〈5〉
ある日の夕方、マックスが宿舎に戻ったあと、ベックが執務室に残っていたクロエのもとにやってきた。
「王都に派遣していた者が帰還しました。呼びましょうか?」
クロエの同意で男女二人が入ってきた。二人は普段屋敷の使用人として働いている。名をバートとアンナという夫婦だった。
「ご苦労さま。疲れているところ悪いが報告だけしてもらえるか?」
「はい。やはり2年前に公爵様がお亡くなりになり、嫡男のマクシミリアン様が爵位を継承されました。がそのすぐ後に体調を崩されて今は領地で療養中とされています。異母弟のレオナード様は今14歳で後見人がないと継承権が他の者に移る可能性があります。実母のアンジェラ様が後見人若しくは代理になれば問題はないのですが、それもマクシミリアン様がお亡くなりにならないとなりません。
それから…先代公爵アーノルド様は病気で急逝なさったとのことでしたが持病などの受診記録はありませんでした。
亡くなるひと月前には狩に行かれるほどお元気だったようです。
マクシミリアン様が領地に療養に行かれてから王都の屋敷に勤めていた使用人の半数が入れ替えられたようです。そして入れ替えられた使用人の殆どが先代公爵の夫人。アンジェラ様の実家から派遣されてきているようです。実家はランドルク伯爵家でランドルク伯爵夫人ロベリア様はウィンザム侯爵家から嫁いでこられていますが、ロベリア伯爵夫人の母のウィンザム侯爵夫人は前国王の妹にあたります」
そう報告したバートに続きアンナが報告する。
「下働きの話によりますと、最近馬が一頭脱走したようです。黒毛馬だそうです。
それから公爵夫人はこのところよくご実家に行かれているそうです。
出入りの業者に聞きましたが、最近の公爵家は以前ほどの上客ではなくなってきているようです。特に家長用の食材は殆ど仕入れていない模様でした。
あと、些細なことですが屋敷の前庭は少し手入れ不足なのではないかと見えました」
ひと通り聞いたクロエとベックは無言で頷いていたが、二人の労を労い3日の休暇を取るように告げて退室させた。
「どう思いますか?」
「憶測だが…あまりいい感じはしないな…」
「はい、同感です」
「マックスの出方も見よう」
「そうですね…」
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夏も真っ盛り
ボイジャーも馬場を走れるまでに回復していた。
今日からジル達小隊は騎馬での鍛錬が始まった。
小隊の皆が騎馬で馬場を走りまわっている。
クロエもウイングに跨り馬場を走っている。
ボイジャーも仲間に入りたそうにしていることに気がついたクロエは「ボイジャーも一緒に走るか?」と大声で聞くと、ヒヒーン!と跳ねるのでマックスもボイジャーに乗って馬場を走ることにした。
体が温まった頃小隊は馬場を出て遠乗りになった。
ジルの指揮で隊列を組んで馬を走らせる。
クロエとマックスは後ろからついて行く。
次第に速度を上げていき、目的地の小高い丘に着く頃には全力疾走させていた。
クロエのウイングもついて行く…がマックスのボイジャーは最後は距離をあけられていた。
丘の麓に流れている小川で馬達が水を飲んでいる。
ボイジャーも珍しくガブガブ飲んでいた。
クロエが「ふふ、ボイジャー、初めてにしてはよく頑張ったな…途中で諦めても不思議じゃなかったのに」と水を飲んでいるボイジャーを見て笑っていた。
「なんでこの鍛錬をするんですか?」マックスは素直な質問する。
横に立っていたジルが「来月から砦番だからな、短時間で砦まで行けるようにほぼ疾走移動だからな!諍いが起きると現場までの移動も疾走移動になるから慣れないといけないからなー!」とカラカラ笑いながら教えてくれた。
「砦番?」
「ふふ、聞き慣れないだろう?辺境は隣国との国境付近に見張り台として砦が三つあるんだ。小隊が半年交代で行くことになっているんだ。ジル達は来月から来年の2月までが任期なんだ」
「半年…。俺も行けるかな…」マックスは無意識に呟いていた。
「ふふ、ジル達と行きたいのなら2年後だな。今回はやめておいた方がいい」
「今から鍛錬すれば…」
「ふふ、これに甲冑を着て疾走するんだ…ボイジャーが可哀想だろ?ふふ」
「そうか…」
「まずはボイジャーがここまで全行程を全力疾走できるようにならなきゃな」
そんな話をしていると、いつの間にか戻ってきていたボイジャーがクロエの横でブルルッと主張してきた。
「ふふ、ボイジャーは勝気なんだな…頑張ってみるか?」とボイジャーの顎をポンポンとたたきながら聞くとブルルッとまた主張してきた。
「ふふ、…だそうだ。マックス頑張って!」
「ボイジャー…頑張ろう…」と呆れてボイジャーに話しかけるマックスだった。
ヤキモチを妬いたウイングがクロエの背中を押してきたので、話は終わった。
「ふふ、ウイング…わかった!わかった!そろそろ行こうか?」
そしてまたマックスとボイジャーは遅れをとりながら城に戻って行った。
小隊が甲冑を着て丘までの隊列疾走をする頃には、ボイジャーも遅れをとることなく丘まで全力疾走できるようになっていた。
「ふふ、ボイジャーもやるな!あんなに落ち着いて水を飲むことができるようになるなんて…」
今、ボイジャーとウイングは並んで水を飲んでいる。
「甲冑を着てないからやっと追いつけている感じだけどなぁ…」
「まぁ、ゆっくり慣れていけばいいさ。ジル達が帰還する頃にはいい線まで行けるんじゃないかな?先を急ぐとボイジャーの体に悪影響を及ぼす」
「…だといいんですが…そうですね、急ぎません」
甲冑を着ていないクロエとマックスの頬を夏の終わりの風が撫でていった。




