世界は変わる
「じゃあ、次にウチの組織の役割から説明しておくわ」
春奈さんはタバコの灰を落としながら、壁の紋章を指さした。
「一口に『地球外知的生命体の来訪』って言っても、手続きが山ほどあるのよ。まず地球の軌道上で検疫があって、入国にあたっての税関や、戸籍の登録なんかを行う行政的な機関がそれぞれ別にある。……で、ウチが担当しているのは、その後の生活サポートよ」
「生活サポート、ですか」
「そう。宇宙人だって生きてりゃ色々あるの。単なる観光や移住もあれば、星を追われた亡命、家出、異種族間の駆け落ち、有名人のお忍び旅行……。そんな連中がこの片田舎でトラブルを起こさないように、住む場所を斡旋したり、バイトを紹介したり、揉め事の仲裁をしたりするのがウチの役目ってわけ」
なるほど、お役所というよりは、宇宙人専門の超法規的な便利屋、あるいは駆け込み寺みたいなものらしい。
「で、だ。入ってきた時、唯に嘘を見抜かれたり、黄金があなたを見ていないのに見ていたような場面があったでしょ。仕事をこなすためにウチの職員は全員、ある『プログラム』を受けて能力を引き出してるの」
そう言って春奈さんが立ち上がり、オフィスのさらに奥、分厚い鉄の扉を開けた。
そこにあったのは、無数の真空管とメーター、それに巨大なシリンダーがくっついた、おどろおどろしいカプセル型の機械だった。
「これが我が支店が誇る『潜在能力解放機』よ。……まあ、見た目はボロいけどね」
「これ、動くんですか……? 爆発したりしません?」
「失礼ね。これでも一級品のオーバーテクノロジーよ。人間の脳や身体に眠っている『火事場の馬鹿力』的な潜在能力を、安全に(たまに火花は出るけど)引き出すための機械なんだから」
なるほど、情報の波に飲み込まれそうだけど、唯さんの嘘を見抜く観察眼も、黄金さんの千里眼もみんなこの機械で引き出された能力なのか。
「あんたもウチで働く以上、戦力になってもらわないと困るのよ。ほら、さっさと入りなさい」
「え、今からですか!?ど、同意書とか、そういうのは!」
有無を言わさない春奈さんの迫力に押され、俺はその怪しいカプセルの中に押し込められた。
ガシャン、と重々しい音を立てて扉が閉まる。
『それじゃ、スイッチ入れるわよー。出力は……まあ、新人だしMAXでいいわね』
「ちょ、待っ、MAXって――」
視界が真っ白になり、全身に強烈な電撃のような衝撃が走った。
……と思ったのも束の間、数秒後にはと気の抜けた音を立ててカプセルが開いた。
「う、うう……。死ぬかと思った……」
息も絶え絶えになりながらカプセルから這い出る。
だが、自分の体をペタペタと触ってみても、特に何も変わった様子はない。目からレーザーや手が液体金属になった気配は皆無だ。
「……あの、春奈さん。俺、何の能力も目覚めてない気がするんですけど」
「いいえ、バッチリ引き出されてるわよ。画面の解析データを見てみなさい」
春奈さんが指さしたブラウン管モニターには、俺の脳波やバイタルデータのグラフが表示されていた。
そこには、信じられない数値が並んでいた。
「あんたの潜在能力は……『折れない精神性』よ」
「は……? 精神性?」
「そう。他の連中みたいに派手な超能力や、高い身体能力、怪我がすぐ治る治癒能力とかじゃない。どれだけ理不尽な目に遭っても、泥だらけになっても、絶対に心が折れないド根性。……ある意味、精神論的な唯一無二の能力ね。ウチの機械の歴史でも、こんな抽象的な能力が引き出されたのは初めてよ」
「要するにただのめっちゃポジティブな人ってことですか?」
「まあそうともとれるわ。」
なんだ折れない精神性って。昭和の人間のような潜在能力だ。時代が時代ならものすごく評価されただろう。
「ちなみに紅葉さんの能力ってなんなんですか?」
気になった俺は春奈さんに質問してみた。
「紅葉のポテンシャルは高い身体能力と記憶力。うちでもかなりの戦力よ。」
「そうですか。」
能力って2つも引き出せることもあるのか。なんか俺にももっとあっただろうと落ち込んでいると、それまで無視してMacBookを叩いていた紅葉さんが、ここで初めてパタンとパソコンを閉じた。
彼女は冷たい目で俺を見下ろすと、フンと鼻を鳴らした。
「……私はあなたの先生でも親でもありません。その自慢の根性が、現場でどれだけ通用するか、後ろから勝手についてきて証明しなさい。死にたくなければ、ですけど」
こうして、俺の「絶対に折れない心」だけが武器の、ハチャメチャな宇宙人サポート生活が幕を開けた




