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第20話:魔法技師団の介入と、誤った診断


 ドッゴォォォォン……ッ!!


 白柱のような巨大な水柱が天を突き、破壊された氷の破片が破片となって白亜の埠頭に降り注いだ。

 王城の魔法技師たちが放った強引な凍結魔法は、水門のメカニズムを止めるどころか、内部に溜まった数十トンもの巨大な水圧エネルギーを極限まで圧縮させ、大爆発を引き起こしてしまったのだ。


「ひえええっ!? な、なぜだ!? 我らの特級凍結術式が破られただと!?」

「バ、バカな! あの古代遺跡は魔力の逆流バックラッシュを起こしている! 術式回路を三重に展開し直せ! 重力遮断障壁で海ごと押さえつけるんだ!」


 泡を喰った青髪の特級魔導技師——フィリップは、濡れ鼠になりながら狂ったように魔導杖を振り回し、同行する弟子たちへ叫び散らした。

 だが、彼らが再び魔法陣を構築しようとしたその瞬間。


「……やめろ。それ以上無知を晒せば、この港町全体が物理的に粉砕される」


 濁流と怒号が渦巻く埠頭に、氷のように冷たく、けれど澄み渡った少女の声が響き渡った。


 膝下まで押し寄せる冷たい海水をものともせず、堂々たる足取りで前へ踏み出してきたのは、銀髪を潮風に揺らす小さな少女——アリアだった。

 右目には仕事用のルーペ(キズミ)が嵌め込まれ、その奥にある青い瞳は、王城の技師たちを虫ケラでも見るかのような冷徹な眼差しで見下ろしている。


「な、なんだお前はッ!? 引っ込んでいろ、不躾な小娘が! 我々は王城より派遣された最高峰の魔導技師だぞ! この暴走は過剰な魔力流が生み出した障爆現象であって——」

「黙れ。愚か者が」


 アリアはフィリップの言葉を低く切り捨てた。


「お前たちが『魔力の暴走』と呼んでいるものの正体は、純粋な『水圧サージ(水撃作用)』だ。流体力学の基礎すら学んでいないのか?」

「す、すいげき……? 何を意味不明な妄言を——」

「流れている液体を急激に遮断した際、運動エネルギーが瞬時に圧力エネルギーへと変換され、配管内に破壊的な衝撃波が発生する物理現象のことだ」


 アリアは作業鞄から自作の気圧・水圧測定器を取り出し、渦巻く海面へと突き突き刺してみせた。


「あの大時計の心臓部は、海水の満ち引きによる水圧差をシリンダーで受け止め、内部の作動油を圧縮・循環させることで巨大な歯車を回している。お前たちが無知ゆえに外部から凍結魔法を打ち込んだことで、主排水パイプに氷のプラグが形成され、シリンダー内部の内圧が耐熱・耐圧限界を突破したんだ」

「な、なに……!?」

「結果として、圧力弁が破壊されて逆噴射を起こした。……お前たちがやったのは『暴走を止めた』のではない。『爆弾の導火線に火をつけた』のだ」


 アリアの完璧で容赦のない物理的診断に、フィリップたちはぐうの音も出ず、顔面を蒼白にさせて言葉を失った。


「じゃ、じゃあどうすればいいというのだ!? 我らの魔法が通じないというのなら、もうこの街は終わりではないか!」

「魔法に頼り切るからそうなる。構造がある以上、物理的な解除手順シーケンスが必ず存在する」


 アリアはルーペを外し、冷たい瞳で激しくうねる沖合の海を見つめた。


「海底の水門大時計の内部……主圧力室に設置されている『緊急バイパス手動解放弁』を直接操作し、過剰な作動油を外部へ排出すれば、水門の全開固定は解除される。……私たちが水中へ潜り、内部から直接直す」

「潜る……!? 正気か!? あんな濁流の海の中に潜って古代機械の中に侵入するなど、自殺行為だ!」


 フィリップが絶叫するが、アリアは一切無視してケリーへと振り返った。


「ケリー、防水作業鞄の準備を。海底の機密室へ潜入するぞ」

「おう! 任せとけ!」


 ケリーは力強く頷くと、肩に担いでいた大きな革鞄の底から、ある『衣服』を取り出した。


 鮮やかな紺色と白の織り地。フリルのついた小さなショーツと、露出度の高いノースリーブ状のトップス——第5話の潜水調査でも使用した、あの『女性用の水着』であった。


「はい、アリア! 着替えだぞ! さっきバルトロ船長から旅籠の荷物を回収してきてもらったんだ! いつもの重い服と革靴じゃ、あの濁流の中に入った瞬間、水を含んで底へ沈んじまうからな!」


「……ッ!?」


 それを見た瞬間、アリアの頭の中で前世男の理性が激しい悲鳴を上げた。


(ま、またあれを着るのか……ッ!? こんな大勢の人間……王城の不愉快な魔法技師どもや街の避難民が見ている前で、あの布面積の極端に少ない破廉恥な姿になれというのか!??)


 前世の三十代男性としての自意識が猛烈な拒絶反応を起こし、一瞬で顔面が朱に染まる。

 だが、刻一刻と迫る大潮の刻限。港の倉庫はすでに腰まで浸水し、街の人々の悲鳴が響いている。ここで前世のくだらない矜持のために躊躇すれば、街全体が海へと沈むのだ。


「……くっ」


 アリアは震える手で水着を受け取ると、冷酷な職人の仮面を必死で貼り直し、超早口で捲し立てた。


「……当然の判断だ! 流体力学および浮力制御の観点から、水中における衣服の質量増加を回避するための不可避な処置である! 余計な感情的考察は一切無用だ!」

「お、おう……? 相変わらずよく分からんが、埠頭の陰にある木箱の後ろで素早く着替えてくれ!」


 ケリーは自身も上着を脱ぎ捨て、筋肉の引き締まった上半身を露わにしながら、アリアが着替えるための『人間の壁』となって背を向けた。顔を真っ赤にして視線を空へ泳がせているのは相変わらずだ。


「くくく、嵐と水害の真っただ中だというのに、相変わらず甘酸っぱい奴らじゃのう」


シルクが手すりの上で優雅に喉を鳴らす。


数分後。


「……換装、完了した」


木箱の陰から姿を現したアリア。

濡れた銀髪を後ろで一つに結び、紺と白の可憐な水着の上から、かろうじて薄手のパーカーを羽織って裾を固く結んでいる。滑らかな白い太ももと華奢な足先が完全に露出しており、照れ隠しのために耳の先まで真っ赤に染めながら、腰に防水の工具ベルトを固く巻き締めていた。


「っ……!!」


その眩しすぎる姿を直視してしまい、ケリーは案の定「ぶはっ!」と盛大に吹き出し、顔面を真っ赤にして固まった。


「見、見るなバカ騎士! 作業用防護服の着用状態を確認しているだけだ!」

「み、見てない! 見てないぞ俺は! 空の雲の形が綺麗だなと思ってだな……っ!!」

「嘘をつけ、目が完全に明後日の方向を向いているぞ!」


慌てふためく二人を見て、王城の魔法技師フィリップたちは「な、なんだあの奇妙な集団は……」と呆然と口を開けている。


アリアは深呼吸を一つし、照れと動揺を強引に意識の奥底へと押し込めると、右目のルーペを防水ゴーグル越しに嵌め直した。


「……行くぞ、ケリー、シルク。これより海底の『古代の水門大時計』内部へ突入する」

「おう! お前の身は、俺が命に変えても守ってみせる!」


アリアとケリー、そして水属性の防護膜を身に纏ったシルクは、嵐の波が吹き荒れるアルト・マリーナの海へと、迷うことなく飛び込んだ。


ザッッッッブーン……!!


水しぶきが上がり、三人の身体は泡立つ群青色の海中へと消えていく。

水没の危機に瀕した港町を救うため、そして「世界の時間のズレ」という壮大なミステリーの核心へ迫るため——海底の歯車の迷宮を舞台にした、命がけの修理作戦が始まろうとしていた。

 

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