3 Eye Hate U
【2025年11月3日 コンスタンティノープル、チャムさくら国立病院】
「ドクター……セレン?」
「今はドクターというよりC.T.O.ですな。最近はメスを握ってない。まあドクターで構いませんよ。間違いじゃない」
「……いや、その……セレンというお名前。知り合いと同じなので」
ジェイは目の前の白衣の男の虹彩を観察した。明るい茶色。知的な模様。だが白濁した部分が増えつつある。インノケンティウスは青だったが、あの眼を思い出す。
年はインノケンティウスとそう変わらないように見える。毛量は多いが、白髪だ。
ジェイとヴィは今、退院後の定期検診でこの病院を再訪していた。心電図や心エコー、血液検査、これから死ぬまで飲み続けろと言われた薬の処方。このために月2回、通院しなければならない。
今日は退院からひと月半。3度目の定期検診だ。
そこに、このドクター・セレンが現れた。
「ヴェシリアですな?よく知ってますよ。昔……まだ子どもだった。親戚ではない。彼女の名は、私にあやかって変えたそうです。セレン、と……あの事故。あなたも乗り合わせた。悲しい偶然だ」
そして信じられないことだ。
ジャンベルク・セレンは思い起こしていた。ヴェシリア。12歳だった。オペは成功した。完璧なオペだった。
だがあんな思いをするのは二度と御免だ。あれが結局、私の最後のオペになった。
あの父親。信じられないのはあの父親だ。あんなことを平気でやれと命じる男が、神の代理人の玉座に。この国では神の望みだと言われたら誰も逆らえない。私も。
いや、今はもう違うのか。それもまだ信じられないことだった。
この国……いや、事実上、この世界から教皇庁が、カトリック教会が消えてなくなるとは。私が生きているうちにこんなことがおきるとは。しかも人々は変わらず、いやむしろ充実した暮らしを送っている。信仰などそんなものだ。失っても簡単に換えがきくらしい。心臓とは違って。
心臓。それも今は換えがあるのだ。私の開発したCor.O.A.が。
そしてこの男。
ジャーレ・ロルト。
僅か2年の間に何度も急性心不全を繰り返し、そのうち2度は心停止。それでも今、私の目の前で平然と元気そうに立っている。
最高の被検体。奇跡の身体だ。
いや、私は奇跡など信じない。何としてもこの男の身体を精査したい。私の研究、私のCor.O.A.をさらに進化させるために。
それにしてもこの付き添いの女……似ている。まさかあの子だろうか?だとして、そんな偶然がありえるのか。
「偶然……ですか?ほんとに?」
ヴィは訝しげに言った。
あのおばさんのかかりつけのお医者さん?だかなんだか知らないけど、その人が偶然ジェイの診察を?信じられない。なにかの罠?
「いや、偶然とは言えませんな。私が名乗り出たのです……ロルトさんを診察したい、と」
「なぜですか?」
「それは……非常に興味深い患者だからです、ご主人は」
ヴィの耳は紅潮しなかった。あれ以来毎日のようにご主人、とか、旦那さん、とか、奥さん、とか、ロルト夫人、とまでさんざん言われて慣れたのだ。いちいち訂正するのもめんどうになり、訂正しないので、この病院ではもう周知の事実になってしまった。
間違われて怒る気にもなれない。だって……わたしのせいだから。
わたしは今この瞬間、身なりのいい高名、らしいお医者様の前で、ジェイの検診の真っ最中に、彼の背中にべったりとしがみついている。
後ろからジェイの首や胸に腕をまわし、片脚を太腿に絡ませて。
誰かがこんなことをしているのをわたしがみたら、なんてふしだらな、と目を背けてしまうだろう。お父様がこんなことをしているわたしをみたら……考えたくもないけど、失望されても当然だ。でも……違うの。わかって欲しい、わざとじゃないって。こうしたくてやってるわけじゃないのに。
ジェイのお見舞いに来てくれたサフィには本当のことを話した。サフィならジェイのことも知ってるから、わかってくれると思ったのに。
『……それは……たいへんだね、VVちゃん。うん、そういうことでいいよ!』
なにそれ。目を輝かせてにやにやして。でいいよ、じゃない。そういうことなんだから、本当の本当に!
あの時。ヘリから投げ出されて、ジェイが赤黒い光でわたしと虹彩を絡ませて言った。
『しがみつけ』
ロクツィオ。
それ以来ずっとわたしは、気がついたらジェイにしがみついてる。無意識に。ところかまわず。
わかってる。わたしを助けるためだったってことは。おかげでわたしはこうして生きてる。だけど……あんまりじゃない?こんなの……ま、まあ?いつでもこの人の鼓動が確認できるし?そしたら安心だし?いいんだけど……いつまで続くの?もういや。
「……あの。奥さん?」
「あーほっといて大丈夫です。時々こうなるんで」
ああ?今なんて?誰のせいでこんな目に!後で殴ってやる。
「……。それで、ロルトさん。あなたには是非、Cor.O.A.を使っていただきたい」
機械の心臓。人間の科学技術の進歩には、いつも驚かされる。
「Cor.O.A.を移植すれば、あなたはもう心不全の心配など必要なくなる。私が保証します。それだけではない。あなたの身体で、Cor.O.A.はさらに進化する」
「進化。それはつまり、人間は死ななくなると?」
「……うむ、それは、"死"をどう定義するかという問題ですな。医学の範疇を超える。我が国の法律では、心停止、そして脳死、これが法的な"死"とみなされます。Cor.O.A.によって心拍が永遠に止まらないなら、心停止という定義は意味をなさなくなる」
「心臓が機械化できたなら、他の臓器もできそうですね」
「そうですな。人工肺ならある……脳は、無理でしょうな、おそらく。脳の機械化とは、コンピュータ化ということではない。それはもう人間ではなくロボットだ。ロボットならもうある。まあ……科学者としてはあまりこういう言葉は使いたくはないが……魂。霊。そういったものについては……まだ全く解明されてはいない。専門外。他の臓器も。心拍はあっても、それを活用するべき脳や他の臓器が死んでしまったら、それは生きているとは言えないでしょうな。ただの機械、血液ポンプが動いているだけだ」
ロボット。オートマタ。機械を依代に出来るだろうか?試したことはないがたぶん無理だろう。翼がなぜ出現するのか、そもそも翼はなんなのか、自分でもわからない。翼や筋肉の膨張や巨大化はどこからその質量を得ているのか。それが何であるにせよ、機械が対応できるとは思えない。
機械。機械の心臓。人間の命を長らえるためなら、その技術は有用かもしれない。その人間がそれを望むなら。
『私たちにとって、死は絶対』
ダークブラウンの瞳。
『そして永遠のものなのです』
赤黒い地獄の炎。
『……妹を。幸せに生きながらえるよう――』
ヴェシリアに手を引かれ、楽しそうに走っているヴィ。
『――見守ってやってくださいな。』
「……わかった。協力しますよ。ただし、手術は嫌です。怖いから」
協力はする。手術はしない。
そう言うと思った。
この人は、人間を救いたい。自分自身以外の人間を。
わたしも、その中の1人。何十億人のうちの1人。
まあいいや。とりあえず今、この人は生きてる。わたしを背負って。
ヴィはその背中に胸を押しつけた。
ジェイの体温を感じたくて。
「そうですか……まあいいでしょう、今のところは。もしまたあなたの心臓が止まりそうになったら、その時は……いや、医師の言うセリフではありませんな。ご協力感謝いたします。ただこれは、相互協力です」
「相互協力?」
「ええ。私はあなたの身体を調べる。その過程で、あなたの心臓の状態を改善する手段を見つける。あるいはその手がかりでも。何もないよりはましでしょう?」
"まし"。そうなのだ。医師とは、“まし"を求める職業だ。歩けなくなるよりは"まし"。寝たきりよりは"まし"。死ぬよりは"まし"。
24年前まで、私は同種心臓移植の世界的権威だった。後に教皇となる男の娘の命を預けられ、救うために誠心誠意尽力した。
ヴェシリアは重症の心筋症で、もう移植しか生きる術はなかったが、小児ドナーの発生確率は絶望的に低い。
ドナーベビー。その選択は"まし"なのか。その子が生きたいと望んだら?その次は母親が、自らの心臓を。それは誰にとって、"まし"なのだ?
そんなことを望んだあの父親は極端な例だとしても、同種、つまり人間の心臓を別の人間を生かすために使う技術など……もう限界だった。
私は"まし"を求めて異種心臓移植を研究したが、そこでも壁にぶち当たった。豚の心臓。遺伝子を改変しても、豚は豚だ。超急性拒絶反応。未知の人獣共通感染症。リスクが大き過ぎる。生に裏切られる。
機械は裏切らない。
たとえ身体の一部が機械になっても、死ぬよりは"まし"ではないか。ドノヴァンの脳。サイモン・ライト教授。たとえ脳だけになったとしても、私なら生きたい。
ジェイ・ロルト。
この男はそうは思わないのかも知れない。だが、彼の妻は?
間違いない。あの子だ。私が診た時はまだ5歳だった、ヴェシリアの妹。ドナーベビーとして生を受け、母によって命を救われたあの女の子。ミーナも同じ年で……。
「ひとつ……お聞きしてもいいかな?ヴェシリアとは、親しかったのですかな?」
「いや……ヴェシリアは敵でした。でも最後は、チームでした」
「チーム」
ドクター・セレンはそれきり口をつぐんでジェイを見つめた。ジェイも、ドクター・セレンの虹彩が語る言葉に気づいた。
知っているのか。
チームか。そうだったかも。
あのおばさんは、教皇の最期を見て、それから自分の命を投げ出した。
『まあ、猊下を。奇遇ですわね。私もですのよ?』
『ヴェシレ。あなたは注意力も動体視力も素晴らしいわ。』
『……あなたの力となるなら、構いませんわ』
あの手。わたしをヘリから落とした、でもそよ風みたいに優しく。
チーム、か。
ちょっとだけでも優しかったひとがあんな死に方したのは悲しい。
「ごめんなさい、ちょっとお手洗いへ」
ヴィがジェイから離れ、部屋を出て行った。
残された2人の男が、同時に口を開いた。
「彼女は――」
ドクター・セレンは言葉を切り、ジェイが続けた。
「――知らない」
「……ヴェシリアは?」
「教えなかった。最期まで」
ドクター・セレンは暫し、その言葉を噛み締めた。それから、ゆっくり頷いた。
「わかりました。私もそうしましょう」
「ありがとうございます」
そう言って、ジェイは右手を差し出した。
「——何のお話?」
ヴィはトイレから戻ると、すぐにジェイの左腕にしがみついた。
「いえ……お渡ししたい物がありましてな」
ドクター・セレンは、青いラベルのデオドラント・スプレーみたいなものをテーブルに置いた。
「これは、Sp.Ox.。高濃度酸素スプレー」
特製医療キットだ。
化粧ポーチみたいな小さな透明のポーチにスプレーを入れる。他にも、違う色のスプレー缶やエピペンみたいなやつ、小型の注射器みたいのも入ってる。
「このポーチを常時持ち歩いてくださいね。忘れずに。で、忘れようにも忘れられないように、さっき装着した2つ。あなたの命綱だ」
ヴィはジェイの横顔を見た。耳たぶを。ジェイは左耳にピアスをつけていた。丸くて黒い、なんの変哲もない極小のスタッドピアス。だがジェイがつけてるという違和感がすごくて、やたら目につく。
「そのピアスはあなたの健康状態の監視装置です。名称はA.C.O.。常時あなたのバイタルをモニターして、iPortaと連携。私のPCにもデータがくる。アラート機能もある。レベルはお好みで。あなたのiPortaのアプリで調整できるから。そして――」
ドクター・セレンはジェイの右肩を指差し、その指を左下にゆっくり動かした。
「De.Bi.I.。パッチ式分割超小型ワイヤレスAED。右鎖骨下と左胸下部の2枚が体内生体電気を利用し、A.C.O.と連動して、心室細動を検知すると自動的に発動するAEDです。ナノポリマーで肌に密着しているが、簡単に脱着できる。痒かったら剥がしてもいいですが、すぐまた貼ってください。基本、24時間365日。2週間ごとに交換します」
化粧ポーチを持ち歩き、左耳には黒いスタッドピアス。インターネットで見たことがある。昔のファッションカルチャーで……左はどっちの意味だっけ。
ヴェシレ・クルチュは笑みを浮かべて、ジェイ・ロルトの横顔を眺めている。ピアスが目新しいのか。
ドクター・セレンは、それまで穏やかに保っていた顔面に少し力を入れた。厳粛に見えるといいが。
「さて。ここまでする必要があるのか?とお思いですな?単刀直入に申し上げてよろしいかな?」
2人の目が、真剣さを取り戻す。
「ジェイ・ロルトさん。ヴェシレさんも、冷静にお聞きください。ロルトさんの心臓は……もう長くは持たない」
ジェイ・ロルトは全く表情を変えない。この男は覚悟が決まっているのか、それとも生きることへの執着がないのか。特殊な死生観を持っているのは確かだ。この黒い瞳は感情が読めない。何を考えているのか。
ヴェシレの方は……こちらも冷静だ。ヘリ事故の際、ジェイの蘇生を諦めなかったという話を救急医から聞いた。だが……。
「長くは……ない。それはつまり……あと何年くらい、ですか」
声が心なし震えている。かわいそうに……懸命に冷静さを失わない努力をしているのだ。しかし……気休めを言っても仕方がない。
「何年、ではない。一切の無理をせず安静にしていれば、一年は持つかも知れない。そう覚悟してください」
ヴェシレは表情を崩さない。哀れに思えるほど。
「ただし、それを乗り越える手段は――」
「機械の心臓ですね。手術はしませんよ」
まるで他人事のように。やはり生きたいという強い気持ちはないらしい。
ヴェシレのことを気遣う心もないのだろうか。あんなに……指先が震えているではないか。
死。それは不可逆なものだ。本人はそこで終わりだ。忘却。だが遺された者は違う。
ミーナ。僅か5年、私の娘だった。あれから、その10倍近い年月が過ぎた。今なお辛い。寂しい。悔しい、
「……手術は、あなたがしないというなら、もちろん強制はできない。だが私は医師だ。見殺しにするつもりはない。そのつもりでいてください」
強い瞳だった。白内障も進んでいて、視界が霞むこともあるだろう。だがこの老人の意志ははっきりしている。
「ありがとうございます。お気持ちはとても嬉しい。気が変わったらお願いしますよ」
ジェイは腰を上げた。ヴィは……立とうとしなかった。じっとドクター・セレンを見つめている。ジェイの腕は離さずに。
「ドクター・セレン。お気遣い、ありがとうございます」
もう声は震えていなかった。指先も。
「大丈夫です……わたしが、この人を死なせない。そう決めてるので」
そして、ヴィも立ち上がった。
【同日 アンキュラ、フランク領事館】
「ド・ガスパール副領事。カアン・ギュネルです。こちらはケイト・カプラン」
「執行官」
「本日は使節として参りました」
カアン・ギュネル執行官は両手を下ろしたまま、グレゴワール・ド・ガスパール副領事はデスクから立とうともしない。ケイトは執行官の後ろで、ただ立っていた。
こういう雰囲気を、ピリピリしてるっていうんだろうな。
フランク王国。二千年近くローマに抑止され続け、国王の破門やカナダ独立など幾多の屈辱を耐えてきたフランク王国にすれば、革命で宗教と経済の覇権を――教皇庁とスヴェイシュ運河を自ら手放したローマに積年の恨みを晴らす最大のチャンス。
同時に、フランク王国を初めとする周辺国がなにより恐れているのは、革命の伝播。無血革命、ズィヤ・シムシェキ国民代表のカリスマ性。教皇庁相手じゃなくても革命や政変の火種はどこの国にだってある。影響力は絶大だ。
そのプリンケプスの右腕と言われるエグゼクトルが、レガトゥスという名目で、ローマ共和国の守護が通じない領事館に。一歩間違えば、いやたったひと言の言い間違いで戦争になる可能性だってある。
「それで?ご用件は?」
副領事は紙の書類に視線を落としたまま。執行官を完全に見下して、相手にしていない感じだ。コミュニケーション障害の私でも、この態度がいかに無礼かはわかる。だけど、執行官は冷静だ。
「先週の事件について、ご助力いただきたく参じました。14歳の少年が――」
「ああ。あの事件。恐ろしいことですね、子どもが撃ち殺されるなんて。全く……私も10代の娘がいますから、他人事とは思えません」
他人事。
執行官はなぜ私を連れて来たんだろう。私が何か言って、戦争になったら困る。
「ええ、そうですね。申し訳ありません、私どもの国のことで、ご心労をおかけしてしまって。どうしても、副領事のご知見を賜りたいと思いまして」
「凶器の銃のことですね?我がフランクの兵器産業は優秀だ。世界中どこでも使われています」
副領事がいきなり銃の話を始めた。でもこれは、フランク人なら当然かも知れない。革命前までは、フランク人が唯一世界一と誇れるもの、それが軍事を中心とした重工業だったからだ。フランク人政治家のプライドなのか。
「おっしゃる通り、あの銃の機種は、世界中で使用されていますね。でもあの銃は?」
「執行官。我が国の人間が、この国で犯罪を犯したと?」
執行官は両手をあげて、驚いた顔つきをした。大袈裟に。
「まさかそんな。めっそうもない。そんなこと思いもしませんでした。ありえない。そうでしょう?私がお願いしたいのは、銃についての調査だけです。優秀なお国の銃を、一体どこの悪者が、こんな酷いことに使ったのか?それをお調べいただきたく思いまして」
執行官は嘘つきだ。もちろん、駆け引きなのはわかってる。嘘つきなのを責めてるわけじゃない。私には難しいから勉強になる。
現場に残されていた薬莢から、使用された銃は僅か3日で判明した。異例の早さだが、PGMウルティマ・ラティオというこの銃は、それほど希少な狙撃銃だった。生産されて現存するのは世界でも856丁。
旧・特別使徒保安庁のルートで、エーゲ・ユルマズ少年の頭を吹っ飛ばしたPGMウルティマ・ラティオがDGSEのものであり、その使用者がシルヴァン・ド・モローというDGSE工作員であることも、既にわかっている。
シルヴァン・ド・モローが、一時期この領事館の衛兵隊長だったということも。執行官が知りたいのは、そこにK.K.がどう関わっているのかだ。私もそれを知りたい。
私はプロヴァンス生まれのフランク人、だった。思うところがあって7年前にローマに留学し、ローマ国籍を取得して、今や国家公務員だ。私は、生まれや育ちよりも、私の能力を評価して成長させてくれる人に忠義を尽くしたい。
「なるほど。それでしたら、私ではあまりお役には立てませんね。そうだ。DGSEに聞いてみたらいかがかな?執行官、あなたは元GTでしたね?アンキュラ支局長。私などより、ずっと付き合いは深いのでは?」
「ご謙遜を、副領事。私がアンキュラ支局長を務めておりましたのは、ほんの短い期間で。就任直前に、こちらのお隣の旧教会でちょっとした騒ぎがありました。あなたも、赴任される数日前でした」
「ああ、そうでしたな!私としたことが、失念していた。あなたともその時、お会いしましたね!すっかり忘れていた。何しろ忙しくて」
「そうでしょうとも。お察しいたします。それに私も、あの時はこちらの警備体制の打ち合わせがありましたので。副領事とはあまりお話できず、大変失礼いたしました。あの衛兵隊長は……モロー、でしたね」
副領事が顔を上げた。モローという名詞が出た瞬間。どうする気だろう。知らないでは済まされない。
「モローか……あの男は、即日クビにしましたよ。娘に暴力を振るった。今でも許せない」
執行官の背中が微かに痙攣したように見えた。驚いたのだ。これは予想してなかったからだろう。そのことに、私も驚いた。
「そのまま逃走した。それ以来、姿は見てませんね」
副領事は吐き捨てるように言った。演技とは思えない。事実なのだ。私にはそう見える。
「……そうでしたか。その……モローが、DGSE工作員ということはご存知で?」
また驚いた。それは……執行官から言うのはどうなんだろう?動揺しているのか。
「もちろん、当然でしょう?どこの馬の骨ともわからんやつを、衛兵隊長にするわけがない。モローよりは馬の骨の方がましだったが」
馬の骨。比喩か。
「DGSEも落ちぶれたもんです。あんなやつをよこすとは」
これで副領事とDGSEを繋ぐ線は切られた。執行官も今日は馬の骨だ。
「――執行官?お話は、終わりですかな?」
いいのだろうか。何も得られていない。K.K.についても、何も聞いていない。
私は……やれることが、まだある。でも、大丈夫だろうか?私は?……間違えたら……失敗したら?私は――
「失礼いたします」
執務室の扉が開いた。
アンジェリック・ヴェスパーが、入り口に立ってお辞儀をする。訪問した時玄関で応対してくれて、改めて名乗りあっていた。
「お嬢様が、お客様にご挨拶なさりたいと」
「……マド?」
副領事が初めて立ち上がった。驚いている。なぜ?
アンジェリック・ヴェスパーが身体を横にずらした。背後から、カーマインの暗く、濃い赤いドレスが現れた。
マドレーヌ・ド・ガスパール。顔は知っているが、今日は隣のアンジェリック・ヴェスパーと同じ黒い縁取りの、とても印象的なアイメイクをしている。その鋭さに、つい目を奪われる。
エメラルドが嵌め込まれているかのような緑色の瞳。燃えているみたいに輝いて、オーラが見えた気がした。
横目で執行官を見た。やはり目を逸らせないでいる。そのオーラに捕らえられたかのように。
「マドレーヌですわ。いらっしゃいませ、お客様」
マドレーヌ・ド・ガスパールが会釈した。執行官はすぐに丁重なお辞儀をした。
「では。お仕事のお邪魔ですわね。ごきげんよう」
マドレーヌ・ド・ガスパールはスッと横を向くと、そのまま歩いて行ってしまった。執務室には入りもせずに。
「……マド……」
どすん、と音がして振り返ると、副領事が革張りの椅子に沈み込んでいた。顔色が良くない。
「……失礼。申し訳ないが、ちょっと……気分が優れなくて。今日は……お引き取りいただきたい」
アンジェリック・ヴェスパーが小走りに副領事の元へ。
「旦那様。お疲れなのです。少しお休みになられた方が」
「アンジェリック……すまんね」
「執行官殿。そういうことですので、本日は――」
「――承知しました。また……日を改めて、伺います。失礼いたします」
この日は、これで終わりだった。
【11月13日朝 バシャクシェヒル、パルク・マーベル・9シテ】
乙女座の街。
ジェイが通うチャムさくら病院のあるこの街は、新しい街だ。ローマが莫大な資金を投入し、当時最先端の都市計画のもと作り上げたニュータウン。
国有林や巨大な庭園に囲まれ、中心部には20階建て以上の高層シテが立ち並び、その周囲には大きな円形のガラス張りの商業ビルがいくつもあって、未来都市のような近代的な街。
コンスタンティノープルの西寄りにあり、アンキュラのように乾燥し過ぎず、坂も少ない。ジェイの心臓にも優しい街。
この新しい行政区、バシャクシェヒルという名は、バシャクが麦穂、シェヒルが街、という意味のテュルキエ語だけど、バシャクは乙女座のことでもある。
プロセルピナ。麦を手にした豊穣の女神ケレスの美しい娘。冥界の王プルートーに見初められ連れ去られて、悲しんだケレスは地上に現れなくなった。それが冬。プロセルピナは年の半分、母ケレスの元に帰り、ケレスは地上に恵みをもたらす。それが春。
今は11月。もうすぐ、冬。
ヴィは神話が好きだった。美しい話が多いから、小学生の頃は神話を読みたくて図書室にこもった。
あのアッカレの朝、ウェヌスの腰布を眺めた朝。ジェイに抱かれ、ジェイの熱を感じて、初めて飛翔したあの朝。
あんな気持ちには、もう2度となれないだろう。
ジェイが退院してからもう2ヶ月。いつまた再発してもすぐに対応できる病院隣接の、心臓病患者向けのインフラが充実した高層シテ。
ほぼ新築の最新スマートハウス。その地上階の一室でわたし達は暮らしている。家賃も治療費も高額だったが、全て新政府の負担。
教皇庁トップ2を死に至らしめたヘリ墜落事故。機長の卓越した操縦技術が自身とコ・パイロットを救ったことが美談になり、生還したわたし達は革命に貢献した影の英雄、らしい。
ひとつのベッドで毎朝くっついて目覚める。わたしがしがみついてしまうから。
目が覚めると最初に見るのは、ジェイの裸の胸。そこに、2つの小さな、白くて丸いパッチが、ナノポリマーでちゃんと密着してるのを確認して安心する。そして、1日が始まる。
チャイと焼きたてのトゥズスズパン。中庭のアリーにはペットフードと、たまにハム。ジェイは薬を飲む。
すぐ近くの広大な国立公園をアリーと3人でゆっくり散歩。芝生でジェイとアスラン道のストレッチ、アスランティブ。ガラス製のコロッセウムのようなデザインの多目的ビルで買い物したり、ランチを食べたり。ジェイは薬を飲む。
シテに帰って、わたしはアスラン道のタリーム、ジェイはiPorta。そしてしがみついてお昼寝。ディナーは軽く済ませて、ジェイは薬を飲む。
そのあとは……お話の時間。
この2ヶ月、いや、入院中もだから3ヶ月。ものすごくたくさんお話をした。ジェイは相変わらず口数は少ないけど、時間は有り余っていた。
天のこと。天使たちのこと。地獄のこと。ロクツィオのこと。アリーのこと。そしてこれまでの、何千回もの転生のこと。少しずつ、ひとつずつ、でもたくさんお話してくれた。
身体のこと。心のこと。好きなこと、嫌いなこと。夜、ベッドに入って、わたしが左腕にしがみついて、そして眠るまで。
性欲の話もした。そういう概念がない。天使は繁殖しない。欲もない。性行為もしない。
恋愛もしない。全部、お話してくれた。
いろんなお話。今のわたしの、神話。
機械の心臓。
ジェイはずっと、そのことを考えていた。
今回の使命は終わった。インノケンティウスはダニになり、ヴェシリアは地獄の女王になる……たぶん。今のおれには関係ないことだ。
何度も繰り返した転生、失敗ばかりの使命。今回はどうだったか。
満足はしていた。インノケンティウス、そしてカトリック教会を止めることはできた。結果論だけど。革命と、ヴェシリアのおかげで。
いつ以来か。そう、あれ以来。千年ぶりだ。
ディオ。結局、おれひとりでは何もできない。使命を果たした後、戦いの最中に殺された。今は……安らかだ。
ヴィとたくさん話をしたが、全てではない。ヴェシリアのことはもちろんだが、機械の心臓や手術についても、話さなかったし聞かれなかった。
長くてあと一年。ドクター・セレンはそう言った。この一年を今のまま安らかに過ごせたら、それは……過去最高の転生になるかもしれない。とてもいい気分だった。
――と、思うたびに、左腕にしがみついているヴィの寝顔を見る。こんなに安らかなのは、ヴィがここにいるからなのだろうか。もしかすると……いや、わからない。難しい。
手術をして機械の心臓を移植すれば、ジェイ・ロルトの身体は生きながらえる。難しい手術だから絶対ではないが、ドクター・セレンなら成功させるだろう。それがわかっているのに手術を拒否するのは――自殺なのだろうか?
天で生まれたおれ達は、転生すると自殺ができない。宗教などではなく、天の理がそれを許さない。今こうして機械の心臓のことを考えてるのもそのせいだろうか。わからない。
このままなら一年後。ヴィの寝顔は見れなくなる。その眼が開いた時見える、複雑な茶褐色の虹彩も。
わかっているのは、それだけだ。
『幸せに生きながらえるよう、
見守ってやってくださいな。』
約束。
ジェイはずっと考えていた。
機械の心臓のことを。
【同日夜 国民代表府、執行部オフィス】
《ローマ共和国 執行部ディルシズ捜査課 未解決殺人事件 中間捜査報告書》
E-70437493-410.02.02-2025/14531
事件番号:2025/9012 Soruşturma
犯罪名:意図的な殺人/ローマ刑法第81条
事件日時:29.10.2025 - 16:25 sıraları
事件場所:アンキュラ、ウルス地区、雑居ビル屋上
被害者:エーゲ・ユルマズ 14歳男性
ケイトはコーヒーを飲もうとして、カップが空なのに気づいた。デスクを離れ、給湯室へ行く。
今日はコーヒーを飲み過ぎている。夕方からずっと、コーヒーを飲みながら報告書を入力している。退勤時間はとうに過ぎていた。
「お疲れ様です。遅くまで大変ですね」
給湯室に、ジャズ・オズヴァルド秘書がいた。紺のスーツにワインレッドのネクタイ。私以外にまだ残ってる人がいたのか。
「コーヒーですか?よかったらどうぞ」
ジャズ・オズヴァルドはコーヒーメーカーからサーバーを取り出し、軽くゆすって撹拌しながら言った。すごくいい香り。
「ちょうどよかった。たった今、ドリップ終わったばかりで」
「はい……えっと……あなたが淹れたんですか?」
「ええ、まあ。カップをお借りしてもいいですか?」
ケイトが自分のカップを渡すと、ジャズ・オズヴァルドは流しの蛇口から熱湯を出し、指で温度を確認すると、ケイトのカップを熱湯で満たした。間を置いて熱湯を捨て、カップを振って水切りをする。
「カップは温めておくと酸味が活きるんですよ」
カップを流しに置いて、サーバーを高い位置から傾けて、細長くコーヒーを注ぎ落とす。香りが、給湯室いっぱいに広がる。
最後にサーバーをカップに近づけて、静かに注ぎ終えた。
「どうぞ。熱いから気をつけて」
「すごい。全然違う、いい香り」
カップを口元に寄せる。熱い。いつものとは香りだけじゃなく、温度も違う。
「……美味しそう。あなたはコーヒー屋さんですか?」
ジャズ・オズヴァルドの表情が変わった。笑い?えっと……はにかみ笑い、かな。
「学生時代バイトしてました。今はここの職員です。今月からですけど」
知っている。新入職員だ、秘書課の。秘書課長の引率で、数人で挨拶回りに来ていた。人事資料も見た。
リクルートスーツ。学生ぽさが抜けてなくて似合ってないけど、黒い髪、黒い瞳。綺麗な顔してる。淹れたてのコーヒーと同じ、新鮮で爽やか。
「ジャズ・オズヴァルド秘書。こんな時間まで、なにを?」
「えっ?あっ……いや、ぼく、まだ仕事に慣れてなくて。居残りです。その……コピーをたくさんしなくちゃならなくて」
「コピー。そうですか」
いまだに紙の書類じゃないと安心できないとかいう官僚たち。そういえば副領事も紙を見ていた。
コーヒーを少しだけ啜ってみる。念のため警戒していたが、その必要はなさそうだ。コーヒーはとても美味しい。
「美味しい。ありがとうございます」
ケイトはそれだけ言うと、給湯室を出た。コーヒーの揺れる水面を見つめながら。
ジャズ・オズヴァルドが何か言ったが、ケイトは既に報告書の続きの考察を始めていたので、返事をしなかった。
検証中の事実:被害者は事件当日の10月29日、12時40分頃に病室でケバブなど昼食を完食。散歩と称して外出後、タクシーで移動。ペットショップに立ち寄り、予約していた小型爬虫類(ブラーミニメクラヘビ、詳細はリンク先参照)を引き取り、13時42分に現場付近で降車。その後、16時15分に現場雑居ビル入り口付近の監視カメラで確認されたが、その間の行動は不明。監視カメラ映像後、遺体発見までの足取りも不明。
うまくまとめられない。報告書も思考も。中間報告書だからいいんだけど。
ヘビ。これはなんだろう?現場からはヘビは見つかっていないけど、鑑識が現場にあった鉢植えの土中に、同種のヘビの痕跡を見つけた。事件発生と同時刻に漏電が検知されており、その原因となったであろう配電盤内の剥き出しの銅線と、金属製クランプの表面にこびりついていた爬虫類の皮膚組織片から、このヘビが漏電の原因となったとみられる。事件との関連は不明。
近隣住民への聴取により、16時25分頃、2回の異音発生を確認。銃声と思われる。薬莢から追跡し判明した銃、PGMウルティマ・ラティオのサプレッサー使用時の発射音と比較、類似性極めて高く、これにより銃弾発射時刻確定。検死による死亡推定時刻、並びに目撃情報との一致により、事件発生時刻は16時25分頃と推定。
使用銃特定後、銃の使用者として特定されたシルヴァン・ド・モロー。DGSE工作員。過去の任務の成功率は非常に高く、能力的にはA級のプロ。現在指名手配中、国外脱出の形跡はないが、行方不明。
ここからは事実ではなく、私の推測。
エーゲ・ユルマズ少年は、ヘビを事件現場に運搬するだけのために、わざわざエデッサから850キロ旅をしてアンキュラに来た。どうやってかは不明だが、周りの大人たちの親切な協力を取り付けて。理由はわからないがヘビを鉢植えに忍ばせ、一旦退去。
その後モローが現場に。16時25分、モローは第一弾を発射。おそらく標的はパヴル・エルギュンだが、この時同時に偶然、配電盤内に潜り込んでいたヘビによって漏電が発生。それがモローの狙撃に何らかの影響を及ぼし、狙撃失敗。そしてまた偶然、エーゲ・ユルマズ少年がおそらくはヘビを回収するため――それ以外に理由が思いつかない――に再度屋上に来ており、そこでモローを目撃、射殺された。この時銃内に残っていた第一弾の薬莢が排出されたが、なぜかモローはそれを無視、さらに高級腕時計を、わざわざラバーストラップを引きちぎり(常人の腕力では不可能)、それを現場に放置。その一方でなぜか配電盤のヘビには気づき、なぜかその炭化死体を持ち帰った。
偶然と理由不明の行動が多過ぎて、とてもディルシズの報告書には書けない。報告はするけど。
「あのー……」
オフィスの入り口から声がした。ジャズ・オズヴァルド秘書が廊下からこちらを覗いている。
「僕、やっと片付いたんで帰りますけど……もしよかったら、コーヒー。おかわりいかがですか?ちょっとその……余っちゃって」
「余っちゃったんですか?なぜ?もうコーヒーに飽きた?」
秘書の表情がまた変わった。不思議そう?なぜ?
「……いや、その……ごめんなさい嘘です。わざと多めに淹れました。あなたがまだお仕事されてるんで、その……」
「私?私のためにわざと多めに淹れた。なぜ?カフェインは仕事を進めるためには有効ですが、飲み過ぎると――」
また表情が変わった。くるくる変わる。黒い瞳が揺れている。興味深い。
「あーいやいや!帰ります!コーヒー、ポットにあるんで!お先に失礼します!」
慌てて帰ってしまった。なぜ?
わからないことが多過ぎる。
中でも1番わからないのは、やはり……。
ヘビ。
【同日深夜 フランク領事館マドレーヌ私室】
「……ジェイエル……」
寝言だった。
アヴィエルは夢を見ていた。
琥珀色の空。
濡羽色の翼。
樫の木。
黒い瞳。
「今日もいい空だ!」
無邪気な声。
自由な飛翔。
舞い落ちる、一本の黒い羽根。
掴もうとするが、手をすり抜ける。
そして落ちる。
赤錆びた蛇腹の上に。
太くて醜い――
暗闇の中で、目が見開かれた。
エメラルドの瞳が燃えている。
ベッドランプを点ける。LEDではない、柔らかなフィラメントの灯り。
上掛けをめくり、脚を確認する。
白く、細く、美しい両脚。
私の脚。
ベッドから出て、その脚で歩いて、部屋の奥へ。灯りはつけずに。ベッドランプで十分。
隅にコンソールテーブルがあり、その上に、ケースが置いてある。60センチ四方の、ガラスの立方体。床には、小粒の茶色い砂。
(キジャーナ)
爪先で軽くガラスを叩く。砂の一部が少しだけ盛り上がった。そして1対の金色の眼が、黒く細いスリットのような瞳が、私を見る。
(キジャーナ……)
ガラスケースの天蓋をずらして、ケースの中に左手を入れる。
金色の眼が、砂ごと持ち上がった。
そう見えるほど、その体色は周囲の砂に溶け込み、区別がつかない。完璧な保護色。それを破り、細くて黒い、小さな、二又に分かれた舌が、チロチロと素早く出入りする。
ナムクアドワーフアダー。
世界最小の毒蛇。キジャーナはまだ子どもで、体長は12センチ。成長してもこの倍くらいにしか大きくならない。
(おいで、キジャーナ)
手のひらを差し出すと、キジャーナはするっと這い上がる。キジャーナは人間の手が、体温が大好きだ。ケースから腕を抜くより速く、その腕を登って肩へ、そしてノースリーブのナイトドレスの肩紐をくぐり、鎖骨から胸元へと降りていく。
(キジャーナ。くすぐったい)
ガラスに映ったマドレーヌの顔があどけなく笑う。18歳の少女の無邪気な笑顔。
ガラスケースの砂が、もう一箇所盛り上がった。
(インファナ!起きたのね?)
キジャーナより少しだけ小さな、キジャーナの弟。
インファナはキジャーナに比べるとややおとなしい。今も、砂から出ようとはしなかった。まだ眠いのね。
マドレーヌのボディもまだ眠い。あんな夢を見て夜中に目が醒めてしまったのは……グレゴワール・ド・ガスパール。あの男のせいだ。いらいらする。ぼけっと書類を読んでるふりして、体面ばかり気にしてへらへらして、ちっとも進まない。いつまでおとなしくしてろと?……朝になったらアンジェリック・ヴェスパーと相談しよう。
ナムクアドワーフアダー。
2匹とも、牙もまだ短く、毒の量も少ない。今はまだ、テラリウムの中が彼らの世界。もう少し育ててからじゃないと。
それまでは……人形たちで遊ぼう。
楽しそう。




