〈17〉
そして王宮舞踏会の日を迎えた。
アルシェッタ辺境伯邸は朝から活気に溢れていた。
5年ぶりに辺境伯邸から紳士と淑女を王宮に送り出す。使用人達の腕の見せ所だった。
朝からウイングやボイジャーとひと汗かいたふたりはすぐに浴室へと追いやられた。
昼食を挟み、使用人達から指示されるままに動き、夕方やっと準備ができた。使用人達は達成感に満ち溢れていた。
マックスは深いネイビーの生地に金糸で刺繍が施されたフロックコートにパールホワイトのシャツとクラヴァット。小さなダイヤモンドのタイピンでクラヴァットを留めている。黄金の髪は黒と金の組紐で結び、品と軍人のような風貌を併せ持つマックスの魅力を十分に引き出し、存在感を放っていた。
対してクロエは緑、赤、オレンジ黄色など多色の絵の具を水に浮かせて生地に染めつけたような色の柔らかい布地でできたタイトなドレスで襟は浅く大きいVカット。めりはりのある体形を強調する形のドレスになったのは、逞しい肩と腕を隠すために袖を共布とシースルーシフォンを合わせて使った、少し腕が透けて見えるパフスリーブにしたせいだった。深い胸の谷間を誤魔化すために長い栗色の髪は首元まで緩く編まれて緑の組紐で結び残りは左肩から前に流された。
宝飾品はダイヤモンドがいくつか一列に繋がっているシンプルなイヤリングだけにしたが、その姿は人目を引く事になるのは間違いなかった。
玄関ホールでお互いの姿を見たふたりは少し恥ずかしそうに笑って渡された上質なウールのマントを羽織り馬車に乗り込み王宮に向けて出発した。
馬車の中では、「なんだかいつもと違って恥ずかしいな…」とクロエが言えば
「なんか、みんなの圧がすごくてここにくるまで流されていた感じしかしないんだが…」とマックスも照れながら言っていた。
「ふふ、でもよく似合っていたよ。今日はご令嬢が放っておかないだろうな…」
「そう言うクロエだって…綺麗だよ。俺、クロエをエスコートするので舞い上がっているかもしれない…」
「いやいや、それを言うなら私もだ…いくらスリットが入っていると言っても、パンツの時のように大股では歩けないから転んでしまうかもしれない…ヒールも高いし…」と自分の履いているネイビーに金糸の刺繍が入った靴を見る。
「あー!」クロエが声をあげた。
「どうした?…あ…」
マックスのフロックコートの色とクロエ靴の色が同じなことにその時初めて気がついたクロエとマックスだった。
「やられたな…」 「やられたね…ふふ」
「マックスには何か細工されてないか?」とクロエが聞いてきて初めてマックスも自分の衣装を確認してみた。
「あー、やられたなー」
「え?どこ?」
「ここ」とマックスは自分のクラヴァットタイを指し示す。
よく見るとタイは二重になっていて、パールホワイトのタイの下からクロエドレスの共布がチラチラ見える仕組みになっていた。
「ははは…やられたね!参った!」
「…ったく。ははは!おかげで緊張が解けたよ!ははは」
いつも通りのクロエとマックスに戻ったふたりを乗せて馬車は王宮の門をくぐり抜けていった。
正面玄関で馬車を降りたふたりは、侍従に案内されて別室待機になった。
途中、何人かにふたりで歩く姿を目撃されたが、すぐにドミトス公爵とアルシェッタ辺境伯代理とは思われなかったようだった。
王宮舞踏会は下位貴族から順に名を呼ばれ玉座に座る国王、王妃に挨拶をし、貴族が全員入場した後王族が順に入場してからパーティーが始まる。
今日は特別にドミトス公爵とアルシェッタ辺境伯代理が貴族の一番最後に入場することになっていた。
挨拶が済んだ貴族は指定された場所に移動して後続の貴族の入場を待つ。ロベリアも夫や息子夫婦と共に指定された場所に立っていた。
高位貴族が全員入場し後は王族の入場を待つだけだと思っていたその時、侍従が高らかに「ドミトス公爵様!アルシェッタ辺境伯代理様!ご入場」とアナウンスがあり、開かれた扉の向こうから金髪のひと際目を引く屈強そうな美丈夫が神々しいほどの存在感を放つ美女をエスコートして入場してきた。
一気に場内はざわつきはじめた。
「あの方、クロエ様?…えー嘘。素敵!」
「クロエ様をエスコートしているのは…御者の方?…公爵様?…まぁ!どう言うこと?」
「お二人とも素敵ね。ため息が出てしまうわ…」
「公爵殿は領地で療養されていると聞いていたが…?」
「療養?とても元気で…それどころか彼は軍人だったのか?」
「前に見た公爵殿はあんなに大きかったか?」
「もともと背の高い方だったが…あんなに存在感があったとは記憶にないが…」
様々な声がヒソヒソと飛び交っている中、ロベリアは呆然としていた。
(別邸に閉じ込めているはずなのに…なぜここにいる?)
(なぜ、あんなに元気なの?)
(辺境伯代理?あんな子じゃなかったわよ)
頭の中はそんな疑問が渦巻いていた。
そして、そんなロベリアの様子をクロエとマックスは視界の端におさめていた。
皆が注目する中、クロエとマックスは国王と王妃の前に辿り着き、カーテシーと臣下の礼で挨拶をした。
国王は「ドミトス公爵、久しいのう。領地で療養していると聞いておったが、もう大丈夫なのか?」
「はい、お陰様で、この通り陛下にご挨拶ができるようになりました。ありがとう存じます」
「そうか、よかったな…そしてアルシェッタ辺境伯代理、随分ドミトス公爵のサポートをしたと聞いた。家門は違っても同じ国の者…其方の行動は我が国貴族の誉よ…大儀であった」
「もったいなきお言葉、恐悦至極に存じます」
「うむ。今日はその方らは久しぶりの夜会であろう?楽しむが良い」
「「ありがとう存じます」」
そしてふたりは指定された場所へと辞していった。
場内にいる皆の目がふたりに突き刺さる。
そして、王族の入場が終わり、国王の挨拶とファーストダンスの披露後、招待客の歓談とダンスが始まる。
合図の曲が流れ始めると、マックスはクロエにこそこそ話しかけた。
「一曲踊らない?」
「え?私は下手だぞ…練習もしてない」
「俺も何年も踊ってない…でもこの視線から逃れるためにはダンスをするしかないと思わないか?」
「確かに、居た堪れないな…ではリードを頼む」
「承知した」
マックスはそう言い終わると、優雅にクロエの前に出て一礼してエスコートの手を差し出した。
クロエもセオリーに則り一礼してマックスが差し出したエスコートの手に自分の手を乗せ、マックスのエスコートでダンスの輪に入っていった。




