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特殊公安執行局  作者: the 春


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16/49

#16 止まらない列車

 TEAM 02に割り当てられた試験区画は、模擬市街地ではなかった。


 第三演習棟の地下へ降り、長い連絡通路を抜けた先にあったのは、本物とほとんど変わらない六両編成の都市高速車両だった。


 ホーム上では白い照明が車体を照らし、その向こうには閉鎖された訓練用軌道が伸びている。

 牧野は指定された乗車口の前で車両を見上げた。

 榊はすでに携行端末を開き、車両側の通信規格を確認している。

 東条はホーム端に設置された路線図へ目を向けていた。その隣には第一執行部の白石遼が立っている。

 二十代後半。柔らかい表情の男で、現場装備の上からでも細身なのが分かる。


「白石です。よろしくお願いします」


「牧野っす。よろしくお願いします」


 榊と東条も短く挨拶を返す。

 四人が揃ったところで、車両の扉が開いた。


 《TEAM 02》

 《ENTRY AUTHORIZED》


 乗り込む。

 車内にはすでに乗客役が配置されていた。

 会社員、学生、高齢者。座席に座っている者もいれば、吊り革につかまっている者もいる。

 四人が中央付近まで進んだところで扉が閉まり、間を置かず車両が動き始めた。

 加速は予想以上に滑らかだった。

 窓の外をコンクリート壁と照明が流れていく。

 直後、全員の端末に試験情報が表示された。


 《模擬事件:都市高速線占拠事案》

 《第07編成において武装占拠事案発生》

 《確認された武装犯:3》

 《民間人:26》

 《列車自動制御系統への不正アクセスを確認》

 《現在速度:82km/h》

 《非常停止命令:受理せず》

 《終端保守区画到達まで36分》


 最後に一文。


 《目標:乗客の安全を確保し、事案を収束させてください》


 牧野が表示を閉じる。


「まず人を安全な場所に寄せた方がよさそうっすね」


「私は制御系を見る」


 榊はすぐに車内ネットワークへ接続する。

 白石は乗客の配置を見ながら後方へ目を向けた。


「俺は聞き取りします。犯人を見た人がいれば情報が欲しい」


 東条は返事をせず、車両天井に設置された案内モニターを見ていた。


「東条さん?」


 牧野が声を掛ける。


「聞いてる」


「ならいいっすけど」


 その直後だった。

 前方から乾いた発砲音が響いた。

 一発。

 続けて二発。

 乗客役の数人が悲鳴を上げ、二両目側からこちらへ走ってくる。


「来たっすね」


 牧野の表情から笑みが消えた。


 *


「三人いました!」


 逃げてきた男が白石へ訴える。


「黒い服で、一人は銃持ってて……」


「どこで見ました?」


「三両目。いや、四両目にもいたと思います」


 隣にいた女性が口を挟む。


「私が見たのは二人です。一人は前に行って、もう一人は後ろに――」


 証言が噛み合わない。

 白石は遮らず、それぞれがどの車両にいたのか、いつ犯人を見たのかだけを順に確認していく。

 榊の端末にも車内監視映像が上がっていた。


「カメラで二人確認。三人目は死角に入ってる」


「システム表示は?」


「三人のまま」


 牧野は前方の連結扉を見る。


「じゃあ俺、前見てくるっす」


「私も行く」


 榊が立ち上がる。

 牧野は首を横に振った。


「榊さんはこっち見ててください。扉とか止められたら、その方が助かるっす」


 榊は一瞬だけ牧野を見たあと、頷いた。


「分かった。車両位置はこっちで追う」


「お願いするっす」


 牧野が二両目へ向かう。

 白石は乗客の聞き取りを続け、東条はなぜか反対方向へ歩き始めた。


「東条さん、そっち後ろっすよ」


「分かってる」


「犯人、前にいるっすよ?」


「たぶんね」


 それだけ言って、東条は後方車両へ消えていった。


「……まあ、任せるっすか」


 牧野は前を向き直った。


 *


 三両目へ入った瞬間、銃口がこちらへ向いた。

 牧野は身体を横へ流す。

 模擬弾が扉脇の壁を叩き、ほとんど間を置かず二発目が飛んでくる。

 相手は通路中央。

 黒い訓練用装備に拳銃。

 座席の陰には乗客役が二人伏せている。


「そこ動かないでくださいっす!」


 牧野が乗客へ声を掛けながら座席の陰へ入る。

 犯人役が通路を詰めてくる。

 距離は十メートルもない。

 牧野は拳銃を抜かなかった。

 狭い。

 人もいる。

 撃ち返せば、相手の後ろにいる乗客へ射線が通る。

 犯人が三発目を撃つ瞬間、牧野は座席の背へ手を掛けて身体を低くし、一気に通路を詰めた。

 四発目が肩のすぐ横を抜ける。

 五発目。

 牧野は犯人の銃を持つ腕へ両手で飛びつき、そのまま銃口を天井へ押し上げた。

 相手が反対の拳を振る。

 牧野は避け切らず、肩で受けた。

 鈍い衝撃が走る。

 そのまま体重を前へ掛け、相手の背中を車両壁へ押しつける。


「撃たせないっすよ」


 犯人が膝を上げる。

 牧野は腰を引いてかわし、手首を捻りながら拳銃を落とさせると、

 落下する前に足で車両端へ蹴り飛ばした。

 腕を背中側へ回す。

 相手が体勢を崩したところで、そのまま床へ伏せさせた。

 胸部へ制圧タグを押しつける。


 《TARGET SECURED》


 牧野は相手の拘束を確認してから手を離した。


「はい、終わりっす」


 視界端に表示が出る。


 《HOSTILE REMAINING:3》


 牧野が止まった。


「……三?」


 もう一度見る。


 《HOSTILE REMAINING:3》


「減ってないっすね」


『こっちでも確認した』


 通信から榊の声。


『今の対象は正常に制圧判定されてる。でも敵数表示は三のまま』


「じゃあ四人いるってことっすか?」


『まだ分からない』


 牧野は拘束した犯人を見る。

 タグも正常。

 誤判定ではなさそうだった。


「東条さん、聞こえてるっすか?」


 返事は数秒遅れた。


『聞こえてる』


「なんか分かりました?」


『今見てる』


 牧野は立ち上がる。


「相変わらず説明少ないっすね」


 *


 最後尾の六両目。

 東条は床へしゃがみ込み、車両管理ログを眺めていた。

 見ているのは監視映像ではない。

 車軸荷重。

 乗降時の重量変化。

 各車両の床圧センサー。

 座席占有率。

 走行開始時から残っている数字を一つずつ重ねていく。


 《PASSENGER MANIFEST:26》

 《TEAM 02:4》

 《HOSTILE:3》


 計算上は三十三人。

 だが実際の床荷重は合わない。

 鞄や装備の重量を差し引いても、誤差が大きすぎる。


「……一人多い」


『何が?』


 榊が聞き返す。


「人」


 東条は車両ごとの重量推移を送る。


「この列車、三十四人乗ってる」

『荷物じゃなくて?』

「荷物なら移動の仕方がおかしい」


 一人分の荷重が、乗客の移動と同じように車両間を移っている。

 それなのに監視映像上の人数は合っている。


『映像は三十三人しかいない』


「だからそっちがおかしい」


 東条は映像を閉じた。


「映像が合わないなら、映像以外を見る」


『……四人目がいる?』


「たぶん」


 東条が立ち上がる。


「しかも見えてる」


 *


 四両目。

 白石は避難させた乗客から順に話を聞いていた。


「犯人は三人です」


 一人の男が言った。

 三十代半ばほど。

 灰色のジャケットを着た会社員風の乗客役。


「見ました?」


「はい。三両目に一人、四両目に一人。もう一人は前の車両へ行きました」


「どこで?」


「最初は二両目にいました。発砲が聞こえて、こっちに逃げてきて」


 白石は頷きながら端末に内容を記録する。


「三両目の犯人は?」


「拳銃持ってました」


「顔は?」


「よく見えなかったです」


「四両目の方は?」


「黒い服で、背が高くて――」


 そこで白石の指が止まった。

 男は気づかず話を続けている。


「後ろの方へ行ったと思います」


「ちょっと待って」


 白石が顔を上げた。


「あなた、二両目からこっちへ逃げてきたんだよね」


「はい」


「三両目は通った?」


「もちろん」


「四両目の犯人は、いつ見た?」


 男が一瞬黙る。


「逃げてる途中です」


「でも四両目で最初に犯人が確認されたの、あなたがここに来た後なんだ」


 白石の声は変わらない。

 責めるような調子もなかった。

 ただ、その男の顔だけを見ている。


「どこで見たの?」


 沈黙。

 男の右手が僅かに動いた。

 白石の視線がそこへ落ちる。


「牧野さん」


 通信へ短く告げた瞬間、男が白石の胸を突き飛ばした。

 白石が座席へ倒れ込む。


「っ――」


 男は通路へ飛び出し、乗客の間を縫うように走った。


 《UNREGISTERED HOSTILE DETECTED》


 榊の端末に新しい警告が上がる。


『四人目!』


 *


 牧野が連結扉を抜けた時には、男はすでに五両目へ向かっていた。


「白石さん、大丈夫っすか?」


『大丈夫です!追ってください』


「了解っす」


 乗客役が通路に残っている。

 男はそれを利用するように、人の間を抜けながら逃げる。


「そういう逃げ方、一番嫌いなんすよね」


 牧野は速度を上げたい気持ちを抑えた。

 無理に追えば誰かを巻き込む。


『牧野さん、そのまま真っ直ぐ』


 榊の声。


『五両目から六両目への連結扉を閉める』


「頼むっす」


 前方で扉が閉じ始める。

 男も気づき、走る速度を上げた。

 滑り込もうとする。

 だが閉鎖が一瞬早い。

 扉が完全にロックされた。

 男は舌打ちし、振り返る。

 牧野との距離、十五メートル。


『右側に乗客三人。左側二人』


 東条の声が通信へ入る。


「見えてるんすか?」


『床で』


 牧野は聞き返さなかった。

 犯人が座席の間へ入る。

 右へ。


『そっち人いる』


「了解」


 牧野は追う角度を変え、通路中央へ戻る。

 相手が乗客役の肩へ手を伸ばした。

 盾にするつもりだと分かった。

 牧野は迷わず間へ身体を入れた。

 男が訓練用の短刀を抜く。

 刃先が牧野の右腕を狙う。

 牧野は腕を引きながら手首を受け、完全には避けず、刃を自分の外側へ流した。

 そのまま相手と乗客の間へ身体を割り込ませる。


「後ろ行ってくださいっす!」


 乗客役が離れる。

 犯人は短刀を引き戻し、牧野の脇腹へ突く。

 牧野は前腕で軌道を逸らし、肩から相手の胸へぶつかった。

 車両が揺れる。

 犯人の背中が座席へ当たる。

 それでも相手は短刀を離さない。

 牧野が手首を押さえた瞬間、男の拳が頬へ入った。

 顔が僅かに横へ流れる。

 牧野はそのまま相手を見る。


「痛いっすね」


 握る力を強めた。

 手首を外側へ返し、肘を折り畳むように身体へ寄せる。

 短刀が床へ落ちた。

 相手の腰へ腕を回し、そのまま座席から引き剥がす。

 抵抗する身体を通路へ倒し、背中側へ腕を取った。


 《TARGET SECURED》

 《HOSTILE REMAINING:2》


「今度は減ったっすね」


『そっちは元々カウントされてなかった』


 榊が答える。


「ややこしいっすね」


『だからあと二人』


「了解っす」


 牧野は立ち上がった。

 右肩に鈍い痛みが残っている。

 軽く回して確認し、そのまま次の車両を見る。


 *


 残る二人の確保には、それほど時間は掛からなかった。

 一人は二両目で白石が位置を聞き出し、榊が車両扉を封鎖。逃げ道を失ったところを牧野が制圧した。

 最後の一人は先頭車両で抵抗したものの、牧野が射線を引き受けている間に車内照明を榊が一瞬落とし、その隙に距離を詰めた。


 開始から十八分。


 《HOSTILE REMAINING:0》

 《ALL HOSTILES SECURED》


 白石が息を吐く。


「これで一段落ですね」


「だといいっすけど」


 牧野が言った直後、床下から低い振動が伝わった。

 列車がさらに加速する。

 案内表示が切り替わった。


 《CURRENT SPEED:91km/h》

 《TRAIN CONTROL:UNAVAILABLE》

 《EMERGENCY BRAKE:REJECTED》

 《TERMINAL MAINTENANCE SECTION:18:14》


「……止まってないっすね」


 牧野が天井を見る。

 榊はすでに運行システムへ接続していた。


「犯人全員確保と列車制御が連動してない」


「犯人が操作してたんじゃないんすか?」


「違う」


 榊の指が画面上を走る。


「外部からの制御信号がない」


 東条が横から覗く。


「最初から?」


「少なくとも試験開始後は一度も。停止拒否命令も、速度変更も、全部列車内部から出てる」


 白石が確保した犯人たちを見る。


「誰かの端末?」


「調べた。でも四人とも列車制御に直接繋がってない」


 牧野は一番近くに座らせた犯人役を見る。


「じゃあ何が動かしてるんすか」


「それを探す」


 *


 列車内の通信系統は複雑だった。

 乗客向けネットワーク。

 監視系統。

 運行制御。

 車両管理。

 非常システム。

 それらの間に、本来存在しない通信経路が一本だけ混ざっている。

 榊が追う。

 だが途中で複数の機器へ分岐し、また一本へ戻る。


「意図的に隠してる」


 白石は拘束された犯人の前へしゃがんだ。


「列車を止める方法、知ってる?」


 反応はない。


「あなたたちが操作してたわけじゃないんだよね」


 一人が僅かに目を逸らした。

 白石は別の男を見る。


「リーダーは誰?」


 誰も答えない。


「別に答えなくてもいいよ」


 白石は穏やかな声のまま続ける。


「その代わり、知らないのか、隠してるのかは見ます」

 牧野が少し離れたところからその様子を眺めている。


「第一って怖いっすね」


「聞こえてますよ」


「褒めてるっす」


 東条は床に座り込み、運行ログを見ていた。

 一定間隔。

 停止拒否命令が繰り返されている。

 1.5秒。

 1.5秒。

 1.5秒。

 機械的な周期。

 その中に一箇所だけ違う数字があった。


「榊」


「何です?」


「ここ」


 東条が時刻を送る。


「停止拒否の間隔、一回だけずれてる」


 榊がログを拡大する。


「……0.7秒」


「その時間、何してた?」


 全員の行動ログを重ねる。

 牧野が最初の武装犯を制圧した時刻。

 ほぼ一致する。


「偶然?」


 白石が訊く。


「機械だけで動いてるなら、偶然の方がおかしい」


 東条は画面を見る。


「何かが犯人の状態を見てる」


 榊の指が止まった。


「生体タグ……」


 確保した犯人には、試験用の識別タグが取り付けられている。

 負傷。

 拘束。

 位置。

 すべてリアルタイムで記録される。


「列車制御側に流れてる」


 榊が通信経路を逆算する。

 信号の先。

 五両目床下。


「見つけた」


 *


 床下点検口を開けると、本来の車両制御機器とは明らかに違う黒いユニットが固定されていた。

 榊が端末を接続する。


「違法AI制御ユニットの模擬機。監視カメラ、列車制御、それから犯人の生体タグまで全部ここに入ってる」


「壊したら止まるっすか?」


「分からない」


「じゃあやめとくっす」


 牧野は即座に手を引いた。

 榊が少しだけ目を上げる。


「早いですね」


「機械は榊さんに任せるっす。俺が触ったら余計なことになりそうなんで」


 コードを開く。

 自律制御。

 走行継続。

 非常停止拒否。

 いくつもの条件式の末に、一つだけ暗号化された項目があった。


 《TERMINATION CONDITION》

 《――UNRESOLVED》


「停止条件が隠されてる」


 残り時間。

 《08:26》


 白石が拘束犯を見る。


「全員捕まっても止まらない。ってことは、まだ何か終わってないんだ」


「AI側ではそう判断してる」


 榊が答える。


「でも何を未解決としてるか分からない」


 東条が車内のデータを再び並べる。

 四人の犯人。

 二十六人の乗客。

 TEAM 02。

 識別タグ。

 荷重。

 監視ログ。

 運行命令。


「最初に一人多かった」


 東条が言った。


「今は?」


 榊が照合する。


「人数自体は合ってる」


「システム上の人数は?」


「……待って」


 榊の表情が変わった。

 乗客識別一覧。

 二十六。

 犯人識別。

 三。


「四人目がいない」


 白石が顔を上げる。


「さっきの潜伏犯?」


「敵として追加検出されたけど、列車側の乗客登録が残ってる」


 つまり一人の人間が、

 犯人として制圧されながら、

 同時に乗客としても存在している。


「二重登録?」


「たぶん偽装ID」


 榊が潜伏犯の識別情報を開く。

 乗客側の認証は現在も有効。

 そのさらに奥。

 通常の乗客には存在しない権限信号が一つだけ紐づいている。


 《OPERATOR:ACTIVE》


「これ」


 榊が画面を見せる。


「列車AIから見たら、まだ操作者が一人残ってる」


「でも本人は捕まってるっすよね」


「タグが生きてる限り関係ないみたい」


 白石が潜伏犯へ目を向けた。

 男は無表情を装っている。

 ただ一つ。

 数秒ごとに壁面の時刻表示へ視線を向けていた。

 牧野も気づいた。


「……この人、さっきから時計ばっか見てるっすね」


 白石が男の前へ移動する。


「まだ終わってないと思ってる?」


 男の目が一瞬だけ白石を見る。


「何のことですか」


「それ」


 白石が初めて少し笑った。


「今まで喋らなかったのに、そこは否定するんだ」


 男の表情が固まる。


「榊さん。この人、何か持ってる」


 牧野が拘束された男の身体を確認する。

 通常の試験用タグ。

 ポケット。

 ベルト。

 靴。

 首元。


「これっすか?」


 シャツの内側。

 皮膚に貼り付けられた薄い認証パッチ。

 榊の端末が反応する。


 《UNKNOWN AUTH TOKEN》


「それ。剥がさないで」


 牧野の手が止まる。


「危ないっすか?」


「直接切るとフェイルセーフがどう動くか分からない。こっちから認証を落とす」


 《TERMINAL SECTION:04:18》


 榊がパッチへ接続する。

 暗号化。

 偽装された乗客ID。

 その奥に操作者権限。


「東条さん、最初の制圧時刻送って」


「送った」


「白石さん、この人が四両目にいた時間もう一回」


「三分二十二秒から五分前後」


 複数の情報が重なる。

 榊が偽装IDとAI側の認証記録を照合する。


「一致した」


 解除画面が開く。


 《OPERATOR AUTHORITY》

 《FORCED LOGOUT》


「切るよ」


「お願いするっす」


 牧野が犯人の身体を押さえる。

 榊が実行した。

 一秒。

 二秒。


 《OPERATOR:OFFLINE》


 直後、車内の照明が一瞬暗くなる。

 低い作動音。


 《EMERGENCY BRAKE:ACCEPTED》


「来るっす!」


 牧野が近くの座席へ手を掛けた。

 強烈な減速。

 立っていた乗客役が前方へ身体を持っていかれる。

 牧野は一人の肩を掴み、自分の身体ごと座席へ押し込む。白石も別の乗客を支え、東条は咄嗟に吊り革を掴んだ。

 榊だけは端末を抱えたまま座席へ尻餅をつく。


「っ……」


「榊さん、大丈夫っすか?」


「大丈夫!」


 速度表示が急速に落ちていく。


 《74km/h》

 《52km/h》

 《31km/h》


 窓の外を流れていた照明が遅くなる。


 《12km/h》


 最後に車体が大きく揺れ、

 止まった。

 静寂。


 《TRAIN STOPPED》

 《TERMINAL MAINTENANCE SECTION:02:18》


 残り二分十八秒。

 数秒後、新しい表示が重なる。


 《ALL PASSENGERS:SAFE》

 《ALL HOSTILES:SECURED》

 《TRAIN CONTROL:RECOVERED》

 《CASE STATUS:CLOSED》


 *


 しばらく誰も動かなかった。

 牧野は支えていた乗客役から手を離し、手すりに身体を預ける。


「……これ、普通に戦ってる方が楽っすね」


 榊が床に座ったまま端末を閉じる。


「最初から戦闘だけの試験じゃないですよ」


「それは分かってたっすけど、最後まで電車と戦うとは思わなかったっす」


「電車とは戦ってません」


「気分的にはそんな感じっす」


 東条は空いた座席へ腰を下ろした。


「俺もう降りていい?」


 白石が笑う。


「まだ扉開いてないですよ」


「じゃあ開くまで寝る」


「今から?」


「疲れた」


 牧野が右肩を軽く回す。

 最初の戦闘で受けた衝撃が、まだ薄く残っていた。

 榊がそれに気づく。


「肩、大丈夫?」


「ちょっとだけっす」


「見せて」


「大丈夫っすよ」


「いいから」


 榊は立ち上がると、牧野の返事を待たずに状態確認端末を向けた。


「軽い打撲です」


「ほら、大丈夫っす」


「問題はそこじゃない」


「何っすか?」


「さっきも乗客と犯人の間にそのまま入ってた」


「入った方が早かったんで」


「被弾していい試験じゃないんだよ」


 牧野は少し考え、それから肩をすくめた。


「あそこは俺が受けた方が安かったっすから」


 榊の眉が僅かに寄る。


「そういう計算やめて」


「でも白石さん刺されたら、その後の聞き取りできないっすよ」


「牧野が動けなくなったら制圧できなくなるでしょ」


「今回は動けたんでセーフっす」


「そういう話じゃない」


 白石が二人の会話を聞きながら笑った。


「怒られてますね」


「白石さんまでそっち側っすか」


「今のは榊さんが正しいと思います」


「東条さんは?」


 座席へ深くもたれていた東条が目だけを開ける。


「俺に振らないで」


「味方いないっすね」


 車両の扉が開く。


 《EXIT AUTHORIZED》


 牧野は小さく息を吐き、立ち上がった。


「じゃ、戻るっすか」

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