第四話 女勇者、使命を与えられる
小柄で、鼻が長く、緑色をした魔物。
スライムと同じくDランクだが、注意すべきはその知能だ。
個体差はあるが、平均して10歳前後の知能をもつため集団ではCランクと判断された事例も過去にはある。
「この動き......私たちのことを狙っているな」
この辺りに出現するゴブリンは、カリンの過去の経験からすると知能はかなり低い方だ。
だから、集団で突っ込んでくることはあっても、囲んで動きを伺うなんてことはするはずが無かった。
「......来るぞ」
木の上から石礫が飛んでくる。それをカリンが手甲で弾くと、木の上から一匹のゴブリンが降りてきた。
「ぎぎっ」
「レン、相手は一体じゃない。警戒を怠るなよ」
「は、はいっ」
カリンが剣を抜く。
───その瞬間、カリンの視界が大きく揺らいだ。
「う、お"ぇ......」
まだ互いににらみ合っている状態で、カリンが膝をつく。
襲い来る吐き気。思わず下を向くと、自分の胸から剣が生えているような錯覚を覚えた。
そして、そこにいないはずの『元』仲間たちの声が聞こえてくる。
「カリン。あなたは一体、何のために剣を振るの?」
───トラウマからくる幻聴。
「......お前の使命は、存在しないものだったのだ」
過去の記憶が、声を掛けてくる。
たとえ死ぬ寸前に和解できたとて一度裏切られ、殺されたことは事実だ。
その時に負った心の傷は、カリンに剣を振ることを許さなかった。
「おお、勇者カリン。英雄に成れないあなたは、誰のために剣を振るのですか?」
「私は、誰の......う"っ......」
胃の中のものが逆流して床にばらまかれる。
しかし、ここ2日ロクに食べ物を食べていなかったカリンからは胃酸しか出てこなかった。
「か、カリンさん!大丈夫ですか!」
「すまない......。私のことはいいから、レンは逃げろ......」
「そんなこと......!───っ!!」
覚悟を決めた。
カリンの身に何があったのかはレンには分からないが、ここで見捨てられるような人間ではなかった。
「───くっ、ぼ、僕だって冒険者なんだ!か、かかってこいゴブリンども!」
子犬が吠えるような、精いっぱいの威嚇。
とてもじゃないが、これがゴブリンたちに聞くとはレンさえも思っていなかった。
「(襲ってこない......?)」
しかし、カリンの存在が功を奏していた。
ゴブリンたちはレンをよりも明らかに格上だったカリンが急に隙を見せたことを警戒していた。
襲ってこないゴブリンたちに疑問を持ちながらもカリンに肩を貸し、引きずりながら背を見せないように少しずつ後ずさる。
「(と、とにかく逃げないと......!きっと、僕の力じゃカリンさんを守り切れない......!)」
なぜか襲ってこない現状、これ以上隙は見せられない。
すると、ぐったりとしていたカリンが口を開いた。
「......はぁっ......この先に、小さな洞穴がある。そこに......」
カリンが小さく紡いだ言葉を信じて、ゴブリンたちに背を向けて洞穴を目指す。
背中にいくつもの視線を感じながら、草木をかき分けて必死に前に進む。
「───あった......!」
岩肌にぽっかりと開いた穴。奥は暗くて見えないが、恐らくあれがカリンの言っていた洞穴だろう。
洞穴へと急いで足を進める。その瞬間、レンの頭に石礫が直撃した。
「ぐっ───!!」
レンの額から血が流れ、左目の視界が真っ赤に染まる。
「は、早く......!」
その礫を皮切りに、ゴブリンたちの攻撃が始まった。
礫の雨を受けながらもレンはなんとか洞穴へ入り、さらに奥を目指す。
次第に日の光は入ってこなくなるが、その代わりにコケが黄色く洞穴の中を照らしていた。
「この洞穴、狭いな......。確かに、これなら一気にゴブリンが押しかけてくることはなさそうだ......」
想像通りか、ゴブリンたちは洞穴へと入ってこようとしない。
そしてレンたちはその最奥へとたどり着いたが、最奥には広い空間も逆転の何かも無く、まるで立ち向かえと言わんばかりに壁だけがそこにあった。
「はぁ......はぁ......と、とりあえずカリンさんを降ろさなきゃ......くそっ、痛い......」
カリンを壁に預け、額から流れる血を拭う。
幸い初撃以外は大きなダメージにはならなかった。
しかしアドレナリンが切れた今、強烈な頭痛を引き起こしており、スライムとの戦闘で溜まった疲労も相まってレンはすでに満身創痍だった。
「カリンさんは......うん、僕みたいな怪我は無いな......よかった」
「......すまない、レン」
カリンが口を開いたが、その声には力が無い。
隠していたならまだしも、自身もこうなるとは思っていなかったのだ。カリンは完全に自信を喪失していた。
「そんな......!カリンさんのせいじゃないです!僕が強かったら、あそこでカリンさんを守りながら戦えたんですけど......」
「ふ、君は優しいな。......仲間を思い出すよ」
「仲間......」
「......私は、人々を守るために剣を振っていた。───それが、私の使命だった」
「(......なんの話だ?まるで、勇者みたいな......)」
カリンと自分の年齢はそう変わらないはず。
それなのに、カリンの言葉を疑うことは出来そうになかった。
「だが、その使命は......そんな使命は、最初から無かったんだ......」
その瞬間、ゴブリンたちの声が反響して聞こえてくる。洞穴に入ってきたのだ。
「......レン。私は、誰のために剣を振ればいい?」
「そ、そんなの、そんなのわかりません!」
「......すまない「でも!」───ぇ?」
「───今は、僕のために剣を振ってくれませんか?」
レンの言葉に拍子抜けする。
本人こそ気づいていないが、世界最強だった勇者に対して自分のために剣を振れと言って来たのだ。
そんな人間、生まれて初めてだった。
「......多分、僕だけじゃ死んじゃうので......あはは」
恥ずかしそうに頬を掻くレンを見て、カリンの口から笑みが零れた。
「......ふふ、ははは、あはははは!」
「か、カリンさん......?」
急に大声で笑いだしたカリンに、気でも触れたのかとおそるおそるレンガ声を掛ける。
「いやなに、初めてのことだったから驚いたんだ。まさかこの私に、自分のために剣を振ってくれなんていう人がいるなんて、そんなこと夢にも思わなかったぞ!」
「あ、あはは......僕も初めて言いましたよ......」
「ふふふ、あははは!ありがとうレン!君のおかげで、今の自分と向き合う覚悟ができた!」
立ち上がり、レンを正面から見つめる。
カリンの目には、光が灯っていた。
「───レン。今から私は、君のために剣を振ろう。世界の為でもなく、自分のためでもない。君のためだ!」
次第にゴブリンの声が大きくなる。もうすぐそこまで迫っているのだろう。
「か、カリンさん!ゴブリンがすぐそこまで来てます!」
「レン、そこで休んでいてくれ」
「ぼ、僕も戦います!」
「大丈夫だ。君は怪我もしているし、スライムとの戦闘で疲れているだろう?───おっと、剣だけ貸してくれるか?運んでもらう途中で落としたみたいだ」
そうしてカリンはレンから剣を受け取ると、入口の方へと走り出した。
すぐに聞こえてくるのはゴブリンの断末魔。そして、10秒も経たないうちにカリンは戻って来た。
───両手いっぱいの魔石を抱えて。




