子竜の居場所
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「結論から言うと、誰かがソラバシリオオリュウの子供をジェーダンまで連れ帰ってきたのが、今回の事件の発端だと思う」
私の思念波を感知するや否や、別荘跡地に向かって走り出したソラバシリオオリュウの後をシグルドに乗って追いかけながら、私は追走してくるクラウディアたちに状況を説明した。
事の詳しい経緯までは分からないけど、私の中には結構な自信があった。今口にした仮説が事実なら、全ての辻褄が合うからだ。
「ドラゴンの軍事転用に伴って、巨竜半島から複数頭のドラゴンをウォークライ領に移してきたけど、その際に私は閣下たちに警告したことがある……ドラゴンの子供は連れ帰るなってね」
それはドラゴンの子供がどのような環境下であれば正常に成長するかが不明瞭だからという、生物学者としての視点からのものでもあるけど、ウォークライ領に被害を与えないようにする為に配慮という側面もあった。
「全部ではないけど、多くの生物は自分の子供は自分で育てて、必死に守ろうとする。ドラゴンの中ではソラバシリオオリュウのメスが最も顕著で、彼女たちは子供への愛着が群を抜いて高いんだ」
子育てを一切しないドラゴンもいる一方で、ソラバシリオオリュウは自分の子供が成体になるまで傍で面倒を見続ける。
卵から片時も離れようとせず、孵化した後は常に子供の傍に居続けて、外敵から守ったり、餌になる魔石を与えたりするわけだけど……。
「でもそんなソラバシリオオリュウだけど、実は親が子供の傍に常に居続けられるかと言われれば、実はそうでもない。成体と比べて、幼体の大きさはかなり小さいからね。ドラゴン同士の縄張り争い、魔物の襲撃、親が寝ている間に勝手に動き回る……様々な要因から、子供が親竜の傍を離れて迷子になることがままあるんだよ」
全長十メートルは下らない成体と比べ、生まれて年数が経っていない幼体はかなり小さい。前方を走る個体の若さ的に、件の幼体は今のところ、大型犬と同じくらいと言ったところだろうか……岩の隙間、木々が密集した密林の中みたいな、体の大きさ的に動き回れる場所が違ってくるから、親竜が子供を見失いやすい時期である。
「そうして迷子になった子供を見つけるために、ソラバシリオオリュウは舌を使って臭いを感知する能力に目覚めたんじゃないかっていうのが、今の私の仮説」
あるいは、ドラゴンが魔力を食べる前……肉食だった遥か昔に獲物を追いかける為に発達した器官の名残か。
いずれにせよ、現代のソラバシリオオリュウたちが子供を見つけるために、舌の嗅覚感知能力を使っている可能性が高い。
「それじゃあ、ソラバシリオオリュウがジェーダンに来たのって……!」
「臭いを辿って子供を追いかけてきたからでしょうね。ただ何らかのハプニングで親から逸れて川に流されたのか、海に落ちたのかして、子供の元に駆けつけるのに時間が掛かったみたいだけど」
水に濡れた子供を臭いだけで探り当てるのは、流石のソラバシリオオリュウでも手古摺ったんだろう。ジェーダンに移動してからしばらく経ってから親がやってきたのも、そういう経緯があったのだと仮定すれば、辻褄は合う。
「あの日記帳を見るに多分、親から離れて海を渡った子供を、ジェーダンに居た人間が偶々見つけて拾ってきたんだと思う。その子供をカーミラ殿下とセットにして見せびらかして何がしたかったのかは興味ないけど……野生化にいるドラゴンから子供を引き離したら、そりゃこうなるよね」
私が瓦礫の山となった街並みを横目で眺めると、後ろに続く面々が息を呑む様子を感じ取れた。
野生動物の母性は、人間よりもシビアである時もあれば、人間よりもずっと深い時もある。この倒壊した建物たちは、子供の為なら何物をも踏み潰す、親竜の母性の表れだ。それを知らずに動物の子供を連れ帰るとは、誰だか知らないけど浅慮なことをしたと思う。
……まぁ、ドラゴンの子供を連れ帰ってきた来たのが誰なのかも、大体は見当が付くけど。
「面倒なことをしてくれたよ、本当に。最初から素直に分かってることを言ってくれれば、ここまで事態は拗れなかったでしょうに」
エルメニア王国側は、頑なにジェーダンの住民への聞き取り調査の要請を受け流し、のらりくらりと躱していた。それは恐らく、事態の発覚を恐れたからだろう。
どうやら子竜のことを連れ回して見せびらかしてたみたいだし、その当事者の事も街の住民たちは知っていたはずだ。私の事が王国でも話題になっていたんなら、「自分でもドラゴンを飼育できる」みたいに考えた奴が居たのかもしれない。
そしてそいつは間違いなく、相応の立場のある人間だ。それも王家の人間が庇い立てるくらいの。そんな人間がドラゴンの子供を不用意に連れ帰り、親竜を呼び寄せて街を滅茶苦茶にしましたってなったら、そりゃあ情報封鎖の一つや二つやりたくもなるか。
「でも可笑しくないですか? どこかに閉じ込められてるのか、瓦礫の下敷きになっちゃってるのかは知りませんけど、どうして子竜は親竜の元に帰ろうとしなかったのでしょう? それに、海を挟んだ先にあるジェーダンまで臭いを辿って追いつける嗅覚と、テレパシー能力まで持っているソラバシリオオリュウが、どうして何十日もの間子供を見つけることが出来ていないんですか?」
クラウディアの素朴な疑問に、私は頭の中で答えを纏める。
彼女の言っていることは至極当然の疑問だ。ソラバシリオオリュウが持つ能力であれば、ジェーダンに辿り着いた時点で子供の位置を特定し、合流することが出来た筈。
小竜が親竜の元へ帰ろうとしなかったというのも、「ドラゴンなら自力でどうとでも出来るんじゃないか?」という認識が前提にあるからだろう。日頃からドラゴンと接し、彼らが如何に人知を超えた生命体であるかを見てきた者らしい言葉と言える。
「……帰らなかったんじゃなく、帰れなかったというのが実際のところだと思う」
推測交じりになるけど、私はまず前者から答えることにした。
「ソラバシリオオリュウの子供はドラゴンの中ではかなり非力で、体力が多いけどそれ以外の能力は軒並み低い。知能や警戒心、身体能力や魔力量、嗅覚やテレパシー、放電能力……こういった生存に必要な能力は、母親に守られながら教えられ、何年も時間をかけてゆっくりと成長しながら身に付けていく。件の子竜が生まれて間もない個体なら、本当に大型犬くらいの能力しかないんじゃないかな」
自分の子供に教育を施すというのは、人間の専売特許ではない。
シャチは母親から狩りの仕方を教わるし、サルは見て盗む形式で食べ物の探し方や群れ社会のルールを教えるという。
子育てをするドラゴンの場合、角を介したテレパシーを使ってより具体的に生き抜くための能力を子供に与えるのだ。
「警戒心も低い上に好奇心が強くて、しかも人懐っこいからね。魔石を貰ってホイホイ付いて行ったら、そのまま逃がしてもらえなくなってどこかに閉じ込められたんだと思うんだけど……その閉じ込められた場所が二つ目の疑問である、どうして親竜が子供を見つけ出せずにいたのか、その答えに繋がると私は仮定してる」
そう話している内に、私たちは別荘跡地に辿り着いた。
立ち入るなと言われて手付かずの状態になった瓦礫の山……そこに視線を向けながら、私は無言でソラバシリオオリュウに思念波を送る。
その瞬間、ソラバシリオオリュウは長くて太い強靭な尾を地面に擦りながら、横薙ぎの一撃で瓦礫を吹き飛ばしてしまった。
「わー、何てことだー。手付かずの状態にしてろって言われたのに、野生のドラゴンが吹き飛ばしちゃったー」
「何ですかその凄い棒読み!? それ絶対にうむごごっ!?」
衝撃波や烈風が伴う尾の一撃によって吹き飛ばされ、海へボチャボチャと落ちていく瓦礫や家具、調度品や書類を眺めながら呟いた私の言葉が嘘であると即座に判断したクラウディアの口を、私は自分の手で遮る。
ヴィルマさんたちも呆れながら私の方を見ているから察していると思うけど、当然私の指示で瓦礫を吹き飛ばさせた。
最初はここまでする気は無かったんだけど、私の仮説が当たっているなら事態は急を要するからね。
(これでも政治とやらに配慮してやったんだから、むしろありがたく思って欲しい)
辺境伯軍で飼育しているドラゴン……シロやシグルドたちの力で瓦礫を退かせば人為的なものだけど、今回瓦礫を吹き飛ばしたのはあくまでも野生動物のソラバシリオオリュウ。
これはいわば獣害、自然災害のようなものだ。私が思念波を送ったなんて証拠は用意できるはずもないし、いくらエルメニアが国際法を盾にしようとも、災害によって吹き飛ばされてしまったら誰のせいでもない、強いて言うなら運が悪かっただけの事。
「さっきの話の続きだけど、ソラバシリオオリュウの子供が閉じ込められている場所は、臭いも思念波も届かない場所に限られると思う」
私は殆ど更地と化した別荘跡地に踏み入りながら、ふと目に付いたとある地点に向かって走る。
ジェーダンに辿り着いたソラバシリオオリュウは、まず臭いや思念波を辿って子供を探そうとしたはずだ。しかし思念波には反応せず、仕方なく臭いだけで子供の位置を特定しようとしたけど、大通りや教会、別荘跡地といった、子供が居たであろう場所に臭気が残っているだけ。街の外へと続く道へは臭いが無い。
だからこの親竜は自分が見落としているのかと思って、ジェーダンから出ずに決まったルートをウロウロしていたんだ。子竜がよく行き来していた教会や別荘、大通りみたいな特定の場所を。
「やらかした人間は子竜をどこぞの誰かに連れ去られないよう、厳重な警備が敷かれている場所で部屋飼いしていたと思う。それこそ、普段から警備兵を置いているような、侵入が難しい場所に」
「それが別荘跡地だと? しかし、その別荘跡地は更地にしてしまったのですが……?」
「子竜が居る場所は、地上じゃない」
これはまだ仮説の域を出ないけれど、もしかしたらドラゴンのテレパシー能力は、通信魔法と非常によく似た原理なのかもしれない。
だからこそ、親竜の思念波も子竜の思念波もお互いに届かなかった……物理的に閉ざされた場所に閉じ込められ、魔力が壁に遮られて思念波が届かなかったから。そしてそれは、臭いに付いても同様だ。
こうして思い浮かべた仮説を前提に、その中で一番怪しく、一番存在していそうな場所と言えば……。
「これは……地下へ続く床扉か!?」
そう、地下室だ。ここなら臭いや思念波はおろか、鳴き声だって届かない。偶然だろうけど、ソラバシリオオリュウから子供を隠すにも最も最適な場所に閉じ込めていたという訳である。
「どう? 恐らくここが一番臭いが強く残ってると思うんだけど?」
私がそうソラバシリオオリュウに思念波を送ると、興奮した様子で確かに頷いた。
本当なら、今すぐこの扉を破壊して地下にいる子供を助け出したいんだろう……しかし、親竜は一向にそうしようとしなかった。
(下手に建物を壊して、子供が瓦礫の下敷きになるのを恐れているんだ)
罠を初見で対処できるくらいに知能が高いドラゴンなら、このくらいの判断能力がある。だからこそ、親竜は人間から攻撃を受けても最小限の反撃に留めていたんだ。子供がどこにいるのかも分からない状況で、無暗に暴れたら子供を巻き添えにしてしまうから。
となれば、ここは私たち人間の出番。床扉を開けて安全に子竜を確保したいところなんだけど……。
「ん……何これ? 鍵が掛かってる?」
身体強化魔法を使ってでも空けようとしたけど、床扉は開かなかった。
それどころか、ガタガタと揺さ振ることすら出来ない。まるでコンクリートか何かで固定されているかのようにビクともしないのである。
「これは……封印魔法を用いた施錠ですね。辺境伯軍でも採用されている管理方法で、貴重品や危険物を収める倉庫の施錠によく用いられる技法です」
鍵か何かでも掛かっているのかと訝しんでいると、後ろから覗き込んできたヴィルマさんが私の内心の疑問に答えた。
封印魔法か……確か、箱や扉に付与することで開かないようにする為の魔法だっけ? 防犯対策として、辺境伯邸の至るところに封印魔法が掛かってたけど、それと同じのがこの床扉にも施されてるってことか。
「突破方法は?」
「正攻法で行くなら、専用の魔道具や魔法による開錠ですが、今の我々ではそれはほぼ不可能です。開錠魔道具はありませんし、解除魔法で開けるにしても、封印魔法の術式が分からなければ打つ手がありませんから。邪道で行くなら力尽くという手段もありますが、その為にはかなり強力な攻撃を仕掛けなければならず……」
「地下室倒壊のリスクは避けられない、か。それは不味いですねぇ……瓦礫の重量に、弱ってるであろう子竜が耐えられるとは思えない」
何十日もこの場所に閉じ込められているのなら、子竜は相当衰弱しているはずだ。水分不足に魔力不足……幾らドラゴンの生命力が強いからって言っても、瀕死の状態ならまだマシで、最悪死んでいる可能性もある。
それでも生きている可能性に賭けて動くしかないわけだけど、だからこそここで手をこまねいている訳にはいかない。事態は一刻一秒を争うのだ。
「仕方ない。ここは急がば回れ理論で、エルメニアの王太子殿下に交渉して開錠出来る人を連れて来ましょう。ドラゴンに乗って行けば、フォルゲンまですぐだし」
「えぇえ……それ、大丈夫なんですか? 私たち、思いっきり別荘跡を吹き飛ばしちゃったんですけど……」
「あくまでも獣害ね、獣害。とりあえず私が出向いてくる」
私はそう言って敷地の外にいるシグルドの元に走り寄り、その背中に飛び乗ろうとした……その直前。
「ああああああああああああっ!」
声にならない声……そう表現するに相応しい叫び声が轟いた。
驚いて声がした方に視線を向けると、恐らく物陰から飛び出してきたのであろう実母が私に向かって走ってきている。
そしてその両手には、光を反射して閃くナイフがしっかりと握られていた。
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