悪役転生第42話 真実
「勝ってないわよ。私にも、母にも。」
この言葉の意味を、セイレンは理解していない。
していないが、反射的に怒りを示した。
プライドを刺激されたからだ。
「どういう意味だ?」
殺気を解放し、ドスの効いた声を放つ。
「私に勝ったら、教えてあげる。」
頭の中で何かが切れた。
威圧はそのままに、一瞬でノエラと距離を詰める。
そして手刀を、音の刃で攻める。
殺す一撃。
それはノエラの槍と交わり―
破れた。
腕ごと弾かれ、大きくのけ反る。
体勢を立て直したセイレンは目を疑った。
殺意が消え、魔力も研ぎ澄まされている。
整った魔力で槍を構えるその姿は、
最早憎しみの戦士ではなかった。
「来なさい。
あなた如き、槍があれば十分よ。」
目を血走らせノエラに向かう。
魔法を使わないつもりか?
「舐めるなよ!」
両手の手刀で刃をつくり、刺突と斬撃を繰り返す。
だが全て弾かれる。
どころか今は攻められており、
捌き切れずに槍が当たる。
刺突が脇腹をかすめたあたりで、
セイレンは再び思考を巡らせる。
手刀と槍。近接戦では明らかに不利。
一度距離を―
「くっ!?」
もう遅かった。
後ろに下がろうとした一瞬の隙に、
槍がセイレンの脚を抉った。
貫通こそしていないが傷は深く、
フットワークにも影響が出る。
ここにきてセイレンは焦り始める。
このまま打ち合っても勝ち目はなく、
またこれだけ近いと、超音波を照射する隙が無い。
脚を狙い撃ちした以上、敵もそれを分かっている。
だったら―
セイレンは賭けに出た。
脚を負傷した自分が、直後に跳ぶとは思うまい。
激痛に耐え、無理矢理超音波で跳び上がる。
反動で血を噴き出しながらも、
右の掌をノエラにかざし、超音波を―
「ああああああああ!!」
悲鳴を上げ、セイレンが力なく地面に落下する。
言うまでもなく、原因はノエラだ。
彼女はセイレンが跳んだ瞬間に槍を構え、
音の照射より早く雷を放った。
一本の光となった雷が彼の腕を貫き、
超音波を中止させた。
「お前、これ・・・」
飛び道具を・・・・・・
目で抗議するも、
「何? “槍”で十分、って言ったでしょ。」
まるで相手にされない。
その態度に、
セイレンの屈辱は限界を超えつつあった。
殺気を前面に出し、怒りに満ちた目でノエラを見る。
「おい。お前。私を本気に―」
槍の一撃。痺れで防御が遅れ、刃が右肩を抉った。
殺意に満ちた目を向けるも、
「は? 王族に脅し?」
逆に威圧を受ける。
ノエラの眼。
見下すような冷たさと、屈服を促すような圧。
セイレンには王弟アルヴァ―ドと、
そして現王ニュートの姿も重なって見えた。
彼は首を振り、必死で幻影を振り払う。
そしてノエラを否定するべく、音の刃で立ち向かう。
痛みに耐えながらの猛攻。
しかし全て捌かれてしまう。
「黙れ。黙れ。黙れ―」
焦りと苛立ちだけがセイレンに募る。
白騎士という言葉が、頭の中で崩れ始めていた。
「黙れ!この汚れた不義のッ!?」
ノエラの蹴りが鳩尾に刺さる。
衝撃と魔力が体を突き抜け、内臓が圧迫される。
「カハッ、コホッ、ウエエエエ!!」
うずくまり、喉の奥から唾を吐き出す。
そんなセイレンを見下ろし、ノエラは話し始めた。
「教えてあげましょうか?」
「あ?」
「あの言葉。私にも、母にも勝っていない―」
「ああ、そうだ。一体どういう意味だ?」
息は絶え絶えながらも、怒りに満ちた目だけは鋭い。
「あの時、あなたはまだ私を仕留めていなかった。
そして今、私の槍に為す術なく倒れている。」
「・・・それで?」
「母は、私の十倍強かった。
私を逃がすために、槍を投げたから死んだ。」
「あなたは戦って勝った訳じゃない。
母が槍を持っていれば、
死んでいたのはあなたの方よ。」
ノエラはそう言い、蔑むような笑みを浮かべる。
見下ろ― いや見下されている。
私が。黒金に。不義の子如きに。
白騎士セイレンにとって、
耐えられるものではなかった。
「図に乗るなぁぁぁ!!!!!」
声を荒げ、目尻が裂ける程
目を見開いて襲い掛かる。
痛みを忘れ、そして我も忘れて攻撃する。
手刀を突き、振り回すばかり。
冷静さの欠片もない、自棄とも呼べる猛攻。
だが自棄故に読みづらく、また勢いも凄まじい。
白騎士の我武者羅を前に、ノエラも押され防戦一方。
そして遂に、ノエラがよろめき体勢を崩した。
「死ねぇぇぇぇぇ!!!!」
渾身。最大出力の音の刃―
が空を切った。
視界からノエラが消え、
「ガァ!!」
槍がセイレンの背を貫く。
ノエラが槍に力を籠め、
ビリリリリリリリリィ―
「ギィヤァァァァァァァァァァ!」
雷を流した。
槍を伝って体内に流れ込み、
悪意すら焼き払うように全身を貫く。
槍を抜くと、セイレンは力なく崩れ落ち、
体からは焦げ臭い煙が上がる。
今度こそ雌雄が決した。
「ひ、卑怯者め!」
「何がですか?」
意識があることに驚きつつも、
ノエラはセイレンと話す。
「魔法を、使わないと言って、使った。
後ろから、刺して・・・王族のすることか!」
かすれるような声での批難。
ノエラは鼻で笑い、
にっこりと笑みを浮かべて言った。
「何を言ってるの? 私は汚れた不義の子。
今は悪役の一人です。」
開き直り。
だが自虐めいたものではない。
悪戯をした子供のような、
それでいて何かに折り合いをつけたような、
そんな清々しさを感じさせる笑顔だった。
「じゃあ、聞かせて。」
ノエラが唐突に尋ねる。
大事なことを確認するため、
槍の先端をセイレンに向けた。
「母の最期。本当は何て言っていたの?」
セイレンはノエラを見つめる。
何故気付いたのか、と。
「命乞いなんかしてないんでしょ?」
「あれが明らかに嘘だと分かったから、
私は冷静になれたのよ。煽られてるんだなって。」
セイレンはようやく、あの沈黙の意味を理解した。
動揺させるべく放った言葉で相手を正気に戻し、
逆に本来の力を発揮させたと。
自身の敗因を知り、
今更ながら彼は敗北を認め、そして受け入れた。
「いいだろう。答えてやる。」
憑き物が落ちたような顔をして、
セイレンはあの日の真実を語った。
「とどめを刺す前、遺言があれば娘に
聞かせてやると言ったら、あの女はこう答えた。」
【余計なお世話よ。言うべきことは全て伝えた。】
【あの娘は強い。必ずあなた達を脅かす。】
【楽に殺せると思わないことね。】
「あの時は、戯言だと思っていたよ。」
言い終えた後、セイレンは眠るように気を失った。
ノエラは、彼がもう動かないことを確認すると、
槍を地面に立てて空を見上げた。
自分自身と、その強さを誇るように。
「お母さん。見ててくれた? 私、強くなったよ。」
「お母さんの娘に生まれて良かったって、
幸せだって思ってるよ。」
あの日言いたかった言葉。
でも、今だからこそ言える言葉。
自身の生まれを真実として受け入れ、
本当の意味での一歩を踏み出している。
仇を討った安堵からか、
ノエラの目から涙が流れる。
その涙は、泣きじゃくる少女のものではない。
前を向いた者だけが流せる、静かな涙だった。




