〈56〉
「うーん!気持ちいい!」クロエは湖畔から吹いてくる微風にあたり声をあげた。
その横でマックスも笑って伸びをしている。
ふたりは湖畔に敷かれた芝生に座り並んで湖を眺めている。ウイングとボイジャーも近くの木陰で休んでいた。
「ふふ、ふふふふ、ふふ」
「なんだよクロエ…変な笑い方」
「こうやって、マックスと並んで湖を眺めて…幸せ」
「クロエ…」マックスはクロエを抱き寄せた。
クロエはマックスに抱き寄せられるままマックスに体を預けた。
マックスはクロエの額にキスをする。
クロエはキスを受け止めならが、「マックスはキス魔だな…すぐにいろんなところにキスしてくる…ふふ…くすぐったい」と笑っていた。
「それでも、全然クロエが足りないんだ…」と言いながらマックスはクロエの額に、頬に、鼻先にそして唇にキスの雨を降らせている。
クロエはクスクス笑い続けながら「マックス…待って…マックスったら…ふふ」とマックスのキスから逃れようとするが、いつの間にかマックスに抱き込まれて身動きが取れなくなっていた。
「マックス!離してー、ふふふ」
「いいや、離さない!ふふふふ」
ふたりはそのまま暫く戯れ合っていた。
湖面の上を風が流れていく。
ふたりは抱き合いながら湖面を無言で見ていた。
クロエはマックスの胸に抱かれて、ここ最近の出来事を思い出していた。
先日、招待されたある伯爵家の茶会で、ムーンベルクの交易路のことが話題になった夫人達の間でこんな会話が交わされていた。
「お聞きになりました?今度新しく交易路ができるとか…」
「ええ、ムーン・ベルク王国と…ですわよね」
「ムーン・ベルクといえば絹織物でしょうか?とても美しい織物だと聞いたことがあります」
「これからが楽しみですわね」
「この交易路開通に、王太子様の片腕となって尽力されたのがドミトス公爵様だったと…」
「ええ、私もそのようにうかがいました。街道筋の諸侯の方々のお考えを取りまとめて、とても円滑に案件を進められたとか…」
「王太子様の片腕として将来を有望視されているそうですわよ」
「まぁ、そうですの?まだお若いのに…先が楽しみですわね!」
「それに、いくつも縁談が持ち込まれているそうですわよ…」
「将来有望な公爵様で、あの容姿…〈妻〉の座に座りたい方はたくさんいらっしゃいますわよね。今までそんな話がなかったのが不思議なくらいですわ」
「年頃の娘を持つ、侯爵、伯爵家のご当主が釣書を送っても、体よくお断りされているようですわ」
「諦めきれずに、屋敷に押しかけても、追い返される…とか」
「若く美しい青年公爵、しかも次期国王様の覚えもめでたい…。いったいどんなお嬢様が釣り合うんでしょうね」
そして、ご令嬢達の間では…
「少し前にカフェでドミトス公爵様をお見かけしましたの、噂の金髪の女性と一緒でしたわ」
「ああ、私も街で仲良くお買い物をされているのを見ました」
「すぐに、婚約の噂が流れるのかと思っていたのに、最近はあまりお見かけしなくなりましたわね」
「確かに、あんなに頻繁にお出かけなさっていたのに…」
「噂の方とはうまくいかなかったのだと聞きました」
「実はうちの父がその噂を聞きつけまして、〈釣書〉を送ったんですが…」
「まぁ!実はうちもなんです」
「すぐに丁寧なお断りの手紙が参りました」
「うちもです」
「以前はクロエ様とご一緒されていましたが…」
「交易路のお仕事が終わられたそうで、それ以降はおふたりをお見かけしなくなりましたね…」
「まぁ…そうですか。少し残念です」
と話しているのがクロエの耳にも届いてきていた。
しかし、クロエに直接そのことを問いかけてくる者はいなく、内心安堵したのを覚えている。
クロエも交易路開通準備の仕事をしているマックスを間近で見ていた。
王太子が片腕に欲しがっているという噂もあながち間違ってないと感じる。
何よりマックスには守るべき物がたくさんあることも知っている。
クロエとて、守るべきもの、やらなくてはならないことがある。
マックスは気持ちを伝え続けてくれている、もちろんその気持ちはクロエにも届いていて疑う余地はない。
けれど、その気持ちだけで解決できる問題ではない。とクロエは理解していた。
だから今、この時間がとても愛おしく大事だった。
「…エ、クロエ?」
「うん?」マックスの呼びかけに気づいてクロエはマックスを見上げる。
マックスはじっとクロエのエメラルド色の瞳を覗き込み「愛しているよ」と告げてきた。
「ふふ、最近はキスだけじゃなく愛の告白も多くなったな…。私も、マックスに負けないくらい、マックスを愛している」と言ったクロエはマックスの腕の中で体を伸ばして、マックスに口づけた。
マックスは口づけてきたクロエの後頭部を支え、貪るように深く、口づけをかえしてきた。
マックスはクロエが時々不安そうな顔をすることに気づいていた。今のマックスにはその不安を取り除いてやることはできない。だからせめてクロエに自分の気持ちを精一杯伝えることにしていた。
(愛しているクロエ)思いの丈を込めてクロエに口づけた。
呼吸が苦しくなって少し離れたクロエに「俺がクロエをどれだけ愛しているか、まだまだ伝え足りない…」と口づけを再開しようと近づいてきた。
クロエも「私がマックスのことをどれだけ愛しているか、伝わってる?」と聞きながらマックスの口づけをば受け止めていた。
夕陽が反射して湖面がキラキラ輝いている中ふたりの影は長い時間ひとつになっていた。




