〈57〉
朝の気配が寝室に流れ込んできた。
クロエはゆっくり覚醒した。温かいものに包まれている。瞼をあげるとマックスが安らかな寝息をたてて眠っていた。
暫くの間、クロエはマックスの寝顔を見ていた。
流れ込む朝の気配に、クロエはマックスを起こさないようにそっとマックスの腕から抜け出し、ベッドを離れて何もつけずに窓際に向かった。
そっとカーテンを薄く開けると開けられたカーテンの隙間から朝日が差し込んできた。
クロエの目の前に、湖面と木々の葉に乗った朝露が朝日に照らされて光を乱反射し、早朝の静謐な空気も手伝って眩しいくらいにあたりをキラキラ輝かせていた。
「綺麗だな」マックスの声がクロエが感嘆の声をあげる前に聞こえてきた。
振り返るとマックスはベッドに座っていた。
マックスの目にはカーテンを掴み隙間から入った朝日に照らされる裸のクロエがこれ以上なく美しく見えた。
「起こしてしまったか?マックス…凄く綺麗だ…キラキラしてる」
「ん…」マックスはベッドから降り、クロエの後ろにきて、持ってきた掛布にふたりで包まりクロエを後ろから抱きしめた。クロエは自分を抱きしめるマックスの腕に縋り付き、窓の外の景色を見た。
「眩しいくらいに綺麗ね」クロエは無意識だろうが、時々口調が変わる。
「ああ、綺麗だな…クロエと一緒に見てるから余計に綺麗に見えるのかも…」
「ふふ、私も…マックスと一緒だから綺麗に見えるのね。忘れないわマックスと見たこの景色」
「また来よう」
「ええ、また来ましょう」とすりすりとマックスの頬に擦り寄ろうとしたクロエだが途中で止まった。
「マックスの髭…チクチクして痛い…ふふ」
「痛い?気持ちいいの間違いじゃないのか?」と逃げるクロエにマックスが擦り寄っていく。
「きゃー、やめてぇ…本当に痛いんだから…」
「ふふ、やめない…クロエ可愛い…俺のクロエは今日も可愛い!」
「痛いってば…いやぁ…やめてぇマックス!」
ふたりは掛布に包まりながら暫く窓辺で戯れあっていた。
その後、ふたりでバスルームに入り、鏡に映る自分の体のいたるところに散らばる赤い所有印に驚いたクロエはマックスを睨み、睨まれたマックスは嬉しそうに笑った。
ふたりでバスタブに入ったクロエはマックスに抱きつき、マックスの首に真っ赤な所有印をつけて「マックスは私のもの…だものね」と満足そうにしていた。
午前中はゆっくり過ごし、早めの昼食を摂ったふたりはそれぞれ今帰るべきところに向かった。
「気をつけてな、着いたら連絡を…」
「ふふ、わかった。すぐに手紙を出すよ」
「ああ、待ってる。俺も返事を書くから…」
「うん、待ってるね」
「クロエ…愛している。会いにいくから待ってて」
「私も愛しているわ。ずっと待ってるから…じゃあ…行くね」
「ああ…また」
「ええ…また」
そう言ってふたりはお互い前に進んでいった。
………………………………
辺境伯領に戻ったクロエと王都にいるマックスの交流は続いた。
クロエはマックスからの手紙で、ランドルク伯爵夫妻は騒ぎを知った息子からいち早くランドルク家から除籍され、平民となったジェームス・ランドルクが流罪になったこと、ロベリア・ランドルクが北の修道院に幽閉されたこと、ランドルク伯爵家は男爵に降爵され領地はかなり縮小されたこと、アンジェラが身を寄せる予定の教会に別棟を建ててアンジェラの居室と慈善活動の作業場を造ろうとしていること、そしてレオナードが誕生日を迎えることを知った。
マックスはクロエからの手紙で、無事に帰ってきて、街道の拡張整備を始めたこと、税関事務所の建設地が決まり、エリック王太子に報告したこと、そしてレオナードに誕生日のお祝いの言葉を伝えてほしいことが伝えられ、レオナードへの誕生日祝いの宝剣を受け取った。
そして、クロエの手元にマックスからとレオナードからの手紙が届けられた。
レオナードからの手紙には誕生日祝いのお礼と近況が綴られていた。
そしてマックスからの手紙には、まだ公表されていないが、近く国王が譲位しエリック王太子が国王になる。その準備の手伝いをすることになったので、忙しくなることが伝えられた。
その手紙を受け取ってからクロエとマックスの交流の間隔は空いていった。正確には途絶えた…と言ってもいいのかもしれない。
その頃からクロエは体調を崩して、起き上がると酷い眩暈と吐き気に襲われるようになった。
当然、手紙などは書くことができなくなった。
マックスも忙しいのか、手紙が届かなくなった。
心配したベックにより医師が呼ばれてクロエは診察を受けて、医師から診断の結果を聞いて驚いた。
「ご懐妊です。夏前にはお生まれになります」
「え?…そうですか…ありがとうございます」
クロエは驚きつつも、ふわっと笑って医師に礼を言った。
「今は大事な時です。呉々も無理をなさいませんように」とクロエの笑顔を見てホッとしたように諸注意をして部屋を出ていった。
入れ替わりにベックが入室してきて笑顔で「おめでとうございます。お相手はマックス殿ですね」と確信を込めて祝いの言葉を告げてきた。
「ええ、あの人の子どもだわ」顔色は悪いものの、クロエはまだ平たい自分の腹を愛おしそうに撫でながら微笑んで言った。
「お知らせしなくてもよいのですか?」
「知らせるわ…でも今は無理ね…座っていても眩暈がするから…もう少し落ち着いたら手紙を書くわ」
「そうですね、今は無理は禁物ですね。少し休まれてください、食欲はありますか?」
「何も欲しくないわ…ちょっと横になるわね」
クロエは静かに横になり、ゆっくり瞼を閉じた。




