表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
147/322

四巻(五十三)

ハランシク・スラザーラ(七)

 詔書に対する返書は、翌日六日に今の大公[スザレ・マウロ]により、国主[ダイアネ五十五世]に上書された。

 返書に対して、国主は摂政[ジヴァ・デウアルト]の力を借りて、どうにか裏書をしたが、それ以降はもはや、死ぬまで筆を持つことすらかなわなくなったとのこと。


 翌々日の七日。

 青年[スザレ・マウロ]派は、コステラ=デイラに使者を出し、鳥籠[宮廷]が返書を受け入れたことを伝達するとともに、()(ぼく)が成ったので、その日のうちに兵を引き上げた。

 良識[トオドジエ・コルネイア]派も誠意を示す必要があったので、兵の引き上げを確認した後、さっそく、南門から、防壁を低くする作業に入った。


 九日。

 青年派が()()めていたコステラ河の流れをもとに戻し、水路の水かさが元に戻ると、コステラ=デイラのみやこびとは、ようやく和睦が結ばれたことを実感した(※1)。



※1 ようやく和睦が結ばれたことを実感した

 こうして、サレの妨害により、一度は失敗した、良識派と青年派の和議はなった。

 都の治安を巡る(りょく)()(とう)(せき)()(とう)の対立、執政官位と徳政令の問題、サレによるコステラ=デイラの防備増強、スザレ・マウロとハエルヌン・ブランクーレの確執、青年派と遠北州の同盟。

 これらが複雑に(から)()っていくさが生じたわけだが、なぜ始まって、なぜ終わったのかについて、みやこびとの間で、正確に把握できた者は少数であっただろう。

 そして、それは、後世の史家にとっても似たようなものであるが、彼らの、このいくさに関する評価をいちばん難しくしている要因は、意図の読み取りづらい、サレのいくつかの行動にあった。

 いくさは、遠北州と同盟した青年派の、コステラ=デイラへの攻撃からはじまったが、なぜ、スザレがそのような行動に出たのか、出ることができたのかについては、サレのそれを検証することが肝要であり、その中に、このいくさが生じた真因があると私は考える。

 このいくさが起きた一番の原因はサレにあり、また、彼の選択によっては防げたとするのが私の主張だが、スザレおよびモウリシア・カスト、そしてハエルヌンにその責を負わせる論について、すべてを否定するつもりはない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ