〈11〉
翌日のアルシェッタ辺境伯邸は賑やかだった。
屋敷の前庭が開放され、数件の衣装室と雑貨商が屋敷の前庭を訪れテントを張った。使用人達も各々の予算で買い物をしている。
屋敷のサロンにもアルシェッタ辺境伯家が懇意にしている、衣装室と雑貨商が訪れていた。
マックスは最初姿を表すのを躊躇していたが「信用できる商会だから心配するな」と言われて同席することにした。
「クロエ様。お久しぶりでございます。ご用命いただき誠にありがとうございます」と口々にクロエとマックスに挨拶をして、商品を並べる。
クロエは今期の社交で必要なドレスを数着と辺境領で普段着ているような動き易い服を数着そしてそれに付随する必要な物を注文していた。
マックスにも少し多めの普段着と護衛で同行する時のスーツや夜会着など数点を注文するように言った。
ふとマックスを見たクロエは「髪を結ぶ紐も変えた方がいいのではないか?もう切れそうだ…」とマックスの髪を結んでいる緑色の紐を見て言った。
確かに、かなりくたびれていた。
クロエは雑貨商に「組紐を何本か見せてくれ」とマックスの目の前に並べさせた。
マックスは「結構気に入ってるんです、この色…」と緑色の組紐に手を伸ばした。
「ふっ、そうか…ではそれを数本と…この金色が入った紐はどうだ?」と黒と金の紐で組まれた組紐を指した。
「綺麗ですね」
「決まったな…これも数点頼む」と雑貨商に告げた。
……………………………
その日からマックスは体に合った衣服に身を包んだ。
「ふふ、楽そうだな…似合ってるぞ…」
「ありがとうございます。おかげさまで…クロエ様のデイドレスも素敵ですね…」
「はは…これか?これは前からあるものなんだ…」
クロエは鮮やかな空色に裾には緑の糸で蔦の刺繍が入ったドレスのスカートを摘んでみせた。
「とても趣味がいい…では参りましょう」
とエスコートのために左の肘をクロエに差し出し、クロエは「では…ありがとう」とマックスの肘に手を伸ばした。
「さすがは公爵閣下…スマートなエスコートですわ」と小声でマックスを揶揄うクロエに
「ふふ、こんなに素敵なご令嬢のエスコートをする機会に恵まれて、緊張しておりますよ…」とイタズラっぽくクロエの顔を覗き込みながら笑ってクロエを黙らせた。
クロエは悔しそうに「むっ…王都の貴族は…まったく…」と言うので
マックスは声を出して笑っていた。
……………………………
クロエとマックスの朝は領地にいた時と変わらなかった。
朝から屋敷の敷地内に建てられた鍛錬場で剣がぶつかる音がしていた。
手合わせが終わって、ふたりでベンチに座りタオルで汗を拭っているとマックスがクロエに聞いてきた。
「クロエ様が行き倒れている俺を見つけてくださったんですよね?相当ボロボロになっていたと思うんです。なのになぜ保護してくださったんですか?怪しい者この上なかったのに…」
クロエは半年前のことを思い出しながら
「うーん…どうしてだろう?確かに怪しい者だったなぁ…マックスはうつ伏せに倒れていたんだ。最初は死んでるのか…と思って…ひっくり返してみたら微かに息をしているのがわかったんだ。…その時マックスが目を開けたんだ…その目に見覚えがあるような気がして…その時に連れて帰らなくては…って思った。特別な理由なんて…無いよ」
「ふふ、そうでしたか…本当にありがとうございました。助けていただいた命は絶対大事にします」
「ふふ、是非そうしてくれ」
「今夜、公爵邸の様子を見に行ってきます」
「そうか、いよいよ動くんだな」
「はい、まず、弟のレオナードと執事のエリオットの無事を確認してきます」
「そうか、会えるといいな…。気をつけて。私もできる事をやろうと思っている」
「え?」
「ふふ、領地の特産物の披露をするついでにドミトス公爵家の噂話とか情報を集めてこよう、私が久しぶりに王都にきていることを聞きつけた家から茶会の招待状が届き始めた」
「クロエ様…」マックスは感謝の念を込めてクロエを見た。
「な、なんだ?…ついでだからな…あくまでもついでだから」焦って答えるクロエを見て、マックスは「ついで…でもありがとうございます」と笑って告げていた。
………………………………
日が暮れた頃、マックスはドミトス公爵邸の外壁にいた。懐かしい我が家だった。
外壁といっても、高くは無い石壁に鉄の柵が設えられているので、外からでも庭園は覗ける。
庭園の先に屋敷の車寄せと正面玄関が見える。
今、その車寄せに馬車が停まっていた。
貴婦人が乗り込み出発して公爵邸の門をくぐり出て行った。
見送りにエリオットが立っていた。
マックスはマントのフードを深く被りエリオットを見ていた。
(エリオット、無事だったんだな…よかった)と思った時、エリオットの視線がマックスの方を見た。
かなりの距離があるうえ、日が暮れて薄暗い中マックスは黒のマントを着ている。マックスは(まさか…)と思ったが、エリオットは迷わず真っ直ぐにマックスに向かって静かに歩いてきた。
エリオットはマックスのそばまで来ると鉄柵越しに
「マクシミリアン様…」と小声でマックスを呼んだ。
「エリオット…」ふたりは小声で話続けた。
「ご無事でしたか…よかった。よかったです」
エリオットの声は少し震えていた。
「エリオット、お前のおかげだ…生き延びられた。エリオットは私を逃して大丈夫だったのか?」
「はい、あのあとすぐに屋敷に戻りましたので、気づかれずに済みました」
「そうか、よかった」
「今はどちらに?」
「すまない、今は言えない。しかし安全なところだ。皆には世話になっている」
「そうですか…よかった」
「レオナードは?」
「お元気です。マクシミリアン様のことを案じておいでです」
「そうか…元気か。よかった」
「父は病死だったのか?」
「はい。急にお倒れになりました」
「それまでは?」
「お元気でした。おかしいと思い調べようとしたのですが、奥様に〈騒ぐな〉と止められました」
「それで?」
「マクシミリアン様に相談しようとしましたが、消息がわからなくなりました。それでマクシミリアン様の行方を探すことに時間を取られてしまいました。やっと見つけた時にはあのような状態で…遅くなって申し訳ございませんでした」
「いや、エリオットのおかげで今生きていられる。感謝している」




