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特殊公安執行局  作者: the 春


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27/49

#27 軍神

 地下施設の整備区画では、複数の作業アームが一体の人型機械を取り囲んでいた。

 整備台に横たわるその身体は、外見こそ人間と変わらないものの、胸部から肩にかけての外装が取り外され、内部の金属骨格が露出している。破損した部品が次々と交換され、人工筋肉が微弱な電流に反応して収縮を繰り返していた。

 合同試験の最中、特殊公安執行局へ侵入した機体だった。


「……随分と手酷くやられましたね」


 整備台の傍らで、蓮見が感心したように呟いた。

 彼の端末には、試験施設で記録された戦闘映像が表示されている。


「人間というのは面白いものです。命を守ろうとする本能がありながら、時には自分の命を削ってまで戦おうとする」


 蓮見は映像を停止し、整備台へ視線を移した。


「……あなたには理解できない感覚でしょうかね」


 返答はない。

 しかし、その直後、閉じられていた機体の両眼が開いた。


「おや、お目覚めですか」


 蓮見は口元を緩めた。


「おはようございます、ヘルメス」


 初めて名前を呼ばれた人型機械は、眼球だけを動かして蓮見を捉えた。


「……ヨウケンハ」


「いえ、特にありませんよ。せっかくですから、少しお話でもと思いまして」


「フヨウデス」


 あまりに素っ気ない返答に、蓮見は声を立てて笑った。


「相変わらずですね。もう少し愛想があってもよろしいでしょうに」


 ヘルメスはそれ以上答えず、視線を天井へ戻した。


 蓮見はこの機体を動かすために必要な費用の一部を負担していた。

 専用の整備設備に交換部品、維持管理に必要な膨大な電力。

 そのどれもが、彼の調達した資金によって支えられている。

 しかし、だからといってヘルメスが蓮見の命令に従うわけではなかった。

 独立した判断能力を持つこの戦闘機構には、厳格な命令系統が設定されている。

 行動を指示できるのは、組織の頂点に立つ、ただ一人。

 蓮見はその例外ではなかった。


「……ところで、あなたの修理に幾ら掛かっているか、ご存じですか?」


「カンケイアリマセン」


「おや。随分と冷たい」


 蓮見はわざとらしく肩を落とした。


「私がどれほど苦労して資金を集めているか、少しくらい気に掛けてくださってもいいでしょう?」


「シキケンハ、アリマセン」


「ええ、承知していますよ。命令するつもりはありません」


 蓮見は穏やかに笑ったものの、その目には僅かな不満が浮かんでいた。

 彼が組織の中で好かれていないことは、本人もよく理解している。

 ほかの幹部たちは、蓮見の行動を快く思っていなかった。

 研究と称して倫理を踏み越え、周囲の意見を無視して計画を進める。

 その振る舞いは、同じ目的を共有する者たちにとっても、扱いに困るものだった。

 それでも、誰も蓮見を簡単には切り捨てられない。

 研究施設の維持から特殊装備の開発まで、組織の活動には莫大な資金が必要であり、

 その多くを蓮見が調達しているからだ。

 嫌われているが、欠かすこともできない。

 その立場を、蓮見自身はそれほど不愉快に思っていなかった。


「……まあ、皆さんが私をどう評価しようと構いませんがね」


 彼は端末を操作し、別の映像を表示した。


「そういえば、例の彼には出会えたようですね」


 画面に映し出されたのは、久世湊だった。


「私も先日、彼と少しお話しする機会がありまして。寡黙で、こちらの冗談にもほとんど反応しない。……あなたと少し似ていますね」


 蓮見は笑ったが、ヘルメスは何も答えなかった。


「久世湊。彼については、どう思います?」


「カイトウ、フカ」


「おや、秘密ですか」


「カイトウ、フカ」


 繰り返された言葉に、蓮見は小さく息を吐いた。


「……まったく。あなたは本当に、あの方にしか心を開かないんですね」


 もっとも、機械に心というものが存在するのか、蓮見にも分からなかった。


 *


 最後の部品交換が完了すると、整備台を囲んでいた作業アームが順に退いた。

 ヘルメスは上体を起こし、ゆっくりと床へ足を下ろした。

 修復された右肩を動かし、指を開閉する。

 関節は滑らかに動き、戦闘中に受けた損傷の影響は見られなかった。

 続いて、空間転移機構の状態が確認される。

 一度使用すれば、次の転移まで五秒を必要とする。

 その制約にも変化はなく、機能は正常に回復していた。


「……お見事。これならまた戦えますね」


 蓮見が拍手を送った。

 ヘルメスは応じることなく、壁面の収納区画から黒いコートを取り出した。


「次は、もう少し慎重に戦った方がよろしいのでは?」


 機体の動きが止まる。


「……シジハ、ウケツケマセン」


 蓮見は僅かに目を細めた。


「……忠告のつもりだったんですがね」


 ヘルメスは黒いコートを身に纏うと、そのまま出口へ向かった。

 呼び止めることはしなかった。

 たとえ蓮見が何を言ったところで、機体が従う理由はない。


「……本当に、可愛げのない機械ですね」


 扉が閉じられると、蓮見は一人で笑った。

 その時、手元の端末に新たな通知が届いた。

 管理している物流施設の一つで、不審なアクセスが確認されたという報告だった。

 蓮見は内容を読み進め、僅かに眉を上げた。

 登録されていない端末から、施設内部の記録が照会されている。


「……おや」


 彼の口元に、再び笑みが浮かんだ。


「私の仕事場を覗くとは、随分と礼儀知らずな方ですね」


 蓮見は端末を閉じ、整備区画の出口へ向かった。


「……さて、どんなお客様でしょうか」


 その声音には、警戒よりも好奇心が滲んでいた。


 *


 深夜の臨海物流地区。

 営業を停止したはずの大型倉庫には、まだ幾つもの機材が保管されていた。

 天井まで伸びる棚には製造元の記されていない部品が積まれ、床には最近使用されたと思われる搬送機の車輪跡が残されている。表向きは廃業した企業の施設だが、その内部では現在も何らかの取引が続けられているらしい。


 一人の男が、事務区画の端末から記録を抜き出していた。

 画面に並ぶのは、過去数か月の搬入履歴。

 その中には、合同試験を襲撃した人型機械に使用されていたものと、規格の一致する部品が含まれていた。


「……当たりか」


 男は小さく呟き、必要な情報を携帯端末へ移した。

 その時、背後で照明が点灯した。


「おやおや、こんな時間にお客様とは」


 振り返ると、倉庫の入口に濃紺のスーツを着た男が立っていた。

 穏やかな笑みを浮かべたまま、彼はゆっくりと歩いてくる。


「ご用件を伺ってもよろしいですか?少なくとも、ここは一般のお客様をお迎えする場所ではないのですが」


 男は携帯端末をしまった。


「見学だよ。随分と立派な倉庫じゃないか」


「ありがとうございます。もっとも、見学の申し込みを受けた記憶はありませんね」


「そうか? 受付に誰もいなかったから、勝手に入らせてもらった」


「それは困りましたねえ」


 蓮見は苦笑した。


「最近は、礼儀を知らない方が多くて」


「悪かったな。次からは菓子折りでも持ってくるよ」


「……次もいらっしゃるおつもりですか?」


「歓迎してくれるなら」


 男は軽く肩を竦めた。

 蓮見は相手を観察していた。

 不審な場所へ侵入した人間にしては、妙に落ち着いている。

 逃げ道を確認する素振りはあるが、すぐに立ち去ろうとはしない。

 むしろ、こちらの出方を待っているようだった。


「……ところで、何をお探しだったんです?」


「いろいろだな」


 蓮見は目を細めた。

 相手が自分について、ある程度の情報を持っていることは明らかだった。


「……お名前を伺っても?」


「初対面の相手に、随分と積極的だな」


「職業柄、好奇心が強いもので」


「その好奇心で随分と酷いことをしてるらしいじゃないか」


 男の言葉に、蓮見は答えなかった。

 代わりに手元の端末を操作すると、倉庫の奥で搬送機が動き始めた。


「……どうやら、お話し合いは難しそうですね」


「最初から話す気なんてなかっただろ」


「おや、心外です」


 天井のレールを走っていた大型貨物が、男の頭上で停止した。

 次の瞬間、固定具が外れる。

 男は落下する貨物から横へ飛び、積まれていた木箱へ片足を掛けた。その勢いで蓮見との距離を縮めると、相手が端末を操作する前に右手首を掴み、腕を外側へ捻り上げた。


「……っ!」


 蓮見の身体が作業台へ押しつけられる。

 男は蓮見の腕を固定したまま、端末へ目を向けた。


「それ、もう少し見せてもらってもいいか?」


「……申し訳ありませんが、こちらは非売品でして」


「残念だ」


 男が端末へ手を伸ばした瞬間、蓮見は身体を作業台の下へ沈めた。

 無理に腕を引き抜くのではなく、相手の重心を前方へ崩す。

 拘束が僅かに緩んだ隙に身を捻り、蓮見は台の反対側へ転がり出た。

 手首を押さえながら立ち上がり、苦笑する。


「……いやはや。随分と乱暴なお客様ですね」

 

 先ほどの男の動きを再生し、ある部分で指を止める。

 速さだけではない。

 相手の動作を読む際の視線、身体の向き、無駄のない足運び。

 蓮見には、その特徴に覚えがあった。


「……少々、お待ちください」


 彼は古い資料を呼び出した。

 以前、特殊装備の流通を調べていた際に入手した、執行局の旧人事記録。

 大部分の情報は削除されているものの、一部の写真と異名だけが残されている。

 蓮見は画面と目の前の男を見比べた。


「……これは驚きました」


 男は何も言わない。


「藍沢真さん、ですね?」


 その名前を聞いても、男は表情を変えなかった。


「へえ。顔まで売れてるとは思わなかったな」


「いえいえ。偶然ですよ。随分と古い記録に、お名前が残っていまして」


 蓮見は画面を眺め、楽しそうに続けた。


「……軍神」


 藍沢の視線が、僅かに変わった。


「実に勇ましい通り名だ」


「古い名前だ。今じゃ誰も呼ばない」


「そうですか? 私は気に入りましたよ」


「だったら、あんたに譲るよ」


 藍沢は薄く笑った。


「似合うかどうかは知らんけどな」


 蓮見も笑みを返した。


「……遠慮しておきましょう。私には少々、荷が重そうです」


「……しかし、そんな経歴をお持ちの方が、今は私の倉庫で泥棒とは」


「泥棒扱いは酷いな」


「では、何とお呼びすれば?」


「掃除屋とか」


「……掃除屋?」


「随分と埃が溜まってるみたいだからな」


 藍沢は周囲を見渡した。


「そろそろ片付けた方がいいんじゃないか?」


 蓮見の口元から笑みが薄れた。

 そして、端末へ短い命令を送る。


「……そうですね。では、少し片付けていただきましょうか」


 *


 倉庫の奥から、低い唸り声が響いた。

 藍沢が顔を向けると、貨物棚の間に二つの光点が浮かんでいた。

 それがゆっくりと前進する。

 姿を現したのは、巨大な虎だった。

 橙色の体毛を横切る黒い縞模様。

 その下では人工的に補強された筋肉が動き、肩から前脚へ続く関節には、金属製の構造物が埋め込まれていた。


 続いて、頭上で羽ばたく音が響く。

 天井近くの梁に降り立ったのは、大型の禿鷹だった。

 灰褐色の羽毛に覆われた身体には人工部品が組み込まれ、

 翼を広げると羽の内側で細かな光が明滅した。


「……へえ」


 藍沢は二体を交互に見た。


「動物園まで経営してるのか。あんた、本当に多角経営だな」


 蓮見は嬉しそうに笑った。


「お気に召しましたか?」


「入場料は取るのか?」


「今回は特別に無料とさせていただきます」


「そいつは太っ腹だ」


 藍沢は腰の警棒を引き抜いた。

 その動作に反応し、虎が僅かに身を沈める。

 禿鷹は梁の上から動かず、首だけを回して藍沢を見下ろしていた。


「紹介しておきましょう」


 蓮見は両手を広げた。


「ヒュプノス。そして、タナトス」


 禿鷹が翼を開いた。

 虎の喉から、低い唸り声が漏れる。


「どちらも、私の大切な協力者です」


「……協力者ねえ」


 藍沢は警棒を肩に乗せた。


「少し骨が折れそうだ」


 藍沢が笑った、その瞬間だった。

 タナトスが床を蹴った。

 巨体からは想像できない速度で距離を詰め、鋭い爪を藍沢の胸元へ振り下ろす。

 藍沢は半身になって攻撃を避けたが、虎の前脚はそこで止まらず、

 着地と同時に反対側から振り返ってきた。

 警棒で受ければ、腕ごと押し潰されかねない。

 藍沢は後方へ身体を流し、近くの木箱を蹴って虎との間に障害物を作った。

 タナトスはそれを避けず、前脚で叩き割った。


「……おいおい」


「……ハイジョ」


 虎が短く言葉を発した。


「喋るのかよ」


 藍沢は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに口元を緩めた。


「じゃあ、話し合いで何とかならないか?」


 返答の代わりに、タナトスが再び飛び掛かった。


「……まあ無理か」


 藍沢は横へ走り、金属製の棚を回り込んだ。

 その頭上で、ヒュプノスが翼を広げる。

 羽の内側に埋め込まれた光が、不規則な間隔で明滅した。

 同時に、耳の奥を押されるような低い音が響く。

 藍沢の足が、僅かに鈍った。


「……?」


 正面にあったはずの通路が、急に遠く感じられた。

 床が傾き、貨物棚の位置が曖昧になる。

 確かに右へ曲がったはずなのに、同じ場所へ戻ってきたような感覚。

 視界の端に、もう一人の蓮見が立っていた。


「……なるほど」


 藍沢は一度目を閉じ、手元の警棒で棚の支柱を叩いた。

 硬い金属音が響く。

 その位置を確かめるように、もう一度叩く。

 目を開けると、先ほどまで見えていた蓮見の姿は消えていた。


「……幻覚か」


 頭上から声が聞こえた。


「……ネムレ」


「悪いな。今日は夜勤なんだ」


 藍沢はそう返しながら、すぐ横へ飛んだ。

 その直後、タナトスの巨体が直前までいた場所へ飛び込み、床に鋭い爪痕を刻んだ。

 虎が前脚を引き戻すより早く、藍沢は警棒をその肩へ打ち込んだ。

 鈍い衝撃。

 だが、タナトスは怯まず、身体を捻って反撃する。

 爪の先端が藍沢の左前腕を浅く裂いた。


「……っ!」


 藍沢は距離を取った。

 傷口から血が滲む。

 痛みそのものは大したことがなかったが、数秒後、左手の指先に違和感が生じた。

 握ろうとしても、力が入りにくい。


「……麻痺毒まであるのか」


 藍沢は左手を開閉しながら、虎を見た。


 *


 蓮見は少し離れた場所から、その戦闘を眺めていた。


「……素晴らしいですね」


 彼は端末を操作し、藍沢の動きを記録する。

 ヒュプノスの幻覚。

 タナトスの速度と麻痺。

 それぞれ単独でも厄介な能力だが、同時に作用すれば、

 通常の人間はまともに行動することさえ難しい。

 ところが藍沢は、動きを鈍らせながらも致命的な攻撃を避け続けていた。

 幻覚に頼らず、実際の足音や接触した物の位置から周囲を把握している。

 さらに、虎が動く直前の体勢を読み、攻撃が始まるより先に移動していた。


「……なるほど。かつてのネームド保持者というのも、伊達ではありませんか」


 蓮見は愉快そうに呟いた。

 その時、藍沢が突然、天井の搬送装置へ向けて警棒を投げた。

 金属製の先端が固定具へ当たり、吊り下げられていた貨物が大きく揺れる。

 タナトスが頭上を確認した瞬間、藍沢はその脇を通り抜けた。

 狙いは虎ではない。

 貨物の背後にある制御盤だった。

 藍沢が操作盤の非常停止レバーを引くと、搬送装置の動力が遮断され、天井から鈍い音が響いた。

 同時に、安全確保のため、倉庫内の防火区画を仕切る扉が降り始める。

 ヒュプノスが翼を広げ、藍沢へ急降下した。

 しかし、藍沢はその動きを待っていた。

 足元の木箱を蹴り上げ、禿鷹の進路へ飛ばす。

 ヒュプノスは翼を畳んで衝突を避けたが、その一瞬で高度を失った。

 藍沢は身体を反転させ、接近してきた翼の付け根へ肘を打ち込む。

 羽毛の下で、硬い部品が軋んだ。

 ヒュプノスは鋭い声を上げ、貨物棚へ着地する。

 同時に、タナトスが背後から迫った。

 藍沢は振り返ることなく身を屈めた。

 虎の巨体が頭上を通過し、降下途中の防火扉へ衝突する。

 轟音が響いた。

 扉が大きく歪み、タナトスは床へ転がる。

 藍沢はすぐには追撃しなかった。

 左手の麻痺は徐々に広がっている。

 それでも、目の前の二体が再び動き出すまでには、僅かな猶予があった。


「……さて」


 藍沢は右手で携帯端末を取り出した。

 画面には、回収した情報の保存が完了したことを示す表示が出ている。


「仕事は終わったな」


 蓮見が眉を上げた。


「……お帰りになるんですか?」


「そうだな。今日はこの辺にしておく」


「せっかく盛り上がってきたところなのに?」


「楽しみはとっておくものだ」


 藍沢は背後の荷役用通路へ跳び込んだ。

 虎の爪が、僅かな差で空を切る。

 藍沢はそのまま壁面の点検口を蹴り開け、狭い保守通路へ身体を滑り込ませた。

 タナトスが後を追おうとしたが、巨体が入口に収まらない。

 頭上ではヒュプノスが進路を変えようとしたものの、防火扉によって通路が分断されていた。

 蓮見はその様子を見て、小さく息を吐いた。


「……いやはや。見事な引き際ですね」


 藍沢は点検口の向こうから、最後に顔だけを覗かせた。


「じゃあな、またどこかで」


 次の瞬間、点検口が閉じられた。

 蓮見は笑みを浮かべたまま、しばらくその場所を眺めていた。

 タナトスが低く唸る。

 ヒュプノスは翼を畳み、蓮見の方へ首を向けた。


「……ツイセキ」


 短い声が響く。

 蓮見は静かに首を振った。


「いいえ、結構です」


 二体の動きが止まる。


「追いかけたところで、今度はどこへ誘導されるか分かりませんからね」


 蓮見は手首を軽く回した。

 先ほど藍沢に捻られた部分には、まだ鈍い痛みが残っている。


「……それにしても」


 特殊公安執行局の古い記録に名を残しながら、今は表舞台から姿を消している男。

 そして、その男が何者かのために動いているという事実。


「……次にお会いする時が、楽しみです」


 蓮見は端末を閉じた。

 その背後では、巨大な虎が静かに爪を収め、禿鷹が翼を畳んでいた。

 二体の視線は、藍沢が消えた通路から離れていない。

 命令さえあれば、再びその男を追い詰めるつもりなのだろう。

 蓮見はそんな二体を一瞥すると、穏やかな口調で告げた。


「……今日はここまでにしましょう」


 倉庫には再び、機械の低い駆動音だけが残された。

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