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四巻(五十四)

第六章 セカヴァンの戦い(一)

 新暦九八七年晩夏[九月]七日に、良識[トオドジエ・コルネイア]派と青年[スザレ・マウロ]派でいちおうの()(ぼく)がなると、コステラ=デイラの空気は、久しぶりに、平穏なものへ変じた。

 囲う防壁を、サレが(なん)(えい)()(かん)に着任するまえの状況へ戻しつつ、住居をはじめとした、コステラ=デイラを維持するのに必要な施設の立て直しや修繕が、昼夜問わず、進められていった。


 防壁の破却については、やはり、サレが和睦の約定を履行しないのではないかという()(ねん)を、その上下を問わず、みやこびとは抱いたが、四つの大門については約束より早く、晩夏の下旬に入る前に片付けてしまった(※1)。この処置を受けて、みやこびとは大きく(あん)()した。


 コステラ=デイラの復興に関しては、ホアビウ・オンデルサンが、バージェ候[ガーグ・オンデルサン]の反対を押し切って、資財と穀物を提供してくれたので、大いに助かった(※2)。


 なお、今の大公[マウロ]のしかけた大砲のために、躁状態へ(おちい)っていたと思われる公女[ハランシスク・スラザーラ]は、その反動からか、しばらく寝込んでいたものの、徐々に引きこもりの生活へ戻って行った。


 一連の騒動によって、サレの評判は地に落ちたが、和睦を成し遂げた、公女の人気と権威はさらに上がった(※3)。

 その公女を「いじめた」大公は、名目は和睦ながら、実質的には勝利者と呼ばれてよかったのに、その名声を(そこ)ねた。

 それは、公女に対する仕打ちだけではなく、塩賊に金を渡して同盟を結んだという、真偽不明のうわさも影響を与えていた(※4)。



※1 晩夏の下旬に入る前に片付けてしまった

 サレがここに来て、約定の履行を積極的に進めた理由は不明。

 信義に基づいた行動とする可能性を排除するのは、サレに対して酷ではあるが、それよりも、たとえば、青年派や塩賊にコステラ=デイラを奪われ、()(こも)られるのを防ぐために、部分的な破却に対して積極的に応じたとするほうが、それまでにサレの行動に合致する。

 サレにとっての最悪の想定は、スザレ・マウロがなりふり構わず、全兵力に塩賊を加えた大軍で力攻めをして、強固な防備を備えたコステラ=デイラが青年派の支配下に置かれることであったろう。

 もしくは、維持に費用がかかり、無用な警戒心を青年派に与える防壁に頼らずとも、ハランシク・スラザーラの権威により、コステラ=デイラを維持できると考えたのかもしれない。

 また、別の見方をすれば、スザレ打倒のために、西南州への進攻を計画していたハエルヌン・ブランクーレが、コステラ=デイラにスザレが籠ることを嫌い、サレに速やかな破却を指示していた可能性もある。少なくとも、このサレの素早い動きについて、ハエルヌンの同意があったのはまちがいない。


※2 大いに助かった

 この援助は、のちほど、オンデルサン家の存続に大きく寄与した。


※3 公女の人気と権威はさらに上がった

 後世の我々からすれば、理解が難しい面があるが、スラザーラ家およびムゲリの娘というハランシクの血統に、よく言えば、彼女のもつ神秘性と呼べるものが加わって生じた、みやこびとに対する権威というものはあなどれず、歴史を動かす力があった。その点を見逃すと、この時代に対する理解を誤ることになる。

 結果論にすぎないが、「敬する。しかし近寄らず」の姿勢を、スザレ・マウロは貫くべきであった。


※4 真偽不明のうわさも影響を与えていた

 このうわさについては、オルベルタ・ローレイル宛てのサレの書状を見る限り、彼は積極的に関与していない模様である。

 そもそも、サレは青年派と塩賊が手を結んだと思い込んでいるが、実際のところ、同盟を結んでいたかどうかは、史家の間でも意見の分かれるところである。

 しかし、結局のところ、宮廷や「森の民」から同盟を勧められた形跡はあるが、塩賊と青年派は直接的な交渉などはしておらず、それぞれの事情から争うことがなかっただけで、それが結果的に、不戦の状態が維持されたように見えただけではないか。

 たとえば、この件を、スザレ・マウロの性格に着眼して考えてみると、青年派が塩賊と同盟を結ぶことを彼が良しとするわけはないので、ルンシ・サルヴィが、宿敵であるサレと対峙しているスザレに対して、彼の意思とは無関係に、遅きに失した感はあるが、自発的に支援、より正確に言えば弱みに付け込まず傍観していたと、考えるのが妥当であろう。

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