三章『希望』
不動産を出たあとも、胸のざわつきは消えなかった。
車の中は相変わらず湿っていて、
エアコンを強くしても、ぬるい空気がまとわりついてくる。
「……誰かに話したほうがいい」
そう思った私は、
唯一なんでも話せる親友に連絡を入れた。
幸いにも休みだったらしく、
近くのカフェで会うことになった。
店に入ると、
コーヒーの香りがいつもより薄く感じた。
湿気のせいだろうか。
いや、気のせいではない気がした。
席に着くと、親友は私の顔を見るなり眉を顰める。
「……お前、どうしたんだよ。顔色、やばいぞ」
「……聞いてくれるか?」
私は、
朝の濃霧から始まり、
家の湿気、
タオルの異臭、
服の濡れ、
そして鍵のぬめり――
全部話した。
親友は途中から言葉を失い、
ただ黙って聞いていた。
話し終えると、
しばらく沈黙が続いた。
やがて、親友は深く息を吐き、
真剣な目で言った。
「……わかった。
馬鹿にしてるわけじゃない。
でも、お前、本当にヤバい状態だ」
その声は震えていた。
「俺の知り合いに、
御祓いを専門にしてるお坊さんがいる。
普通の寺じゃなくて……まあ、そういうのを扱ってる人だ」
私は思わず身を乗り出した。
「本当か……?」
「ああ。
それと……怒らないで聞いてほしいんだけど」
親友は言葉を選ぶように続けた。
「精神科にも行ったほうがいい。
お前、見るからにやつれてる。
何かに“憑かれてる”って言われても、
否定できないくらいだ」
その言葉に、胸が締めつけられた。
でも、否定できなかった。
「……わかった。
お坊さん、紹介してくれ」
親友はすぐにスマホを取り出し、
どこかへ連絡を入れた。
数分後、画面を見せながら言った。
「明日の昼、会えるって。
場所はここ。」
その瞬間、
胸の奥に少しだけ光が差した気がした。
「ありがとう」
親友は小さく笑った。
「お前が無事ならそれでいい。」
店を出ると、
外の空気はどこか湿っていた。
空は晴れているのに、
肌にまとわりつくような重さがあった。
私はそのまま家へ向かったのだった。




