〈28〉
ひと月後、再び会議のために諸侯が王太子エリックの元に集まった。
今日は会議室の真ん中に大きな机が置かれていた。
エリックが座る為に用意された椅子から一番離れた、出入り口の扉に近いところにクロエは座った。
皆、それぞれ資料を持ち込んでいる。
4人の諸侯は「我が領地の街道は…」「宿場町の商店で…」「裏の街道筋は…」などと雑談を交わしているが、クロエはまったく相手にされず、蚊帳の外だった。
クロエが想像していた通りの待遇だったので、特に驚くこともなく、平然と座っていた。
その態度も気に入らなかったのか、ガイナ伯爵が「まったく、女だてらに政務など…。それにこの場の雰囲気の中でも平然として、可愛げのない…これじゃ、婿のきてもありませんわな…」とチラチラとクロエを見ながら、クロエに聞こえるように言っていた。
アイルナ伯爵とナグラダ伯爵は「まあまあ…どこまでついてこられるか、お手並み拝見といきましょう…ははは」と笑っていた。
クロエは(女性の陰口はなかなかだと思っていたが、男性の陰口も負けてないな…)と顔には出さなかったが、思っていた。
ただ、ハドソン侯爵は黙ってその様子を見ていた。
エリックがマックスと文官2人を伴い会議室に入ってきた。
皆、立ち上がって首を垂れる。
「待たせたな…座ってくれ」エリックの言葉に全員が着席した。
そしてマックスが設えられている大きな机に地図を広げた。
「見ての通り交易路の地図だ。最終的にここに改善点を書き込んでいって、整備作業を行なってもらう。お互いの認識の食い違いが起こらないように、その情報をこの地図を利用して共有する」
一同は広げられた交易路の地図を覗き込んでいた。
クロエは手持ちの紙数枚に簡単に写し取ることにした。
そして、本題である諸侯の管轄エリアの街道の話に移っていった。
王都から近い街道を管轄するハドソン侯爵から順に街道の維持管理の状況などが説明された。クロエは写し取った地図にメモを取りながら説明を聞いていた…4人の侯爵、伯爵は現状に満足しているようで、ほぼ自慢話を聞かされることになった。
クロエのようにメモを取りながら説明を聞いているのは文官を除きマックスだけだった。
エリックはその場の様子も備に観察していた。
そしてクロエの順番が回ってきて自領を通る街道の改善点を発表した。
「我が領は辺境であり、街道の往来は皆さまが管轄されている街道ほどではありませんでしたが、今後ムーンベルク王国との交易路の接続点となります。皆さまの街道の管理方法のお話を聞かせていただいて大変勉強になりました。ありがとう存じます。それを踏まえての改善点がいくつも出てきました。例えば……」
机に広げられた地図を指しながら問題点と改善策及び試算等々を述べるクロエの声が静かな会議室に響いた。
エリックは満足そうに頷き、
マックスはすました顔でメモを取りながら、唇の端を少しあげていた。
「辺境伯代理。具体的な話でよくわかった。これで、皆が今、伝えるべきことは以上か?」
誰からも発言がなかったのでエリックは続けた。
「そうか…これはあくまでも机上の論に過ぎない。これを叩き台に現地調査を行う。あー、因みに私も同行することが決まった」
皆が一斉に驚いた。
「殿下!それはこの前も申しましたが…」ハドソン侯爵が進言するのを片手で制して
「わかっておる。しかし、ムーンベルク王国のランスロット王太子も我らの試みは面白いと仰ってな、あちらも王都から辺境までの街道を現地調査するらしい。そしてお互いの辺境伯領で最終調整をして、そのまま調印式を行うことになった」
「しかし…そうなれば警備が…大掛かりな移動になりますが…」
「ドミトス公爵にも言われた…私がいると知られれば、普段の様子がわからなくなる…とな」
「そこまでご理解くださっているのなら…」
「ふむ、理解した。だから身分を隠して、商隊関係者として動くことにした。近衛にもギルドで雇った用心棒に変装してもらう」
「そんな、無茶な…」
「ふふ、楽しみだな…私は今回の件をなんとしても成功させなければならない。多少の無茶には付き合ってくれ」
そして、一抹の不安は抱きつつ、皆で〈商隊〉として現地調査に向かうことになった。
〈商隊〉の出立日と日程など詳細を決めて会議は終了した。
クロエが会議室から出ようとして、伯爵達の声が聞こえてきた。
「〈商隊〉に変装ですか…またこれは突飛なことですな…」
「今回は突飛なことが多いですな…〈商隊〉に変装もそうですが、女性が政務などと…会議中の態度もまったく可愛げのない…」相変わらずガイナ伯爵はクロエのことがお気に召さないようだ。
小さくため息をついたクロエは聞こえないふりをして会議室を出ようとしていたら、
「我々も認識を改めねばならないようですな…」とハドソン侯爵が伯爵達の話に入ってきた。
「それはどういう意味ですか?」とのアイルナ伯爵の問いかけに答えず
「私は、これで失礼…」と伯爵達に背を向けていた。
そしてクロエの方に足を向けた時
「辺境伯代理!」とエリックがクロエを呼ぶのが聞こえた。
クロエはエリックに「はい!ただいま!」と返事をして、侯爵に軽く一礼をした。
侯爵が頷くのを見てクロエは急いでエリックとマックスの元に向かった。
「お待たせいたしました」
「いや、急に呼び止めてすまない。商隊のことだけど、君は剣の腕が相当立つようじゃないか?だから、護衛に扮してくれるか?」
「え?…よいのですか?」
「ああ、ドミトス公爵も護衛に扮してもらう。ドミトス公爵よりも強いのだから大丈夫だろう?」とエリックはイタズラっぽく笑った。
「いえ、そんなことはありませんが、嬉しいです。ありがとうございます」
「ふふ、そんな謙遜を…。今朝、近衛と公爵が手合わせしたが、誰にも負けなかったぞ…、その公爵よりも強いのだから…頼もしいな、頼んだよ」
「はい。ありがとうございます」
「あとは、公爵と打ち合わせしてくれ」と言ってエリックは会議室を出ていった。
「閣下、ありがとうございます」
「いや、その方が動き易いだろう?」
「はい、確かに。しかし閣下より強い…とは言い過ぎです」
「事実だけど…俺は一度もクロエに勝ったことがない」
「あれ以来手合わせしていないだけで、今は勝てる気がしませんが…」
「ふふ、手合わせしたいものだな…」
「ええ、本当に…」




