二章『浸食』
朝のことが頭から離れず、仕事どころではなかった。
ミスばっかりで残業だらけとなり、くたくたになりながら帰る。
「帰りは何も起きなかったな。」
そう思いながら玄関の扉を開けた。
――その瞬間、
鬱蒼とした湿気が、顔にまとわりついた。
まるで加湿器を全開にした部屋に入ったような、
重く、ぬるい空気。
そして、家の中は不気味なほど静かだった。
テレビの待機音も、冷蔵庫のモーター音もない。
“無音” というより、
音が吸い込まれている、そんな静けさ。
仕事で大量に汗をかいていた私は、気味悪さを押し殺してシャワーを浴びた。
だが、体を拭こうとタオルを手に取った瞬間、
ぞわり、と背筋が冷えた。
タオルが――湿っている。
洗濯し、乾かしたばかりのはずなのに。
しかも、手のひらがふやけていた。
まるで長時間湯船に浸かった後のように。
タオルを鼻に近づけると、
あの朝の霧と同じような、
生乾きと腐臭が混ざったような匂い がうっすらした。
「……おかしい」
そう思ったが、疲れにあらがえず、布団に倒れ込む。
気づけばすぐに眠っていた。
しかし、
――ぽちゃ……ぽちゃ……
水滴が落ちるような音で目が覚めた。
寝返りを打とうとした瞬間、
全身に“ぬるり”とした感触が広がった。
服が――ぐっしょり濡れている。
汗ではない。
生乾きの、“あの”臭いがする。
嫌悪感に耐えながら音のする方へ向かうと、
リビングの天井から水が落ちていた。
おかしい。
この家はコンクリート造りだ。
しかも、外の雨はもう止んでいる。
雨漏りなど、あり得ない。
たらいを置きながら、
「明日、不動産に行って連絡しよう。」
そう呟き、再び布団に倒れ込む。
疲れが抜けず、着替える気力もなかった。
翌朝。
玄関を出ようと鍵を手に取ったとき、
左手に強烈な不快感が走った。
鍵が――濡れている。
しかも、
若干ぬめりを帯びていた。
まるで霧吹きをかけられたように、
細かい水滴が鍵の表面にびっしりとついている。
「……気持ち悪い」
そう呟きながら車に乗り、不動産へ向かうのだった。




