〈16〉
クロエとマックスは血の気が引くのがわかった。
背中に冷や汗が流れる。
「公。なぜそこにいるのか聞いておる。其方、領地療養してるのではなかったのか?」
マックスは覚悟を決めて顔をあげた。
クロエはまだカーテシーの姿勢のまま頭を下げている。
「マクシミリアン・ドミトスがご挨拶申し上げます。
国王陛下におかれましてはご機嫌麗しく。お慶び申し上げます」
「うむ。あまり麗しくはないが…まぁよい。して、なぜ其方がアルシェッタ辺境伯代理と共におるのじゃ?…アルシェッタ辺境伯代理、楽にせよ」
「恐れながら申し上げます。実は…」
「待て、場所を変えよう、宰相、部屋を…」
「かしこまりました」
暫くの後、クロエとマックスは国王の執務室にいた。
国王はひとりがけのソファに座り、宰相とクロエ、マックスに「まぁ、掛けよ…」とソファを勧めた。
宰相は「では、失礼して…」とソファに腰掛ける。
そしてふたりに視線を送って、目で〈座れ〉と指示する。
マックスは「失礼いたします」とソファに腰を下ろした。
続いて、クロエも「失礼いたします」とマックスの隣に腰掛けた。
「うむ。それで…?」国王は話の続きを促す。
マックスは自分に起きた事を時系列に話した。
但し、ロベリア夫人やアンジェラ夫人の固有名詞を使うことは避けた。
国王は黙って最後まで聞いて「なるほど…それでまだ真相は調べている最中だということか?」
「はい。辺境伯代理殿のお力を借りて調べております。ただ、領地への増税の通達は取り消さなくてはなりませんので、近日中には屋敷に戻らなくてはいけないと思っておりました」
「そうか…其方を拉致した者や虚偽の罪状を伝えた者はまだ何も手掛かりはない。ということか」
「はい、残念ながら…」
「そうかわかった。今の話からでは〈謀反〉の影はなさそうだな…」
黙って聞いていた宰相は「はい、そのように感じます」
そして宰相は「ドミトス公爵。国としては、家内の騒動には口出しができない。もし、できるとしたら拉致した者に対して上位貴族の公爵に狼藉を働いたと不敬の罪を裁くことだけだ」
「はい、承知しております。私は真相は追い求めたいと思っています。その結果罪を問えることがあれば告発したいと思っています」
「そうか…もし手伝えることがあれば申せばよい…宰相頼んだよ」
「はい、かしこまりました」
「ふふ、公よ。其方、王宮舞踏会で復帰を果たさぬか?そして公爵健在を示せ。邪な奴らは好かん!」
「ありがとうございます。しかし辺境領に…」と言いかけたところに国王が、
「ん?そうか…其方、今は護衛兼参謀だったな…はは」
「閣下、私どものことはお気になさらず…」とクロエはマックスに話しかける。
「しかし…」マックスも言い募る。
その様子を見ていた宰相が「陛下、交易路開通の責任者を誰にしようかと悩んでおりましたが、ドミトス公爵にお願いしてはいかがでしょう。辺境伯領のことも理解しておられるようですので…本当に参謀をしていただいてはどうでしょうか?」と国王に進言した。
「ふむふむ、よいな!公も恩義があるだろう?」ニコニコしながらマックスに告げる。
国王の言葉に「ご下命拝命いたします。ありがとうございます」とマックスは頭を下げて礼を告げた。
「では、ムーンベルク王国の王太子にはこちらの都合で辺境伯代理は来週末に辺境に向かうと書簡を送っておきましょう」
「え?そこまで甘える訳には…」とクロエが恐縮すると
「よいよい!甘えておけ…そのくらいしても許される立場だ」と国王は笑っていた。
思いがけず、強力な理解者を得たふたりは気がついたら辺境伯邸に帰ってきていた。
そして、イーサンとバート、アンナに予定が変わったことを伝えた。
3人は突然の予定変更や国王や宰相の知るところになったことに驚きを隠せなかった。
そして大急ぎで王宮舞踏会の衣装の準備に入ることにした。
夕食後やっと落ち着いてきたクロエはサロンのテラスに出てきていた。
「ほぉーっ…なんだか激動の1日だったなぁ…」冬の夜空を見上げながらひとり呟いた。
「本当ですね…」後ろから声がして、マックスがクロエの上着を持ってテラスに出てきていた。
クロエにコートをかけながら「まさか、一通の手紙からこんな展開になるなんて…」
「ふふ、でも閣下に強い味方ができてよかったです」
「閣下はやめてくださいって言ったはずですが…」
「でも、さすがに公爵に復帰される方を今まで通りに話す訳にはいきませんよ…ふふ」
「うーん…ではこうしましょう。お互い敬語はやめましょう、閣下呼びもやめましょう。今まで通りにマックスで…」
「ふふ、難しいですね…努力します。マックスも様呼びはやめてください。クロエ…と」
「確かに…難しいですね。努力します…クロエ」
「ふふ…はは。なんだかむず痒いですね…じゃなかった。むず痒いな…」
「うーん、難しいけど…すぐになれる…だろう」
「ははは、変で…なの!」
「確かに…な!ははは!」
「マックス、コートありがとう」
「とういたしまして」
「ふっ、なかなかいい感じだ…」
「ふふ…だな…」
ふたりは、それから2、3日お互いに奇妙な話し方をしていた。
イーサン達はそんなふたりを見ながらも、いつも通りに接していた。
バートやアンナも任務を遂行し、ロベリア夫人にはかなり高額なジュエリーを売りつけ、賭場には週1回通っていることも突き止めた。そして賭け事に弱いこともわかった。
クロエとマックスはウイングとボイジャーの長距離移動の調整も始めていた。
そして、王宮舞踏会の準備も大急ぎで進められた。
日々は慌ただしく過ぎていった。




