〈58〉
その年の秋、ダイナモ王国の国王の譲位が発表され、王太子のエリックが国王に即位することが国中に知らされた。戴冠式は来年の秋に新交易路開通の時期に合わせて行われると報じられていた。
クロエはベッドの上でそのニュースを知った。
(益々、マックスは忙しくなるわね…)クロエは窓から見える空を見てひとり呟いた。
冬の初め、クロエはやっとベッドから降りられるようになったが、心配したベックが用意してくれた。クッションがたくさん置かれてもゆったり座れるソファを窓際に置いて、時々微睡ながら殆どの時間をその場所で過ごしていた。
(そろそろ、マックスにも知らせなくては…)と思っているところに、新聞を持ったベックがやってきた。
「クロエ様…きっと何かの誤報だと思いますが、落ち着いて読んでください…繰り返します。これはきっと誤報です」硬い顔をしたベックがクロエに新聞を渡す。
辺境の地なので、王都の新聞は10日ほど遅れて届く。
新聞には〈新国王の息女シャルロット王女、ドミトス公爵と婚約!〉と大きく一面に書かれていた。
クロエは驚いた…が、心のどこかで(こうなるかもしれない)と冷静に思っている自分もいた。
心配そうにクロエを見つめるベックに「ふふ、そうか…でも誤報かもしれないんだろう?」と弱々しく微笑んだ。
「はい。誤報だと思っています」とベックは頷く。
「じゃあ、ベックの言葉を信じよう。マックスを信じよう…それが誤報じゃなくても、ここに確かな存在がある。私は大丈夫だ」と心配するなと言わんばかりに笑ってベックに伝えた。
「そうでございますね。クロエ様のお腹には未来がいらっしゃいますね」とベックは少し潤んだ瞳でクロエを見て笑った。
それから4日、相変わらず、クロエは部屋のソファで1日の大半を過ごしていた。
少しずつ食欲も戻ってきて、喉越しの良いものなら体も受け付けてくれるようになった。
クロエは自分のお腹に話しかけていた。
「ふふ、今日は昨日よりたくさん食べることができたな…どうだ?美味しかったか?母はこれから頑張るからな…お前も頑張って大きくなれ…ふふふ。早く会いたいな…共に生きていこうな…」
「誰と?」
クロエから少し離れた、私室の扉のところから声がした。
しかも、よく知った声が聞こえてきた。
「え?」
驚きつつ声のした方を向くと、クロエの最愛がマント姿で立っていた。
「マックス!」クロエはゆっくり立ち上がる。
マックスはゆっくり歩いてクロエのそばにきた。
「クロエ…会いにきたよ」
「マックス…なぜ?」
「会いに行くって約束しただろう?」
「約束した…約束したが…婚約者は?」
「ん?婚約者?」不思議そうな顔をするマックスに視線で机の上に置いた新聞を指す。
マックスはクロエの視線を追って、王女とドミトス公爵の婚約発表が掲載された新聞を認めた。
「あー、あの〈ドミトス公爵〉ってレオナードの事だよ。あいつが成人したので、公爵位を譲った。王女と婚約したのもあいつだ。俺は今、シュミット伯爵位と元ハング伯爵領を新国王から賜った…やっとクロエに会いに来ることができた…出立前に手紙を出したんだが…」
「手紙?…届いていない。いつ出した?」
「うーん、出立前には出していたから…1週間前」
「ふふ、そうか。手紙を追い越してきたんだな…あと3日したらマックスの手紙は届くだろう…ふふ」
「そうか…追い越しちゃったか…悪かった。あんな新聞読んだら心配したよな…」
「少し…な。でもマックスを信じて待ってた…仮にあの発表がマックスのことだとしても、いつかは会いにきてくれるって信じてた」
「俺が愛しているのはクロエだけだ。他の女のことなんて目に入らない。それに王女はまだ14歳だ…歳が違いすぎるだろ?」そう言ってマックスは優しくクロエの頬を撫でた。
「マックス…」マックスを見上げるクロエの瞳が涙で潤み始める
「クロエ…愛しているよ」
そう言ったマックスは跪き、潤んだ瞳でマックスを見ているクロエの手を取り
「クロエ・アルシェッタ殿。私、マクシミリアン・ドミトス・シュミットと申す。どうか私をアルシェッタ辺境伯爵家の婿にしてもらえないだろうか?」とクロエを見上げて告げた。
とうとうクロエの両目からは涙がこぼれ落ちて止まらなくなってしまった。
マックスはそんなクロエを眩しそうに見ながら「クロエ…愛しているよ」と微笑んだ。
クロエは泣いて時々しゃくりあげるのを堪えながら「ひっ…、私も…あなたを…っく…愛してる…」と一生懸命マックスに気持ちを伝えた。
「俺を婿にしてくれる?」
クロエは大きく頷き「よろし…く。お願いします…ひっく…」と伝える。
マックスは立ち上がり「クロエ!!」と抱き上げようとした。
「ストップ!!」部屋の扉のところからベックの声が響く。
クロエを抱き上げようとしていたマックスの動きが止まる。
「マックス殿。いけません!今クロエ様は大事な体…乱暴なことはいけません!」と泣き笑いの顔でマックスに告げる。
「え?なに?」理解が追いつかないマックスは少し間抜けな顔をして、クロエとベックを交互に見る。
ベックは無言で笑っている。
クロエを見ると、どうやらすぐにでも横になれるようなゆったりしたドレス姿で少し痩せたようだ。
「クロエ!どこか悪いのか?なぜそんなに痩せている?あー、すぐに気づかなくて悪かった…」とあたふたし出した。
そんなマックスを見てようやく喋ることができるようになったクロエは
「マックス…落ち着いて。私はどこも悪くない」と言いながら肩に置かれたマックスの手を取り自分のお腹に持っていった。
「え?え?…え?クロエ…もしかして」ようやく頭の中を整理したマックスがクロエを見つめて言った。
クロエは泣き腫らした顔で微笑んで「来年の夏前には生まれるそうだ…」とマックスの顔を見た。
「あー!!クロエ!!」マックスは思わずクロエを抱きしめた。
「だから!マックス殿!もう少し優しくしてください!」とまたベックの声が部屋に響いた。
「あー、悪かった…大丈夫か?クロエ!」
「ふふ…大丈夫!」
クロエの私室からは賑やかな3人の声が暫く続いていた。




