#15 それぞれの
ちっとばかし長いです、ごめんなさい。
全局合同執行試験、二日目。
午前七時四十五分。
本庁舎中央棟へ入った久世の端末には、前日の《総合状況判断試験》の評価結果が届いていた。
《DAY 01 総合状況判断試験》
《総合評価:A-》
《情報選別:A》
《状況判断:A》
《判断速度:B+》
《判断一貫性:A-》
《結果影響耐性:B+》
順位は表示されていない。
受験者全体の平均も、自分がどの位置にいるのかも分からなかった。
悪くはない。
だからといって、特別良いとも言い切れない。
久世が画面を眺めていると、後ろから牧野が肩越しに覗き込んできた。
《DAY 01 総合状況判断試験》
《評価区分:A》
《詳細評価は全試験終了後に開示》
表示されているのはそれだけだった。
順位も点数もない。
昨日、自分がどの程度評価されたのかまでは分からないが、
少なくとも大きく失敗したわけではないらしい。
「Aっすか」
背後から声がして、久世は端末を伏せた。
牧野だった。
「見た?」
「見えちゃっただけっすよ」
「そっちは?」
「秘密っす」
悪びれる様子もなく笑いながら、牧野は久世の横へ並ぶ。
昨日の試験終了後は珍しく疲れ切った顔をしていたが、一晩経てばいつもの調子へ戻っていた。
「でも今日は昨日より分かりやすそうっすね」
牧野が自分の腰にある訓練用拳銃を軽く叩く。
「二日目が合同試験なのは毎回同じっす。混成チーム組まされて、現場入るまで何やるか教えてくれないやつ」
「毎回?」
「俺は何回か受けてるっすから」
久世が少し驚いて見る。
「同じ問題?」
「まさか。そこまで親切じゃないっすよ。場所も事件も毎回変わるんで、経験あるから有利ってほどでもないっす」
少し後ろから榊が追いついてくる。
「でも、形式を知っているだけでも違いますよ」
「気合い入れいくっすよ」
「頑張ろう」
久世は周囲を見た。
新井はすでに第二執行部の装備を確認しており、三科は端末の通信状態を点検している。
鳴海も特に周囲を気にする様子はなく、訓練用装備の留め具だけを確認している。
どうやら緊張しているのは、自分のような初参加者の方らしい。
「合同試験って、何を見るんですか」
久世が訊くと、牧野が少し考えた。
「毎回ちょっと違うっすけど、一人で何でもやろうとすると大体ろくなことにならないっすね」
「それだけ覚えておけばいいですよ」
榊も続ける。
「戦闘が得意でも、それだけで終わる試験ではないので」
「逆に戦えない人が不利ってわけでもないっす」
牧野が言う。
「そういう風に作ってあるんすよ」
久世がもう一度、周囲の執行員を見る。
第三。
第二。
第四。
第五。
昨日は所属に関係なく、一人で答えを出した。
今日は最初から違うらしい。
館内放送が入る。
『第二試験参加者は、第三演習棟第一ホールへ移動してください』
榊が歩き出す。
「行きましょう」
牧野もその後へ続く。
「まあ久世さんなら、入ってから考えればいいっすよ」
「それ、助言になってる?」
久世にはまだ、その意味がよく分からなかった。
答えが出る前に館内放送が流れた。
『第二試験参加者は、第三演習棟第一ホールへ移動してください。繰り返します――』
三人の視線が同時に前へ向く。
久世は端末を閉じた。
『第二試験参加者は、八時までに第三演習棟第一ホールへ集合してください』
昨日と違い、今日は全員が軽装の現場装備を身につけていた。
模擬戦闘が含まれる可能性がある。
それだけは事前に告知されている。
「じゃ、行きますか」
牧野が歩き出す。
久世も榊と並んで、その後を追った。
*
第三演習棟第一ホールには、すでに大半の受験者が集まっていた。
照明が落ち、正面モニターへ試験名が浮かぶ。
《DAY 02》
《合同試験》
《受験者を部門混成チームへ編成》
《制限時間:45分》
《各チームは指定された模擬区域へ進入》
《任務詳細は進入時に開示》
《個人評価およびチーム評価を実施》
新井は画面を見上げたまま小さく呟く。
「今年も四人編成か」
三科が首を振る。
「まだ確定ではありません。昨年度は区画によって五名編成もありました」
「そうだっけ?」
「ありました」
「よく覚えてるわね」
表示が切り替わる。
《TEAM 02》
《牧野 征士郎/第四執行部》
《榊 美月/第四執行部》
《東条 亮介/第三執行部》
《――――/第一執行部》
牧野が表示を見て、少しだけ顔をしかめる。
「東条さんっすか」
離れた場所にいる東条が気づき、片手だけ上げた。
「よろしく」
「そのテンションで四十五分いくんすか?」
「たぶん」
「不安しかないっすね」
榊はすでに東条の方へ歩き出していた。
「牧野、早く行くよ~」
「はいはい~」
「久世さん、お互い頑張りましょうね」
「頑張ろう」
続いて、
《TEAM 04》
《久世 湊/第四執行部》
《新井 香/第二執行部》
《三科 玲司/第三執行部》
《前川 胡桃/第五執行部》
久世は表示された三人の名前を見る。
新井と三科は、特に驚いた様子もなくこちらへ歩いてくる。
「癖のある面子だこと」
新井が言う。
「よろしくお願いします」
「お願いします」
三科も軽く頭を下げる。
「合同試験は初めてですね」
「はい」
「なら一つだけ」
三科は淡々と続けた。
「最初に出された情報だけで、任務全体を決めない方がいいです。途中で必ず状況が増えます」
新井が横から笑う。
「それ毎年言ってない?」
「必要なので」
少し遅れて前川が合流する。
「よろしくお願いします」
四人が並んだ。
新井が前川を見る。
「前川ちゃんは初参加?」
「はい」
「そんな緊張しなくて大丈夫よ。何が起きるか分からないのは、経験者も同じだし」
三科も続ける。
「分からないことがあれば、その場で共有してください。黙って判断される方が困ります」
「わかりました」
前川が頷く。
久世が三科を見る。
「俺も初めてです」
「知っています」
「じゃあ俺にも何かないですか」
三科は少し考えた。
「今のところは何もないですが、試験が始まればその都度意見させてもらいます」
「手厳しそう」
新井が吹き出す。
「中々いいコンビなんじゃない、あんたたち」
「揶揄うのはやめてください」
「そこまで嫌じゃなさそうだけど」
四人の間に、少しだけ空気が緩む。
*
TEAM 04に指定されたのは、第三演習棟から地下連絡路で繋がる模擬市街区の東ブロックだった。
低層の雑居ビルと小型店舗、その奥には物流倉庫や管理棟まで並び、道路脇には配送車両や放置された自転車まで置かれている。建物の壁には汚れや補修跡が再現され、遠目には訓練施設とは思えないほど作り込まれていた。
進入ゲートの前で三科が通信状態を確認し、新井は訓練用拳銃を一度だけ抜いて作動を確かめる。前川も肩から下げた回収キットを開き、必要な器具が揃っていることを確かめてから留め具を閉じた。
「通信、位置共有ともに正常です」
三科が端末から顔を上げる。
「進入後、取得可能な区域情報を共有します。何か見つけた場合も、その都度全員に回してください」
「了解」
新井が短く答える。
久世も頷いた。
四人とも所属も仕事内容も違う。
普段なら同じ現場に揃うこと自体ほとんどない組み合わせだった。
誰が指揮を執るのかも明確には決めていない。
状況によって、一番分かる人間が判断する。
開始前に決まったのは、その程度だった。
やがてゲート上部のランプが赤から白へ変わる。
《TEAM 04》
《ENTRY AUTHORIZED》
金属扉が左右へ開いた。
四人が区域へ足を踏み入れた瞬間、それぞれの端末に同じ情報が表示される。
《模擬事件:閉鎖区画事案》
《違法技術取引を行っていたグループが摘発を察知し、区域内へ逃走》
《民間人が複数残留》
《危険物の存在可能性あり》
《主犯格の所在不明》
《証拠データの破棄まで残り45分》
そして最後に、一文だけが残った。
《目標:事案を可能な限り収束させてください》
画面右上に時間が現れ、すぐに数字が減り始める。
《44:59》
久世は表示を見ながら眉を寄せた。
「収束って、どこまで?」
「そこも含めて考えろってことでしょ」
新井は周囲へ視線を走らせる。
「主犯、民間人、危険物、証拠。今見えてるだけでも四つある」
三科が区域図を開く。
「現時点で優先順位を固定するのは早いです。取得できる情報から順番に確認しましょう」
「最初は?」
「東側商業区画から非常信号が出ています。距離百八十メートル」
久世がそちらを見る。
「じゃあ、まずそこから」
「異論なし」
新井が歩き出し、三科と前川も続く。
四人はまとまったまま、最初の現場へ向かった。
*
非常信号が出ていたのは、通りから少し奥に入った二階建ての商業施設だった。
正面シャッターは途中で止まり、ガラス越しに複数の人影が見える。
そのうち一人は床に座り込み、残りの四人が周囲に集まっていた。
「五人」
新井が内部を確認する。
「一人、動けてない」
久世が入口へ近づくと、民間人役の一人がこちらへ気づいた。
「助けてください! 一人、足が挟まれてて……あと入口に変な機械があります!」
その言葉で四人の視線が同時にシャッター脇へ向く。
黒い金属ケース。
側面から太いケーブルが伸び、壁面の補助電源口へ直接繋がっている。
筐体の一部には、熱を受けたような変色も見えた。
三科が端末を向ける。
「施設登録のない機器です」
久世が少し距離を詰める。
「爆発物?」
「外見だけでは判断できません」
その横から前川が前へ出た。
「見ます」
しゃがみ込み、携行していた分析器をケースへ向ける。
先ほどまでの緊張した様子は消えていた。
電圧、内部温度、電磁反応。
数値を順番に確認し、さらにケース下部を覗き込む。
「爆発物ではないと思います。ただ、動かさない方がいいです」
「何?」
新井が訊く。
「高密度電源セルです。正規の接続じゃありません。かなり無理に出力を上げてる」
三科が施設側の電力ログを開いた。
「建物の補助電源も、この装置を経由しています」
「外したら?」
「たぶん建物側は落ちます。でも、それよりこっちが危ない」
前川はケース側面を指した。
「固定端子が熱で変形してます。今動かして接点がずれたら、内部で短絡して熱暴走するかもしれません」
新井が入口を見た。
「じゃあ正面は使わない方がいいね」
「二階東側に非常階段があります」
三科が建物図面を表示する。
「そこから内部階段へ入れます」
新井が久世を見る。
「私たちで中に入ろう。三科さんは外から電子錠と避難経路をお願い。前川さんはこれ見てて」
「分かりました」
前川が頷く。
久世と新井は建物側面へ回り、非常階段を上がった。
二階の窓を開けて内部を確認する。
人影はない。
床には倒れた商品棚や備品が散乱していたが、犯人役の気配もなかった。
久世が先に入る。
新井が後ろから続いた。
階段へ向かう途中、倒れた大型棚が通路を塞いでいる。
「これ動く?」
新井が訊く。
久世は棚の端へ手を掛け、一度力を込めた。
「動く」
「便利だね、第四」
「牧野さんならもっと早いです」
「そこで牧野を基準にするの?」
棚をずらし、二人が隙間を抜ける。
一階へ降りる頃には三科が外部から非常扉の電子錠を解除していた。
負傷者役の足元には什器が倒れている。
久世が持ち上げ、新井が挟まれた足を引き抜く。
そのまま残りの四人と合流し、全員を二階非常口から順番に外へ出した。
最後の一人が安全区域へ入る。
《CIVILIANS RESCUED:5》
《CASUALTIES:0》
残り時間。
《37:48》
建物の外へ戻ると、前川はまだ黒いケースの前にいた。
「温度は少し下がってます。このまま動かさなければ、急激な変化はなさそうです」
「ありがとう」
久世が言った。
前川が顔を上げる。
「いえ……」
「見てもらってよかった」
「それが第五の仕事なので」
前川は少し照れたように視線を戻した。
新井が横からケースを見る。
「こういうの、知らない人間が触ったら危ないんだね」
「見た目だけじゃ分からないものも多いです」
「覚えとく」
三科が残り時間を確認する。
「次へ移りましょう」
*
中央通りへ戻って間もなく、三科の端末に通知が入った。
《PERSON OF INTEREST》
区域南側。
黒いケースを抱えた男が、一人で走っている。
「距離二百六十」
三科が映像を共有する。
「追跡対象候補です」
久世も画面を見る。
男は何度も背後を振り返りながら走り、交差点を一つ抜け、さらにその先の通りへ向かっている。
新井が画面を見つめたまま、眉を寄せた。
「これ、変じゃない?」
「何が?」
久世が訊く。
「逃げ方」
新井が地図と監視映像を並べる。
「監視カメラがある道ばっかり通ってる。ケースも隠してないし、走ってる方向も区域出口じゃない」
三科が経路を表示する。
男が向かっているのは東側の資材置場。
管理棟とは反対方向だった。
「意図的にこちらの注意を引いている可能性はあります」
「でしょ」
新井が映像を指す。
「摘発に気づいて逃げる側なら、もっと見えない道使う。わざわざ重要そうな箱抱えて、カメラの前を走り続ける意味がない」
前川が訊く。
「囮?」
「私はそう見る」
「外したら?」
久世の問いに、新井は肩をすくめた。
「外したら私の読み違い。それでも今は追わない」
返答に迷いはなかった。
三科も少し考えたあと頷く。
「囮である可能性を優先します。別の動きを探しましょう」
四人は進路を変えなかった。
三分後。
男は資材置場へ到着すると、抱えていたケースをその場へ放り出し、
そのまま別ゲートから区域外へ離脱した。
遠隔検査結果が表示される。
《CASE CONTENTS:DUMMY》
中身は金属板と重量調整用のウェイトだけだった。
前川が少し驚いた顔で新井を見る。
「本当に囮だった」
「こういうのは第二でよく見るから」
新井は短く答えた。
久世が表示を見る。
「追わなくてよかった」
「でしょ?」
「うん」
新井が一瞬こちらを見る。
「素直だね」
三科はすでに別の記録を開いていた。
「囮がいたということは、同じ時間帯に隠したかった行動がある可能性が高いです」
「そっち探そう」
新井の声に、三人も続いた。
*
残り二十九分。
民間人五名を救出。
囮一名を確認。
しかし主犯の所在は依然として不明で、証拠データの保管場所も特定できていなかった。
三科は歩きながら区域内の記録を次々と切り替える。
監視映像。
通信履歴。
自動扉。
電力消費。
物流記録。
エレベーター稼働履歴。
久世には、何百と並ぶ数字のどこに意味があるのかほとんど分からなかった。
やがて三科の足が止まる。
「……人数が合わない」
新井も振り返った。
「どこ?」
「管理棟の貨物エレベーターです」
画面には、二人の男がエレベーターへ乗り込む映像が映っている。
「二人いるけど」
久世が言う。
「映像上は」
三科はその横へ重量ログを出した。
「増加重量、六十八キロ」
「一人分?」
「成人男性二名としては成立しません」
前川が画面を覗き込む。
「片方がすごく軽いとか?」
「二十キロ台なら」
「それはないね」
新井が答えた。
三科はさらに扉の開閉時刻と監視映像のタイムコードを並べる。
数秒後、指が止まった。
「十二秒」
「何?」
「この区間だけ、映像が十二秒ずれています」
扉が開いた時刻。
重量が変化した時刻。
映像上で二人が乗った時刻。
それぞれの記録を重ねると、確かに一つだけ時間が合わない。
「過去映像が重ねられています」
三科が画面を拡大する。
「二人が乗ったように見せていますが、実際に乗ったのは一人です」
「じゃあ映像のもう一人は?」
「その時間には存在していません」
新井がすぐに続けた。
「逆だね。隠したかったのは、本当に乗った方」
三科が頷く。
「三階まで移動しています。その後の監視記録はありません」
管理棟三階。
施設サーバー。
通信中継設備。
データ保管区画。
「証拠データもそこにある可能性が高いです」
久世が管理棟の方向を見る。
「主犯?」
「断定はできません。ただ、記録を書き換えてまで存在を隠した人物です」
「確認する価値はあるね」
新井が言う。
三科も頷いた。
「あります」
四人は管理棟へ向かった。
*
連絡通路へ踏み込んだ瞬間、久世の視界に警告が走った。
《HOSTILE DETECTED》
視線を上げる。
三人。
「下がって」
久世が前川の肩を引いた。
直後、先ほどまで彼女がいた位置を模擬弾が通過し、壁へ乾いた音を立てて弾ける。
新井はすぐに柱の陰へ滑り込み、拳銃を抜いた。
「三人いる」
通路奥。
一人は遮蔽物の裏。
さらに後方に一人。
三人目は簡易センサーユニットを構えている。
三科が区域図を確認した。
「北側に迂回路があります。ただし七分以上増えます」
久世が残り時間を見る。
《22:14》
「ここ抜いた方が早い」
「私もそう思う」
新井が柱越しに一発返す。
「三科さんと前川ちゃんは射線に出ないで」
二人が遮蔽物の奥へ下がる。
久世は呼吸を整え、AOFを起動した。
《AOF SYSTEM》
《SYNC RATE:98.4%》
輪郭が薄れる。
周囲の景色が黒い戦闘服の上へ重なり、久世の姿が通路から消えていく。
一人目の銃口がわずかに迷った。
だがセンサーを構えていた男は、すぐに端末へ目を落とす。
《ACTIVE SCAN DETECTED》
三科の端末にも警告が出た。
「久世さん、補足されています」
銃口がこちらへ向く。
久世は足を止めなかった。
鳴海との訓練で何度も繰り返した操作を呼び出す。
光学。
音。
熱。
それぞれを完全に消すのではなく、同じ場所に揃えない。
《CUSTOM LAYER PATTERN》
《STATUS:STABLE》
右へ踏み込む。
足音は実際よりさらに外側へ遅れて流れ、輪郭の変化と熱源もわずかに違う軌道を描く。
敵の視線が右へ引かれた。
センサー表示も追従する。
発砲。
模擬弾が久世のいない壁へ当たった。
その間に久世は左側の遮蔽物へ入り、男が端末を見直した瞬間にはすでに距離を詰めていた。
銃を持つ手首を外へ払い、そのまま肩を壁へ押し込む。
相手が体勢を戻すより先に胸部へ制圧タグを当てた。
《TARGET 01:DOWN》
二人目がすぐに振り向く。
銃口が久世の方向を捉える。
久世は再び一歩踏み込み、存在する位置と認識される位置をずらした。
相手の目が久世より右へ流れる。
その一瞬に身体を低くし、反対側から腕の内側へ入り込む。
銃口を天井へ逸らし、肘を押し上げたまま足を払うと、相手の背中が床へ落ちた。
《TARGET 02:DOWN》
「……何それ」
新井の声が聞こえた。
三人目は撃たなかった。
久世を捉えたまま、銃口だけを僅かに浮かせている。
先ほどの二人を見ていた。
また久世の位置がずれるのを待っている。
久世はAOFの設定を変えなかった。
そのまま真っ直ぐ一歩出る。
敵の銃口は、来るはずの錯誤を待つように僅かに右へ向いたままだった。
その横から新井が二発撃つ。
胸部センサーが赤く点灯した。
《TARGET 03:DOWN》
通路が静かになる。
久世はAOF出力を落とした。
輪郭が戻る。
新井が拳銃を下げながら近づいてくる。
「今の何?」
「AOF」
「それは分かる」
「少し調整した」
「少しでああなる?」
三科が床に落ちたセンサーユニットを拾い、ログを確認する。
「質問は後にしてください。残り十八分です」
「分かってる」
前川はまだ久世を見ていた。
「何か、変でした」
「何が?」
「久世さんがいるところと、いるように見えるところが違うというか……」
久世は少し考えた。
「たぶん、それで合ってる」
「たぶん?」
「説明するの難しいから」
三科はすでに歩き始めていた。
「それも後です」
四人は倒れた犯人役を残し、通路の先へ進んだ。
ここで必要だったのは敵を倒すことではない。
管理棟へ辿り着くことだった。
*
管理棟三階へ到着した時、残り時間は十二分を切っていた。
三科がサーバー区画へ接続する。
数秒。
端末上に複数の暗号化ファイルが展開された。
「ありました」
取引履歴。
搬送記録。
顧客データ。
違法技術の管理記録。
「当たりだね」
新井が画面を覗く。
その直後だった。
警告音が鳴る。
《DATA PURGE INITIATED》
《05:00》
カウントダウンが始まる。
「消去処理です」
三科がサーバー室へ向かう。
ほぼ同時に、新井が廊下奥を見た。
「人!」
一人の男が黒いケースを手に、非常扉の向こうへ走り込む。
三科が監視記録と照合する。
「エレベーターの未確認人物と一致」
「主犯?」
久世が訊く。
「断定はできません。ただし確保優先度は高いです」
《DATA PURGE:04:42》
久世は廊下とサーバー室を交互に見る。
「俺が追う。捕まえたら戻って――」
「間に合いません」
三科が即座に答えた。
「AOFなら戻れると思う」
「相手が即座に確保できる保証がありません。逃走経路も不明です」
久世が少し考える。
「じゃあ先にデータを――」
「それだとあっちが抜ける」
新井が言った。
数秒。
カウントだけが減っていく。
《04:23》
新井が二つの方向を見比べる。
「分かれよう」
久世が新井を見る。
「私と久世で追う。三科さんと前川ちゃんはデータ」
三科もすぐに頷いた。
「それが妥当です」
久世はサーバー室を見る。
「そっちは任せて大丈夫?」
三科が端末を持ち直す。
「問題ありません」
前川も頷いた。
「やります」
久世は二人を見る。
自分が残れば、何か起きた時には対応できるかもしれない。
主犯を早く捕まえて戻れば、両方に関われる可能性もある。
だが、それをする必要があるのかと考えた。
最初の装置を判断したのは前川だった。
主犯へ繋がる記録を見つけたのは三科だった。
二人には、自分には見えないものが見えている。
「……分かった」
久世は新井を見る。
「行こう」
「うん」
二人は階段へ走る。
三科と前川はサーバー室へ入った。
四人はそこで初めて、二つの場所へ分かれた。
*
《DATA PURGE:03:37》
三科が管理端末へ接続する。
「消去命令はローカル実行です。外部通信を切っても止まりません」
前川がラックを見る。
「電源を落としたら?」
「処理自体は停止する可能性が高いです」
三科が主電源操作へ移ろうとした、その時だった。
「待ってください」
前川がサーバーラックの脇へしゃがみ込む。
通常の配線とは明らかに違う細いケーブルが、ストレージ筐体の奥へ伸びている。
「これ、後付けです」
「確認できますか」
「はい」
分析器を接続する。
独立電源。
小型の発熱素子。
衝撃発生機構。
その向きは、ストレージ装置へ向けられていた。
前川の表情が変わる。
「電源、落とさないでください」
三科の手が止まった。
「理由を」
「この装置は別電源です。主系統が落ちたら、それを信号にしてストレージを物理的に壊す仕組みだと思います」
三科はすぐに遮断操作を取り消した。
「解除できますか」
「やります」
「時間は?」
「一分……できれば二分」
《03:02》
「一分しか作れません」
前川が三科を見る。
少しだけ迷った。
「じゃあ一分でやります」
「お願いします」
三科がデータ消去プロセスへ割り込み、処理速度を落とし始めた。
*
久世と新井は階段を駆け下りていた。
逃走者の位置が端末上を移動する。
「正面出口じゃない」
新井が言う。
「どこ?」
「地下。たぶん車」
男は一階を通過し、そのまま地下搬入区画へ向かっている。
新井が区域図を開く。
「西側に搬入用の車両ゲートがある。そこから出るつもり」
「俺、内側から回る」
「じゃあ私はゲート側」
「分かった」
二人は階段の途中で分かれた。
久世がAOFを起動する。
新井が逃走経路を読む。
久世が、その先へ回る。
互いにそれ以上の説明は必要なかった。
*
《DATA PURGE:01:28》
「これです」
前川が一本のケーブルを示した。
「サーバーから、この装置へ一方向で信号が入ってます。主電源が落ちたことを知らせる線だと思います」
三科がログを確認する。
「一致します」
「これを切れば、物理破壊側に停止信号が届かないはずです」
「確度は?」
前川は一瞬考えた。
「八割くらい」
《01:09》
三科は前川を見る。
「切ってください」
「はい」
前川がコネクタを抜く。
一秒。
二秒。
何も起こらない。
「反応なし」
「主電源を落とします」
三科が操作する。
《00:51》
サーバーラックの照明が一斉に消えた。
《DATA PURGE:00:48》
数字が止まる。
《PROCESS INTERRUPTED》
前川が大きく息を吐いた。
「止まった……」
三科はすぐに保存状態を確認する。
《EVIDENCE DATA:78% PRESERVED》
「七十八パーセント」
「全部は残せませんでしたね」
「十分な証拠量です。回収します」
三科がデータ保存へ移る。
「前川さん、物理媒体をお願いします」
「はい」
二人はそのまま作業を続けた。
もう片方がどうなっているのかを確認することはしなかった。
任された側を終わらせる。
今は、それだけでよかった。
*
地下搬入区画。
逃走者が車両のドアへ手を掛けた。
その直前、車体脇に久世の輪郭が浮かぶ。
男の反応は速かった。
持っていた黒いケースを床へ放り、腰の模擬拳銃を抜く。
銃口が上がる。
久世は斜めへ踏み込みながら認識層をずらした。
男の視線は、その一歩より外側へ流れる。
発砲。
模擬弾が車体へ当たる。
久世は反対側から距離を詰め、銃を持つ腕を外へ払った。
そのまま肩へ入り込むが、男も体勢を崩さず、空いた肘を久世の側頭部へ振り抜く。
久世は上体を引いて避ける。
腕を取り直そうとしたところで、男が腰を落として身体を捻り、拘束を外した。
距離が開く。
すぐに倒せる相手ではない。
男は久世との間合いを切ると、再び車両へ向きを変えた。
しかし、その先には新井がいた。
「そっちは無理」
拳銃の照準が男の胸へ向いている。
男の足が止まった。
一瞬だけ、新井へ意識が移る。
久世が踏み込む。
右腕を取り、肩を押し込みながら重心を前へ崩す。
相手が踏ん張ろうとした足を外側から払うと、身体が床へ落ちた。
久世はそのまま腕を背中へ回し、制圧タグを押しつける。
《PRIMARY TARGET:SECURED》
表示が浮かんだ。
拘束を確認してから、久世が新井を見る。
「読んでたんだ」
「出口少ないからね」
「第二っぽい」
「そういうこと」
新井は床に落ちた黒いケースを見る。
「それも持って帰ろう」
「開けない?」
「前川ちゃんに見てもらえばいいでしょ」
「分かった」
新井が僅かに笑う。
「今日はちゃんと第五いるんだから、頼らないともったいないでしょ」
*
四人が管理棟一階で再合流した時、残り時間は三十秒を切っていた。
《00:27》
前川は回収ケースを抱え、三科は保存した証拠データを確認している。
久世が二人へ近づく。
「取れた?」
「七十八パーセントです」
三科が答える。
「かなり残ったね」
「全量ではありません」
「でも証拠にはなるんでしょ?」
「十分です」
前川が横から息を吐く。
「途中、本当に危なかったですけど」
「何があったの?」
新井が訊く。
「電源切ったら、サーバー自体が壊れる仕掛けが入ってました」
久世が前川を見る。
「それも見つけた?」
「はい」
「すごい」
「……ありがとうございます」
前川が少しだけ困ったように笑った。
新井が久世の肩を軽く叩く。
「こっちも取れたし、結果的には分かれて正解だったね」
「うん」
久世は素直に頷いた。
もし自分が主犯を捕まえてから戻っていたら、証拠はほとんど消えていた。
逆に先にサーバーへ向かえば、主犯は車両で区域外へ出ていた可能性が高い。
一人で両方を見ることはできない。
けれど四人ならできた。
《00:11》
区域内へ終了音が響く。
《TEAM 04》
《CIVILIANS RESCUED:5》
《PRIMARY TARGET:SECURED》
《EVIDENCE DATA:78% PRESERVED》
《HAZARDOUS DEVICE:STABILIZED》
《DECOY IDENTIFIED》
《TEAM CASUALTIES:0》
数秒遅れて、最後の表示が追加された。
《CASE STATUS:CLOSED》
試験終了。
前川がようやく肩から力を抜く。
「終わった……」
「お疲れ」
新井が言う。
三科は最後まで端末を確認してから画面を閉じた。
「詳細評価は後でしょう」
「終わった直後くらい休めば?」
「確認は必要です」
「三科さん、ずっとそれだね」
「何がですか」
前川がそのやり取りを見て小さく笑った。
久世は三人を見る。
新井は逃走者の動きから囮を見抜いた。
三科は数字のずれから、記録に隠された人間を見つけた。
前川は現物に残った僅かな違和感から、二度も危険を止めた。
自分は、その間に必要な場所で戦った。
同じ事件を見ていても、見えているものが違う。
それは今までにも分かっていたつもりだった。
けれど、同時に二つの場所へ行かなければならなくなった時、自分が両方へ関わる必要はなかった。
そこにいる人間へ任せて、自分は自分の仕事をする。
それだけで、届く場所が増える。
終了ゲートが開く。
「戻ろう」
新井が先に歩き出す。
三科と前川も続いた。
久世は一度だけ、背後の模擬市街区を振り返った。
四十五分前には、誰が何をするのかさえ決まっていなかった。
それでも最後には、それぞれが自分の見るべき場所を見ていた。
久世も三人へ追いつき、そのままゲートを抜けた。
書いていて楽しかった部分もありめっちゃ文字数増えちゃったので反省。




