〈33〉
ナグラダ伯爵領とガイナ伯爵領の境には川が流れている。
そこまでやってきた一行は土手に咲く花の美しさに目を奪われた。
そのまま川に架かる橋を渡ろうとして、急にボイジャーが興奮し出した。
「ボイジャー?…おい、どうした?」マックスも珍しく焦っている。ボイジャーの制御がうまくいかない。
一行は歩みを止め、クロエとウイングはマックスとボイジャーのそばに駆け寄った。
ウイングから飛び降りたクロエはボイジャーの手綱を持ち、ポンポンとボイジャーの首元を叩き、落ち着かせようとする「ボイジャー!ボイジャー!大丈夫だから…ほら…大丈夫だから…どうどう…」
それで少し落ち着きを取り戻したボイジャーからマックスも降りてボイジャーを宥め始めた。
「ボイジャー…ボイジャー…どうした?」と言いながらボイジャーの背を撫でる。
そこにガイナ伯爵が「どうされた?」と声をかけてきた。
「わからないのです。急に興奮し出して…」
マックスがそう話している間にもボイジャーは後退り、手綱を握るクロエとマックスを引っ張る。
何かに気がついたのかウイングまで川から離すようにクロエを背中から押してくる。
「ウイング?ウイングまでどうした?」クロエはボイジャーに構っている場合ではなくなってきた。
クロエとマックスはウイングとボイジャーを落ち着かせるため、押されるまま、引っ張られるまま川から離れた。
少し離れると2頭は落ち着いた。
それを見ていたガイナ伯爵が「この2頭は特別な訓練でも受けているのですか?」と聞いてきた。
「いいえ、特に何も…」ふたりはウイングとボイジャーの背を撫でながら答えた。
それを聞いたガイナ伯爵は川の方へ歩いて行った。
そして、また戻ってきて「あの花に反応したかもしれません…」と土手の花の群生を指さした。
「花…ですか?」
「はい、こちらへ…」とガイナ伯爵がふたりを川へ誘導しようとするとボイジャーがクロエとマックスの行手を阻んだ。
マックスが「そうか…ボイジャー。守ってくれようとしてくれているんだな…ありがとう。大丈夫だ、ちょっと見てくるからお前はここで待っていてくれ…」
と言うとボイジャーはおとなしくなった。
クロエもウイングに「ボイジャーと待っていてくれな」と言ってふたりはガイナ伯爵について行った。
土手には色鮮やかな花が咲いている。
「この花の群生の中に紫色の花の塊が見えますか?」
「はい。確かに薄い紫色の小さな花の塊が見えます」
「確かに…」
「あの花の根には毒があるのです」
「え?」
「すぐに害になるわけではないのですが、何度か精製して毒を抽出させる…と聞いたことがあります。精製した毒を摂取したら死に至る…とも」
ガイナ伯爵の話を聞いていると、いつの間にかエリック達が後ろにいた。
エリックは「その精製方法を知っているか?」とガイナ伯爵に問いかけ
「残念ながら私は知りません。聞いたところによると、なかなか大変な工程だとしか…」
「…そうか」
マックスは「一度、ボイジャーは私の代わりに毒矢を受けたことがあります…」と告げた。
皆、一様に驚いていた。
ガイナ伯爵が「そうでしたか…もしかしたらそれに関係があるかもしれませんね」と言い「でも、花には毒性は無いと聞いていますから…」と言うと
「ありがとうございます。ちょっと言い聞かせてきます」とマックスはボイジャーの方に歩いて行った。
クロエも後に続きウイングの元へ行く。
ふたりは一行に背を向けて、並んでウイングとボイジャーに「大丈夫だ」と言い聞かせていた。
そのふたりを見ながらハドソン侯爵は「毒矢…ですか」と呟いた。
ウイングとボイジャーが落ち着き、一行は無事に橋を渡り終えた。
ちゃんと橋を渡ってくれたボイジャーにマックスは「ボイジャー、ありがとうな…よくやった…」とポンポンとボイジャーの首元を優しく叩いていた。
ボイジャーも「ブルブルルル」と少し首を上下して答えているように見えた。
その一連の動きを見ていたハドソン侯爵は窓の外のマックスとボイジャーを見ながら「いい馬ですな…素晴らしい信頼関係だ…しかし毒矢とは…」と呟いて
エリックの方を向いた。
「商隊長はご存知だったのですね?」
「まぁな、ボイジャーが毒矢を受けながら逃げ込んだのがアルシェッタ辺境伯領だったらしく、そこでボイジャーだけでなくドミトス公爵も鍛え直してもらったらしい…と聞いている」
「なるほど…アルシェッタ殿という方は…」とハドソン侯爵は反対の窓の外にいるクロエに目を向けた。
そして、ガイナ伯爵領の最初の宿場町に到着した。
ガイナ伯爵に案内されて宿場町をまわる。
クロエは馬車道を見てから歩道と馬車道の間を見ている。
ガイナ伯爵は「アルシェッタ殿なにか気になることがおありですかな?」
「あ、申し訳ありません…実は以前ガイナ伯爵領で大雨に遭いました。一晩明けて出立しようとしましたら、大雨のあとなのに水たまりひとつなくてとても移動し易かったものですから、どうしてなのかな?と思いまして…」
「そうでしたか…いや、気がついていただいて嬉しいですな。実は街道を側道に向けて少し勾配をつけまして側道に掘りました水路に流れ込むようにしているのです。そして水路に人が落ちないように細く穴をあけた平たい石を蓋にしているのですよ」
「ほぉ!そうなのですね!その雨水はどこにいくのですか?」
「水路は川まで繋がっていて川に流れ出るようにしているのですが、ナグラダ伯爵領のように雨水を窯にためて利用するのも良いのではないかと思っております」
いつのまにかガイナ伯爵とクロエのそばには皆が集まって、ガイナ伯爵の話を聞きながらメモを取っていた。




