悪役転生第45話 生殺
「食らえ。」
アルヴァ―ドが指を向ける。
その瞬間に空気が裂け、不可視の斬撃が迫る。
僕は両腕の刃を構え、一切動かずに防御する。
ディルナスの森で僕を斬った魔法。
だが刃に魔力を集中させれば、
防げぬ攻撃ではない。
そして、
「チッ!? ああああああああ!?」
「良かった。撃ってる間は動けないんだ。」
この通り隙もある。
指を構える右手に触手を刺し、緑毒を注入。
痛みと痺れで隙を広げ、追撃をかける。
背中から十数本の触手を―
「邪魔だ。」
怒りに満ちた睨みに呼応し、
アルヴァ―ドの周囲を竜巻が覆う。
触手は弾かれ、僕本体も押し出される。
竜巻が収まった後、
涼しげな顔でアルヴァ―ドは立ち上がる。
右手で僕を指差して言った。
「効いたぞ! この毒。」
右腕を染めた緑が消えている。
修復で毒を消したらしい。
想定内だが、やはり厄介な魔法だ。
「次はどう―」
斬りつけた。
腕の刃を瞬間的に伸ばしての攻撃。
「畳みかけるよ。」
宣言通りの猛攻。
刃を振り回し、体中を斬りつける。
次は間を置かずに触手を刺す。
十数本の触手を同時に、
体を地面に押し倒すようにして刺す。
そして当然毒も注入。
刃にも毒はあり、
それで動きを封じての追い打ち。
修復されるにしても、
それを上回る量の毒でなら勝てる。
そう思ったのだが―
「しゅ・・修復、を・・・うわ、
上回れると・・・甘いな!」
触手が壊れた。
十数本全てが、
同じ角度、長さで一斉に断たれる。
修復も機能しており、毒を飲み込み、
押し潰すように体を回復させている。
十秒もかからず、毒の全てが排除される。
僕は静かに焦り始めた。
「ハハッ、流石だな! 魔王の毒は。」
そんな僕とは対照的に、
起き上がったアルヴァ―ドは笑う。
脂汗をかくだけで、まだ余力は残っている。
「お前は強いよ。前の魔王よりもな。
それは認める。」
「が、甘い。」
“甘い”という言葉を境に空気が変わった。
最初の傲慢さは消え、相手を飲み込むような、
威圧感のある殺気を放っている。
「甘い、とは?」
「お前、殺す気がないだろ?」
思わず動揺した。
そして顔にも出たらしく、
アルヴァ―ドの顔も動いた。
「やっぱりか。違和感あったんだよ。
その“緑の毒”。」
「蒼大を溶かした紫の毒。あれからは
身の危険を、死の気配を感じた。」
「だがこれには感じない。
現に痛みや痺れしかないしな。」
話し続けるアルヴァ―ドの顔は、
どこか落胆しているようにも見えた。
「ガキみたいだと思ったが、
どうやら本当にガキだったようだな。」
「殺す前に言っておくぞ、ガキ魔王。
戦いにおいて、勝敗を決めるのは
魔力や魔法だけじゃない。」
「非情な心、その有無や程度でも決まる。
殺し合いだぞ。」
アルヴァ―ドが左手をかざす。
吹き飛ばされた。
放射される竜巻に押され、
木々を薙ぎ倒しながら転がり続けた。
飛ばされた軌跡は荒れに荒れ、
正に嵐が通ったようだ。
そう思った直後、上に大きな殺気を感じた。
アルヴァ―ドが右手をかざし、
今度は斬撃の嵐を放つ。
先程とは比較にならない威力と数。
両腕、そして触手からも刃を出しているが、
直撃を防ぐだけで圧は殺せない。
すると、急に斬撃が止まった。
直後、僕は大慌てで回避した。
触手を地面に突き刺し、
無理矢理体を持ち上げて運んだ。
そして体をかすめるように、
急降下するアルヴァ―ド。
降りた地には土煙と、大地を割るほどの斬撃の跡。
受けていたら即死していた。
「分かったか? これが殺し合いだ。」
―気圧されている。
恥ずかしい話だが、
アルヴァ―ドの言っていることも正しい。
僕は人を殺したくない。
漫画やアニメの中でなら、
そういうシーンがあってもあまり抵抗はない。
だが、実際にできるかは話が別だ。
ノエラに問われた時には色々言ったが、
“殺したくない”これが本音だ。
僕の魔法「八岐大蛇」の吸収能力。
相手を殺さず無力化できるこの能力にも、
僕のそういう気持ちが反映されているのだろう。
覚悟がない。
確かにそうかもしれない。
だが、漫画やアニメでこうした問答を見る度に、
気になっていたことがある。
呼吸を整え、少し間をおいて尋ねた。
「殺す方が偉いの?」
「あ?」
今度はアルヴァ―ドが固まる。
周囲には、風の音だけが残っていた。
「単に聞いただけだよ。
“殺してでも勝つ”みたいなものなら、
あった方がいいのかもしれない。」
「ただ、“勝ったら相手を殺さなければいけない”は
違うんじゃないかな。」
「特に僕みたく、“殺さなくても勝てる手段”が
ある場合はね。」
僕の主張を、
アルヴァ―ドは苛立ちながら聞いていた。
考えを否定されたから、だけではない。
「おい。今何て言った? 殺さなくても勝てる、
って言ったか?」
「 それは何か? 俺にも勝てるって言ってるのか?」
「そうだよ。」
刹那、一瞬でアルヴァ―ドが接近。
竜巻を使った高速移動、そしてゼロ距離の斬撃。
僕は両腕の刃で受け止め、
「ガァ!?」
カウンターで斬撃。
右脚を腕同様に変形させ、バク転のような形で斬る。
アルヴァ―ドは宙を舞う。
しかし落下はせず、竜巻を使って空中で立て直す。
そこを狙った。
「襲雷」
速射された雷がアルヴァ―ドを襲う。
たまらず落下した。
だがまだ手を緩めない。
「焔輪八岐」
続けて炎での攻撃。
グラディオを下した技だが、
これで倒せるとは思っていない。
目的はトドメを刺すことじゃない。
竜巻で炎が消える。
そしてアルヴァ―ドも無事だ。
毒も傷も火傷もない。
が―
「ハァ、ハァ、ハァ―」
体は動かない。
強気な彼も、これには焦りを隠せないでいる。
「どうした、アルヴァ―ド? 魔力切れかい?」
嵌められたことに気付き、一層呼吸が荒くなる。
「王族の魔力は濃い。
ノエラから聞いた時思ったんだ。」
「“多い”じゃないんだなって。
つまり出力こそ高い反面、
総量は決して膨大ではない。」
「そこが勝ち目だと思ったよ。
僕は魔王として、数多の敵の魔力を奪ってきた。」
「瞬発力で負けたとしても、
削り合いなら勝てるとね。」
愕然とするアルヴァ―ド。
背中から蛇を出し、彼の吸収を始める。
「これが、殺さずに勝つってことだよ。」
アルヴァ―ドは答えない。
それどころか抵抗すらしない。
大量の毒や傷口への雷、そして全身への炎。
彼はそうした猛攻の目的が、
“修復を使わせること”だとは気付かなかった。
何故なら、それは弱点ではなかったから―
突然の殺意。
それと共に、蛇の頭が切り刻まれる。
だが、僕が驚いたのはそこではない。
魔力が減らず、
あろうことか増え続けているのである。
僕の頭が、最悪な現実を理解してしまった。
「君の修復。消費した魔力も“修復”できるの?」
「ああ、そうさ。」
アルヴァ―ドの口元がゆっくりと歪む。
「永久機関、ってやつだよ。」
“勝ったつもりだったのか?”とでも
言わんばかりに。
あっという間に魔力の大半を取り戻し、
再び僕に殺意を向ける。
「言った筈だぞ。殺し合い、だと。」
量で勝てる、という考えは確かに甘かった。
敗北、そして死の可能性が、僕の脳裏に強くよぎる。
殺すか、殺されるか。
そんな単純な二択が、
これほど重くのしかかるとは思わなかった。




