〈35〉
「では、主人の元に案内してもらおう…」
賊達は護衛によって無理矢理立たされた。
耳から血を流している賊は「俺達を雇ったのはそっちじゃない!」と叫んだ。
エリックは「ん?ではどこにいる?」
賊は自分達が逃げて行った方を見て「あっちだ!」と叫んだ。
「そうか…随分忠誠心があるのだな…」と言ったエリックは賊が腰に巻いている剣帯を護衛に切らせた。
革でできた剣帯には焼印が押されていた。
貴族に雇われた護衛騎士は雇い主から制服などを支給されるが、支給された剣帯には大抵家紋の焼印が押されているのが普通だった。
「ふふ、ツメが甘かったな…それにお前達が逃げた方はガイナ伯爵領の中心部があるところだ…ガイナ伯爵はここにいる」
「うっ…」
「ガイナ…ハング伯爵領に行く道はあるのか?」
「はっ、少し先に行ったところに分岐があり、それを左に折れれば、道なりにハング伯爵領の中心部に出ます」
「はぁ〜、もうすぐ宿場町だと思ったのに…仕方ない、行き先を変更する!」
「「はっ」」
一行はハング伯爵領に侵攻方向を変更した。
…………………………
ハング伯爵の屋敷前に商隊の一行が停まった。
不審に思ったハング伯爵家の家令は玄関前に急いだ。
そこには金髪の屈強そうな護衛が立っていた。
家令は一目見て平民ではないと判断して
「いらっしゃいませ。ハング伯爵家の家令でございます。本日は当家にいかようなご用向きでございましょう」
その護衛は「マクシミリアン・ドミトスと申す。ご当主はご在宅か?」
家令は慌てて「こ、これは…公爵様。どうぞこちらへ…ただ今、取り次ぎをさせていただきます」
「いや、こちらで結構。旅の途中なので…それでご当主は?」
「かしこまりました。急ぎます故、暫くお待ちくださいませ」と慌てて家令は屋敷の奥に駆けていった。
暫くして、ハング伯爵が玄関前に姿を現した。
相当焦っているのがうかがえる。
「こ、これはドミトス公爵様。このようなところにわざわざお運びいただき恐縮です。先ずはご案内いたしますので、どうぞ奥へ…」ハング伯爵は青くなっているが、平静を装ってマックスを招き入れようとしていた。
しかし、マックスは「いや、構わない。土産を持ってきただけだから…」と言って、車列の後方に目をやる。
護衛3人に拘束された野盗に扮したハング家の護衛が引っ張られてきて、ハング伯爵の目の前に放り出された。
「うっ…」ハング伯爵は声すら出せなかった。
「ハング伯爵家の護衛達だ…なぜ商隊を襲わせた?」
「…そんなこと、私は命令しておりません!そもそもこの者達はハング伯爵家とは無関係の者達です!」
ハング伯爵が言い終わると同時にマックスはハング伯爵の足元に剣帯を放り出した。
「この者達はこの剣帯をつけていた。確認したから間違いない…どういう事だ?」
「剣帯など…」と剣帯に目をやったハング伯爵はその後の言葉を失った。家紋の焼印が見えていた。
「ぐっ…」とハング伯爵は拳を握った。
「決まったな」と馬車の中から声がした。
マックスは馬車の中に向かって「はい」と返事をした。
馬車の扉が開き威厳を纏った商人が出てきた。
「で…殿下!」ハング伯爵は衝撃に目を見張る。そしてすぐに我にかえり臣下の礼を取った。
「ハングよ、ゆっくり話を聞かせてもらおう」
そしてハング伯爵家家令に「部屋を借りたい、準備を頼む」さらに馬車に向かい「皆も、休ませてもらおう。少し時間がかかりそうだ」と馬車に向かって声をかけた。
馬車の中から商人の姿をしたハドソン侯爵、アイルナ伯爵、ナグラダ伯爵、ガイナ伯爵が出てきた。
「ガ、ガイナ伯爵…」ハング伯爵はガイナ伯爵の姿を見て絶句した。
それを見たエリックは「うん、なにかありそうだね…。ドミトス、アルシェッタ。護衛を頼む」とふたりに言い
クロエとマックスは「「はっ」」と一行の前と後ろについた。
家令に案内されてハング伯爵邸のサロンに案内された。
全員が部屋に入るのを確認したクロエはマックスになにか耳打ちして姿を消した。
「では、私はこれで…」とサロンから退室しようとした家令に「いや、家令殿もこちらで待機してください」とマックスの横を示した。
「かしこまりました」と家令はマックスの横に立った。
ハング伯爵は所在なさげに立ち尽くしていた。
「諸君、私の屋敷ではないが、適当なところに座って休憩してくれ…」と一番奥のひとりがけソファに座ったエリックが4人の諸侯に言った。
4人の諸侯もエリックの両サイドに設られた長ソファに2人ずつ分かれて腰を下ろした。
暫く沈黙が続く。
扉をノックする音がして、クロエがティーセットの乗ったワゴンを押してきた。
「皆様お疲れでございましょう。この家の者はまだ信用できませんので、私が厨房をお借りして参りました。茶器は全て私の手で洗ってございます。茶葉も新しい物を開封いたしました」
そう言いながらクロエは手際よくエリック達に茶を淹れる。
「もし、毒味が必要ならば…」
「ふふ、いや、必要ない。私は諸君達を信用しているからな…いただこう…いい香りだ」エリックは茶をひとくち飲んで「美味いな…」と溢す。
それを見た諸侯もティーカップを手に取り口に運んだ
「ほぉー。美味いですな…アルシェッタ殿は茶を淹れるのもお上手だ…」ハドソン侯爵は疲れが癒やされたかのようにため息をついた。
他の3人の伯爵達も
「はぁ〜。こんな美味い茶は久しぶりですな…」
「疲れが取れるようですな…」
「本当に…茶で癒されるとは…アルシェッタ殿の茶が体に沁みます」
皆、大事そうに茶を飲んでいた。
無理もなかった。この半月近く、ゆっくり茶を飲む時間もなかったから。
「ふふ、ありがとう存じます。お変わりのご用意もございますよ」
エリック達は二杯の茶を飲み干した後、やっと落ち着いてハング伯爵に向き合った。




