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初仕事

 支給されたスーツに腕を通す。スーツなんて高校の卒業式以来かもしれない。中々似合ってるじゃないか。

 鏡を見ながらウィル・スミスになった気持ちで格好つけてみる。


「早くしなさい」


 ロッカー室のドア前で紅葉さんがオカンみたいな台詞で冷たく捲し立てる。

 気持ちだけウィル・スミスの元フリーターはリクルートスーツ姿の紅葉さんについて、地下の駐車場から地上へ出る。

 乗せられたのは、これまたネオクラシックなセダンだった。外見はピカピカに磨かれているけれど、平成初期のドラマに出てきそうな車だ。

 もちろん運転席には紅葉さん。俺は助手席に押し込まれた。


「……出発します」


 それだけ言うと、彼女は慣れた手つきでマニュアルのシフトレバーをカチャリと入れ、車を走らせた。

 車は中町通りの路地を抜け、堀を横目に見ながら、市街地を北へと走っていく。

 車内は、お通夜のように静まり返っていた。

 カーステレオのラジオをつけるわけでもなく、ただエンジンの唸る音と、ウインカーのチッカ、チッカという規則的な音だけが響いている。

(うわ……気まずい。気まずすぎる……!)

 俺はチラリと隣の紅葉さんを盗み見た。

 彼女はハンドルを両手でしっかりと握り、前方の道路をじっと見つめている。背筋はピンと伸びていて、横顔は相変わらず非の打ち所がない美人だ。だけど、その表情は能面のようで、話しかけるなオーラが全開で出ている。

 何か話さなきゃ、と思って喉まで出かかった言葉を飲み込む。

「初仕事、緊張しますね」とか「運転上手いですね」とか、何を言っても冷たくあしらわれそうで怖い。

 外の景色に目をやる。

 休日の市内は、観光客や地元の人たちでそれなりに賑わっていた。

 みんな、まさか自分たちのすぐ横を走っている車に、宇宙機関の職員と、半ば強引に引き入れられた元フリーターが乗っているなんて夢にも思っていないだろう。


「今回のクライアントの資料です」


 彼女は冷たく幸也へタブレットを手渡した。

 タブレットの情報によると名前は「ウー」という女性。本名は人間の舌だと発音できない為登録名は「ウー」としているらしい。出身はケンタウルス座方面の惑星系で移住者とのことだ。


「このクライアントは地球独特の『ゴミの分別』に適応できず今はアパートの部屋に引きこもっています。放置すると最悪、アパートごと消滅するかもしれません」


 まあ、確かにこの地域のゴミの分別は厳し……アパートごと消滅って、さらっととんでもないこと言ったぞ今!?


「……あの、紅葉さん。その、ウーさんって宇宙人は、危ない宇宙人なんですか?」


 俺が恐る恐る尋ねると、紅葉さんは赤信号で車を止め、ここで初めて俺の方をチラリと見た。その目は、相変わらず冷ややかだった。


「基本的には温厚な種族です。ただ、彼らの母星は完全な『共有社会』で『万物に神は宿る』という信仰を持っています。ゴミという概念もなければ、捨てられないことからの近所トラブルのようです。……またとても繊細な種族な為、細かすぎる地域社会のルールに適応できず、精神を病んでしまうケースが多いです。今回は、彼女を説得してゴミを捨てた後、心のケアを行うことが任務です」


「なるほど、宇宙人も文化の違いで病んだりするんですね……」


「多くの宇宙人はストレスが限界を超えると、体内のエネルギーが暴走して、周囲物質を巻き込んで『消滅』させることがあります。死にたくなければ、私の指示に絶対に従ってください」


 紅葉さんはそう釘を刺すと、信号が青に変わると同時に、アクセルをグッと踏み込んだ。

 相変わらずギスギスした空気のまま、車は郊外の古いアパートへと向かっていく。

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