〈2〉
医師の見立てを聞き、客間に入った。
男は体を綺麗にしてもらい、ベッドで眠っていた。
発熱しているために少し顔が赤く息も少し荒い。
クロエはサイドテーブルに置かれた水桶のタオルを絞って額に浮いた汗を拭ってやった。
ベックが後ろから聞いてくる
「似ていらっしゃいますか?」
クロエは少し首を傾げて
「似ているような気がする…まぁ、今はよい」
そう言って、タオルを水桶に戻し客間を出ていった。
執務室に向かう途中でクロエはベックに話しかける
「ベック、仮にあの男が王都で見た者と同一人物だとしても、あの男が名乗るまで知らないフリをしようと思う。ベックもそのつもりでいて欲しい。使用人達には〈行き倒れの男〉ということにしておいてくれ」
ベックはクロエの考えを汲み
「承知いたしました。そのように…でも、私には教えてくださるのですよね?」
「ベックには何も隠せないからなぁ…ふふ。叱られる前にちゃんと伝えるよ」とクロエは凛とした顔を隠して可愛く笑った。
「ふふ、それはよかった。待ってますからね」
「ふふ、承知した。怒ったベックは怖いからなぁ」
「なんと!失礼な!」二人は声を出して笑いながら執務室に向かって歩いていった。
執務室に入ってクロエはベックに貴族年鑑を出して欲しいと言った。
「もし同一人物ならば、少し情報を入れておいた方がいいだろう?」
「そうでございますね。もし同一人物ならば、かなりの問題を抱えていらっしゃるでしょうから…」
そして二人でクロエの思い当たる家門を探す。
「あ、あった。ドミトス公爵家…ん?2年前に亡くなっている?」
ベックも年鑑を覗き込んで
「そうですね…嫡男はマクシミリアン様。他にもお子がいらっしゃるのですね…ああ、異母弟になるのですね」
「お家騒動か?」
「その線が濃そうですね」
「そうか…フッ」
「いかがされました?」
「いや、ウチのお家騒動とあちらのお家騒動…うまくいかないものだな…」
「あーあ。フッ、さようですね」
そして二人は年鑑を閉じた。
•••••••••••••••••••
男はそのあと、3日発熱が続いた。4日目の朝になりやっと気がついた。
たまたま様子を見にきていたクロエが気がつき、すぐに医師を呼んでくるようにと使用人に指示して、男が横になっているベッドの脇にきて
「気がついたか?」と声をかけた。
男はゆっくり頭を動かして声の主の方を向いた。
金色の瞳がクロエを見ていた。
何かを言いたいようだが声が掠れて話せない。
「あ、喉が渇いているのか…飲めるか?」
そう言ってヤカンの小さいものを男の口に持っていった。
「水だ」
男は素直にヤカンの先を口に含みクロエが少しずつ傾けるとゆっくり水が男の口に入ってきた。
ゆっくり飲み込みホッと息をつく。
小さなヤカンをサイドテーブルに戻したクロエは息をついた男を覗き込んだ。
「大丈夫か?」
男は「ここは?」とあたりを見回してクロエに聞いてきた。
「ここは王都から遠く離れた辺境だ」多くは語らない。
「そうか…生きているのか」
「どうもそのようだな」クスクス笑いながら答える。
その時医師が到着して診察を受ける間、クロエは席を外した。
廊下に出たクロエにベックが聞いてきた
「やはり…ですか?」
「おそらく…間違いないと思う」
「承知しました」
その日からその男の体力を回復させるための療養が始まった。
体に負担の少ない食事からゆっくり食事の量を増やしていき、通常の食事が摂れるようになった頃、男はようやく自力で動けるようになった。
時々様子を見に顔を出すクロエに恐縮していると
「気にするな。怪我人には慣れているから」と男の遠慮を笑った。
「すまない」と男は言った。〈すみません〉や〈申し訳ありません〉ではなく〈すまない〉と
クロエは(ふふ、どうやら間違いなさそうだ…)と思いながら「まずは体力回復に努めてくれ」と凛とした顔に笑顔を乗せて男に告げた。
男は日に日に回復していき、ひと月が経つころには辺境の騎士達に混ざって鍛錬に参加できるほどになっていた。
今朝もクロエは辺境騎士団と鍛錬に励んでいたが。その中にその男もいた。
その男は自身のことを〈マックス〉と名乗った。姓はないと言った。
カーン!カーン!カーン!模擬剣のぶつかる音が鍛錬場に響く。
「おーい!マックス!追い詰められているぞ!」
「クロエ様!あとひと息!」
カーーーンッ!
マックスが持っていた模擬剣が弾き飛ばされた。
「おぉ〜!」歓声が響いた。
マックスは肩で息をしているが、クロエは涼しい顔をして汗を拭いていた。
「今日こそは勝ちたかったよな〜残念」
「しかし…はぁはぁ…クロエ様は…はぁはぁ…なんでそんなに…はぁ…涼しい顔ができるんだ?…はぁはぁ…くそっ」マックスはまだ肩で息をしながら途切れ途切れに言っている。
「ふふ…力任せにかかってくるからだよ…ふふふふ」
「マックスもまだまだだな!」
「そういうお前もだよ!あっははは!」
「ううぅぅ…」マックスは悔しそうに唸っていた。
「さぁ、今日はここまでにして朝ご飯にしよう!お腹空いた!」とクロエは鍛錬場横にあるたくさんの長机が置かれている部屋に入っていった。




