その地に囚われているのは
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「ちょっと行ってくる!」
「は、博士!? 待ってください、どうしたんですか!?」
私は後ろから聞こえてくるクラウディアの声を無視し、シグルドの背中に乗って大聖堂跡地を飛び出すと、瓦礫だらけの街中を駆け抜ける。
あの子は私の助手であり、弟子でもある。私が体験してきたこと、これから体験することを共有し、その知識と経験を余すことなく授けるため、本当なら待ってあげたいところだけど……。
(もし私の仮説が当たっていたら、時間の猶予が無い)
クラウディアたちが追ってくることを祈りつつ、私はすぐさま街中を徘徊する巨大な生物……ソラバシリオオリュウの前まで辿り着く。
私から放たれる思念波に驚いたのか、ソラバシリオオリュウはやや瞠目しながら私を見つめてくる。これまでと変わらない無言のやり取り。私は息を整え、努めて冷静になりながら、まずは肩に乗っているジークに問いかける。
「ジーク……今私が考えていること、合ってる?」
そんな思念波に、ジークはコクリと頷く。
次いで、私はソラバシリオオリュウに対して同じ思念波を送ると、ソラバシリオオリュウは大きく目を見開いた。
「答え、合ってる?」
ソラバシリオオリュウはどこか興奮した様子でゴルルルと喉を鳴らし、確かに頷く。
言葉が通じず、随分と時間が掛かってしまった……けれど、何とかこの段階まで来れたね。
そうだよね……よくよく見てみれば、この個体は成体ではあるけれど、角の長さや体長を見れば、まだ年若くもある。今回の事件は、それ故に起こり得ることではあった。
「となると、やることは決まったね」
私は別荘跡地に視線を向けながら呟く。
今ならどうしてソラバシリオオリュウがあの場所に拘っていたのかよく分かる。自分のために栄養を後回しにし、痩せ細ってでも魔石を貯め込み続けた、その理由も。
「博士、どうしたんですか突然!? 何か分かったんですか?」
そうこうしている内に、シロに乗ったクラウディアが追い付いてきた。
更にその後ろにはヴィルマさんたちも付いて来ていて、帝国側の調査チームが勢揃いした方になる。
「丁度良かった。私、今からユーステッド殿下に報告に行かなきゃいけないことが出来たから、ソラバシリオオリュウの方を見てやってほしいんだよね」
「それは勿論大丈夫ですけど、報告とは……?」
「一つは、ソラバシリオオリュウがジェーダンに居座り続けた理由が分かったって事」
怪訝そうな表情を浮かべるクラウディアに、私はソラバシリオオリュウを親指で指し示しながら、平静な声で告げた。
「そしてもう一つは、偶然、たまたま、何を思ったのか、野生のソラバシリオオリュウが、これから別荘跡地の瓦礫を全部吹っ飛ばしちゃうって事」
=====
「これ以上は待ちきれませんぞ!」
フォルゲンの迎賓館、その会議室で今日も今日とて怒号の様な非難の声が響き渡る。
ジェーダンには依然としてソラバシリオオリュウが居座り続け、関係各所からやってきた有力者たちが、事態解決の目途を何時まで経っても示さないエルメニア王家に痺れを切らし始めたのだ。
しかも今日は豪商たちだけではない。生産者や運送業者などの代表ないし、代表代理人まで押し寄せて、アルフォンスたち王国政府側に説明責任を求めている。
「このままでは港が使えない弊害は拡大する一方! 被害は既に我々だけでなく、消費者たちにも及んでいます!」
「そろそろ具体的な策を提示していただかなければ、こちらも困るのですよ! それはエルメニア王国も同様ではないのですか!?」
「議論を加速させると繰り返し言っておられますが、本当に策を講じておられるのか!?」
「我が商会の従業員たちや、その家族の安否もです。そろそろ避難した身内を迎えに行きたいのですが?」
「ウチに至っては、商会長が避難先に行ってから連絡が取れない状況なのですよ!? 一体どうなっているのですか!?」
日に日に激しさを増していく非難と追及の嵐に、アルフォンスは黙りこくりながらも、内心で苛立ちを必死に抑えていた。
王国側でどうにか出来るならとっくにしている。しかし相手は軍隊をものともしない規格外の生物であるドラゴン。天災の如き相手を討伐することも、追い払うことも満足にできない状況では、王国側としてはどうしようもない。
(だというのに好き勝手に囀りおって……! これだから欲深な商人という奴は……!)
こちらの事情を知ろうともせず、自分たちの損益の事ばかり主張する者たちに、思わず恨めし気な視線を向けるアルフォンス。
その眼差しを見て、年若い王太子の心境が伝わったのか、集まった商会の代表たちの内の一人が、失望の表情を浮かべながら静かに嘆息する。
「事件発生から既に何十日も経過しているというのに、解決策はおろか進展も無し……となると、致し方ありませんな。ジェーダンを失うのは痛手ですが、我々もエルメニア王国から撤退させていただくことも検討せざる……」
「ま、待ってくれ! もう少し時間をくれ! 可及的速やかに事態を解決に導くことを約束しよう!」
恐れていた事態が顕在化し始め、アルフォンスは焦りながら言葉を募る。
国の経済と言うものは、貴族や王族だけでは回せない。どれだけ高い身分を持っていても、結局のところ国家の財力の中核を成すのは商人や生産者たちであり、彼らが居なくなっては国が成り立たないというのが現実なのだ。
それは現在の身分制度を守ろうとしている保守派の貴族やエルメニア王家も理解している。金が無くては上流階級そのものが滅ぶ。だからこそ、アルフォンスは数多くの雇用と産業を生み出す外国の商会の撤退を防がなくてはならなかった……例え自分が見下してきた者たちに下手に出ることになったとしても。
「アルフォンス王太子殿下、やはり以前お願いした調査協力の件、ご再考いただけないでしょうか? ドラゴンをジェーダンから移動させるには、避難民への聞き取り調査が鍵になり得るかもしれませんし」
「そ、そちらに関しては以前に申した通り、こちらで聴取を進めている。大々的な聞き取り調査については、政府内で議論した上で判断させてもらう」
「…………では、別荘跡地の立ち入り調査についてはどうなりましたか? 機密情報が回収され次第、調査許可を下ろすとのことでしたが……現状、エルメニア王国から資料の回収班が送られたとの報告は受けておりませんが?」
「き、狂暴なドラゴンが居座り続けている場所だ。無暗に人を送れば被害が増えるばかり。以前送った回収班が攻撃された理由も判明していない中で、我が国から人を送るのは現状では難しい事を理解してもらいたい」
会議に参加していたユーステッドの言葉にアルフォンスが答えると、ユーステッドは思わず眉を顰めそうになる。
要請を受けてから現地入りして以降、ユーステッドたち帝国側から調査協力を打診し続けているが、王国側からの返答は常に後ろ向きなものばかりで、まるで解決に導こうという姿勢が見られない。
(確かに、国が人を動かす以上、即決からの即行動ということは難しい事ではあるが……)
これではまるで、無為に時間を稼いでいるように思えてならない……行動力と決断力に欠ける行動を繰り替えるアルフォンスたちに、ユーステッドが不快を通り越して不気味さすら感じている中、アルフォンスは周囲から向けられる圧力に耐えながら、必死に思考を巡らせていた。
(だが実際にどうする……!? ドラゴンと戦えばジェーダンは壊滅し、そこを起点として活動する外国資本や商会は撤退……! エルメニアの経済が深刻な不況に見舞われるのは免れん!)
かといって、ジェーダンに変わる港町など一朝一夕で作れない。莫大な予算と気が遠くなるような年数が掛かるだろう。その間に多くの商人や生産者たちが他国に拠点を移すことは免れないのだ。
だからこのまま手をこまねき続けるということも、やはり出来ない。状況が改善しなければ、「エルメニア王国は自国内の問題を解決できない国」というレッテルを貼られ、威信を著しく失墜させることになる。実利的にも、アルフォンスのプライド的にも、それだけは許容できない。
一体どうすればいいのか……作法をかなぐり捨てて、思わず頭を抱えそうになっていると、ふと屋敷の外が騒がしくなっていることに気が付いた。
「何だ……? 先ほどから外が騒がしくないか? 人の悲鳴のような音に加えて……」
「これは……地鳴り?」
一体どういう訳か、外から屋敷内にまで聞こえるくらいの人々の叫び声に加えて、ズシン……ズシン……という、断続的な地鳴りが、屋敷全体を揺らすほどの振動と共に聞こえてきたのだ。
一体何事かと、会議室内にいた全員が窓に視線を向けると、その先に移っている光景は、物流都市フォルゲンの街並みではなかった。
「ぎゃあああああああああああああっ!? ば、ばば、化け物ぉおおおおおおおおおおおっ!?」
窓の向こうにいたもの……それは窓から見下ろせる風景全てを埋め尽くすほど巨大な紫色の巨竜、ソラバシリオオリュウの頭部だった。
「な、なんで!? どうして!? ジェーダンから離れない筈じゃ!?」
「に、逃げなきゃ! こ、ころ……殺されるぅうううううううっ!?」
「ど、どけ! 私が先だ! 私は王太子だぞっ!?」
今にも屋敷の壁を壊さんとばかりに顔を近づけ、金色の大きな眼球で中の様子を窓から覗き込んでいる大型竜の突然の登場に、街中にいた人々は勿論、屋敷内にいた人間も大パニック。
特にソラバシリオオリュウの襲撃時にジェーダンに居たエルメニア王国の関係者たちの反応はより顕著で、アルフォンスに至っては自分の臣下を押しのけ、この場にいた誰よりも真っ先に逃げ出そうとしていた。
「あ、ユーステッド殿下見つけた。すみませーん、ちょっとお邪魔しますねー」
そんな彼らの動揺を鎮めたのは、この状況にそぐわない、どこか緊張感に欠けたようにも聞こえる平静な少女の声だった。
あろうことか、ソラバシリオオリュウの頭の上に乗っていた少女は、そこから窓を開け放って屋敷の二階にある会議室へと入り込むと、その姿を見て真っ先に声を張り上げたのはユーステッドだった。
「ア、アメリア!?」
「はいはい、アメリアです。いやー、すみませんね、急に来てお騒がせしちゃって」
突然現れかと思いきや、左手を頭の後ろに当てながら、ペコペコと軽く頭を下げる少女、アメリア。その名前を聞いて、会議室に居た人間が一斉視線を集中させ……同時に、更に困惑する事となった。
「あ、あれがドラゴン研究者の、アメリア・ハーウッド博士……?」
「……というか、あの肩に担がれている簀巻きにされている侍女……カーミラ殿下の筆頭侍女である、リーヴス宰相夫人では……?」
巨大なドラゴンと共に現れ、窓から会議室に侵入してきたアメリア。それだけでも人の頭を混乱させるには十分すぎるシチュエーションだが、更にそのアメリアの右肩には、猿轡を噛まされて名和です巻きにされた中年の侍女、ターニャがムームーと騒ぎながら、水上に揚げられた魚のように暴れているのだ。
この状況を一言で表すなら、カオスである。曲がりなりにも王族を交えた会議に呼ばれる、海千山千の商人や外交官たちが、十七歳の少女一人が作り出す空気に完全に支配されていた。
「一体どうしてお前がここに!? なぜジェーダンに居たドラゴンまで連れてきているのだ!? いやそれ以前にどうしてリーヴス夫人を拘束している!? もう何から追及すればいいのか分からんが、とにかく全て説明しろ!」
「まぁ色々答えたいのは山々ですけど、これでもマジで緊急事態でしてね。手短に済ませたいんですけど、エルメニアの王太子殿下はどこですかね?」
今まさにドアから廊下に飛び出そうとしていたアルフォンスの存在に気付いていないのか、アメリアはユーステッドの方を見ながら、何時もの軽い調子で尋ねた。
「調査してたら別荘跡地の地下室にソラバシリオオリュウの子供が囚われてるって分かりましてね。それを助けたいんですけど、その肝心の扉に封印魔法が掛かってるんですよ。何とか解除してもらえませんかね?」
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