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特殊公安執行局  作者: the 春


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17/49

#17 接触

予約投稿って偉大。

 二日目の合同試験は、夕方までに予定されていた全チームが終了した。

 軽傷者や機材の破損はいくつか出たものの、試験そのものが中断されるような事故はなく、参加した局員は全員が規定区画から戻っている。


 鳴海冬真たちのTEAM 06も無事に試験を終えていた。

 彼らに与えられたのは、違法研究施設を模した閉鎖区画。

 民間人の退避と危険物の回収、それに武装した対象者の確保を同時に要求される内容だったらしい。


「鳴海くん、途中で扉斬ろうとしてたけどね」


 装備を返却しながら九条紗良が笑う。

 鳴海は表情を変えなかった。


「斬っていない」


「私が止めたからでしょ」


「結果として斬っていない」


「それ、鳴海くんが言う?」


 同じチームだった第二と第三の執行員が、疲れたように二人を見ている。

 詳しい採点結果はまだ開示されていない。

 最後に表示されたのは、それだけだった。


 《TEAM 06》

 《CASE STATUS:CLOSED》


 二日目終了。

 残すは第三試験。

 内容は翌朝、改めて通知されることになっていた。


 *


「明日もあるし、今日は軽くでいいでしょ」


 新井の一言で、試験を終えた面々は局近くのファミリーレストランへ向かった。

 久世、榊、牧野、新井、鳴海、東条、三科、前川、九条。

 所属の違う九人が同じテーブルを囲むと、任務中とは少しだけ印象が変わる。


「鳴海さん、パフェも食べるんですか?」


 前川が訊くと、鳴海は当然のように頷いた。


「食べる」


 九条が横から笑う。


「鳴海くん、甘いもの好きだよ。前にプリン三つ買ってたし」


「二つだ」


「三つだったって」


 その隣では榊が牧野の皿からポテトを一本取り、


「榊さん、それ俺のっすよね」


「一本だけじゃん」


「自分のあるでしょ」


「そっちの方が近かったから」


 と、どうでもいい言い合いをしていた。

 向かいでは三科が東条の食生活へ口を出し、新井と九条は前川の食事量が少ないと言い始める。

 久世はそんな様子を何となく眺めていた。


「久世さん、何見てるの?」


 榊に訊かれ、そのまま答える。


「みんな」


 牧野が眉を上げた。


「久世さん、それ言い方ちょっと怖いっすよ」


「なんで?」


 新井が吹き出し、テーブルに笑いが広がった。

 試験の話も多少は出たが、明日の内容は誰にも分からない。


「通知が来てから考えればいいでしょ」


 という新井の言葉で話は終わった。

 店を出た頃には、午後九時を回っていた。


「じゃあ、また明日」


 それぞれが別れ、第三試験へ備えて帰路につく。

 この時点ではまだ、全員が翌日も予定通り試験が始まると思っていた。


 *


 翌朝。

 特殊公安執行局、第三演習棟。

 午前八時五十分。

 受験者たちはそれぞれ指定された待機区画で、第三試験の通知を待っていた。

 中央試験管理室では、最後の安全確認が進められている。


「各区画、準備完了」


「対象者認証、問題ありません」


「通信系統正常」


 管理担当が時計を見る。


「第三試験通知、送信します」


 画面中央に表示が現れた。


 《DAY 03》

 《THIRD EXAMINATION》

 《NOTIFICATION READY》


 送信ボタンへ指が伸びる。

 その直前だった。

 警報。

 室内の表示が一斉に赤へ変わる。


 《SECURITY ALERT》


「何?」


「第三演習棟西側、認証異常!」


 続けて、新しい表示が重なった。


 《OFFICER DOWN》

 《OFFICER DOWN》

 《OFFICER DOWN》


「試験を停止!」


「受験者を待機させて!」


 第三試験の通知は、送られなかった。


 *


 第三演習棟の西側連絡路には、戦闘の痕跡がはっきりと残っていた。

 壁の一部は高熱で大きく抉られ、天井から垂れ下がった配線が断続的に火花を散らしている。

 白い煙の向こうには倒れた局員たちの姿があり、意識を保っている者もいたが、そのほとんどが立ち上がることさえできずにいた。その中央を、黒いコートの男だけが何事もなかったように歩いている。


「そこまで」


 通路の先から聞こえた声に、男が足を止めた。

 八神紅音はゆっくりと歩いてくると、まず床に倒れている局員たちへ視線を巡らせた。

 腰には拳銃を下げているが、抜こうとはしない。


「全員、生きてる?」


『死亡者なし。負傷九名、二名が骨折疑い。一名は神経抑制剤の影響で意識混濁』


「なら、まだいい」


 八神はそれだけ確認すると、改めて男を見る。

 コートの肩口には銃撃を受けた跡があり、左腕も一部が焼けている。

 それでも呼吸を乱しているようには見えず、立ち姿にも疲労や痛みを庇う様子はなかった。


「これ、全部あなたがやったの?」


 男は答えず、八神を見たまま動かない。


「何しに来たのかくらい教えてくれてもいいんだけど」


 やはり返事はなかったが、その視線だけが一度、八神の肩越しへ向いた。

 この先には第三試験用の待機区画がある。

 八神は半歩だけ位置をずらし、その視線を塞ぐように通路の中央へ立った。


「そっちに行きたいんだ」


 男の目が八神へ戻る。


「でも、ここから先は通さないよ」


 その言葉が終わるのとほとんど同時に、男の輪郭が不自然に揺らいだ。

 八神が目を細めた時には、すでに正面から姿が消えている。

 直後、背後で空気が押し出されるような微かな音が聞こえ、

 振り返った八神の視界いっぱいに短い刃が迫った。


 身体を大きく反らして首筋を逃がすと、刃先が顎の下を掠めながら髪を数本切り飛ばす。

 八神は反った上体を戻す勢いのまま身体を回し、男の側頭部へ肘を走らせたが、

 相手は前腕で受け、そのまま反対の拳を返してきた。


 八神は拳を外側へ流しながら懐へ入り、腹部へ膝を突き上げる。

 男の身体が一歩下がったところへさらに踏み込み、顔面を狙って右を伸ばしたものの、

 首だけを傾けてかわされ、その動きから続いた肘が八神の肩へ飛んできた。

 肩を入れて衝撃を受けながら距離を潰し、互いの腕が絡んだ瞬間、八神の指が男の手首を掴む。


「捕まえた」


 接触した皮膚を通して装備が対象の生体情報を読み取ろうとする。


《HEMOLINK》

《TARGET SCAN》


 人間の身体は、動こうと思った瞬間にいきなり筋肉が動くわけではない。神経から命令が伝わり、必要な筋肉へ酸素と血液が送り込まれ、脈拍や血圧にも僅かな変化が生じる。

 八神の《HEMOLINK》は、その変化を拾う。

 相手が拳を振るより前に、どちらの腕へ血流が集まっているのかを知る。

 脚が床を蹴る前に、どの筋肉が次の動作へ備えているのかを読む。

 未来予知ではない。

 身体が本人より先に漏らす情報を、利用しているだけだった。

 しかし今回、その情報は一つも返ってこなかった。


《CONNECTION ERROR》

《PULSE:NONE》

《BLOOD FLOW:NONE》

《BIOLOGICAL SIGNAL:NONE》


 八神の眉が僅かに動く。


「……何?」


 脈がない。

 血が流れていない。

 生体反応そのものが、どこにも存在していなかった。

 その違和感へ意識が向いた一瞬を男は逃さず、掴まれていた腕を強引に捻りながら八神の拘束を外すと、逆の拳を頬へ叩き込んだ。

 まともに受けた八神の頭が大きく振られ、身体が横へ流れる。それでも床へ倒れる前に片手をついて勢いを殺し、すぐに膝を立てたものの、男はすでに間合いを詰めており、立ち上がる途中の腹部へ鋭い蹴りを入れてきた。

 八神は両腕を交差させて受けたが、想像していたより遥かに重い。

 靴底が床を滑り、数歩分の距離を強引に押し戻される。


「ずいぶん力あるね」


 息を整えながら顔を上げると、男は間を置かずに追ってくる。

 最初の拳をかわし、続く肘を肩で受けながら八神も反撃を返すが、さっきまでのようにHEMOLINKで攻撃の前兆を拾うことはできない。純粋な反射と経験だけで応じるしかなく、三撃目に混ぜられた僅かな時間差へ対応が遅れたところで、重い拳が肩口へ深く入った。


 背中が壁へ当たる。

 八神は壁を支点にして相手の胸へ蹴りを押し込み、強引に距離を作った。

 その時、男の頬にできた裂け目が目に入った。

 先ほどの攻防で八神の肘が掠めていたらしい。

 だが傷口から血は流れていなかった。

 破れた皮膚の奥にあるのは赤い肉ではなく、何層にも重なった黒い人工筋繊維と、そのさらに奥にある金属質の骨格だった。

 八神は口元に滲んだ自分の血を親指で拭いながら、ようやく納得したように目を細める。


「……人間じゃないんだ」


 男は何も答えないまま、再び輪郭を揺らがせて姿を消した。

 ただし八神はもうHEMOLINKを使おうとはしなかった。これまで二度見た転移には、どちらにも次の発動まで明確な間があった。消えた瞬間を追いかけるのではなく、その空白を利用すればいい。


 右後方で空気が押し退けられた気配を感じた八神は、振り返る動きと同時に男の刃を前腕で外へ流し、そのまま懐へ入り込んで腹部へ膝を叩き込んだ。

 男が一歩後退する。

 すぐには消えない。


 八神は攻撃を受け流しながら頭の中で時間を測った。拳をかわし、返ってきた蹴りを腕で受け、こちらから踏み込んで顎を狙う。男は防御しながら距離を取ったが、それでも輪郭に変化はない。

 五秒ほど経ったところで、再び空間が歪んだ。

 八神の口元が僅かに上がる。


「なるほど。五秒がインターバルかな」


 姿が消えた直後、今度は八神の方から背後へ身体を向けた。

 そこへ現れた男の刃と八神の前腕がぶつかり、硬い音が通路へ響く。


「転移そのものは厄介だけど、五秒あれば結構できるよ」


 その言葉に反応したのかどうかは分からない。

 男は刃を引くと同時に八神から距離を取り、左腕をこちらへ向けた。

 人工皮膚が左右へ開き、その内側から小型の砲口がせり出してくる。


「まだあるの?」


 青白い光が一点へ収束し始めるのを見た八神は、発射されるより先に横へ跳んだ。

 直後、高出力の光弾が先ほどまでいた位置を貫き、背後の壁面へ直撃する。

 爆発に近い衝撃と熱風が通路を抜け、着地した八神の髪を大きく揺らした。

 だが攻撃はそれだけでは終わらず、男は光弾をかわされたと見るや、小さな金属球を床へ転がした。

 嫌な予感がした八神が距離を取ろうとした時には、白い煙が一気に広がっている。


《WARNING》

《NEURAL SUPPRESSION AGENT》


 煙を僅かに吸い込んだだけで、脚の感覚が薄くなった。

 視線を向けてから焦点が合うまでに一瞬の遅れが生じ、

 指を握り込む感覚にも普段にはない鈍さが混じる。


「能力が駄目なら身体の方を落とすんだ」


 八神が口元を覆ったところへ、さらに低い電子音が重なった。


《JAMMER ACTIVE》


 視界を補助していた表示が崩れ、距離計測も対象追跡も使えなくなる。

 通信から聞こえていた声も雑音に飲まれ、残されたのは自分の目と耳、

 それに抑制剤で僅かに反応の落ちた身体だけだった。

 煙の中で射出音が鳴った。

 八神は最初に飛んできた薄い金属片を頭を下げて避け、二枚目を前腕で弾いたものの、三枚目への反応が僅かに間に合わず、脇腹へまともに受けた。


「っ……!」


 装甲越しでも身体が横へ流れるほどの衝撃が走り、

 その隙を縫って男が煙の中から一気に踏み込んでくる。

 八神は放たれた拳を腕で受け、そのまま肘を返したが、

 男は首を傾けるだけでかわし、八神の身体が伸びたところへ蹴りを深く叩き込んだ。

 肺から空気が押し出される。

 身体が床を滑り、それでもすぐに起きようとしたところで手首を掴まれ、半ば引き上げられるように宙へ浮かされた。

 次の瞬間には背中から壁へ叩きつけられていた。

 一瞬だけ視界が白く染まる。

 右脇腹には鋭い痛みが残り、先ほどの飛翔体が装甲の継ぎ目を裂いているのか、服の内側へ温かい血が広がっていく。肩も重く、腹部に受けた蹴りのせいで呼吸も浅い。

 八神は壁へ片手をつきながら、それでも立ち上がった。


「……強いなあ」


 男は答える代わりに、再び左腕の砲口を八神へ向ける。

 光が集まり始めたところで八神は壁を蹴り、身体を投げるように射線から外れた。光弾そのものは避けたが、至近距離で壁へ着弾した衝撃までは殺し切れず、爆風に押されて床へ転がる。

 八神は片膝をついた状態で止まり、脇腹から落ちる自分の血を見た。

 そこで、なぜか僅かに笑った。

 通信が一瞬だけ復帰する。


『紅音、応援を向かわせる。相手は生体じゃない、HEMOLINKが通らないなら――』


「違うよ」


 八神は腰の装備へ手を伸ばし、小型の医療パックを引き抜いた。

 透明な容器の中には、赤い血液が満たされている。


「HEMOLINKが使えないんじゃない」


 パックから伸びた端子を腕部装備の医療ポートへ差し込むと、すぐに血液供給ラインが認識された。


《EXTERNAL BLOOD SUPPLY》

《CONNECTED》


「こいつに使えないだけ」


 男が八神の行動を見ている。

 八神は自分の首筋へ二本の指を当てた。

 指先の下では、確かな脈が打っていた。


《HEMOLINK》

《TARGET SELECTION》


 表示が切り替わる。


《TARGET:SELF》

《SELF LINK:ESTABLISHED》


 最初に変化したのは、脇腹から流れていた血だった。

 血流が強制的に制御され、損傷箇所へ集まった血中制御デバイスが裂けた血管と組織の修復を始める。流れていた血がみるみる弱くなり、焼けるようだった傷の痛みも、組織が内側から繋がっていくにつれて薄れていった。


《HEMOSTASIS:ACTIVE》

《TISSUE REPAIR:ACTIVE》


 打撃を受けて重くなっていた肩にも熱が集まり、損傷した筋繊維が修復されていく。

 八神が試すように腕を回すと、先ほどまであった引っ掛かりはすでにほとんど消えていた。

 外部パックから供給された血液が、戦闘で失った分を補っていく。


《BLOOD VOLUME:RESTORING》

《REGENERATION CAPACITY:STABLE》


「SELFなら、血そのものを身体の修復に回せる」


 八神はゆっくり立ち上がった。


「もちろん使えば減るけど、外から足せばいい。血が切れない限り、何度傷つけられてもその分だけ戻せる」


 男の前腕砲に、再び青白い光が集まり始める。

 しかし八神の視界には、さらに別の表示が増えていた。


《CIRCULATION CONTROL》


 心拍が上がり、外部から補われた血液が全身へ勢いよく巡る。それに合わせて筋肉へ送られる酸素量が増し、神経と筋肉の間にある僅かな反応の遅れまで削られていった。


《OXYGEN DELIVERY:128%》

《MOTOR OUTPUT:125%》

《NEURAL RESPONSE:BOOST》

《REFLEX SPEED:UP》


 SELFが引き上げるのは回復力だけではない。

 筋出力、瞬発力、神経応答、反射速度。

 通常なら身体を壊さないために抑えられている領域へ、

 血液循環そのものを利用して強引に踏み込んでいく。


《WARNING》

《PHYSICAL LOAD:HIGH》


 八神は深く息を吐いた。


「さてと」


 男の砲口から光弾が放たれた。

 さっきまでなら、砲口へ光が集まった時点で大きく距離を取っていた。

 今度は違う。

 男の腕が八神へ向いた瞬間にはもう床を蹴っており、

 青白い光が通路を貫く頃には射線の内側から完全に姿を外していた。

 転移ではない。

 ただ、男の視覚が追いつけないほど速くなっただけだった。

 右へ向いた男の視線が八神を捉えられず、反対側へ戻ろうとした時には、

 八神はすでに懐へ潜り込んでいる。

 腰から肩へ力を繋ぎ、自己強化された筋出力を一点へ集めた拳を、

 人工皮膚に覆われた胸部へ叩き込んだ。

 金属の軋む音が通路に響く。

 男の身体が床から浮き、そのまま大きく後方へ弾き飛ばされ、

 十メートル近く先の壁へ叩きつけられた。

 八神は拳をゆっくり下ろす。

 閉じかけた脇腹の傷からは、もうほとんど血が流れていない。


《HEMOLINK:SELF》

《REGENERATION:ACTIVE》

《PHYSICAL BOOST:ACTIVE》


 粉塵の向こうで、男が再び身体を起こす。

 まだ戦える。

 八神もそれを見て、僅かに笑った。

 もう一歩、男へ向かって踏み出す。


「第二ラウンドといきましょう」

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