29 Die 4 U
【2026年7月22日12時08分 コンスタンティノープル、バシャクシェヒル、チャムさくら病院、ジェイの病室】
『アヴィエル!』
『邪魔しないで?ジェイエル。後で会いましょう?顔を見せるのが楽しみ』
マドレーヌの声でアヴィエルのロクツィオが囁いた。
看護師に怒られていたせいで、ジェイが再びアリーの映像を見た時には事態は激変していた。
サクラの造木から見下ろすアリー。
ヴィがいない。
パヴルが立ち止まって見ているのは、ズィに縋りつくマドレーヌ。ズィの手には銃。2人は——見つめあっている。
『アヴィエル、その銃でなにをする気だ。転生したら自殺はできない。天の理だ』
『なに?天の……コトワリ?なあに?それ』
『終わりだ。おまえの計画は潰えた』
『ふん。そんなことない。ベジエは——』
『アヴィエル。ベジエは無事だぞ。俺がお前の翼を引き裂いたからな』
サマエルが割り込んだ。
『兄さん?!……兄さんは、ベジエで地獄に——』
『俺はまだ地上にいる。もう終わりだ』
『嘘……嘘よ!……まだ……まだ終わるものか!』
【同時刻 アトリウム】
「——やめろっ!」
ズィは瞼を閉じようとしたが遅かった。瞬きよりも速く、エメラルドの炎がズィの虹彩を捉えた。
ズィヤ・シムシェキの虹彩。
瞳孔から広がる明るい茶色、黄色、金色。
琥珀。
琥珀の稲妻。
炎。私の炎が消える。かき消される。私のエメラルドが琥珀の稲妻に撃たれた。そして、砕ける。
マドレーヌの全身を慄きが駆け巡る。
内なる力。溢れ、膨らみ、ボディが、肉体が内側から——壊される。
真紅のドレスが、花が散るように、血が飛び散るように弾けた。金髪が振り乱れ、逆立ち、爆発するように広がった。背中が裂けて翅が突出した。
脚。
私の脚。
絡まり、捻れていく。
止められない。
嫌だ。それだけは嫌——
白かった太腿が、膝が、脛やふくらはぎが覆われて行く。ドレスでも血でもない、赤い鱗。
「嫌ぁあああああーーーッッ!!」
脚がひとつになり、膨張し、肥大し、蠕動した。アトリウムのベンチを薙ぎ払い、桜の造木を打ち倒す。人間たちが弾き飛ばされる。
上半身も合わせて巨大化していく。頭を抱え、掻きむしりながら、その身長は天窓に達し、そして容易く突き破った。
響音。崩壊。粉塵。
「ズィ!ズィーッ!」
パヴルは絶叫とも悲鳴ともつかない叫びを上げながら、ズィを探した。
降り注ぐガラス片、瓦礫。
マドレーヌが怪物に変身し、巨大な赤いものが床を薙ぎ払ってパヴルも跳ね飛ばされた。尻を強打したが立ち上がり、ズィを探す。
怪物だ。赤い……大蛇?上半身は女の裸。艶かしく、だが恐ろしく巨大な蛇女。桜の木も倒され、壁も崩れかけてる。頭が天窓を突き破り、蛇女が昇っていく。ガラスの破片が陽光に煌めく中、その姿は不思議と美しく見えた。昇天?帰る?逃げられる?!
……天窓……10メートル……大蛇はそれ以上……その倍以上の長さ。
ヴェシレさんは?運ばれた?無事か?ズィは?
粉塵越しに、ズィがよろよろと立ち上がった。
「ズィ!大丈夫?!」
「……ああ。お前は?」
「なんとか!ズィ、行かなきゃ!」
「どこへだ?ここの人たちを——」
「ジェイさん!ジェイさんのとこに行かなきゃ!あれを止めなきゃ!」
ズィはもう聞き返さなかった。
「行こう」
駆け出したズィとパヴルの背後で、赤い大蛇の尻尾が天窓に消えた。
それを追う、小さな黒い影。
無理だ。大怪獣蛇女。いくらなんでもデカすぎる。
本能がアリーに逃げろと叫んでいた。当然だった。あれの前では、私なんか羽虫だ。尻尾のひと振りで潰される。敵うはずがない。
だけど。
守るんだ。
ジェイとヴィを。仲間を。
大きさが違い過ぎる。鉤爪も嘴も刃が立たない。倒すことはできない。
でも、私は天才烏だ。ヘビなんかに負けてたまるか。ヘビにはない、私だけの力。
ジェイにもらった力。
翼と知恵。
あとは、勇気。
【12時11分 成人アジル赤ゾーン】
「アナフィラキシー重症、アドレナリン筋注」
リーダー医師が落ち着いた声で指示する。
「地震だろうが爆弾だろうがもう動かせない。ここで処置する。バッグ、静脈ライン16G、ラクテック高速流で」
「アドレナリン0.3筋注します。30秒」
「ルート確保、生食入ります」
数分前、爆発のような音と振動が響いた。アトリウムから300メートル離れたアジルに、直接の被害はなかった。音はその後も散発的に続いているが、だんだん遠ざかっていた。
サフィも落ち着いていた。慌ててもしゃーなし。必ず助ける。
「…………ジェイ…………ジェ……イ…………」
VVちゃん。だけど今は関係ない。誰だって助ける。必ず助ける。
「2分」
「BP62、HR140、SpO2、84%」
「気道浮腫進行してるな……挿管準備、アドレナリン同量2回目打て」
バイタル……血圧が上がらない。アドレナリンが効いてない?いやまだわからんし。一回で効く方が珍しいし。大丈夫、必ず助ける。
「アドレナリン入ります。3分」
【12時14分 チャムさくら病院上空】
(ジェイみえる?
だいかいじゅう
おおあばれだよ)
(アリー!近づくな!もっと高く!離れて!)
(わかってるけど
でもどうする?
だいかいじゅう)
(待ってて)
……待ってて?いやジェイは動けない。動いたら死ぬから。私がやらなきゃ。ジェイを守る。
……でも、どうやって?
メキメキ、バキバキと、鉄が潰れる音。
大怪獣蛇女は地上に這い出て、その赤い鎧のような蛇腹で駐車場の車を押し潰しながら、病院の敷地を出ようとしている。上半身、女の白い上半身をもたげ、血で染まった金色の蓬髪を振り乱して。
アリーは驚いた。きれいにみえたから。大怪獣なのに。
大怪獣蛇女が道路に出た。道路の車は、さすがに離れたところで止まっていた。潰される車はなかったけど、道路が潰れた。その行先には、大きなビルがたくさん。人間もたくさん。
【同時刻 チャムさくら病院東立体駐車場】
珠里=ジャンヌ・ロティは立体駐車場のスロープを登っていた。3階から4階へ。
やっぱり渋滞ひどかった。バシャクシェヒルまで1時間以上かかってもうた。病院敷地内の駐車場は満車やし、地下は空いてるみたいやけどこの車で地下はなぁ……一酸化炭素中毒になってまうわ。他の人に迷惑やし。
駐車場……向かいの立駐しか無いやん。あそこなら風通しええか。
珠里=ジャンヌはここまでウインドウ全開で走って来たが、自分の車の排気音がバリバリうるさくて、病院での爆発音は聞こえなかった。アヴィエルが地上に這い出た時には、病院前の道路を右折し向かいの立体駐車場に入っていたので見えなかった。立駐のスロープを登る間も、排気音以外なにも聞こえなかった。
ほんまやかましいわぁ……恥ずかしいし臭いし……4階も満車や。もういっこ上がらな。
珠里は爆音と排気ガスを撒き散らすファルト・エゲアに鞭打って、立体駐車場の最上階を目指した。
数百メートル離れた病院に怪物が現れたことなど、全く気づかずに。
【12時16分 成人アジル赤ゾーン】
「アプネア、挿管する。VL、サクション!」
VVちゃん呼吸できなくなった。バイタルは——
「BP40以下!HR45、徐脈!」
なんで?なんで?!このままじゃ——
ヴェシレ・クルチュはまもなく死ぬ。
アンジーは隣のベッドで確信した。
そのまま。もう少しだ。
さっきの音と振動はアヴィエル様に間違いない。アヴィエル様がお待ちだ。
そのまま……ヴェシレ・クルチュ、そのまま、その心臓を止めろ。あとは私が助けてやる。おまえのボディを。
「腫れがデカ過ぎる!挿管できない、アドレナリン静注!」
アドレナリン。アドレナリンが効いてない。なんで?!
インデラル。
……は?インデラル……β遮断薬?アドレナリンブロック!?
「先生!BBでは?!」
「……なに?なんだ、サナル?」
「アドレナリン効かない!ブロックされてるんじゃないですか?!」
「なにを……いやあるかもな。グルカゴン!グルカゴンを!」
「心停止。12時18分」
バイタルモニターの電子音が、虚しく、長く響いた。
——やった。
アヴィエル様、器の用意が整いました。
さっきの看護師、有能だ。想定より早く気づいた。私が小細工しなくても医師はグルカゴンを打つ。心臓はもう止まった。完璧なタイミング。
今です。
早くお越しを、アヴィエル様。
「サナル!胸部圧迫!」
もうやってる。
5センチ。正確に。毎秒2回。
「グルカゴン1ミリ、入ります」
助ける、必ず助ける、絶対助ける。
「PEA。CPA1分経過」
【12時19分 チャムさくら病院上空】
大怪獣蛇女は道路を渡った。大きな倉庫と車たくさんのビル。人間たちが走り回ってる。危ない。
どうしよう……どうしたら。
あの赤い蛇腹。車を潰した。鎧みたいに堅そうだ。突撃しても私が潰れるだけ。どうすれはいいんだ。どうすれば——
突然、暗くなった。太陽が遮られた。
地面に大きな影。
振り返って旋回——
(待たせてごめん、アリー。離れてて)
——ジェイ?
大きな、ジェイ。
ジェイエル。
巨大な翼。
陽光を遮って、漆黒の翼が空を覆っていた。
円月刀のような鉤爪。
濡羽色に輝く羽毛に覆われた両脚。
暗褐色の岩のような筋肉。
黒獅子の鬣の奥で赤黒く輝く眼光。
身長は7メートルを超える。
真の姿のジェイエル。
「アヴィエル!!」
雷鳴が響き渡る。
【同時刻 成人アジル赤ゾーン】
「……波形……」
看護師の声がかき消され、アジルの全ての物がビリビリと振動した。リーダー医師が周りを見回す。
「な……雷か?……」
「心電図は!圧迫続けますか!」
サフィだけが集中していた。
関係ない。天変地異でもなんでも来い。
私は助ける、絶対助ける。
「……洞調律!戻ってます!」
「サナル2分だ!圧迫中断!脈は?!」
頸動脈。VVちゃん……。
「……脈、触れます!ロスク!!」
「12時20分、ROSC!みんな集中しろ!グルカゴン持続ライン!生食全開!」
【同時刻 病院東立体駐車場】
「アヴィエル!!」
うわ、なんや今の?!雷?ちっか……埃すご。
珠里はウインドウを閉めた。全部。
排ガス臭いけどもう停めるからええやろ。あのトラックの隣り……一番奥やな。どうせなら屋上行けばよかったかなぁ。まあええわ。
ルームミラーを見ながら、バックして駐車……なんや今の?なんか外に赤いもんが……。
突然、衝撃音がして車が大きく揺れた。
は?ぶつけた?いやちゃう。地震——
次の瞬間、轟音とともに世界が傾き、壁が崩れて、隣のトラックがぶつかってきた。
反対側は崩れかけた壁。
エアバッグが爆ぜる。
【アヴィエル、ジェイエル】
ジェイエル。
昔……もう遥か昔、天の野原で見たあの姿。炎の回廊で私を助けたあの巨大な翼。
ジェイエル……おまえもか。
真の姿が暴走し、発現した時、アヴィエルはパニックを起こした。
ありえない、こんな……こんなことは、ありえない。
私の……マドレーヌの脚。
あの美しい脚が、赤錆びた太い蛇腹に。
醜い……醜い姿に。
わけもわからず、地上に這い出た。天窓を突き破った時、頭が激痛とともにまた出血し、もう血塗れだ。血が流れて目に入り、視界も赤い。
蛇腹が地上の物を押し潰す。蟲螻どもが逃げ惑う……私を恐れて。怪物となった私を。醜悪な怪物。
どうして。どうしてこうなった。私は崇められるために地上に来たのだ。恐れられるためでは……違う。蟲螻どもは……私を嫌って、嫌悪している。醜悪な私から逃げ惑う蟲螻ども。
もう帰りたかった。地上なんてもう嫌だ。逃げたかった。隠れたかった。天へ。天の野原へ。どうしたら。どうしたらいいかわからない。どこへ行けば——
「アヴィエル!!」
ジェイエル。
そうか。やはりおまえか。
おまえが……おまえのせいで。全ておまえのせいだ。
アヴィエルはやみくもに這い進むのをやめ、振り返って空を見上げた。空を隠す、黒い巨大な影を。
ジェイエルを。
『ジェイエル!あなたのせい!あなたのせいで、こんな!』
目の前の建物を掴み、蛇腹を蠕動させて、アヴィエルは跳ね上がった。
ジェイエルの起こす暴風の中、ジェイエルめがけて。
コンクリートの建物の、アヴィエルの手がかかった角が、砂の彫刻のようにボロボロと崩れた。
ジェイエルは空中で横にドリフトし、アヴィエルの横から急降下した。脚の鉤爪がぐわっと開き、大蛇の腰を鷲掴み、引き摺り上げる。蛇腹がコンクリートを削り、建物を押し倒すように空中に。鋭利な鉤爪が蛇腹を引き裂き、喰いこんで、噴き出した血が赤い鱗をさらに赤く染める。
ジェイエルは羽ばたきながらアヴィエルの背中に両手を伸ばし——翅をひとつに束ねると、一気に引きちぎった。
「あああぁッッ!」
悲鳴。鮮血が噴水のように飛び散る。
『アヴィエル。許さんぞ。お前のしたこと……人間たちにしたこと……マドレーヌを。マドレーヌを殺した!』
『……あら?マドレーヌは私のものよ!ボディを、器を壊しただけじゃない。何が悪いの!』
アヴィエルはジェイエルに掴まれたまま尻尾を持ち上げると、空中でジェイエルに巻きつき、締め始めた。脚を、腰を、腹を、そして胸を。
血。ジェイエルも血塗れだ。私の血ではない。
ジェイエル。苦しみに顔を歪め、全身から血が滲んでいる。皮膚が破れて血が噴き出している。私が締めているせいではない。ボディが変身に耐えられないのだ。
『まあ、ジェイエル。あなたも血だらけね。そのボディは不良品ですものね!』
ジェイエルの羽ばたきが止まる。
そして、落下。
2体の怪物は、絡み合ったまま地表に激突した。
【ズィヤ・シムシェキ、パヴル・エルギュン】
「——落ちる!」
パヴルが絶叫した。もう何度目か。
ズィとパヴルは、ジェイだった化け物が病室の窓、いや壁をぶち破って飛び出して行った後、外へ出てきて、巨大な化け物同士の空中での格闘を目の当たりにして、立ち尽くしていた。
化け物たちは空中で揉みあい、20メートルほどの高さから病院の向かいの立体駐車場横の草地に墜落した。凄まじい衝撃音と爆風、泥や芝生の欠片がズィヤたちを襲い、深いクレーターができた。それまで銃を構えていた警官や、iPortaを構えて写真や動画を撮っていた人々は、我先に病院の中へ避難して行く。
俺が。俺の瞳が、あれを……?
信じ難い。だが全部目の前で起こった。事実だ。
まずマドレーヌが蛇の化け物になり、そしてジェイがコジャテペの時と同じ、鳥の化け物に変身した。いや同じじゃない。でかい。恐ろしくでかい。コジャテペの時の倍以上だ。
パヴルからミッションを聞いた時は半信半疑だった。できないと思った。できないどころかこれは……。
俺と、目を合わせただけで。
俺が特殊なんじゃない。奴らが異常なのだ。それはわかってる。
だが。
化け物。巨大な怪獣。それも、2体。
どうする。
軍を出動させるか?エクレール。機銃。ミサイル。戦車か?
そんなものが、通用するのか?
バシャクシェヒル。街のど真ん中で。大病院の前で。国民の安全は?確保でき——
「ズィ!ジェイさんが締め殺される!」
パヴルがまた叫んだ。
蛇の化け物は地上に激突しても弱ることなく、その膨張した蛇腹でギリギリと締め上げている。鳥の化け物……いや、ジェイを。
吠えるような絶叫。空気が震える。
あの顔。巨大で、眼も恐ろしい赤い光を放っているが、苦痛に歪み、額から血を流しているあの顔は、ジェイだ。
大蛇はあの墜落の衝撃でも、さしたるダメージを受けた様子はない。軍では……我々では、何もできないだろう。
ジェイ……彼だけか。彼に頼るしかない。そのために俺はジェイと目を合わせた。そして、ジェイを助けることができるのは——
ジェイがまた吠えた。悲鳴か。それとも、愛するものの名を。
「ヴェシレだ!パヴル、アジルへ行くぞ!」
【珠里=ジャンヌ・ロティ】
再び、激しい衝撃と轟音。車が跳ねる。
なんや……やっぱり地震か…………。
……怪我は……なさそう。手も足もどこも痛ない……でもこれ……動けへん。
エアバッグ。おかげで頭も打ってないけど……なんでやろ……頭痛い……くらくらする。
エンジン……かかったままや。止めなあかん……臭い。排ガス……ヤバい。一酸化炭素!キー……力が入らん……うちの手……動け!……やった。エンジン止まった。でもまだ……窓開けな…………しもた、先に開けなあかんのに!もう開かへん……どうしよ死んでまう!嫌や死にたない!……誰か助けて!
「…………!……!!」
声も出ない。なんでや……クラクション……鳴る……鳴るけど……。
まだ死にたない、嫌や!……そんなん嫌や……仕事かて……ミーナ届けなあかんのに……。
そや。ミーナ……胸ポケット……頭痛い……手が動かん……あかん。動け。死にたない。まだ死にたない……パパ……ママ……助けて。助けて……。
ミーナ。ハカセがゆうてはった……最後。最後のお守り……。助けて……死にたない……助けて……ミーナ。
珠里は死にものぐるいだった。だが、最初の衝撃から2分以上経過し、その間に車内には排気ガスが充満していた。一酸化炭素を多量に吸入した珠里の身体の動作は緩慢だった。それでも必死に、震える指先で、珠里はミーナを取り出した。涙がこぼれる。霞む目に、メーターパネルのデジタル時計のオレンジの灯りがぼうっと見えた。12:23。
助けて……ハカセ……キツいことばっかりゆうて……許してや……死にたない…………パパ……困らせてばっかりで……ごめんなさい……帰ったら…………ママ……着物……めんどくさがらんと着るさかい……一緒に…………ママ…………助けて…………マ
【アンジェリック・ヴェスパー】
「12時20分、ロスク!——」
ロスク。自己心拍再開。お嬢様の時も聞いた言葉だ。
ボディは蘇生した。成功した。
私は聖務を果たした。
あとは、アヴィエル様。
アヴィエル様はいらしたのか……今はまだわからない。お嬢様の時は夜までわからなかった。ボディが回復するまで。
「BP95の60、HR105、SpO2、95%」
「よし挿管!VL、チューブ7.0…………入った!サナル、聴診」
「…………挿管完了です!」
「えーっと、ヴェスパーさん?CT行きます」
若い男性看護師がアンジーに声をかけた。
ヴェシレ・クルチュ……ボディは……もう大丈夫か。お嬢様も大丈夫だった。ここにはもう、居られない。
アンジーが横たわるベッドが、看護師に押されてアジルを出る。ドアが閉まる直前、ヴェシレ・クルチュに人工呼吸器のマスクがつけられるのが見えた。
大丈夫だ。お嬢様はあのマスクを……挿管チューブをご自身で引き抜かれた……あれからもう、一年近く。信じられない。なにもかも。夢を見ているのかもしれない。長い……醒めない夢。
お嬢様はもういない。そう……あの日からもう、お嬢様はいないのだ。あのボディは……私が慈しんだボディは……。
外からまた大きな音がして、床やベッドがビリビリと振動した。
なんだ。お嬢様……いや、アヴィエル様のはずはない。アヴィエル様はもうヴェシレ・クルチュのボディに——
ではあの音はなんだ。この振動は。
なにが起きているのだ。
前にもスタッフが付き、アンジーのベッドは2人がかりで廊下を進んだ。人が慌ただしく行き来している。
いきなり、アンジーはベッドから飛び降りた。
「……え?」
「ご苦労様」
看護師をベッドで壁に押し付け、廊下を走り出す。
雷がまた鳴った。いや、雷鳴か?叫び声のような響き。
何が……何が起きている?まさか……いや、そんなことはありえない。アヴィエル様は……。
正面玄関。自動ドアが開けっ放しになり、人々が駆け込んで来る。ズィヤ・シムシェキ。パヴル・エルギュンの坊主頭。エルギュンはこちらを見たが、そのままアジルの方へ走って行く。
人の流れに逆らって外に出た。
信じられない光景が目に飛び込んできた。
巨人。5メートル以上ある。その体より大きな……翼。そして、その翼や巨人の体に巻きつく、赤い大蛇。病院の向かいに窪地が……その中で繰り広げられている、悪夢のような光景。
夢だ。全ては夢だった。
ヴェシレ・クルチュ。パヴル・エルギュン。ジェイ・ロルト。いにしえの琥珀。モンセギュール、トゥールーズ、アンキュラ。全て夢。
ニース。お嬢様。パーティー。領事館。
ジェイ・ロルト。悪魔。翼。偽の神。
翼。あの翼は……悪魔。ジェイ・ロルト。偽の神。
夢ではないのか?
悪魔が大蛇に、骨をも砕かれんばかりに締めあげられている。
咆哮。叫び。
大蛇がのけぞり、悪魔は膝を着くと立ち上がって大蛇を振り回す。大蛇の——
そんな。あれは……あの顔は——
アンジーはその顔を見た。金髪を振り乱し、左目は潰れ、残った右目で、鬼の形相で悪魔を睨みつけ、噛みつきそうな勢いで悪魔にのしかかるその顔——緑の瞳。エメラルドの炎。
悪魔の翼と、それに絡まった大蛇の尻尾が激しく振られ、傍らのビルに激突した。破片が、コンクリートの塊が爆散した。
そのひとつがアンジーを直撃した。
驚愕と悔恨に歪んだ顔がコンクリートの塊に潰され弾けて、アンジェリック・ヴェスパーは絶命した。
【ドクター・セレン】
「——そうだ!患者はそこにいるんだ!なんとか——」
『いやいやドクター!待ってください、ありえません!拐われたってことですか?そんな——』
「なんとか頼む!私の患者なんだ!」
ドクター・ジャンベルク・セレンはインターフォンでセキュリティ・センターと話していた。目の前の、病院周辺を拡大したGPSデータマップを凝視しながら。
GPSはA.C.O.(スマートピアス)が発信していた。心拍数や血圧は測定上限値を超えてエラーとなり、GPS信号だけをまともに送信していた。最新医療機器が、今やただのGPSタグでしかない。今日初めて実際に起動したDe.Bi.I.(パッチAED)は、起動直後にパッドオフされ、使用者の居なくなった|L.O.T.U.S.《統括制御用生命維持ベッド》88の上に放置されていると報告が入った。
私のアイディアと技術の結晶だった最新医療機器たちも、この超常現象の前にはガラクタか。
超常現象。そんな言葉では表現しきれない異常事態だ。
オペを1時間40分後に控えた重症心疾患患者が、翼長数メートルの翼を広げて、病室の壁をぶち破って飛び出して行った。医師にとってこれ以上の悪夢があるか。
そうだ。もう何年も自覚がなかったが、私は医師だ。ジェイ・ロルトの主治医なのだ。悪夢にうなされている場合ではない。
バイタルデータは最早人間のそれではない。監視カメラ映像を映し出しているはずのサブモニターには、ジャポンのよく出来た怪獣映画のような映像が映っている。
あの鳥の怪獣が、ジェイ・ロルト。怪獣というより悪魔か。彼の奇跡の肉体の秘密がこれか。
怪獣だろうが悪魔だろうが、ジェイ・ロルトは私の患者だ。常識的にはああやって格闘、いや動いているのが不思議なくらいだ。心臓はとっくに限界を超えている。心停止どころか破裂していてもおかしくはない。
ほっとけば、あの大蛇に絞め殺されるより前に急性心不全で死ぬ。
死なせはしない。私が救ってみせる。私のCor.O.A.で。
この病院は最新の免震構造で建造され、大地震の最中でもオペ可能と言われる堅牢な病院だ。中でもこの手術室フロアは、特に頑健な防護壁に囲まれている。
Cor.O.A.にも他の精密機器にも何の異常もない。
オペは決行する。中止の理由などない。
知的好奇心や創造欲、増長した技術欲などではない。今日移植を成功させなければ、ジェイ・ロルトは死ぬ。
何が起きようと……なんとしても、成功させるのだ。
壁の時計は12:25:48。執刀医たちとの最終カンファレンスの予定は12時30分からだ。
予定通り進める。あの巨体のままなら不可能だが、元の大きさに戻る可能性はある。その時心機能が停止しても、Mea.N.A.がある。15分以内にECMOに繋ぎ、Cor.O.A.を移植することは可能だ。ゼロでなければその可能性に賭ける、それが私達、医師だ。
ジャンヌ……このオペには立ち会わせたい。彼女の将来に、必ず役立つ経験になるだろう。
いや……それ以上に、彼女の頭脳、時折見せる閃きが必要だ。
経験や知識を超えた何か。どんなものでも、この異常事態には必要だ。
奇跡が。
【ジェイエル、アヴィエル】
わからなかった。
なぜ、まだ生きているのか。
病室でロータスに身体を預けたまま、ズィの瞳を見た。体内から爆発的な力が溢れ、同時に、背中から刺し貫かれたかの激痛が心臓を襲った。
賭けだった。ジェイエルの真の力が暴走し、その瞬間に終わるかも知れなかった。そうなったら即座に転生し直すつもりだった。別の依代に。
だが、まだ生きている。
翼を広げて飛び出してからも激痛は続いた。忘れることにした。この胸の痛みはおれの痛みじゃない。この心臓はおれのじゃない。そう、自分自身にロクツィオを——かけられればよかったのだが。
アヴィエルの極太な蛇身が翼ごとおれを締めつける。翼の破壊力を全開に出来ればこの束縛をぶち破れたはずだが、そんな力はもう残っていなかった。それでも、翼はおれの依代を守っている。その強靭さはアヴィエルの剛力にもびくともしない。20メートルほど墜落し、2人合わせて10トンを超える体重で大地に激突した衝撃にも、この翼は耐えた。
だが……その時出来たクレーターの底で、アヴィエルに締めつけられたまま、何もできない。アヴィエルの鱗もまた強靭で、おれの鉤爪なら喰い込むが、この体勢ではそれも無理。アヴィエルも武器は蛇胴のみ、膠着状態だ。
『もう諦めたら?ジェイエル!心臓に悪いわよ?』
アヴィエルには毒牙はない。だが毒舌はあるようだ。
この……悪魔め……往生際が悪い悪魔め。天から堕ちた分際で、私に勝てると思っているのか。
翼。かつてあれほど美しく、憧れた濡羽色。それがこいつの全てだ。確かに頑丈だが、私の全力の締めに耐えるほど頑丈だが……それを支える肉体は弱い。弱り切っているはずだ。
アヴィエルの、マドレーヌの、白いが血に塗れた指先が、ジェイエルの首筋から背中へ、愛撫するように這った。岩のような筋肉。大木の根のような翼の生え際……その僅かな隙間に、マドレーヌの細い手が蛇のように滑り込んだ。外側は鋼より硬い。だが内側は?
柔らかく、滑らかな羽毛の手触り。硬い、枝のような羽柄。その根元を握り締め……引き抜く。
悲鳴。ジェイエルが悲鳴をあげた。見つけた。天空の戦士の弱点。
『まあ!あなたでもそんな声を出すのね?もっと聞かせて!』
熱湯のような血潮。ぬるぬると血で滑るが、それでももう一本……引き抜く。
ジェイエルが絶叫する。
『あら、痛い?お可哀想だこと!何本まで我慢できて?』
マドレーヌのもう一方の手が、アヴィエルの邪心を乗せて、反対側の翼の付け根に潜り込む。
『片方だけじゃかっこわるいものね。整えて差し上げますわ!』
アヴィエルの左目が、濃緑の炎で燃え上がる。その片隅に——
小さな、黒い点。
羽虫、大きな羽虫が飛び込んできた。
悲鳴、金切り声。
ジェイエルではなく、アヴィエルが絶叫した。
【アリー、ジェイエル】
ジェイ……悲鳴をあげて。ジェイが。あんなに苦しみ、痛がって。
ジェイは私が守る!
大怪獣蛇女。危険な尻尾はジェイに巻きつき、両手もジェイの背中に。
今だ。
アリーは全力で羽ばたき、機首を下げると、上空からノーズ・ダイブした。目標は緑の炎。"ぶろんどおんな"の瞳だ。大怪獣じゃない人間の瞳。でかくなってるから狙いやすい。ロックオン。
でも、もし目まで硬くなってたら?
私は天才烏だ。こういう時のための秘密兵器がある。
アリーは最高速度で目標に接近し、激突寸前でプルアップした。これも得意だけど——
ファイア!
白爆弾投下、B&Z。目標ど真ん中に着弾。
大怪獣蛇女が悲鳴をあげた。ジェイより大きな、かん高い悲鳴。
ざまあみろ!
昨日からジェイの病室の窓につきっきりだったから、ごはんも食べてなかったけど白爆弾も溜まってた。硬く圧縮されて。
こういうこともあろうかと……思ってたわけじゃないけど。
すっきりした。
(ジェイ!
いまだ!
にげて!)
蛇身の締めつけが緩んだ。力を振り絞って翼を広げ、束縛から逃れると、離れようとする蛇腹を捕まえる。膝をついて立ち上がり、アヴィエルを振り回す。
(アリー!また無茶なことして……)
(なにいってるの
あんなひめいを
あげてたくせに)
イメージが添付されてきた。
アリーのドヤ顔。
思わず笑みが漏れ、少しの間痛みを忘れた。
アヴィエルはもちろん笑っていない。
『この……クソガラスども!』
振り回されながら蛇の腹筋で上半身を起こし、アリーに潰された左目から涙を流しながらのしかかってきた。翼を水平に鋭く振り、また巻きつこうとする尻尾を薙ぎ払う。風切羽がそばの立体駐車場を掠め、コンクリートが砕け散る。
羽根を抜かれた痛みが引くと、心臓の激痛が戻ってきた。構わず羽ばたき、鉤爪で大地を蹴る。
だが、羽ばたきが弱すぎた。力が入らない。舞い上がれず、ジャンプしただけだ。その右脚もアヴィエルに巻きつかれる。
(ジェイ!)
(アリー来るな!逃げろ!)
(ジェイのろま!
わたしがやる!
もういっぱつ!)
アリーは一旦、ジェイの背後から高度を取っていた。落差は十分。
目標は残った右目だ。白爆弾はもうないけど。
ジェイの広げた翼に、目標が隠れた。そのまま急降下。翼を閉じ、流線形になって濡羽色の暗幕に突っ込む。
隙間。
抜かれたばかりの羽根の隙間。
突き抜けて飛び出す。
ルーズ・デュースだ。
目の前に緑の光り。
フレアして鉤爪を蹴り出す。
ぐしゃりと、確かな感触。
アヴィエルが仰け反り、長い悲鳴をあげて、その右手が顔に飛んだ。
(アリーッ!)
ジェイエルは巻きつかれて剛力に抵抗していた右脚の力を抜き、逆に蹴り出した。尻尾を巻きつけたまま鉤爪を全開、アヴィエルの腹、蛇腹との境目あたりにぶち込む。振り上がったアヴィエルの右手がアリーを掠めた。アリーが吹き飛ぶ。
小さな、とても小さな、銀と黒の羽毛が飛び散った。
【サフィーエ・サナル、パヴル・エルギュン、ズィヤ・シムシェキ】
「BP110の70、HR95、SpO2、99%」
「バイタル落ち着いたな。サナル、よく気づいた」
ウインクバチコンテヘペロからの〜サムズア〜ップ!キメたら先生フリーズした。超ウケる。
「サナルー。受付で呼んでる」
内線の受話器を持ったスタッフにもサムズアップしたら指ハート返してくれた。ここにもちょっと慣れてきたかも。受付ね?りょ。
「あーサナル。昼飯まだだろ?いいぞ」
先生、超まごってぎこちいサムズアップ。おっさんかわちいサンキュ。
「おーパブちゃん!ズィさんも!どしたん?ケガした?」
パヴルとズィは成人アジルの受付に来ていた。サフィを呼んでもらうために。
1分で来た。ヒマだったのかな。いいことだけど。
「サフィ。ヴェシレさんは?大丈夫?」
「VVちゃん。生きてるよ?ちょっと心停止したけど」
「よかった、心——ええっ!」
「あー今はロスク……自己心拍再開した」
「……大丈夫なんだな?」
ズィが心配そうに聞いた。サフィは全然普通の顔してる。大丈夫ってことだよね?
「んー。今んとこは……まだなんとも言えない。あと30分くらいは、また止まるかも」
「マ……マジ?」
「あーでもまたすぐ蘇生はできるから。そのためのうちらだし?」
ズィは少し考えて、言った。
「30分は持ちそうにない。サフィ、頼みがある……ジェイに伝えるんだ、ヴェシレは大丈夫だと」
【アリー、ジェイエル、アヴィエル】
ニシコクマルガラスの軽くて小さな体にとって人間の手は、か細い少女の手であっても致命的凶器だった。それが数倍に巨大化した手なら、掠るだけでも即死。
アリーは数ミリの僅差でその手を避けた。
アリーが避けたというより、アヴィエルが届かなかった。ジェイエルがアヴィエルを蹴倒したおかげだった。風圧は凄まじく、アリーは木の葉のように吹き飛ばされた。
乱気流によるアップセット、スピン、きりもみ。世界がめちゃくちゃに回転する。ひとつだけ確かなのは、このままだと地面に激突するということだ。
必死で翼をコントロールする。風。目が回る。死にたくなかったら空気を掴め。スピン・リカバリー。
地表ギリギリで立て直し、アリーは舞い上がった。
おれの全体重を右脚に乗せ、赤い極太の蛇胴を地面に踏みつける。長大な鉤爪が蛇腹と白い下腹部を切り裂き、鮮血が噴き出す。
(アリー!大丈夫か?)
(あたりまえ
わたしは、
てんさいよ)
グッドサインのイメージ。
(アリー。ありがとう)
精神リンクを切り、集中する。
腹を串刺しにしたまま、ジェイエルはアヴィエルに覆い被さった。
『終わりだ。死ね!』
『……ふっ……うふふ……ジェイエル……いいわ。殺して……あなたの鉤爪で……嬉しい……』
両目が潰れ、胴体がちぎれそうになってもなお、アヴィエルは微笑んでいた。
『感じる……私のおなかに、あなたの……もの……あなたの、脈動……感じて、私は……この檻から抜け出すの……天に……』
『そんなことさせるか』
翼がアヴィエルを覆う。濡羽色の闇。
アヴィエルにはもう何も見えなかった。左目はまだ微かに見えていたが、翼に光を奪われた。
構わん。この眼もこのボディも、もう用済みだ……いや、まだやり残したことがあるか。
『……ジェイエル……あなたに、最後の贈り物をあげる』
僅かな力を振り絞り、両手を持ち上げる。その手を、ジェイエルの頬に。
『受け取って……これが私の…………愛』
手探りでジェイエルの顔を確かめる。ジェイエルの熱、命の拍動。脈打ってる。そして、濡れている。血か、涙か。
両眼に、親指を突き刺した。
翼の闇の中に響くジェイエルの咆哮。
これ。これこそが……。
エクスタシー。
ジェイエルの鼓動が跳ね上がり、すぐに弱まっていく。
『これでお揃いね。うふふ……さあ、ジェイエル。一緒にいきましょう!』
眼を潰された。構わない。どうせもう闇しか見えない。
痛みが消えた。眼も背中も、心臓も。
静寂。何も聴こえない。
頭の中で、アヴィエルの嬌声だけが響く。だがそれも遠のいていく。
まだ。
これが最後だ。
ジェイ・ロルト。
感謝する。
『ああ、アヴィエル……一緒に行こう——』
両手で、アヴィエルの頭を掴む。
マドレーヌだった頭。青と緑、地中海の水平線のように美しい虹彩。ニースの海岸。おれの記憶の中の、本当のマドレーヌ。
『——地獄へ』
手の中のものを力任せに捻る。
ジェイ・ロルトとしての最後の力で。
【パヴル・エルギュン、サフィーエ・サナル、ズィヤ・シムシェキ】
「……消えた?!」
3人は空間に目を凝らした。見えなくなったものを探して。
「やった!」
パヴルは勝ったと思った。
ジェイさんと赤い大蛇の激闘は、ジェイさんが大蛇を踏み潰して終わったかに見えた。それから、ジェイさんが翼を……コジャテペの爆発の時みたいに、黒い翼が閉じて、巨大な繭みたいになって。
空は晴れ渡っていた。太陽が真上で燦々と輝いていた。その光が、翼の繭を虹色に煌めかせていた。
「アリーだ!」
アリーが繭の上で旋回している。鳴き喚いて。
「……きれい……」
サフィはその美しさに茫然とした。
濡羽色ってよく聴くけど……あんな……あんなにキラキラして……デカい、バカでかい宝石みたい。アリーがくるくるまわって、その影が宝石に落ちて、まるでミラーボールみたいで……。
それが突然、フッと消えた。
「……え?」
「サフィ!」
ズィは駆け出した。化け物たちの戦場に向かって。走りながら叫ぶ。
「サフィ、来てくれ!ジェイを助ける!パヴル、アジルを!救急隊を!急げ!」
ジェイ。ヴェシレは生きてる。
だからおまえも……生きていてくれ。
腕時計を見る。12時34分。




