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5/25

4 悪魔の装い

@K.K.official [✓]

 #悪魔を見つけた

 [動画][画像]

 #いにしえの琥珀#真の神#偽の神

 12:15-2025/11/14 142万回表示

 コメント4.2万 ⇄8.7万 ♡15.3万



【2025年11月14日昼 アンキュラ、ジャポンレストラン鯉】

「パブちゃん……これ、超ヤバくね……あの時のVVちゃんのやつもある」

 サフィとパヴルのラーメンはのびていた。スープが見えないくらい。それどころじゃなかった。

「……あの2人……セットだからね。エンデューラの時はジェイさんいなかったけど、だいたいいつも一緒だし……しかも加工されてるな」

「いやいや!これパブちゃんの動画だよね?なんとかしてよ!」

「……手遅れなんだよね。ネットでは、消すと増えるっていう――」

「じゃ、どーすんの?!こんなのサイアクじゃん!……VVちゃんに電話する」

「……そうだね。サフィ、ヴェシレさんのフォロー頼む。僕はカウンターをぶっ放す」



@Babür_official [✓]

 なんか悪質でお粗末なフェイク動画がバズってるね。背景をいじったせいで、人物の髪のフリンジが変。表情のAI生成バレバレ。ブロックノイズ、アーティファクトだらけ。

 今時ありえない下手くそ過ぎるコラ。まあこんなの誰も騙せないのは明白だけど、元動画そのまま見れるから、比較してみて。

 あと、なにこのバズり方。ウケる。業者さん?それか信徒のみなさん総動員とか?

 わかりやす過ぎるからwww

 [エーミット(動画配信サービス)

 [動画][画像]

 #Babür#騙されないで#嘘つきカルト

 12:31-2025/11/14 20.4万回表示

 コメント4005 ⇄5421 ♡8925

|

@バビュルスNo.7426

 だよね。K.K.の中の人、やり過ぎ。自爆したなこれ。

#Babür

|

@虎の眼マスク

 てかK.K.ってまだあったの?戦場を間違えてんじゃね?バビュールに敵うわけwww

|

@ローマよ永遠に

 政府はなにやってんの?こんなカルト潰しちまえよ!危険すぎる。こないだもヤバい事件あったばっかじゃん。

#カルトダメ絶対!#治療拒否#狂信者に刃物



@琥珀の輝きの復活

 #悪魔見つけた

 バシャクシェヒル国立公園

 [画像]

#悪魔を見つけた#いにしえの琥珀#⭕️


@ヴィーガン_コンスタ

 #悪魔見つけた

 病院で見かけたかも。チャムさくら病院。

#悪魔を見つけた#⭕️


@赤い蛇たち

 #悪魔見つけた

 特定しました。画像はインウェニ・ハリタ(Googleマップ)のスクショ。航空写真モードも添付します。

 [画像][画像]

 #悪魔を見つけた#偽の神#⭕️



【同日午後 コンスタンティノープル、バシャクシェヒル上空】

 冬が近づいていた。

 プラタナスやマロニエの広葉樹は落葉が進み、アリーのように上空から見ると、死角が減るのは良いことだった。だけど道路が黄色くなる。黄色は好きじゃない。見にくいから。

 

 アリーの狩りの季節も、今年はもう終わりだった。もちろん、腐敗した聖職者相手ではなく、トンボやバッタ、トカゲやノネズミを獲物とした本当の狩りのことだ。これだけ寒くなると、外にはもう獲物はいない。

 

 アリーはジェイや、最近はヴィからもごはんを貰えるので、狩りをするのはごはんのためではない。楽しみのため。人間からごはんをもらって、漫然とただ太るだけの烏生を送るつもりはなかった。だから冬は嫌いだ。つまらないから。

 

 ヴィ。あの日、寝たままで起きないジェイの横で、ヴィと一緒に、ジェイを起こすために必死になったあの日以来、ヴィは"こわいおんな"でも、"いらつきおんな"でもなくなり、ヴィになった。仲間だ。でもまだ時々"いらつきおんな"に戻るけど。

 

 毎朝、ジェイの新しい巣の中庭で待っていると、ヴィがごはんをくれる。たまにハムも。アリーがこはんを食べていると、ヴィがアリーの頭や背中を撫でようとする。

 最初はびっくりして逃げたあと、ごはんを邪魔されて頭に来たので白爆弾を投下したら、避けられた上にジェイに怒られた。

 

 理不尽だったが、確かに考えてみると、こはんをくれたのだから白爆弾はやり過ぎだったかもしれない。

 だから反省して、ヴィにはごめんなさいをしようと思って、まだその時にはネズミを狩ることもできたので後で半分をプレゼントしたら、"いらつきおんな"に戻った。不思議。


 そして今。アリーが上空から俯瞰したバシャクシェヒルの街に、異変が起きていた。

 人間たち。いつものとは違う人間たち。"みはり"や猫人間でもない。この辺では見たことのない、たくさんの顔。それが、ジェイの巣がある大きな建物の周りに集まって来ている。板を持って。板には、前にも見たことのある、あの赤い円が書いてある。ジェイの思考が真っ赤に染まった、あの赤い円。

 赤い蛇。



(あかいへび

 たくさんの

 せめてきた)


 ジェイはビクッとして、持っていた自販機の紙コップからチャイをこぼした。

「――どうしたの?!」

 隣に座っていたヴィが驚いて、ハンカチを出す。

ロクツィオ(警戒警報)だ。アリーから。あかいへび」


 2人は今、シテから10キロ離れたオトプラティク(オートバックス)に、ロルフのタイヤ交換をしに来ていた。作業を待つ間、待合室でチャイを飲んでいたところだった。

 アンキュラとは違い、コンスタンティノープルでは冬になると雪が積もる。スタッドレスタイヤへの交換は義務だったし、ジェイの心臓を考えると早めに準備しておく必要があった。雪が降ってからではオトプラティクも混むらしいし。

「あかいへび?それって……」

 ジェイはアリーの映像に集中した。

 

(アリー、赤い円をよく見せて)

 

「……赤いウロボロスだ。攻めてきた、とアリーは言ってる」


 

「攻めてきた?どういう――」

 iPorta(スマートフォン)が振動した。そういえば、さっき運転中に着信があったけどサフィからだったので、後でかけ直すつもりで忘れていた。メッセージ。通知を見る。

『超絶緊急!電話して!!』

「サフィから。なんかあったみたい」

 電話をかける。…………繋がらない。

「作業終了のご案内です。ロルト様。お車までお越しください」

「行こう。サフィ電話出ないし」



(アリー。こっちに来て)

 

 映像では、シテ周辺はもう近づけそうにない。平和な日常は終わった。

「人がいっぱいだ。たぶんK.K.。もう戻れない」

「そんな……どうして」

「わからない。とりあえず……ここも早く出た方がいいかも」



 周りを見回す。気のせいではなく、みんながわたし達を見てる。どうして。

「ロルト様。ホイールナットのチェックをしますので」

 メカニックがトルクレンチでロルフの4輪のナットをひとつずつ確認する。カチン、カチンとレンチの音。ピットの中の人たちは特に変な様子はない。早く出たいけど、慌てると変に注意を引くかも。我慢して、メカニックの後をついてロルフの周りを一周した。

 

「こちらに確認のサインを。お支払いは店内カウンターでどうぞ」

 店内。人がたくさん。

「カード貸して。行ってくる」

「だめ。あなたはここで待ってて」 

 ジェイの返事を待たずに店内に向かう。待合室を通る。人がわたしを避けている。

「……スィビラ(SNS)で……」「……動画……」

 何が起きてる?

 

 支払いカウンターは混んでる。レジ待ちの列に並ぶ。全員じゃないけど、何人かがこっちを見てる。iPortaと交互に。

 スィビラ、とさっき聞こえた。SNSはやっていないけど、ネットで何かが起きてるのか。もう一度サフィに電話する。今度は即、繋がった。

『VVちゃん!ごめん、バッテリー切れて……あー、それよりも!たいへんだから!今どこ?!』

「……どうしたの?今、車屋さんに来てる……うん。ジェイと一緒」

『良かった!シテにはいないんだね?帰っちゃダメ!』

「うん、ジェイも言って……え?K.K.が?……動画?なにそれ?」

 

 シャッター音がした。そちらを見ると、iPortaを構えてた人が慌ててそっぽを向いた。

「なんか、写真撮られ……え?いや無理。今支払いで。レジ待ち」

『……そっか……わかった。ちょっと相談してかけ直す。だいじょぶ?』

「うん……よくわかんないけど。ありがとう……あ!わたし運転だから。メッセージ。後で絶対見て返信するから……うん。じゃあね」

 電話を切った。わたしを見てる人が増えてる気がする。怖い。

 

「お待たせしましたー。タイヤ交換のお客様ですね。お会計は――」

 金額を言われたけど頭に入らない。POSにiPortaをかざして会計を済ませる。

「お会計完了しましたー。こちら――」

 

「ありがとうございました」

 ひったくるように何かの書類を取ると、再びピットに向かう。フラッシュが焚かれた。キッと睨むと、ざわめきが起きる。

「……悪魔……」「……女の方……」「……悪魔」

 悪魔?なにそれ。やる気か?なめんな。

 ……いや、ジェイがいる。騒ぎになったら、またあの人は……翼。変身。心不全。だめ。

 

 無理に笑顔を作り、会釈しながら待合室、そしてピットへ。一瞬、ジェイの姿が見えなくて、パニックを起こしそうになる。ロルフの助手席にいた。iPortaを見てる……全く。

「サフィと話した。なんか、K.K.がひどい動画をあげて、それがバズってるみたい」

「うん。これ。今観てた」

 あーそうですか。ふん。

「ヴィも悪魔だって」

「……はあ?」

「エンデューラの時の。カッコいいね」

 ブチ切れたけど、アクセルを蹴っ飛ばすだけにしといた。


「あー、ゆっくり走って」

「は?なんで!」

「アリーが乗れない」

 言ったそばからアリーが突っ込んできた。ズボッとソフトトップの裂け目に飛び込む。

「おかえり、アリー」

 ニコニコしてる……相変わらずこいつは。

 ヴィは改めて、アクセルを蹴り飛ばした。


 とりあえず家とは反対方向にロルフを走らせる。

「動画ってなに?運転中だから説明して」

「……アンキュラに巣食う悪魔。男と女のいかがわしい誘惑。偽の神が、私たちの前にその汚らわしい肉体を現したのです」

「あー、それは音量あげてくれれば聞けるから――」

「肉欲に塗れた卑猥な悪魔たち。あなた方を淫雛な地獄に――」

「いいってば!やめて、もう!」

 横目で見ると、ジェイはにやけていた。……こいつ、わざとか。なんだその余裕。

 

「あ、電話だ……もしもし?」

「スピーカーにして」

『――ジェイさん?パヴルでーす』

「おー久しぶり。元気?」

「ちょっと!パヴルくん?なんなのこれ?」

『……あーヴェシレさん?ご無沙汰です。いや、ちょっと、K.K.が暴れてて』

「暴れた?大丈夫?」

『えーとりあえず、SNSがちょっとね。ヴェシレさんバズっちゃいました。悪魔だって』

「はあ?なんでわたしが?ジェイならわかるけど……あ、あれ?エンデューラのやつ?」

『えーと……まあそうなんですよね。ごめんなさい、僕が悪い。それで、ズィとも相談したんですけど、とりあえずズィのとこ行ってください。シテに帰るのはまずいんで」

「そんなこと……荷物とか、どうするの?わたし達……ええ?ちょっと待って。ズィって、シムシェキ少佐だよね?」

「そうでーす。国民代表府にいます。保護してくれます」

「待って無理。この人ジャージなんだけど!」



@神の蛇

 #悪魔見つけた

 バシャクシェヒルのオトプラティク

 [画像]

 #悪魔逃走#いにしえの琥珀#⭕️


@スネーク_コンスタ

 #悪魔見つけた

 車?どこ行った?

 #いにしえの琥珀#悪魔を逃すな#⭕️


@走るヘビ

 #悪魔見つけた

 たぶんVdPロルフだよね?あのコジャテペ行進の時の。赤いソフトトップのやつ。

 #悪魔を逃すな#いにしえの琥珀#⭕️


@オトプラティク_スタッフ

 #悪魔を見つけ

 タイヤ交換しました。車はルノーだよ。赤。


@中古車買取ます

 #あくまをみつけた

 コジャテペのロルフはうちにあるよ。買い取ったばかり。

 [画像][画像]

 [画像][画像]

 


【同日夕方 コンスタンティノープル、バシャクシェヒル〜ベシクタシュ地区】

 オトプラティクからインターはすぐだった。なんの妨害も注目も受けず、ヴィはスムーズに北マルマラ高速に乗った。パヴルくんがジェイのiPortaからナビしてくれる。

『高速乗った?オーケー、もう大丈夫。そのままカルファキョイ・ジャンクション右、アヴルパ高速、オトガル・ジャンクションでアンキュラ方面って書いてある出口を降りて、コンスタンティノープル環状線へ』

「待って待って。今カルファキョイ抜けた。次がアンキュラ方面ね?わかった」

 

 ヴィは安全運転だ。きっちり法定速度でロルフを走らせる。

『――さすがに高速まで追っかけては来ないと思う。カルトって言ってもパンピーだし……尾行車いないよね?』

「うん……今んとこいない」

「あれ?国民代表府って……アヤソフィアのそばじゃ?」

 ジェイがインウェニ・ハリタを見ている。

 

『あーそうなんだけどさ。ちょっとその前にに、お詫びの贈り物をしたくて』

「お詫び?なんの?」

『ん〜とさ。ズィに怒られたんだよね。僕のせいだって』

「なにが?エンデューラの動画?パヴルくんのおかげでK.K.おとなしくなったんじゃない。なんで怒られるの?」

『いや、そのことじゃなくて……バズっちゃったの、僕がキレて煽ったせいなんだよね。ごめんなさい』

「そうなの?よくわかんない。だから気にしないで」

 

『……まあ、とにかく、代表府行く前に寄って欲しいとこあるんだ。行けばわかるから』

「ふうん。まあいいけど。アンキュラ方面出口だ。降りるよ?」

『うん。そのまま、環状線。わかる?』

「大丈夫。環状線。……入った」

『よーし。次はちょっとややこしいから気をつけて。レヴェントの出口を出て、すぐ二又があるからそれを左。でランプをぐるっと回って、また別れ道あるから今度は右。アクメルケズ通りに入ったら、ゴール!だいじょぶそ?』

「うん、出口を降りたら左、その次は右。たぶんね!ありがとう!でもゴールって?」

『ジェイさん、ジャージなんでしょ?目立つ。それにたぶん、しばらく帰れないから……ごめん。だからさ。服とかいるでしょ?変装しなきゃ』

 

 しばらく帰れない、か。わたし達はこういう運命なのかな。仕方ないけど。でも……。

「……あのさ。3日くらいで帰れないかな?無理?」

『ごめん……わかんない。なんかあった?』

 17日は定期検診だ。なんとかしないと。

「うん、大丈夫。……あ、レヴェント。これ降りるのね?」

『そう!もうすぐだから!』



【同日同時刻 コンスタンティノープル、ゾルル・センテル地下VIP専用入り口】

 ゾルル・センテル。

 コンスタンティノープルの中心に位置する、巨大な商業施設。地上32階建の積み木のような高層ビルが4棟並び、これだけでひとつの街のようだ。

 その地下駐車場、VIP専用入り口。

 

 ジャズ・オズヴァルドは、そこでゲストの到着を待っていた。

 急な仕事。昨夜遅くまでかかってコピーした膨大な紙の書類を仕分けしてファイルする、地味な作業に疲れていた時、秘書課長から言いつけられて、慌てはしたが嬉しかった。まだ慣れない閉塞感あるオフィスから外出できる。

 

 ゾルルはオフィスよりよっぽどよく知っていた。子どもの頃、華々しくオープンした時から、頻繁に来て買い物しているからだ。ジャズの父は元老院議員で、ゾルルがオープンした時はコンスル(執政官)だったほどの大物政治家だ。革命では上手く風を読み、元老院に残っていた。ジャズが新卒でいきなり代表府の秘書課に配属されたのも父のコネだった。ジャズ自身はそのことをとても煩わしく思っていたが。


 パパのコネで入庁してきたお坊ちゃん。当たり前のようにレッテルを貼られ、ジャズの能力は真っ当な評価などされるはずもない。常人以上の努力をして結果を出さないと、何をしても全部パパのおかげで片付けられる。周囲からは口を開けば羨ましい、恵まれてると言われるが、ジャズに言わせれば真逆だ。

 何か、人とは違うことをしないと。


 ただ目立ちたいというわけではなかった。望まなくても目立ってしまうからだ。どうせならいい方に目立ちたい。常にそう思い、何かないかと目を光らせていた。

 昨夜、残業していたのもそのためだったし、フロアの違う捜査課でやはり残業していたディルシズの女性捜査官に、わざわざコーヒーを淹れたのもそのためだった。そういう気遣いが、秘書としては有能と思われるはずだ。それがどんなに些細なことでも。


 シムシェキ国民代表のスペシャルゲスト。その接待。願ってもないチャンスだ。

『お客様、今ゲート通過しました。よろしくお願いします』

 片耳のBağlatus(Bluetooth)イヤホンに、ゲートの守衛さんから連絡が入った。ネクタイを締め直し、上着のボタンを確認する。スーツはこのゾルルのVakkoで仕立ててもらったブリテンの高級ブランド。だがまだ着こなしているとは言い難く、袖口からカフスが見え過ぎていないかがすごく気になった。

 

 HIDライトの青白い光が入ってきた。姿勢を正す。素早く足元を一瞥し、爪先の角度をチェックする。

 紺色の薄汚れたVdPロルフ。これじゃない。後続車は…………来ない。

 カブリオレ。真っ赤なソフトトップ。破れている。というか車そのものが相当古い型だ。いや、さすがにこれじゃないだろう。入り口スロープを見るが、他の車は降りてこない。

 

 ロルフはジャズの前を通り過ぎたが、そこで急ブレーキを踏んで停まった。ウインドウが下がり、女性が頭を出して振り向き、ジャズに向かって大声で言った。

「すみませーん!VIPみたいなんですけど!」

「…………は?」

 VIP……みたい?助手席のドアが開き、長身の男が降りてきた。ジャージ。乱れた黒髪、不精髭……浮浪者?

 守衛に連絡する。

「……地下のゲストなんですが……手違いみたいです」

「え?いや、その車で間違いないですよ?ナンバーも確認しました」

 運転手の女性も降りて、ジャズの前まで来た。

「……すみません、わたし達です。シムシェキ、国民代表のゲスト……らしいです」

 

 呆然としているジャズにはお構いなしに、女性は男の腕に……しがみついた。ジャズの表情に気づき、にっこりと笑う。私達、結婚するの!と言われたような気がした。それから、ロルフの真っ赤なソフトトップに開いた破れ目から、黒い尖った物が飛び出した。

 ジャズは思わず背後に飛び退った。銃か?テロか?


 カラスだった。



@いにしえの輝き

 #悪魔見つけた

 もうみんな飽きちゃった?目撃情報も途絶えたししゃーないか

 #悪魔を逃すな#⭕️


@蛇_バシャク

 #悪魔を逃すな

 高速乗られたら無理ー

 #いにしえの琥珀#⭕️


@ウォッチメン_コンスタ

 K.K.の悪魔どうなった?結局ガセかよ。つまんね 


【同日夕方〜夜 コンスタンティノープル、ゾルル・センテル、ボスポラス・フロア】

 ヴィは姿見の前で、落ち着かなかった。

 パンツスーツ姿。いつも通り。でも全然違う。

 アルマーニのテーラード・パンツスーツ。一見黒だが、インナーのセリーヌのシルクの漆黒と重ねると、スーツは少し灰色がかったピンストライプ。とってもエレガント。身体を動かして見ると、びっくりするほど柔らかくて動きやすい。パンツもピッタリしてなくてゆとりがあり、アスラン道のどんな挙動にも影響なさそうだ。

 

「ヴァージンウールでございます。最高級のウールで、そのように動かれた時にこそ、最も美しくお客様を引き立てますわ……ちょっとよろしいですか?シャツは……ほら!こうして胸を開けると、まあよくお似合いですわ!」

「そ……そうですか……」

 恥ずかしい。こんなに胸元を……ボタンを2つも?

 

「こちらのブーツ!いかがですか?ブリテンのチャーチの、モンマス・レザー、チェルシーブーツ!こんなにスッキリしたデザインですのに、頑丈ですのよ?この色。お客様のお髪にピッタリ!」

「はあ。あの……これ、おいくらで?」

「あら!お気になさることはございませんわ!全部、エルギュン様がお支払いを」

「いや……いちお、お値段を……」

「そうですわね!えーっと、そんなにご心配なさるようなものでは……セリーヌのシルククレープクラシックが、5万7千リラ」

 5万……無理。シャツだよね?シャツだけで?!

「ブーツが、6万リラで、スーツは……18万リラ。ですわ!全部で……29万7千リラですわね」

 無理無理無理ー!



 一方ジェイは、サンローランのアドバイザーを困惑させていた。

「……あの……お客様。その……カラス、は……」

「え?アリーは服は着ませんけど?」

「い、いえ……そうですな、もちろん。ですが、その……」

「ああ。アリー。肩に止まったらだめだって。まだ買ってないから。そっちの椅子で休んでて」

 

 ジェイはサンローランのグラン・ド・プードルのジャケットを脱ぎ、深いVネックのセーター姿になる。肌に張り付いたような薄手のカシミア。黒だが光の当たり方で艶やかさが変わる。

「このセーターいいですね。3着くらいあります?」

「ございますが……お着替えでしたら、また違ったデザインのものも……」

「いや、これがいいですね。すぐ破けちゃうし」

 アドバイザーの男が固まった。

「さ……さようでございますか……お待ちください」

 アドバイザーがセーターを取りに行った間に、ジェイはジャケットを再び着た。そして、素早く脱ぐ。また着て、迅速に脱ぐ。何度も繰り返す。

 

 アドバイザーの男はすぐに戻っていたのだが、ジェイがジャケットをバサバサやってるのを見て個室に入るのを躊躇した。

 なにをしている。そのシングルブレストのジャケットは17万リラするんだが……カラスは肩に鉤爪を立てていたし、もう絶対に買ってもらわないと胃がもたない。

「……お……お客様!なんと素晴らしい!その脱ぎっぷり!」



 ヴィとジェイが、それぞれ新しい服を着てアルマーニとサンローランの店を出たのは同時だった。ヴィはおずおずと、ジェイは颯爽と。

 ジャズは2人の変わり様に驚きを隠せなかった。2人とも見るからにVIPに変身したのはもちろんだが、ヴェシレ・クルチュは気の強そうなひとだと思っていたのに、今は恥じらっているのかおどおどして胸元を気にしている。そしてジェイ・ロルトは……別人だった。超高級ブランドをラフに着こなし、乱れた黒髪や不精髭がむしろ意図的にさえ見える。

 ヴェシレ・クルチュは店を出たところで立ち止まり、頬を赤らめて、ジェイ・ロルトをちらちらと上目遣いで見ている。ジェイ・ロルトは――

「あ、そうだ。帽子売ってるお店ありますか?」

 帽子?そりゃあるけど……寝癖を隠すためだろうか?

「帽子なら……」


 サンローランのアドバイザーの男は、ほっとしていた。結局あの変な金持ちは、試着したものを全部買ってくれた。胃が少し痛いが、売り上げはすごい。結果オーライ――

 その時、店の前でまだ何かしていたあの男がくるりと振り返り、店内に戻ってきた。ま……まさか、上着の綻びにでも気づいたのか?いや綻びなどなかったはずだ。あるとしたらあの男が乱暴な扱いをしたせいか、あの不気味なカラスが――

「ハット。ありますか?」

 アドバイザーの男は呼吸を忘れた。またキリキリと胃が痛んだ。

 ハット?カラスを隠すためのか?うちは手品用品店じゃない。

「お客様!もちろんございますとも!どうぞ、こちらへ!」

 だが上客なのは間違いない。こうなったらハットだろうがステッキだろうが、なんでも売りつけてやる。



「ここからは公用車でお送りいたします。お買い物は全て積みました。国民代表がお待ちです」

 直結のVIP専用エレベーターが開くと、目の前にはロルフではなく、黒塗りのRoggのミニバンが停まっていた。ディルシズの運転手がスライドドアを開ける。乗り込むと、サードシートはショッパーで埋まっていた。大きめのキャリーケースも2つ。

 ジャズは助手席に乗る。

「お車はこの駐車場で大切に保管します。ご安心を」



「……帽子……似合うじゃない」

 ヴィはジェイの顔を直視出来なかった。恥ずかしい。ジェイがどうこうじゃなくて、自分の服装が。こんな……高い服。お父様が見たらなんて言うだろう?怒りはしないか。ちょっと見て欲しかったかも。でもやっぱり恥ずかしい。そう思いながら、ジェイの左腕にしがみつく。

 

「これなら目を隠せる。安心だ」

 ハットの鍔を下げた。さりげなく。

 ……ふうん。ちょっとカッコいいじゃない。

 シムシェキ代表対策なのはわかってる。あの人と視線が合うと、なぜか能力が暴走するらしい。ロクツィオ(精神波)が関係してるのは間違いない。

 

 人間とのロクツィオ(虹彩の交わり)については、ジェイにもまだわからないことが多い。ジェイがそれを忌避してるからだ。相手を壊したくないから。

 わたしがこうやって無意識にしがみついてしまうのも、そのせい。薬の副作用みたいなもの。効きすぎた。シムシェキ国民代表の場合は、それがジェイ自身に跳ね返ってくるということなのか。それはなぜ?


 バシャクシェヒルでの平穏な日々。たくさんのお話。天使――天で生まれたものたち。わたし達とは全く違う生きもの。生物と言っていいのかさえわからない。

 

 シムシェキ国民代表。

 彼は?なぜ彼の虹彩が特別なのか。彼は人間なのか?


 わたしがそう聞いたら、ジェイはありえないと答えた。もしそうなら、わかると。

 本当に?今まで一度も、それ――他の天使と地上で出会ったことがないのに? 

 

 ジェイがそれを警戒しているということには安心する。少しは……気にしてるんだ、ジェイも。自分の心臓のこと。でも。

「あ。薬は?飲む時間よ」

 

「お薬ですね?そちらのお水をどうぞ」

 ドリンクホルダーに新しいペットボトルのミネラルウォーターがセットされてる。わたしの分も。この秘書の人、気が利く。それとも、VIPなら当たり前なのかな。

 VIP。まさかわたしがそんな扱いをされることになるとは。インターネットで、映画やドラマでよく観たVIPたち。サングラス。


「これ。着けて」

 買ったばかりの、最新のiVitra(スマートグラス)を、ジェイに渡す。ミラーサングラスになるタイプ。

「目を隠したいからハット?甘すぎよ。やるなら徹底しましょ」

 

 

 ジェイはiVitraを手に取って、感心した。そういえばヴェシリアの時もこれが"狩り"の邪魔をした。なぜ思いつかなかったのか。他のことを考えていたからか。


 ジェイは考えていた。

 K.K.。赤いウロボロス。赤い蛇。


 炎の回廊。

 ミカエルの光の柱。

 ルシフェルの玄衣の翼手。

 黒い渦。暴風。堕天の穴。


 その穴の傍らの、赤く美しい螺旋。


 アヴィエル。

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