表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

126/128

カーミラの軽率

書籍第一巻発売中&コミカライズ企画進行中。詳しくは活動報告をチェック


 聖女としての巡礼……という名目で、ジェーダンに到着したカーミラだったが、その実態は殆ど旅行だった。

 一応公務として聖南創神会の行事や式典などには参加しているものの、実際の仕事と言うものは無いに等しく、ただ指定された場所に座って退屈な式典を欠伸をしながら過ごしているだけ。

 それを見ていた創神会や街の住民からは様々な要望や苦情、不満の声は届いていたものの、同時期にジェーダンに滞在していたアルフォンスが妹可愛さに全て握り潰しており、カーミラは遊覧船に乗ったり海水浴をしたりと、王都ではできないジェーダン特有の観光を楽しんでいるだけだったのだ。


 そしてその日は、カーミラが氷入りの果実水で満たされたグラスを片手に遊覧船に乗り、ジェーダンから少し離れた観光用の離島のビーチに訪れた時にやってきた。

 魔物や危険な猛獣が居ない、人工的に生態系を調整された離島の砂浜に、大型犬ほどの大きさをしたドラゴンが上陸してきたのだ。

 これにはカーミラも悲鳴を上げ、周囲の人間も警戒を露わにしたが、当のドラゴンは全くの無警戒。それどころか興味深そうにカーミラたちの方に歩み寄ってきた。

 何時まで経っても危害を加えてこようとせず、不用心に近づいて来て自分たちを観察するように眺めるドラゴンに誰もが困惑する中、カーミラはふと思い立ったように呟く。


 ――――そう言えばドラゴンって、実は大人しくて魔石を上げれば何でも言うことを聞いてくれるんでしょ?


 それはアルバラン帝国から伝わってきたドラゴンに対する学説を、カーミラなりに解釈したものだった。

 事実として、帝国では魔石を交渉材料にしてドラゴンをパートナーとして生活、或いは軍事力の一部に組み込む計画が動いている。

 強大な力を誇るドラゴンを味方に付けることで国力の大幅増強が予想されるアルバラン帝国に周辺諸国……特に帝国との関係が悪化している王国は非常に強い危機感を覚えていたのだが、カーミラは実際にドラゴンをその眼で見てみて、ふと思い立った。


 ――――このドラゴンを従えちゃえば、私も皆から一目置かれるかも!


 そう考えたのは、ドラゴンに関する学説と共に伝わってきた、《竜の聖女》と呼ばれる少女……かつて自身の身代わりとして巨竜半島に送られた、アメリアの評判を聞いたからだ。

 死ぬことを前提に巨竜半島に送られながら、ドラゴンたちと共存関係を築くことで七年にも渡って巨竜半島で生き抜き、弱冠十七歳にして人とドラゴンの新たな関係性を証明してみせた若き才媛。

 今では帝国にとって何物にも代えがたい貴重な人材として重宝されているアメリアだが、王国側としては新たな脅威でしかなかった。


『ドラゴンを使役することが出来る少女……!? そんな馬鹿なことが、可能なのか……!?』

『聞いたところによると、件の少女は聖女オニエスの化身で、神聖な魔力でドラゴンと意思疎通が可能らしいぞ』

『いや、問題は手段ではない! 巨竜半島を有する帝国にそのような者が現れ、第一皇子派に協力しているというではないか! これは我が国を始めとした大陸中……ひいては、世界のパワーバランスを崩しかねない、重大事項だぞ!?』


 凶悪狂暴と、世界中の人々が長い間信じ込んできたドラゴンを国力に据える……一見無謀にも見える共存計画は最初の方こそ帝国内で大きな騒ぎとなっていたが、民衆からの支持が厚い第一皇子派が後ろ盾になったことで、全員が肯定的でないにしても、早い段階から混乱が鎮静化した。

 特に病弱だった第四皇女ティアーユがドラゴンの力を借りることで病状を克服し、ドラゴンに乗って各地を視察訪問するという、皇女としての公務を元気にこなす姿を多くの民衆が目の当たりにし、ドラゴンに対する認識を改めさせられたのだ。


 軍事や運送は勿論のこと、魔蝕病などの魔力障害の改善といった医療方面への可能性も見出され、更には牙や爪、羽や体毛などが非常に上質な素材として流用できる……驚異的な力を持つ半面、人間にとってのドラゴンの有用性が、アメリアの研究成果から次々と発覚していっている。

 これが意味するところは、巨竜半島を領土内に収めるアルバラン帝国の爆発的な発展。混乱はあれど、支持率が高く、やり手揃いと評判の第一皇子派であれば、最後には混乱を収束させて、本格的にドラゴンの事業利用を達成するだろうと、周辺諸国の指導者たちは理解していた。


 そんな中、慌てふためいたのはアルバラン帝国との関係性が悪い国々……レイディス王国やエルメニア王国だ。

 関係が冷え込んでいる帝国と国力に水を開けられることを良しと出来る敵対国家など存在しない。かねてより帝国の内部争いに秘密裏に干渉していた両国が、その矛先をアメリアにも向けるようになったのは当然の事と言える。

 特にエルメニア王国としては、元々は自国の貴族令嬢だったアメリアを何とか連れ戻せないかと策を講じていたくらいだが、それを見過ごすほど帝国は甘くない。


『件の研究者は元々、我が国の貴族令嬢だったのだぞ? 国際法上、自国の貴族は他国に居ても強制的に参集できるはずではないか?』

『ですがそれだと、七年前の真相が詳らかにされる可能性が非常に高い。そうなればカーミラだけでなく、我々王家の威信が……』

『帝国もそれを分かっていて、アメリアを自国民だと主張しているのでしょう。王侯貴族の影響力が低下している昨今の情勢を鑑みれば、正攻法でアメリアの帰国を求めるのはリスクが大きすぎるかと……』


 七年前の身代わり事件の事を知っている王家や宰相一家を始めとした極一部の者たちが、何とかアメリアを帝国から引き離そうと策を巡らせてみたものの、公的にアメリアが死亡したものとして扱ったことが完全に裏目に出ていたのだ。

 自分たちの権威を重要視するエルメニア王家からすれば、自分たちの失態の肩代わりを幼い少女に押し付けたという醜聞は耐えがたいもの……周辺諸国からの信用失墜も考慮すれば、易々と帰国を求めることは出来ない。


『このまま帝国の利となるのなら……いっそのこと、誘拐するか、始末いたしますか?』

『どうやってやるというのだ、アルフォンス。相手の傍には常日頃から、ウォークライ辺境伯軍とドラゴンが居るのだぞ?』


 そうなると当然、アメリアの暗殺や誘拐までも議論に上がった。正攻法が通じないなら邪道を用いる……そうすればドラゴンの研究は大きく停滞し、第一皇子派の事業は最悪廃止に追い込まれるだろう。実際、アメリアの誘拐や暗殺を目論んだ何者か……他国からの刺客と思われる人物が複数、ウォークライ領に忍び込んだという情報をエルメニア王国の諜報機関が掴んでいた。

 しかし、それら全てはことごとく失敗に終わっている。屈強な辺境伯軍の警護に阻まれて。

 元々、ウォークライ辺境伯軍は帝国でも最精鋭だ。彼らの警備を突破し、要警護対象であるアメリアを誘拐、或いは殺害するのは容易ではない。

 そうでなくても、アメリアの傍にはドラゴンが居る。移動の際にはドラゴンに乗って高速移動する為、接触自体が難しい。


(……つまらない。みーんな、アメリア、アメリアって)


 この状況をカーミラは面白く感じなかった。

 帝国との国力差が開くことに危機感を覚えているから、ではない。以前までは家族皆が蝶よ花よと自分を愛で、我儘も好きなだけ叶えてくれたというのに、帝国がドラゴンを国力に加えようとした途端に、「そんな余裕はない」とばかりに、カーミラに構わなくなったからだ。

 そればかりか自分以外の少女……かつて自分の身代わりとなったアメリアにばかり執着しているように見える。その事がカーミラの癪に障った。これではまるで、アメリアが自分よりも特別視されているようではないかと。

 しかし、事はそれだけでは済まなかった。


『聞いたか? アルバラン帝国に聖女様が降臨されたって』

『《竜の聖女》っていう人の話だろ? ドラゴンを操って大火事から人を救い、病弱な皇女を癒したっていう……実際は学者だとか何とかって聞いたけど』

『商人筋からの情報だと、帝都近郊にある大森林や、アラネス湧水山の異変も解決したって話だぜ。しかもドラゴンを帝国軍に与えて軍事力を大幅に上げようとしてるって……なんたってそんな人が、よりによって帝国に……』

『それに引き換え、ウチの国の聖女様ときたら……』


 商人伝いに情報が広まり、民衆の間で《竜の聖女》アメリアと、王家出身の聖女カーミラを比較するような世論が広がりを見せたのだ。

 当然、口さがない者の声が広まっていき、遂にはカーミラの耳にも届くようになる。


『カーミラ殿下も同じ聖女って呼ばれてるのに、俺たちの為に何かしてくれたってこと全然ないよな』

『最初は期待してたんだけどなぁ……創造神様から恩恵と寵愛を賜って巨竜半島から無事に帰ってきたから、その力を上手いこと使って国や俺たち国民のために何かの役に立ってくれるって期待してたのに、この七年間何にも良い思いさせてもらった覚えがねぇ。どこどこに外遊に出たとか、そういう話ばっかりだ』

『もしかして聖女なんて言うのは嘘っぱちなんじゃないか? 丁度殿下に聖女認定が与えられた頃から、教会からのお布施の催促が凄くなったし、教会の金集めに上手いこと利用されてたんじゃ……』


 確証がないものの、状況から国民が事の真相に近付きつつあったのだ。

 カーミラが名ばかりの聖女であり、伝説にあるように国民に対して恩恵をもたらす存在ではない。むしろ聖女と呼べるような人間がいるとすれば、それは人間とドラゴンの橋渡し役となって、幾つもの災いを退けてきたアメリアのような少女を指すのではないか、と。

 当然、カーミラを聖女として擁立し、自分たちの都合の良いように事を進めていた王家や聖南創神会は噂の鎮静化を図ったが、人の噂は簡単に消せはしない。むしろ帝国方面から聞こえてくるアメリアやドラゴンの活躍を耳にする度に、国民たちの中でアメリアとカーミラの対比がより鮮明になっていった。

 巨竜半島からすぐに脱し、これと言った功績の無いカーミラと、七年間に渡って巨竜半島で暮らし続け、帝国に新たな未来を示したアメリア……どちらの方が人々にインパクトを与えるか、答えは明白だ。


(酷いっ! 酷過ぎるわっ! 皆して私の事を偽物みたいに言うなんてっ!)


 実際に偽物の聖女であるカーミラは、こうした国民の声に対しても顧みることは無かった。

 アメリアが帝国に渡ったのは大人たちの判断であり、そのアメリアがドラゴンを手懐けて帝国の利となっているのは結果論。聖女認定の話だって、カーミラから持ち掛けたことではない。カーミラからすれば、全部周囲の人間が勝手にやったことであって、自分は悪くないのだ。

 しかし、王女と聖女を兼任することになったことでより多くの金銭や品々を集め、それを用いて豪遊してばかり。臣民へ還元する事をしなかったのは、紛れもない事実。カーミラがどれだけ声高に主張しても、状況は何一つ変わらない。

 そんな風に溜まった鬱憤を晴らすことも兼ねたジェーダンへの巡礼という名の観光。そこで巡り合ったのがこの、ドラゴンの中では小型と思われる個体だった。


(このドラゴンを従えてるところを見せれば、皆だって私を見直すはず! 全然大人しそうだし、体もそこまで大きくないからきっと大丈夫よ!)


 アメリアはドラゴンを手懐けることで帝国で受け入れられた。ならば正真正銘の王女であり、正式に聖女として認定されている自分が同じことをすればそれ以上の人気を集められる……カーミラはそう考え、従者に命じてドラゴンを船に乗せてジェーダンに連れて帰った。

 人懐っこい種族なのか、魔石を見せびらかせば簡単についてきたドラゴンを、カーミラは兄アルフォンスや教会の面々に見せつけると、その後は動きが早かった。


『帝国に追随する形となるが、我が国でもドラゴンを使役していると喧伝するには良いかもしれん……!』


 それはエルメニア王国としても、聖南創神会としても、都合の良い話だった。

 ドラゴンを使役しているのはアルバラン帝国だけでないと国内外に喧伝すれば、ドラゴンの力で国力を上げようとしている帝国や周辺国への牽制にもなるし、教会としても自分たちが擁立した聖女の功績をアピールし、落とした評判を回復することが出来る。

 そんな各方面の打算から、連れ帰ったドラゴンは、「創造神がカーミラに授けた加護によって服従した」という、偽りのエピソードを添えて迎え入れられ、ジェーダンで大々的にお披露目される運びとなった。


(やったわっ! これでもう誰も意地悪言ったりしない! 皆、私のことを沢山褒めてくれるわっ!)


 実際、ドラゴンを連れ帰ったことでカーミラへの悪評は、確かに鳴りを潜めた。

 中には魔石を用いたのではと真相に気付く者もいたが、エルメニア王国は教会の権威が強く、信心深い国民性。曲がりなりにも自分たちが入信している宗教が擁立した聖女が挙げた功績ならばと、疑い交じりではあるものの、ひとまず信じて受け入れたのだ。

 これにはカーミラも自尊心が満たされる思いだった。かつて自分の身代わりとなった格下の少女……前世の姉と同じ、歳不相応に大人びた目をしたアメリアと比べられ、前世の嫌な記憶が呼び起こされる日々から解放されるのだと。

 ……だがこの時、誰一人予想していなかった。

 カーミラが連れ帰ってきたドラゴンの正体を。我が子と離れ離れになった母親が、どれだけ恐ろしい存在であるのかを。




面白いと思っていただければ、評価ポイント、お気に入り登録よろしくお願いします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
子ドラゴンは今無事なんでしょうか?それが一番心配です。
妹にねだられたかアメリアとの対比に癇癪起こしたのを宥める為に兄が魔石をチラつかせて攫って来させて、妹にプレゼントして小竜連れて市内練り歩いたかと予想してたが違ったかw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ