〈45〉
「…だから、もう少し待って貰えるかしら…」
「以前も同じことを仰っていましたが…いつまでお待ちすれば良いのでしょうか?」
「えっと…」
「目処が立っていないんですね。…仕方ない…お待ちの宝石を買い取る形で返済してもらえますか?」
「え?…でも…」
「私共も慈善事業をしている訳ではないので」
仕方なくロベリアはドレッサーに置いてある宝石箱を持ってきた。
「拝見します」そう言って取り立て屋は宝石箱を開けた。
「うーん。夫人…随分手放されましたか?」
「え、ええ…まぁ」ロベリアは歯切れが悪い。
取り立て屋は宝石箱からめぼしい物を取り出し鑑定していく。そして買取証に金額を書き込みロベリアの前に差し出した。
「え?これだけ?」
「はい、もしご不満なら買取りは無しで、せめて利息くらいの返済をお願いします」
「…わかったわ…これでいいわ」
「かしこまりました。では来月…またうかがいます。ご承知でしょうが、残額には利息が発生しますので、早めの元金返済をお願いします」
取り立て屋はそう言ってロベリアの私室を出ていった。
私室に残されたロベリアはソファに座ったまま、膝のドレスを握りしめていた。
ロベリアの私室から退室した取り立て屋に家令が近づき、並んで玄関に向かって歩きながら
「どうでしたか?」
「はい、買い叩かせていただきました。元金返済までには及びませんでした」そう言って買取り書類を家令に手渡した。
「そうですか…お疲れ様でした」
「はい、失礼します」取り立て屋は今度は丁寧に礼をして屋敷を出ていった。
家令はその足でランドルク伯爵の執務室に向かった。
「旦那様。取り立て屋がただ今帰りました」
「そうか…ロベリアの方はどうした?」
「はい、手持ちの宝飾品を手放されたようですが、元金には届かなかったようです」と言いながら、先程手渡された書類を執務机の上に置いた。
ランドルク伯爵はその書類を手に取りパラパラと中を確認する
「そろそろ資金が底をついたか…」
「この後はどうなさいますか?」
「諦めて離縁するのも、諦めずにドミトスを落とすのもロベリア次第だな…私は危ない橋は渡らない」
「もし奥様がギルドを動かそうとしたら…どういたしましょう?」
「これが最後だ…目を瞑ろう」
「かしこまりました」
「うむ」
………………………………
「ただいま戻りました。アンジェラ様ご気分はいかがですか?」
アルシェッタ辺境伯邸に帰ってきたクロエはサロンで寛いでいるアンジェラに笑顔で尋ねた。
「まぁ、クロエ様。おかえりなさい、おかげさまで穏やかに過ごさせていただいています。ありがとうございます」
「ふふ、よかったです。今日のお昼はすべて召し上がっていただいたとシェフが喜んでいましたよ」
「アルシェッタのお食事はとても美味しくて、つい食べ過ぎてしまいます。ありがとうございます」
「ふふ、それはよかったです。夜も楽しみにしていてくださいね」
「本当に私なんかがこんなに良くしてもらって良いのでしょうか?」アンジェラはまだ赤みの戻らない顔を俯けて呟く。
「良いのです!マックス殿もレオ様もアンジェラ様のことが心配なのです。そして私はそのお手伝いができることが嬉しい…何も気にされることはありませんわ」
「いつか、貴女には話を聞いてもらいたい…」
「はい!いつでもお待ちしてますわ…まずはご自分の体調を戻しましょう!…そうだ、今度レオ様がこっそり遊びに来てくださるそうですよ!」
「まぁ!レオが?」
「はい!楽しみですね!」
「ええ!」とアンジェラはこの屋敷に来て初めて嬉しそうに笑った。
……………………………
ロベリアには後がなかった。「離縁だけは避けなければ…」追い詰められたロベリアは独り言を呟いていた。
「あの時の小切手が増えていれば…」と賭場で消えていった小切手のことを思う。
ロベリア・ランドルクの母親は国王の長姉だった。
ロベリアは〈遡れば私も王族〉という矜持があった。
従兄弟には王太子をはじめ、公爵家や侯爵家の子女がいる。ロベリアも侯爵家の令嬢だった。
従姉妹達はそれぞれ名のある家や近隣国の外交官に嫁いで行った者もいる。
しかし、ロベリアにはなかなか縁談がこなかった。
ロベリアの〈遡れば私も王族〉という矜持が邪魔をしていることをロベリアは気づかなかった。
父親のウィンザム侯爵がやっと見つけてきた相手がランドルク伯爵だった。
裕福な伯爵家ではあったが、ロベリアは侯爵以上の爵位の家に嫁げなかったことが不満だった。
〈遡れば私も王族〉なのに…伯爵家なんて…と思った。
裕福な伯爵家だったので、ロベリアに対して十分な予算が組まれていた。
しかしロベリアは不満だった。公爵家、侯爵家に嫁いでいれば予算はもっとあったはずなのに…
実際は一般の伯爵夫人よりも多額の予算が組まれていたにもかかわらず、世間知らずのロベリアはそう思った。
3人の子に恵まれ、慌ただしく過ごしている間はそんな不満を感じる暇もなかったが末娘のアンジェラが公爵家に嫁いでから歯車が狂ってきた。
〈後妻でも公爵家なのだから〉とアンジェラの婚姻を後押ししたのもロベリアだった。
興味本意で覗いた賭場に嵌ってしまった。
あっという間に予算を使い果たした。
金策に困ったロベリアは子供の頃からおとなしく親の言うことを聞くアンジェラに金の無心に行った。
アンジェラ自身は慎ましい性格で無駄な散財はしなかった。
ロベリアに言われるがまま援助していた。しかしどんどん無心される金額が大きくなる。
公爵夫人の予算も無尽蔵ではない。
アンジェラが資金援助を断ると、ロベリアが言葉で彼女を脅した。「お母様の頼みが聞けないの?なんて親不孝なんでしょう!そうだわ!今まで無断で予算を横流ししていたことを誰かにリークしてもらいましょう!」「お金がないなら、宝飾品でもいいわ!あなたはあまり社交もしないからたくさんの宝飾品は不要でしょ?」
気の弱いアンジェラは母の言葉から逃げられなかった。
そしてとうとう、本当にアンジェラの資金が底をついたときロベリアは公爵家そのものを手に入れることを考えた。
アンジェラの夫を亡き者にして、先妻の息子も亡き者にすれば、孫のレオナードが公爵になる。
そうすればドミトス公爵家は自分の物のように扱える。
ギルドから薬入りの茶葉を調達し先代公爵に飲ませるようにとアンジェラに渡した。
アンジェラは否とは言えなかった。結果先代公爵は急逝した。
そして、先代公爵の急逝は嫡男が毒を盛ったせいにするためにギルドを雇い嫡男に冤罪を認めさせるために拷問させた。嫡男は落ちなかった。
同時にそれを知ったアンジェラは嫡男に何かあってもレオナードの後見にはならないと宣言した。
仕方なく、ロベリアは時間をかけて嫡男を殺すことにした。
しかし嫡男は逃走した。そして今、力をつけて生還しロベリアの謀を阻止してくる。
本当に後が無い。ロベリアはとある所に向かう為、私室を出て行った。




