下ろし、苦笑した。


「結構やるじゃねぇか」


 アーデルは静かに頷く。


「だが、まだ確認したいことがある」


 黒田が振り向く。


「風魔術か」


「ああ」


 アーデルは頷いた。


「ドラゴンとの戦い以来、気になっていた」


「何故か風魔術を付与された時だけ、黒田の身体能力は異常なほど向上する」


 安藤も思い出す。


「エンシェントドラゴンも言ってたな」


「風の異世界人は風に愛されている、と」


「あれ以来、何度も検証を重ねた」


 アーデルは続ける。


「結論は一つ」


「風魔術だけ、黒田との相性が異常に良い」


 若い風属性魔術師が一歩前へ出る。


「本日は私が担当いたします」


 黒田は苦笑した。


「あれなぁ」


「終わったあと筋肉痛がすごいんだよ」


 アーデルも珍しく笑う。


「それでも、ゴーレム相手に通じるか、試す価値はある」


 風属性魔術師が詠唱を始める。


 淡い緑色の魔力が黒田を包み込んだ。


 演習場に、一陣の風が吹き抜ける。


 敏捷性の向上。


 黒田の表情が変わった。


 一歩踏み込む。


 ドンッ――


 踏み込みだけで土煙が舞う。


 先ほどとは比べものにならない速度だった。


 ロッティが思わず息を呑む。


「速い……!」


 安藤も静かに頷いた。


「やっぱり相性がいい」


 黒田は笑った。


「行くぞ!」


 一瞬で間合いを詰める。


 木刀が閃く。


 フィジコも反応する。


 スコップが動く。


 しかし――


 カンッ!


 木刀が石の頭部へ軽く触れた。


 静寂。


 黒田が木刀を下ろした。


「一本」


 フィジコは動かない。


 だが、ほんのわずかに俯いたように見えた。


 黒田が笑う。


「なんか悔しそうじゃねぇか」


 ロッティも頷く。


「見えます」


「絶対に悔しがってます」


 安藤は静かにフィジコを見つめた。


「なるほど……」


「いや、違うな」


「誰かに教えられてるんじゃない」


「自分で規則を見つけてる」


 少しだけ間を置く。


「まるで、言葉そのものを学習する知性みたいだ」


 アーデルが興味深そうに微笑む。


「面白い発想だ」


 安藤は苦笑した。


「俺たちの世界にも、似た考え方があったんです」


 黒田は木刀を肩へ担ぐ。


「ところでさ」


「お前ならどう倒すんだよ」


「シミュレーションしといた方がいいだろ」


 安藤は一歩前へ出る。


「俺か?」


「ちょっとどいてろ」


 フィジコが向き直る。


 安藤は杖を軽く振った。


 フィジコの足元だけ。


 地面が音もなく泥へ変わる。


 ズブッ。


 両足が沈む。


 そのまま腰まで埋まった。


 もがく。


 起き上がろうとする。


 しかし。


 石でできた巨体は重すぎる。


 脱出できない。


 数秒。


 安藤は静かに言った。


「終わりだ」


 黒田が吹き出す。


「お前、それズルいぞ!」


「ズルくない」


 安藤は肩をすくめた。


「設計に参加した本人だから、弱点を知ってるだけだ」


「敵も必ず弱点を探す」


「だから俺たちも知っておかなければならない」


 少し間を置く。


「それと」


「石そのものは頑丈でも、関節だけは別だ」


「大剣や戦斧で衝撃を受け続ければ、いずれ破断する」


「だから囲ませない」


 ロッティが駆け寄る。


 泥だらけになったフィジコの腕を、布で優しく拭き始めた。


「大丈夫ですよ、ベルちゃん」


「酷いことするパパですねぇ」


 安藤は苦笑する。


「おい」


「聞こえてるぞ」


「ゴーレムだから汚れても平気だぞ」


「それとこれとは別です」


 ロッティは丁寧に泥を拭き取りながら微笑んだ。


「ベルちゃんは頑張ったんですから」


 黒田が笑う。


「完全に母親じゃねぇか」


 ロッティは少し照れながら笑った。


「わたしがママですから」


「認めた!」


 黒田が腹を抱えて笑う。


 泥を拭き終えたロッティが立ち上がる。


「帰りましょう、ベルちゃん」


 フィジコが静かに動いた。


 安藤の前ではない。


 ロッティの前でもない。


 二人のちょうど中間。


 自然と護衛位置へ立つ。


 ロッティは目を丸くした。


「……わたしも、守ってくれるんですか?」


 フィジコは何も答えない。


 ただ静かに二人の間へ立ち続けていた。


 安藤は小さく笑う。


「……護衛対象を増やした覚えはないんだけどな」


 黒田が吹き出す。


「完全に家族認定されてるじゃねぇか」


 夕暮れの演習場。


 三人と一体が並んで歩いていく。


 その中央には、誰よりも無口で、誰よりも忠実な護衛がいた。

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