〈30〉
翌日、商隊は侯爵領に入り街道は馬車で、宿場町は馬車から降りて徒歩で視察した。三つの宿場町を視察したので、かなりの強行軍だった。
その日は侯爵の屋敷に招待してもらっていた。
皆多少疲れていたのか、食事中、前日ほど会話ははずまなかった。
食後サロンに案内された。さすが侯爵家のサロン。広くゆったりと家具が配置されていた。
夫人とご令嬢がもてなしてくれる。
男性達の話が途切れたのをきっかけにクロエは侯爵に話しかけた「ハドソン侯爵様、少し伺いたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
妙な沈黙を避けたい侯爵は「ああ!もちろん。なにかな?」とクロエに告げた。
「ハドソン侯爵領の街道は(轍)がなかったのですが、どのようなメンテナンスをされているのでしょう?」
この質問は侯爵の自尊心をくすぐったようで
「気がついてくれたのか?…実はあれは煉瓦の下に大きく切り出した石を土に埋めてあるんだ。道幅と同じ幅の石を切り出してきてね…」と饒舌に話始め、クロエはメモをとりながら熱心に聞いていた。
他の3人の伯爵はその様子をぼんやり眺めて、エリックはニヤニヤしながら、マックスは少し目を伏せ口角をあげて侯爵とクロエの話を聞いていた。
そんなマックスに可愛らしい声でご令嬢が話しかけていった。
「ドミトス公爵様はとても素敵でいらっしゃいますね!それで婚約者様がいらっしゃらないなんて不思議ですわぁ…」と自分をアピールする言葉を続ける。
「え?ああ…そうですか?」と気のない返事をしても気がつく様子はない。
「私も普段は王都におりますの。もしよろしかったら…」
「レイラ。今は仕事の話をしている」とハドソン侯爵はひとこと娘に言った。
レイラと呼ばれたご令嬢は「申し訳ございません。失礼いたしました」と口を噤んだ。
娘に注意するために話が中断した侯爵はクロエに「失礼した。それで話の続きですが…」と再びクロエの方に向き直って話を続けた。
翌朝、ハドソン侯爵の屋敷を後にした。
一行は見送りに出てきていた侯爵夫人とレイラ嬢に礼を告げて出立した。
馬車の窓の中から小さくなっていく妻と娘を見ながら侯爵は「今さらながら、陛下と殿下が仰っていたことが理解できたようです」とポツリと溢した。
「女性の政務進出か?」
「はい。認識を改めねばならないと思いました」
「ふふ、そうか…嬉しいな」
その後、ハドソン侯爵領の現地調査では、質問するクロエ、答える侯爵、メモをとりながら聞くクロエとマックス、その様子を見ているエリック。そしてその後ろからついてくる3人の伯爵。という形で進んでいった。
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その日の夜はアイルナ伯爵領に入って初めての宿場町だった。
徒歩で宿場町の街を見て回りやっと宿に入り食事となったが、皆、疲れているのか殆ど会話がなく食事を終えると4人の諸侯は早々に自室に引き上げていった。
「くっくっくっ…。まだ4日目だというのに、この先大丈夫かなぁ」とエリックは笑う。
そして「君たちは大丈夫なのかい?」とクロエとマックスに聞いた。
「はい。特には…まだ4日目ですから」とマックスが言うので、クロエも頷いた。
「ふふ、頼もしいね…さて、私も明日に備えて休むよ…」
「はい。お疲れ様でございました。また明日よろしくお願いします」とクロエとマックスは立って礼をしてエリックを見送った。
エリックを見送ったふたりは再び椅子に腰掛け
「クロエもお疲れ様。もう休む?」とマックスが言うので、
クロエは「…そうだな…エールを一杯飲んでからにしようかな」
「いいね、俺も!」
ふたりはエールを注文し、他愛無い話をした。クロエやマックスにとって、エールを一杯飲む間のこの時間は久しぶりに感じた心休まる時間になった。
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アイルナ伯爵領を通る街道は田園地帯のなかほどにある小高い丘を越え再び田園地帯の間を抜けるように伸びている。そして山間にある雑木林を抜けるとナグラダ伯爵領に入ることになる。
クロエ達一行はその小高い丘で小休憩を取っていた。
この丘は以前マックスときた丘だった。
眼下に田園が広がり、遠くに王都が小さく見える。振り返れば、これから進む街道が田園を縫うように走っているのが見える。爽やかな風が丘に咲く野の花を優しく揺らしていた。
その景色を堪能しながらクロエが何気なく「アイルナ伯爵様、ここは素敵なところですね。遠くから来た旅人はこの景色で癒されるのではないでしょうか…」と偶然隣に立ったアイルナ伯爵に言った。
刹那、はっと我にかえったクロエが「あ、申し訳ございません。出過ぎたことを言ったようです」と謝ろうとすると
「いえ、そう言ってもらえて嬉しいです。実は私はこの丘にはあまり足を向けませんでした。特に関心もなかったのですが…そうですか、そのように感じていただけるのですね。この丘で小休憩を取ってもらえるような施設を設置するのも良いのかもしれませんな…。貴重なご意見ありがとうございます」
と、今までの態度からは想像がつかない対応をしてきたアイルナ伯爵にクロエは少々戸惑った。
そしてアイルナ伯爵は「さぁ、今日の最後の予定地の宿場町に参りましょう。辺境伯代理殿の感想をお聞かせ願えますかな?」と少々照れた笑いをクロエに向けた。
そんなふたりを見てエリック、マックス、ハドソン侯爵は穏やかに微笑み、ナグラダ伯爵とガイナ伯爵は戸惑った笑顔を見せていた。
しかし、一番戸惑っていたのは笑顔を向けられたクロエだった。
その夜は、街道を少し外れてアイルナ伯爵の屋敷に逗留することになっていた。
アイルナ伯爵の屋敷に入ると、夫人と令息、令嬢が出迎えてくれた。
ひと通りの挨拶を交わし、それぞれの部屋に案内される時、アイルナ伯爵令嬢がクロエの案内を申し出てきた。
アイルナ伯爵令嬢は「クロエ様!お久しぶりでございます。お目にかかれるのを楽しみにしておりました」とクロエに話しかけてきた。
「まぁ、シルビア様!」
「はい!覚えていてくださりましたか?」
「ええ、もちろんです。お元気でしたか?」
王都でのお茶会で何度か顔を合わせ、ホテルのお茶会にも招待したご令嬢だった。もちろん夫人のことも顔見知りだった。
シルビアは「今夜は私もご一緒させていただきます。後でお迎えにあがります。それまでごゆっくりお過ごしくださいね」とクロエを部屋に案内して辞していった。




