第六話 新米冒険者、編入試験を見る
ログレス学園は、ただ入学するだけなら試験は無い。
そう、そのはずだった。
「みんなー!中訓練場で編入試験ってのが今から始まるらしいぜー!」
剣術クラスのDランク教室の中にクラス一のお調子者の声が響き渡る。
『編入試験』。聞き馴染みのないその言葉に、レンはなぜか心当たりがあった。
「(いやいや......まさか)」
ほとんどの生徒が教室を出ていくのを見届けてから現場に向かうと、まずレンを出迎えたのは中央を遠巻きに囲うような人混みだった。
物珍しさに集まった生徒たちによって中央にいるであろう人物は見えないが、その人混みがレンの嫌な予感はいっそう強まらせた。
真相を確かめるため比較的人が少ないところの隙間を縫って前に進むと、運よく最前列までたどり着く。そして、開けた視界の先には見慣れた姿があった。
「(や、やっぱり......!)」
中央に立っていたのはカリンと、剣術指南役の教師。
どうやらレンの視線に気づいたようで、こちらを向いたカリンと目が合った。
「......おや」
カリンがレンの方に手をひらひらと振ると、レンの周りで歓声が沸き上がる。
それもそのはず、忘れていたというよりレンが気にしない性格なだけで、カリンの容姿は10人いれば9人が振り返るような美しさと気高さを備えていたからだ。
そして彼女の佇まいや所作から溢れ出るオーラ。彼女の意思で抑えられないそれは、老若男女問わずに人を惹きつけていた。
「(それにしても......「にしても、どうして編入試験なんてあんだ?俺らん時って、軽い面談だけだったよな?」」
「なんでも、本人の強い希望があった場合とかは試験があるらしいぜ?あの人めっちゃ強そうだし、学園側の決定に不満があったんじゃねーの?」
「あー......って、始まるぞ......!」
その生徒の言葉で、聞き耳を立てていたレンも前に意識を向けた。
──────
「すまないな、カリン編入生。オーディエンスで気が散るかもしれんが......」
「いえ。こういったことには慣れていますので」
申し訳なさそうにする男性教師に、なんてことはないと返事をする。
───カリンはワクワクしていた。
木刀での模擬戦闘とはいえ、世界を救うという使命ではなく自分の意思で人間と剣を交えられることに。
周囲の目ははっきりいって気にならないと言えば嘘になる。だがそれは、緊張を引き起こすものでは無く自分の強さを彼らの目に焼き付けさせられるという、本人ですら気づいていないなんとも元勇者らしい理由だった。
「それでは始めよう。いつでもかかってきていいぞ」
教師が剣を構える。
「(両手持ち......手を抜いているというわけでは無さそうだし、至って普通......。剣術指南なだけあって、オーソドックスな戦い方なのか......?)」
目の前の『敵』を観察する。
「(体格からしてある程度の筋量がありそうだ。今回はある程度教師の面子を守りつつ編入試験に合格するには......辛勝だな)」
剣を顔の横に、目線と平行になるように構えた。
───が、剣を下ろして相手と同じような至って普通の型に構え直す。
「どうした?」
「いえ、なにも」
それは、カリンの得意とする初撃にして必殺の、光の速度で突きを放つ構え。
だがこの場でそんなことをすれば木刀とは言え無事で済むわけがなく、カリンも慌てて構え直したのだった。
「───では、参ります」
カリンが駆け出すだけで、歓声が沸き上がる。
その速さはすでに在籍している学生の中でも上澄みだが、最高速度が光速に近いカリンからすれば限界まで速度を落としていた。
「速いな!」
軌道がバレバレな斜め下からの逆袈裟切りは弾き落されるが、カリンとしては接近さえできればなんでもよかった。
「(ちょうどいい。レンに他のお手本も見せてやるとしよう)」
以前にレンに教えた、リーチを測るという戦法とはまた別のもの。
それがこの、相手のリーチのさらに内側に入るというものだった。
ハイリスクではあるが、相手を離れさせなければそれ以上は経験を積んだものが勝つという、200km離れた場所から狙撃してくる蛇や、空の神と呼ばれる龍と対峙したカリンの経験からくる戦法だった。
「ぬうっ!」
いわゆるゴリ押しと呼ばれるような戦法だが、教師が押されている事実に周囲は沸き上がる。
剣術指南役の額に汗が浮かぶが、剣の威力としてはそれほどではなかったため何とか凌ぎきれていた。
計十回ほど打ち合ったところでカリンが距離を取り、納刀するような仕草を見せる。
「......いかがでしょうか」
「ふーっ......。ああ、いいだろう。個人的にはかなり思うところがあるが、確かにカリン編入生の言うことも一理ある。───それでは、結果を発表する!」
その一言で、先ほどまで騒々しかった訓練場内がシン......と静まり返った。
「カリン編入生は───剣術クラスDランク、一回生への編入とする!」
歓声───ではなく、動揺の声が訓練場全体を埋め尽くした。
剣術クラスというのは見て分かるがD──最低ランクという判断には、疑問が浮かぶのも当たり前だった。
人混みの中から、一人の生徒が質問する。
「すみません!どうしてDランクなのでしょうか!」
「まあ、皆が動揺する気持ちもわかる。俺だってもの申したいことはあるが、これは彼女経っての願いなのだ。『決定力に欠けるので、基礎から学びたい』とな」
とその時、鐘の音が鳴った。
授業開始を知らせる予鈴の音だ。
「ほら、もうすぐ授業が始まるぞ!解散かいさん!」
教師の言葉に生徒たちはぞろぞろと戻りだす。そのほとんどの背中は、残念さを醸し出していた。
「(やっぱりカリン、強かったな......。っていうか、一回生っていうことは......同い年だったんだ)」
「やあ、レン」
人混みに流されるようにしてレンも戻っていると、後ろから声を掛けられる。
振り向くと、そこにはカリンが立っていた。
「あ、カリン!」
「ふふ、晴れて私も今日からこの学園の生徒というわけだ。......それで、先ほどの戦いはどうだったかな?」
「凄かったよ!やっぱりカリンは強いね......!」
「ははっ。レンもすぐに追いつけるよ」
「うん、僕も頑張らなくちゃ!」
レンは気づいていなかった。
先ほどまで大人数の視線を一身に受けていたカリンと、仲良さそうに会話をするというのがどういうことなのか。
そして、カリンの編入とともにレンもまた、ある意味注目の存在となってしまったのだった───。




