超能力者?
階段を降りきると、そこにはSF映画のセットのようで、でもどこか昭和のオフィスみたいな、なんとも不思議な空間が広がっていた。あと自分には心地よいが、煙草の匂いも染み付いている。
巨大な鉄の塊からファンが唸る音が聞こえる。何かで見た初期の電子計算機、その横のデスクでは、ガシャガシャと音を立ててパンチカードを読み込ませている。なのに、そのすぐ隣では平然と最新のMacBookがカタカタと叩かれているのだ。
アナログとデジタルがごちゃ混ぜで、見ているだけで脳が混乱する。
壁には毛筆で堂々と『広大無辺』と書かれた額縁。
その下には、地球に銀色の円環が描かれた見たことのない紋章を中心に、NASAやJAXAといった世界の宇宙機関のロゴがズラリと掲げられていた。また分厚いファイルがところせましと収納されている。
部屋の中で働いているのは、全部で6、7人ほど。
その光景に圧倒されていると、まず入り口のすぐ横にある受付デスクから声がした。
「……うわ、まじで来た。チワース」
声の主は、派手に髪を染めたギャルっぽい女の子だった。
デスクに肘をついてスマホでTikTokを見ている。胸元には『垣根』というネームプレート。この子が垣根 唯さんらしい。
「あ、どうも。紺野です。……あの、ここってやっぱり、怪しい場所だったりします?」
俺が冗談めかして言うと、唯さんはスマホから視線を外さず、けだるそうに答えた。
「嘘。あんた、ここが怪しいなんて一ミリも思ってないでしょ。むしろワクワクしてるの、目の動きでバレッバレだから」
「えっ」
なんで分かるんだ?
唯さんはパッと一瞬だけ俺の目元を見ると、フンと鼻で笑ってまたスマホに視線を戻した。
「――でさぁ春奈ちゃん、今夜あたり大手町の居酒屋で二人きりで一杯どう? ほら、親睦を深めるためにも、ね?」
「うるさいわよ黄金。勝手に一人で深めてなさい」
オフィスの奥からは、そんな緊張感ゼロの会話が聞こえてきた。
30代くらいだろうか、着崩したスーツ姿の男が、ボスの春奈さんにウザ絡みしている。顔はめちゃくちゃイケメンなのに、とにかくチャラい。この人が鞍馬 黄金さん。
黄金さんは、春奈さんにタバコの煙を吹きかけられてむせながら、こちらを振り向きもせずに言った。
「お、新人の子じゃん。階段降りてくるとき、心臓がバクバク鳴ってたよ。そんなに緊張しなくても、俺たち取って食ったりしないからさー」
「……え?」
黄金さんは、背中を向けたまま、手元の書類にペンを走らせている。
こっちを見てすらいないのに、俺の階段での緊張ぶりを、まるで見ていたかのように言い当てたのだ。
「黄金、新人を気味悪がらせるんじゃないわよ。……それより弥生、そっちのデータ入力は終わった?」
春奈さんが、オフィスの窓際でパソコンに向かっている長身の女性に声をかける。
「ハイ。完了シテイマス、支店長」
振り返った女性は、スタイル抜群の、ものすごい美人だった。名前は桜 弥生さん。
だが、俺の目には、彼女の全身から尋常じゃないほど濃い「もや」が立ち上っているのが見えた。
(うわ……この人、人間じゃない!)
俺が心の中でそう思った、まさにその瞬間。
弥生さんは俺の方をじっと見つめると、ふふっと柔らかく微笑んだ。
「大丈夫デス、紺野クン。私達ハ人間ヲ食ベタリシマセンヨ。怖ガラナトイテ下サイ」
「な、なんで……」
今、俺は声に出してない。心の中でそう思っただけなのに。
ゾクッとした俺の反応を見て、春奈さんがデスクに腰掛けながらフッと笑う。
「まあ、このオフィスにいる連中はみんな一癖も二癖もあるからね。驚くのも無理ないわ」
そう言って、春奈さんは部屋の隅で黙々とお茶を淹れている初老の男性に視線を向けた。
立派な口ひげを蓄えた、渋いおじいさんだ。名前は夏目 八十八さん。
夏目さんは何も言わず、淹れたてのお茶をコト、と俺の前のテーブルに置いた。
にこりともせず、無口。だけど、その体からは、弥生さんと同じように濃い「もや」が、ゆらゆらと立ち上っている。
「夏目さんは私の古い知り合いなの。今はここで雑用を頼んでるわ」
夏目さんは、春奈さんの言葉に小さく頷くだけで、また静かに自分の作業に戻っていった。
そして電子計算機に囲まれたデスクでMacBookの画面に向かっている女性が一人。
「ほら、紅葉! いつまで無視してパソコン叩いてんのよ。あんたの新しい相棒候補を連れてきたわよ!」
振り返ったのは、黒いリクルートスーツに身を包んだ一人の女性だった。
髪は後ろでシンプルに一つにまとめられていて、無駄な飾りは一切ない。
一言で言うと、めちゃくちゃ美人だ。
ただ、その整った顔立ちには一切の愛想がなく、どこか冷たい刃物のような鋭さがあった。ネームプレートには『照山』とある。この人が照山 紅葉さんだ。
背中に目がついているようなチャラ男、嘘を見抜くギャル、心が読める美人、そして剃刀のような冷たさをもつ美人。
この『星降る夜』という古道具屋の地下は、俺の想像を遥かに超えた異界だった。




