〈29〉
いよいよ〈商隊〉出立の日。
王宮、通用口前は出立準備で賑わっていた。
馬車が二台、荷馬車が四台御者に扮した近衛兵が6人、護衛に扮した近衛兵が6人と立派な〈商隊〉だった。
豪商に扮した侯爵、伯爵が荷物の積み込みを見守りながら「いよいよですな。実はちょっと楽しみになってきているんです」とナグラダ伯爵が言えば
「ははは、実は私もです。こんな旅の仕方は初めてでして」とガイナ伯爵が笑う。
「仕事も大事だが、他領の街の様子も気になりますからな…楽しみです」とアイルナ伯爵も追随した。
「しかし、辺境伯代理はいろいろ大丈夫なのですかな?」ガイナ伯爵がまた言い始めた。
「…と、言いますと?」誰かが問いかけると
「女性が侍女も付けずに…ひと月をかけて王都と辺境を往復するのですぞ…無理に決まってます。足手纏いにならなければ良いが…」
ガイナ伯爵の話を聞いた皆はなんとも言えず黙ってしまっていた。
そこへ、エリックが「皆、ご苦労。これからひと月よろしく頼む。間違っても〈殿下〉などと呼んでくれるなよ!〈商隊長〉で頼むよ」と皆の輪に入ってきた。
皆は姿勢を正し軽く一礼する。
「さて、揃ったかな?」
「公爵殿と辺境伯代理がまだですが…」
「ん?あの者達は一番後ろで荷物を積んでいたよ、もうすぐこちらにやってくるだろう…あ、きたきた」
とエリックは後方に目をやった。皆もその後を追って視線を後方にやる。
黒と栗毛の二頭の軍馬に跨った護衛がふたりこちらにやってきた。ローブを羽織っているので顔は見えない。
皆の前で馬から降りたふたりの護衛はローブのフードをおろして、一礼した「お待たせいたしました。出立準備が完了しました」とマックスが言った。
「「「「…!」」」」
「そうか、ご苦労。では出立しよう」と前の馬車にエリックとハドソン侯爵が、後ろの馬車に3人の伯爵が分乗し、その両脇をウイングに乗ったクロエとボイジャーに乗ったマックスが護衛としてついた。
〈商隊〉は静かに王宮を出立していった。
エリックは馬車の中でクスクス笑いながら「ふふ、びっくりしたろ?あまりにも辺境伯代理が凛々しくて…ふふふ。皆のあのびっくりした顔…思い出しただけで笑える…皆の目が落ちそうだったぞ…くっくっく…」
イタズラが成功した子どものように笑うエリックに
侯爵が「商隊長。あれはなんの冗談でしょうか…あの格好でひと月も旅をするのですか?無理に決まってます」と眉間に皺を寄せる。
「そう思うか?侯爵、あの馬を見よ、立派な軍馬ではないか…あれは辺境伯代理の愛馬だそうだ。彼女はあの馬を操って王都と辺境の間を4日で駆け抜ける技量の持ち主だそうだ。彼女を甘く見ない方が良いぞ」
「なんと…4日…ですか」と侯爵は窓の外のクロエとウイングに目をやった。
フードを目深に被っているので、顔は見えないが、前を見据えて落ち着いて馬を操っているのがわかった。
「ふふ、侯爵もまだ納得できていない顔をしておるな…因みに、公爵が乗っている馬は訳あって辺境領にいる時に鍛えてもらったそうだぞ…」
反対の窓の外には黒毛の猛々しい軍馬に跨るマックスが見えた。こちらも目深に被ったフードのせいで顔は見えないが他を圧倒するような力強さを感じられた。
「なんと…」ハドソン侯爵は続ける言葉が見当たらずそのまま黙ってしまった。
後ろに続く馬車の中でも話題は護衛に扮したクロエとマックスのことだった。
最初は「公爵殿は誠に凛々しいですな…本当に護衛についてくださっているように見えますな」馬車の窓から見えるマックスを見て話していたが、
すぐに反対の窓から見えるクロエの方に目を移し、
「しかし、女性があんな格好をするとは…大人しく馬車に乗っておれば良いものの…あれでひと月持つんですかな?」
「本当にびっくりしましたな…自分の目を疑ったくらいですよ」
「途中でねをあげても、私らは知りませんからな」
「まことに…いつまであんな格好を続けられるのか見せてもらいましょう」
そんな話をしながら商隊はゆっくり王都を出ていった。
王都を抜け、田園地帯を通り一日かけて直轄領の外れまできた。今日はこの宿場町で泊まる。
まだ旅の初日、富裕層向けのホテルの食堂の個室で食事を摂る時の会話も、明日から本格的に始まる現地調査の事で盛り上がっていた。
当然クロエはその話の輪には入れず、黙々と食事を摂っていた。
夜、厩にウイングの様子を見にきた。
「ウイング、今日一日お疲れ様…ってあまり疲れてないか…ふふ」と話しかける。
ウイングは「ブルブルル」とクロエの問いかけに答えているようだ。隣にいるボイジャーもクロエに鼻面を寄せてくる。「ふふ、ボイジャーも…頑張ったな」と鼻面を撫でていると後ろから
「クロエもお疲れ様」とマックスの声が聞こえた。
「あ、マックス。マックスこそお疲れ様…みなさんのお相手も大変そうだったね」
「ああ、みんな饒舌で…明日からの調査の話で盛り上がってたよ…殆ど自領の自慢大会だったけどね。皆それぞれの考えがあるようだね…自己主張が強い。ははは」
「ふふ、大変そう…」
「クロエは大丈夫か?」
「ああ、まぁ予想通りなので、まったく問題ないよ」
「そうか、フォローしてやれずにすまない」
「マックスが謝ることじゃないよ。〈これが私たちが置かれている状況なんだ〉とどこかのご令嬢が言っていた。まさにその通りだよ…。それにマックスに庇ってもらったら、またそのことで何かを言ってくるのは目に見えてるからね」
マックスは心配そうにクロエの顔を見る。
クロエもマックスを見上げて「ふふ、マックスありがとう。その顔見てたら元気が出てきた。明日からも頑張るよ!」と笑った。
「クロエ…」
「ふふ、それにその顔は反則だ…キスしたくなるだろっ。これ以上流されないように、もう寝るよ!おやすみ」と言いながらウイングやボイジャーの背中をポンポンと叩いて厩を出ていった。
クロエを見送ったマックスは「キスくらい…俺だってしたいさ…」と独り言を呟いていた。




