〈8〉
「まず、現状あなたに〈前公爵殺害容疑〉はかけられていません。そしてあなたは逃走者ではなく〈領地療養〉されていることになっています。もちろん〈騎士団があなたを捕縛〉に動いた形跡もありませんでした」
「え?…では捕縛に来た者はいったい誰なんだ?」
「わかりません。それからお父上は〈病死〉とされています。しかし亡くなるひと月前までは狩りに行かれる程お元気だったようです。持病の受診記録はありませんでした」
「病死?…ではなぜ私に殺害容疑が?狩に行く程元気だった?」
「今公爵家で何が起きているのかわかりません」クロエは他家の事である故に多くは語れなかった。
そしてボイジャーは勝手に逃走したことになっている事など、知り得る限りの事実を話した。
全てを聞いたマックスは暫く考え込むようにじっとしていた。
クロエとベックはじっと黙ってマックスが頭を整理しているのを待っていた。
時間が止まったような部屋であったが、マックスが顔を上げ、クロエとベックに話しかけたことで時が動き出した。
「クロエ様、ベックさん。ありがとうございました。今の私ではそこまで調べられなかったでしょう。感謝申し上げます」と立ち上がったマックスは深々と二人に頭を下げた。
「閣下…」
「閣下だなんて…やめてください。どうか今まで通りマックスと…お願いします」
「わかりました…マックス殿。どうか座ってください」
「ありがとうございます」マックスはソファに再び腰を下ろした。
そして「クロエ様、ベックさん。今までのご厚意には感謝します。これ以上ここにいると辺境領の皆さんに迷惑がかかるかもしれない…私は明日にでもここを出て行こうと思います」
クロエは思わず「待ってください。あなたは命を狙われているんですよ!相手は一人ではない。後ろに誰がいるかわからない」
マックスはフッと笑って「クロエ様、承知しておりますよ。だからこそこれ以上ここにいるわけにはいかないのです」
ベックは黙って話の成り行きを見ている。
暫く逡巡していたクロエが「マックス殿、まず何が起きているか調べなくてはいけませんよね、そのお手伝いをさせていただきます。否は受け付けません。
暫く不参加だった国王主催の王宮舞踏会に今年は参加します。あなたは護衛として王都に入り、調査をしてはいかがでしょう?」
ベックは諦めたかのように、小さく息をはいた。
「クロエ様…ありがたい申し出ですが…」と一度言葉を詰まらせてから、マックスは「…ご厚意、ありがたく受け取らせていただきます。しかし形勢が悪くなったら、躊躇わず私を切り捨ててください」
「わかりました。その時は領地領民を優先させていただきます」
今後の方向性が決まったところでベックが話に入ってきた。
「クロエ様の王都への出立まであまり時間がありませんな、明日からマックス殿の鍛錬は私も参加いたしましょう。早駆けはクロエ様にお願いします」
「え?ベックが…?」
「なんですか?役不足とでも?」
「いや、まさか!マックス殿…頑張ってください」
最後はマックスに向かってクロエは同情的に言った。
クロエのその顔つきの意味は翌朝からわかった。
「マックス!まだ脇が甘いっ!ちゃんと剣筋を見ろっ!」
ガッ! ドサッ。
マックスは足を掬われて地面に叩きつけられた。
「ッくぅ…」
「ご愁傷様。既に命はないですぞ!」ベックはマックスを見下ろす。
「ぐっ…。もう一度お願いします!」マックスは何度もベックに向かって行った。
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「ふぅーっ!気持ちいい!」
早駆けで丘まで来た2人と二頭は小川の川岸にいた。
ウイングとボイジャーは今日は落ち着いて水を飲むだけにしている。しかしマックスは両手を川に浸して感嘆の声をあげている。
「随分扱かれたようだな」
クロエの口調が戻ったのはマックスが「ここにいる間はただのマックスで通して欲しいと言い、宿舎もそのままでいきたい」とクロエとベックに願い出た為であった。
「はい、一撃受けただけで手が痺れました…強い」
「ふふ、そりゃ、父のそばについていた元大将だからな…私もベックには勝てない」
「大将ですか?大隊長の更に上…強い筈だ…」
「ふふ、久しぶりに剣をふるうベックは楽しそうだった」
「ベックさんはなぜ大将をお辞めになったんですか?」
「前に話した襲撃時に生き残ってしまったから…だそうだ。ベック達のおかげで捕虜を捕まえて有耶無耶にならずに済んだんだと…言っても聞き入れてもらえなかった。これからはお嬢様を支えると言って執事を務めてくれている」
マックスはじっとクロエを見ていた。
視線に気づいたクロエは「ふふ、これでも一応、お嬢様と言われていたこともあるんだぞ…見えないかもしれないけど…」
「いえ、見えますよ。実際に見たこともあるし…淡い黄色のドレスが良く似合っていました」遠い日を思い出すように遠くを見てマックスは告げた。
クロエの返事がないので横に座るクロエに視線を向けると、耳を赤くして俯くクロエがいた。
「覚えていたんだ…」
「ふふ、覚えていますとも!デビュタントしたばかりなのに、落ち着いて凛としている姿が印象的なご令嬢だと思っていました」
「うーん…それは…嘘だな!マックスは両親と私と挨拶を交わしたらすぐに他のお人形のような綺麗なご令嬢達に囲まれていた。随分とおモテになっていたようだった」と笑った。
「公爵家の跡継ぎですからね…モテていたでしょう…」
「元気がないな…それも含めてマックスだろう?いいじゃないか!モテて…嫁取りに困ることはないのはいい事だ!選び放題じゃないか!羨ましい」とクロエは声を出して笑った。そして
「黄色いドレスだったことは正解だよ!」とマックスにイタズラっぽく笑った。
クロエはなぜか嬉しかった。あの淡い黄色いドレスは自分でもとても気に入っていたドレスだった。
鏡に映る淡い黄色いドレス姿の自分に「なかなか似合うじゃない!」と言ってドレスの裾を揺らしたのを覚えている。あんな華やかなドレスを着たのはそれが最後だった。
「さぁ、戻ろう!明日は私達が簡易な防具をつけて走ってみよう」そう言ってクロエは立ち上がった。
少しぼーっとしていたマックスは少し遅れて「はい、わかりました。明日もよろしくお願いします」と言って立ち上がった。




