〈37〉
長い沈黙の後
ハドソン侯爵が「よく生きていてくださった…」とポツリと溢した。
アイルナ伯爵も「アルシェッタ殿もよくお支えなさった」と辛そうに言った。
「私は…何も…。すべて閣下のご努力です」とクロエも神妙に答えた。
エリックは「ロベリアは何をしたいのだ?」と疑問を口にした。
マックスはバートとマリアの調査の結果とクロエの茶会での態度から「個人的に自由になる金が欲しいのでしょう。聞くところによると、身につけるものはかなりの高額のようですし、調査結果によると賭博の借金がかなりの額に膨らんでいるようです」
「そうなのか?」とエリックはマックスとクロエを見る。
「はい。そして恐らく、前公爵夫人アンジェラ様の持ち物にまで手を出していると思われます」とクロエは報告した。
「娘の持ち物にまで…はぁ。なんと情けない…」
ハドソン侯爵が少しの疑問を呈した。
「ランドルク伯爵はそんな恥ずかしいことを妻がしていると本当に知らないのでしょうか?」
「それが不思議なのです。借金の取り立てだってあると思うのですが…」マックスが疑問に思っていることを言う。
「もしかしてボイジャーが受けた毒矢というのは、あの土手に咲いていた花の毒なのでしょうか?」ガイナ伯爵が聞いてきた。
「それも、わかりません。しかしあのボイジャーの反応を見る限り恐らく…とは思っています」
マックスの返答を聞いて、ガイナ伯爵は
「あの花の毒の抽出方法を調べてみましょう。もしかしたら何かわかるかもしれません」と告げた。
「いやしかし…そこまで…」マックスが言い淀むと
「なに!仲間のためになにかしたいだけですから!これで解決できるとは限りませんし…」とガイナ伯爵は笑った。
「そうですな!私にも手伝わせてください」
「もちろん、私にも…」
「皆さんありがとうございます」とマックスは頭を下げて感謝の言葉を告げた。
クロエは隣で嬉しそうに微笑んでいた。
エリックも満足気に笑っていた。
「さて、我らはこれからどうしようか…。旅は続けなくてはならないが、ハングをこのまま放置するわけにはいかない…」腕を組みながらエリックは思案する。
「あの、殿下。恐れながら、殿下のお許しをいただきましたら、私どもの配下の者を派遣させていただきたいと思うのですが…」と恐る恐るクロエが申し出ると
「そうだな!その手があったか…!」エリックがいい事を思いついたかのように言った。
「?」
「アルシェッタよ。ハング伯爵領の暫定統治を命ずる。ハングの一件が終わるまで頼めるか?」エリックはニヤリと笑った。
「かしこまりました。ご下命謹んで拝命いたします」とクロエもニヤリと笑った。そして
「では、早速必要人員を呼んで参ります。今夜中に戻ります」と言った。
気がつけば、夜明け前だった。
ハドソン侯爵が「今夜中に…ですか?」と驚いていると、
「はい、では行って参ります。皆様は少しお休みくださいませ」と言ったクロエは一礼してサロンを出ていった。
クロエが出ていった扉を見ながらエリックは「今夜中は難しいだろう?…ドミトス」とマックスを見た。
マックスは「いいえ、彼女ならやるでしょう」とニヤリと笑った。
エリックは乾いた笑いを溢した。
ハドソン侯爵は「アルシェッタ殿は5年領地を治めていると聞きましたが…彼女はいったいいくつなのですか?」
「うん?確か…」エリックは言いながらマックスを見る。
「アルシェッタ殿は21歳です」マックスは即答した。
諸侯は驚きを隠せなかった。
「21歳ですか?では代理は16歳からされているのですか?」ハドソン侯爵は少し動揺していた。
「なんと…16とは…」アイルナ伯爵も絶句している。
「なぜそんな事に…」ガイナ伯爵が呟いた。
「両親が亡くなったからな…」
「ご両親はなぜ亡くなったのですか?うかがってもよいものでしょうか?」ナグラダ伯爵は泣きそうに言った。
エリックは「うーん…」と言いながらマックスを見るがマックスは目を伏せて誰の顔も見ない。
エリックは観念したように「今から話す事は国の極秘事項だという事を忘れないでくれ」と皆の顔を見た。
諸侯は皆頷いた。
そして、クロエの両親が亡くなった本当の原因。国家間で決めた秘め事。そして隣国の〈けじめ〉を見届けさせた事を話した。
皆、無言だった。
エリックはさらに続ける。
「アルシェッタが数多の困難を受け入れてくれたおかげで、ムーンベルクとの交易を始めることができた」
「そうだったのですね…アルシェッタ殿は本当に…」とアイルナ伯爵が言っていると、扉をノックする音がした。
静かに扉が開き、ハング伯爵家の侍女長らしき女性が入ってきた。
「お話中失礼致します。お部屋の準備ができました。どうぞおやすみくださいませ」と一礼した。
「部屋?誰が頼んだ?」エリックは不審そうに尋ねた。
「はい、アルシェッタ辺境伯代理様が、ご当主様ご一家が流行り病に罹られたかもしれない。隔離するので、落ち着くまで暫定的にアルシェッタ辺境伯代理様が統治されることとなった…と。対応策をご検討いただいている皆様は大変お疲れなので部屋の準備をしておやすみいただくようにと承りました」
エリックは「はっ…たいした奴よのう。わかった。ご苦労だったな…案内を頼む」
「かしこまりました。こちらへ…」と皆は部屋に案内され暫しの休息を取った。




