悪役転生第50話 魔王
艶やかな光が収まると共に、
サルジャは「変身」の全貌を目の当たりにした。
怪物。
異形たるその姿を一目見て、
その言葉だけが真っ先に浮かんだ。
被っていた仮面はそのまま顔となり、
頭部には蛇を模した飾りが王冠のように
添えられている。
首から下は鱗に覆われ、
指先と足先は悪役らしく尖っている。
黒いオーラと共に現れたマントは、
輝きが過ぎないよう
調和を保っているようにも見える。
黒と紫が混ざったような色をしており、
金色の体とはまた違った光沢を放っている。
「・・・魔族?」
サルジャはそう尋ねた。
既に絶滅している筈だがそれ以外、
あの異形を納得できる理由を知らなかった。
「いいや。せめて怪人って言ってほしいな。」
そう否定しつつも、
この誤解は仕方ないとも思った。
現にサルジャは今、
“怪人”という言葉に疑問符を浮かべている。
中世ヨーロッパのような世界観では、
怪人という、特撮めいた言葉は通じないようだ。
人に似た姿で、人の言葉を話す異形。
確かに魔族のようにも見える。
そう見られるのは悲しいが、
これも悪役の宿命かな。
そう割り切って、目の前の敵と改めて対峙した。
怪物と恐れられたとしても、
こちら次第で対話できる相手はいると思っている。
この人は違うが。
「来ないのか?」
話しかけるが、さっきから
一向に攻めてくる気配がない。
眼を泳がせて後ずさりし、
攻撃を躊躇っているようにも見える。
これでは埒が明かない。
「どうした? 怖いの?」
煽るとようやく攻撃してきた。
蟲が僕を喰い破らんと、濁流の如く押し寄せる。
ただサルジャの形相はかなり必死で、
やはり恐れているようにも見える。
そして彼女も薄々分かっていた通り、
「効かないよ。気持ち悪いから落としてるけど。」
炎を空気に乗せて操り、竜巻のように旋回させる。
蟲は僕に歯を立てることすら叶わず、
炎の渦に飲み込まれて焼けた。
その炎はとぐろを巻くようにしてまとめ、
掌に収まる大きさまで圧縮する。
それをサルジャ目掛けて放ち、
彼女のもとで解放する。
サルジャは蟲を圧縮し、人間大の盾で防御した。
しかし、
「ギャッ!!」
当然、不十分だった。
辛うじて炎は防いだが、熱波までは防げず、
熱さに苦しみながら後ろへ吹き飛んだ。
蟲では勝ち目がない。
熱さで痛む顔を押さえながら、
サルジャはそれを完全に理解した。
ちょうどその頃、僅かな救いがサルジャに訪れる。
数百体の土人形の軍勢。
この街にいた戦力を全て集めた。
いくら怪物でも、
これだけいれば負けることはない。
そう思っていた。
「・・・嘘でしょ。」
サルジャは長らく戦場で戦ってきたが、
これほど自身の目を疑ったことはなかった。
土人形が宙を舞っている。
包囲されるや否や、
魔王は何かを持ち上げるように右腕を挙げた。
それと同時にマントもたなびき、
再び黒いオーラを放った。
そして次の瞬間には、
土人形たちが空へ浮かび上がってしまった。
魔王による重力操作。土人形は行動不能。
空中で回転して思うように動けず、
砲撃も全て明後日の方向に向かう。
だが、サルジャが本当に
戦慄するのはここからだった。
ドォォォン!
墜ちた。
土人形の一体が、目にも止まらぬ速さで落下した。
土人形が粉々になる勢いで足元に落下し、
その衝撃で尻もちまでついた。
サルジャは理解した。これは落下ではないと。
魔王だ。
恐らくあの未知の力を使って、
浮かせた土人形を叩きつけたのだろう。
一回でも受けたら負ける。
蟲を盾にしても防げない。
ならばと、サルジャは蟲の群れに乗った。
蟲を足場にし、波に乗るようにして移動する。
土人形の流星を避け、
どんどん僕から遠ざかっている。
僕に背を見せることも厭わず―
「あ。これ逃げる気だな。」
どうやら撤退を選んだらしい。
まあ気持ちは分かる。
だが逃がさない。
二度三度と来られては困るのでね。
土人形の残弾を叩き落とし、
今度は僕が宙に浮いた。
黒いマントをたなびかせ、
空を飛んでサルジャを追いかける。
重力波を推進力に、空気も操り軌道を調整。
十秒と経たぬ間にサルジャに追い付き、
その背中を視界に捉えた。
気配に勘付いたのか、
サルジャは振り向いて僕を視認した。
もう怒りや恨みといった感情は一切なく、
その顔はただただ驚愕と恐怖に染まっていた。
蟲を差し向け、苦し紛れの反撃をする。
だがもう、戦いは終わりだ。
「悪炎美頭」
炎の蛇。
狙いはサルジャ、
ではなく脚となっている蟲の群れ。
全てを飲み込んだ。
足場を失い、サルジャは為す術なく地上に落下。
そこに僕も降り立った。
魔力も気力も弱った大将軍を、
魔王が見下す構図となる。
「この―」
少し乱暴だが顔を掴み、
何か言おうとしたサルジャを抑える。
そして、
ビリビリビリビリビリビリィィィィィィ―
「いやあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
体に直接電流を流し、同時に魔法を吸収する。
全身を襲う痛みと痺れ。そして謎の脱力感。
サルジャの戦意は完全に消え失せた。
吸収が終わる。
サルジャは、
まるで魂が抜けたかのように倒れ込む。
生きてはいるが、目には光も恐怖もなく、
ただ虚ろに染まっていた。
ひとまずここは僕の勝ち。
他の三人はどうだろうか?
仲間に連絡を取る。
まずはゼイン。
グレインでの土人形討伐。
その指揮を任せていた。
「魔王様! 今どちらに?」
「・・・はい。何やら虫が来た辺りで
土人形が退却を始めて・・・」
「はい。軽傷者は何人かいますが、皆無事です。」
「それは良かった。僕は大将を追って離れた所に。
土人形なら、僕が倒したから大丈夫だよ。」
この後、ゼインには待機を指示。
次はレオナ。
先行していた元雷軍の攪乱、
足止めを任せていたのだが・・・
「安心して。ちゃんと全員ぶっ飛ばしたわ!」
何と全滅させたらしい。
メイの回復を受けながら、一撃離脱を繰り返す。
それで王国軍が来るまで時間を稼ぐ作戦。
だったのだが、最初の奇襲がかなり効き、
そのまま勢いで倒してしまったとのこと。
加えて、
「やたらとすばしっこい男でさ。
蹴っ飛ばしけど、大丈夫?」
オルガイも倒していた。敵の副将だと伝えると、
「え? 弱!!」
拍子抜けしていた。
その後、既にメイといちゃついているレオナには、
森の奥に隠れるよう指示。
王国軍と鉢合わせるのはマズい。
そして最後はノエラ。国境の監視を任せていたが―
「魔王様。大変です!」
「どうした?」
「巨大な土人形が、次々と国境を通過しています。
それも何百体もいて・・・」
ノエラの話では、
その土人形の身長は五十メートル近くあるらしい。
それが数百体―
「フフフ―」
突然、サルジャが不敵に笑う。
目にも微かに光が戻っている。
「終わりよ。アンタも、この国も。」
「いくらアンタが化物でも、一人であの巨兵たちを
相手にするのは不可能。」
「フフッ・・・下手に首を突っ込んだのが
運の尽き―」
「備えあれば患いなし。」
聞きなれない言葉に、
サルジャの薄ら笑いが止まる。
「これは僕がいた世界の、
格言みたいなものでね。」
「あらゆる事態を想定して準備をしておけば、
何も恐れることはない、という意味。」
「そして僕は、その巨兵とやらも
一切恐れてはいない。・・・もう分かるね?」
一度は引いた冷や汗が、
再びサルジャの体を流れる。
「良い機会だ。君にも見せてあげよう。
僕の備え。国を、いや―」
「世界を滅ぼせるほどの、切り札を。」
サルジャの目に映った魔王の目には、
決して揺らがぬ確信が籠っていた。




