〈4〉
そんなある日の午後。
執務室で仕事をしていたクロエ、ベック、マックスの元に小隊のジミーが城壁の見回り中に酷い怪我をした馬を連れて帰ってきたと報告があった。
鞍をつけていたので野生ではないので連れ帰ったとのことだった。
厩舎の馬が脱走したのかとも思ったが、全頭揃っていたので、迷い込んだ馬であろう。と思われた。
3人は一応確認に向かった。
連れてこられた馬は厩舎脇の干し草を積んだところにいた。酷く興奮していて、足も引きずっていた。
ジミーがうしろ脚の怪我の様子を見ようとしても体を捩って隠すようにしてジミーを威嚇していた。
クロエがジミーに「よくこんな興奮した馬を連れてこられたな」と聞くと
「手綱を引いて歩いて連れて帰ってくる時はおとなしかったんです。水を飲ませて怪我の状態を確認しようとしたら興奮し出して…体も触らせてくれなくなったんです」と話していたらクロエの後ろからマックスの声が響いた。
「ボイジャー!」
ボイジャーと呼ばれた馬もマックスのことを認識したようで、幾分か落ち着いて、今度は嬉しそうに両前脚を浮かせて見せていた。
大きく尻尾を振って、たてがみもブルブルと揺らしているので、喜んでいるのだろう。
マックスがボイジャーに駆け寄ってボイジャーの首に抱きついた。
「お前無事だったんだな!よかった!生きていてくれてよかった!」今まで見たことのない笑顔でボイジャーの首に自分の頬を擦り寄せていた。
クロエは周りの者に目配せして少し離れることにした。
ひとりと一頭はしばらく再会を喜びあっていた。
「そのボイジャーという馬はマックスの馬なのか?」とクロエは聞いた。
マックスは「ああ!こいつは俺の相棒で命の恩人だ!こいつがここまで俺を連れてきてくれた!」そう言って眩しそうにボイジャーを見上げる。
ボイジャーもマックスを見ていた。
「そうか、命の恩人か…マックス、その恩人の怪我の手当を急いだ方がいいと思うのだが…」
そう言われて初めてボイジャーの体を見たマックスは
「ボイジャー!すぐに気がつかなくて悪かった…酷い怪我をしているじゃないか!手当をしよう…な!」とボイジャーに語りかけていた。
マックスがうしろ脚の怪我の状態を確認しようと手を伸ばした。クロエ達はまた暴れるのではないかと警戒したが、ボイジャーは大人しくマックスに怪我を見せていた。
クロエはジミーに厩務員をひとり呼んでくるように指示を出して、ボイジャーはマックス、ジミー、厩務員のラルフの3人から手当を受けていた。
うしろ脚の怪我は酷かったが、幸い骨には異常がなかった。体中にも細かい怪我はあったが大事には至っていないようだった。うしろ脚の怪我が治れば走ることも可能であるとラルフは話していた。
厩舎にボイジャーの場所を割り当てて治療を続けることにした。
「マックス、今日はボイジャーについてやってくれ、おそらく長い間、マックスを探していたのだろう、きっと疲れている。少し痩せているようにも見える。慣れない厩舎だから心細いだろうしな…」とクロエはマックスに声をかけた。
マックスは嬉しそうに「ありがとう。そうさせてもらう!」と笑顔を見せた。
クロエは頷いてベックと城に戻るためにマックスに背中を向けて「そんな風に笑うんだな…」と呟いた。
そしてベックに「ベック、ボイジャーのあの傷は…」
ベックも神妙な顔をして「おそらく鏃が掠ったのでは…。かなり膿が出ているようでしたので、何か薬が塗られていたのかもしれません。処置が間に合っていればいいのですが…」
「熱が出てくれれば抵抗できている証だから対応もできるのだがな…あれがもしマックスに刺さっていたら死んでいたかもな…」
「多分…」
「何があったんだろうな…何か知らせはあったか?」
「ひと月になりますね。もうそろそろ戻ってくるのではないかと思いますが…」
「そうか…背中の傷といい、鏃の傷といい…命を狙われたのは間違いなさそうだな」
「はい」
「領内に変化は?」
「王都からの街道筋は今の所何もありません。森を抜けられるとすぐに察知するのは難しいでしょう」
「しばらく様子を見るとしよう」
「そうですね」
その夜、ボイジャーはクロエやベックの予想した通り発熱した。
マックスはそばについていたがなすすべがない。
駆けつけたクロエとベックはボイジャーの傷の様子からラルフと相談して、強引に膿を掻き出すことにした。
「マックス、ボイジャーは立っているのも辛いと思うので、宥めて寝かせてやってくれ…寝かせたら首を優しく押さえて宥め続けて欲しい。ボイジャーの膿を掻き出す」
マックスは言われた通りにボイジャーを宥めて寝かせた。
「ボイジャー…大丈夫だ。そばにいるから…少し我慢してくれ」マックスはボイジャーの耳元で声をかけ続けた。
ボイジャーも体を強張らせて暴れようとするが、マックス以外、数人に押さえられていた。
数刻後、処置が済んで薬草を染み込ませた布で脚を巻かれて横たわるボイジャーに
「ボイジャー、よく頑張ったな。膿は全部取れたよ、今日はこのまま横になっていて欲しい。マックスがついていてくれるから大丈夫だろ?」とクロエが話しかけた。
ボイジャーは大人しくクロエの方を見て目を閉じた。
「ふふ、お利口さんなんだな…マックス、あとはよろしくな」と言ってクロエは厩舎を出て行った。
マックスはボイジャーに話しかけるクロエを見つめていた。そして見送ったあともしばらくは呆然としていた。
ハッと我にかえったマックスは「あんな顔もできるんだ…」と呟いた。




