〈31〉
迎えにきてくれたシルビアと共にクロエはサロンに向かった。
アイルナ伯爵夫人とも再会の挨拶を交わし、食前酒を振る舞われる。
シルビアと共にいたクロエはアイルナ伯爵夫妻のそばにいることになった。
「息子のマシューです」とアイルナ伯爵から令息を紹介され
「マシュー・アイルナと申します。妹と懇意にしていただいているようで、感謝申し上げます。私とも懇意にしていただければありがたく存じます」とマシューも挨拶をしてきた。
クロエは「アルシェッタ辺境伯代理のクロエ・アルシェッタです。どうぞよろしくお願いします」とマシューに挨拶をかえしていた。
皆でダイニングに移り、食事が始まる。
やはり疲れているのか皆口数が少ない。静か過ぎる時間が流れそうになっていた。
そこでクロエが話題を提供した。
「アイルナ伯爵領の街道沿いにある小高い丘からの眺望はとても素敵でした。ご家族はご覧になったことはおありになりますか?」
「まぁ、そんなところが我が領地にありましたの?お恥ずかしい、存じませんでした」とシルビアが話に入ってきてくれた。
「ああ、その丘の眺望が良いことも実は今日初めて知ったのだ…」アイルナ伯爵が続けば
ナグラダ伯爵も「あの丘からの見える田園風景、遠くに見える王都。吹き抜ける風。確かに癒されたな…」と話題に入ってきてくれた。
その話をきっかけに、時々僅かな笑い声が出るほど話題はいろんな方向に飛び、ダイニングは穏やかな空気に包まれた。
食後サロンに移り、皆で歓談していると、マシューがクロエに話しかけてきた。
「辺境伯代理殿のことは一度王宮舞踏会でお見かけしました。辺境伯代理とうかがっておりましたので、こんなにお若く美しい方だったなんて、最初は信じられませんでした。実は、あの時あなたが神々しく見えて、とても近寄り難い方かと思っていたのです。しかし妹が〈クロエ様が…〉〈クロエ様は…〉とあなたのことをとても嬉しそうに話すので、今日お目にかかれることを楽しみにしておりました」
「まぁ、そうだったのですね…」
「今回の調査が終われば、王都にお戻りになるのですか?」
「ええ、王都に戻るまでが現地調査ですので、そのつもりです」
「そうですか!それでは…」とマシューが話を続けようとしたところに、
「ふふ、話が盛り上がっているところ申し訳ない、どうやら皆さんお疲れのようで、お部屋に下がられるようですよ。辺境伯代理殿はいかがいたしますか?」と笑顔のマックスがふたりの間に割り込んできた。
クロエは助かった…とばかりに「確かに、やっと半分ですものね…明日のためにも私もこれで休ませていただきますわ。マシュー様、このお話の続きはまた今度ということでよろしいでしょうか?」と笑顔をマシューに向けると
「ええ…もちろんです。お疲れのところ失礼致しました。ゆっくりおやすみください」と少し強張った顔でかえしてくれた。
マシューはマックスの眼光に萎縮していた。
クロエはマックスにエスコートされて、エリック達一行が待つサロンの扉の方に歩いて行った。
エリック達一行はクロエとマックスが合流するのを確認すると、全員でサロンを退室していった。
後に残されたアイルナ伯爵は「ふふふふ、マシュー…残念だったな…」と笑って息子に言った。
マシューも「全然相手にしてもらえませんでしたよ…」と肩を竦めて苦笑いをしている。
その横で夫人とシルビアはクスクス笑っていた。
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翌日の早朝。一行は出立の準備をしていた。
「クロエ様。おはようございます」とシルビアが近寄ってきた。
「シルビア様、おはようございます。とても居心地よく、寛がせていただきました。ありがとうございました」
「とんでもございません。ご帰還の途の折もお立ち寄りいただけるとのこと。お待ちしておりますわ!それと、私、クロエ様にお礼を申し上げたくて…」
「お礼…ですか?」
「はい!昨夜、皆様がお部屋にお戻りになった後、父から〈丘の施設の運営をやってみるか?〉と言われましたの!驚きました。以前の父でしたら〈女に仕事は必要ない〉と言っていたのに…。〈規模は比べようもなく小さいが、辺境伯代理殿のように頑張ってみるか〉と言われました。ありがとうございます」
「まぁ、そうでしたか…うふふ、あの丘をシルビア様が…とても楽しみです!お互い頑張りましょうね」
「はい!ありがとうございます」
そして、一行はアイルナ伯爵一家に礼を告げ、出立した。
田園地帯の街道を進み、山間の雑木林の前にある宿場町で視察をして昼休憩を取った後、雑木林の入り口までやってきた。
雑木林では野盗が出没すると出立前にアイルナ伯爵とナグラダ伯爵から聞いていた。
一行はスピードを上げて、急いで雑木林を抜けることにし、馬車のチェックをする間、クロエは雑木林の様子をうかがっていた。
そこにアイルナ伯爵が「辺境伯代理殿、なにかお気づきのことはありますか?」と聞いてきた。
クロエが振り返ると、アイルナ伯爵の後ろにはエリックをはじめ全員がいる。
「あ、いえ…たいしたことではないのですが…少し気になりまして…」
「ほう。是非お聞かせ願えますかな?」
「私も気になります。お聞かせください」とナグラダ伯爵も言ってきた。
「道幅ギリギリのところまで、草や木が茂っております。野盗が隠れるところがあり過ぎるな…と思ったのです。それと、木の枝葉が伸びて街道を覆っています。これでは昼間でも薄暗く、なにかあった時に狼煙も上げられないのではないか…と」
「気がつきませんでした…そうか、こんな近くに潜むところがあったのか…」
「なるほど、そうだったのですね…辺境伯代理殿だったら、いかがなさいますか?」
ナグラダ伯爵の質問に
クロエはしばらく考えて「そうですねぇ…両側道幅半分くらいの草や木を刈って、街道の上を覆うように伸びてきている枝を落とします。そして、できるだけ先の見通しをよくします。できたら雑木林の出口が見えるように…そうすれば、野盗が隠れていても馬車までの距離があるので、早く気づけばその分逃げる時間を稼げますし、枝葉が無ければ昼間は明るいですし狼煙もあげられます。先が見えれば目的地がわかって尚良いかと…思った…の…です…が…」
滔々と話していたクロエに皆の視線が集中していることに気がついて、最後は戸惑ってしまった。
視線の先のマックスはメモをとっていた。それはいつも通りだった。
しかし、メモを取っているのはマックスだけではなく、ハドソン侯爵、アイルナ伯爵、ナグラダ伯爵、ガイナ伯爵もいつの間にか写し取った地図とペンを持ちメモを取りはじめていた。
「ナグラダ伯爵、これは一緒に整備をした方が良さそうですな…」
「そうですね…そうしてもらえるとこちらもありがたい…」などと、アイルナ伯爵とナグラダ伯爵はメモを取りながら打ち合わせまでしていた。
エリックはひとりニヤニヤ笑っていた。
準備が整って一行は雑木林を急いで前に進んだ。
クロエもマックスもあたりに注意を払いながら先を急ぐ。
雑木林の中ほどまで来た時、最後尾の護衛から危険を知らせる笛が鳴った。
二台の馬車の中に緊張が走った。
「野盗か?」とエリックが強張った声でハドソン侯爵に聞いた。
「どうも、そのようです…」ハドソン侯爵も声が震えている。
その時、マックスが馬車の窓をノックした。そしてエリックと御者に「全速力で雑木林の中を進んでください」と告げて馬首を返し後方に向かって走っていった。
後ろの馬車の中も緊張に包まれていた。
「野盗が…」
「やはり出てしまった…」
「ナグラダ伯爵はいつもどうしているのだ?」
「ここを通る時は、いつも早朝に…」
「それを早く教えてくれ!」
「ガイナ伯爵は?」
「私は、遭遇した事がありません。私の馬車はこんな立派な馬車ではありませんから、野盗に狙われることも無く…」
その時窓をノックする音がした。クロエだった。
窓を開けたアイルナ伯爵に「全速力で雑木林の中を進んでください!」と告げ、御者にも同じことを告げた後、馬首を返し後方に向かって走っていった。
クロエは後続の荷馬車の御者にも同じことを告げながら最後尾に向かって走った。




