17 セカンド・チャンス
【2025年12月5日夜 トゥールーズ、ホテル・デュー・サン=ジャック】
「プロポーズ?!」
ヴィとジェイは、サフィの放った言葉に驚愕した。意味がわからない。
サフィが拉致された!とギュネルが大騒ぎし、ディルシズや警察総出で大捜査線が引かれていた最中に、サフィはふらっと帰ってきた。お腹空いたからご飯食べに行ってた、と。
翌日一杯かけた執行官直々の事情聴取もどこ吹く風、その後は監視付きだけど日常に戻り、仕事もシフト通りこなして、今日。サフィは休みで、マドレーヌがお風呂に入るタイミングで、やっとスペクルムができた。久々に4人揃って。
『なんかさ。目キラキラさせちゃってさ。死ぬまで一緒にいてくれ、だって。プロポーズだよね?どう見ても。マジビビった』
「そ……そう。で?まさか——」
『いやいやいや。フったよ秒で。タイプじゃないしありえん』
『サフィは仕事一筋だしね。ないない』
「……パヴルくんは……いいの?」
『ん?僕?いいの、とは?』
「いや……いいんなら、いいけど?」
『あー、僕とサフィは付き合ってるわけじゃないから。ね?』
『そうそう。あたし達、ダチだから。親友?てやつ?』
それは前から知ってはいるけど。わたしにはわかんない。
『でさ。あいつなんか落ち込んじゃってんの。ウケる。かわいそうだから飯代はあたしが払った。で、1人で帰ってきちゃったってわけ。そっからがもっと大変でさー、あのカンカンギュネル。またローヤに入れられるのかと思ったよー!』
「クソキザ……モローのことは?」
『えー?言わなかったよ?かわいそーじゃん?あたしにフラれてぴえん、捕まっちゃったら鬼ぴえんじゃん?お店に放置してきたから、その後のことは知らんけど』
そんな話が通る?……通るか。クソキザがロクツィオ使いまくれるなら。それに……ガスパール。フランクの副領事がいる時点でギュネルは手が出せない。やっぱり、モローも敵ってことか。サフィが無事で、ほんとに良かった……。
「そのレストランには監視カメラは?」
ジェイが珍しくまともな質問をした。珍しく真剣な顔つき。
『カメラはあるよ。僕もよく行くけど。でも……ロクツィオ使えば、カメラも無効にできるよ。カメラというか、お店の人を操作してデータ消させればチョロい。データ消えてる時点で疑いは残るけど、証拠は残らない』
証拠。人間たちは証拠がないと何も出来ない。それが彼らの法である以上仕方がない。サマエルは人間の法など全く気にしないはずだが、それを熟知し、利用している。
かと思えば、サフィに対する言動とかは全く合理的ではない。
あのサマエルが。
らしくない。おれがよく知っている、実直で、己の使命に厳格な、死をもたらす天使が。
誰かがいる。サマエルの背後に。ガスパールと行動しているということは……やはり、アヴィエルだ。サマエルが転生してくる理由が、他にはどうしても思いつかない。
アンジェリック・ヴェスパーはホテルのサロンでくつろいでソファに座り、レモンバーベナのティーカップを置くと、背もたれに身を預けて瞼を閉じた。
『——マドレーヌがもう出てくる。またね』
ヴェシレ・クルチュが、片耳のイヤホンの中で言っている。
これはサラの仕事だったが、入院した上失踪した。お嬢様は気にも留めていない。しつこくお伺いしたらマウティの意識を探ってらしたが、暖かくて暗いところ、としかわからないらしい。
お嬢様は何を考えていらっしゃるのか。温室で失敗したとはいえ、あのままモンセギュールに行っていれば計画通りだったのに……あの日がまだ先のことだからか、悠長に時を過ごしている。お咎めしたくても、ヴェシレ・クルチュに密着しているせいで……お着替えの時くらいしか機会がない。
焦っても仕方がないのはわかっている。お嬢様——アヴィエル様あっての私なのだから。
モロー……モローも悪魔だと、気づけるはずもなかった。どうしたものか。お嬢様はそのことも、さして気にしてはいない。全てお見通しなのか、私も知らないことがあるのか、それとも……いつもの気まぐれか。
今は、こうして状況を把握し、待つことしかできない。お嬢様の……気まぐれを。
この年、トゥールーズの冬は穏やかに始まり、季節はゆっくりと移ろっていった。平野部では雪は降らず、ピレネーの雪冠も遅れていた。
だが、冬は必ずやってくる。
【12月10日 トゥールーズ、ホテル・デュー・サン=ジャック、アトリウム】
「よし、じゃあ外すぞ」
ジェイは膝の上のアリーを撫でながら、首につけていたエリザベスカラーを外した。
アリーの翼は、遠目にはほぼ元通りに見えた。抜羽が必要だったのは2本だけだったし、その2本も羽軸はもう伸び切っていた。だがまだ羽根というよりは毛の生えたストローという感じで折れやすく、風がある外では羽ばたくのも危険だ。今朝、ヴェテリネール・デNAC病院で、無風の屋内でなら飛翔を再開して良いと診断された。
透明なディスク型のエリザベスカラーを外すと、アリーは少しの間、ジェイの膝の上で翼を広げ、それをじっくりと観察した。
なにこれ。新しく生えた羽根はまだ羽根じゃない。骨。かっこわるい。白くて透き通ってて、赤い筋が見える。気持ち悪い。
翼を動かしてみる。痛くはないけど、空気を掴む感じが弱い気がする。
20日ぶりに羽ばたく……飛べる。飛んだ。ゆっくり。普通に羽ばたくと左に傾くから、右翼の力を少し抜いて合わせる。これなら真っ直ぐ飛べる。ゆっくりだけど。
ざまあみろ。あのヘビ怪獣。今度あったら絶対復讐してやる。次こそ急降下突撃であの四角い頭を——
(アリー!)
怒られた。
「アリー、上手!上手ですわ!」
マドレーヌが手を叩いて喜んでいる。ジェイは少しほっとする。
アリーはアトリウムの天窓の下まで飛ぶとそこに留まった。目を閉じてアリーの視覚映像や聴覚を確認する。問題はなさそうだ。監視カメラや盗聴器としてなら。
「いけそうだ」
「ほんと?もう様子を見なくて大丈夫?」
ヴィも心配そうだが、本心では早く動き出したくてうずうずしているのはわかっていた。
「よかったですこと!では行けますのね?」
皆、早く行きたがっている。手遅れになる前に。
「じゃあ……明日。明日朝いちで、出掛けよう」
「明日ですか……天気予報があまりよろしくないですが——」
アンジェリック・ヴェスパーがiPortaを触りながら言った。
「——まあ、まだ大雪にはならないでしょう」
早く行きたがっている理由はこれだった。雪。この時期、山は雪に覆われる。もちろん、ピレネーも……そして、その中腹にある、モンセギュールも。
【同日 アンキュラ、ジェベジ駅前、サフィ自室】
ピンクのシーツで、羽毛のピンクのヨルガンをピンクの頭まで被り、ピンクの枕で、サフィは勤務明けの惰眠を貪っていた。
ピンクの空にピンクの雲。おひさまもピンク!全部ピンクだ……さすがにくどくね?ふわふわ。ふーわっふわー。なんだこの夢。あたしこんなキャラじゃないし。あーてか、夢だこれ?メイセキム?メイセキムってなんでもできるんだよね。なにすっかー。
JJが飛んでる!VVちゃん抱っこして。ヤバい。供給……あー夢か。夢なら自給?いやそれでもヤバい。
いいなーVVちゃん。飛べて。カラス。カラス?ピンクだ。ピンクのカラス。
なんかコツコツしてる。ピンクのカラスが。コツコツ。コツコツ。んー。まだ眠いんですけど?うるさい。コツコツ——
——コツコツコツコツ。ん?……あれ?空……ピンクの……空じゃない。うちの天井じゃん。
コツコツ。は?
窓から聞こえる。ピンクのカーテンの向こうから。ベッドから出て、ピンクのパジャマの裾を直しながら窓へ。
カーテンをシャッと開けた。
顔。
カーテンを閉める。
……え?覗き?ヘンタイ?てかここ4階ですけど?パジャマは……ちゃんと着てるな。よし。
カーテンを……開けた。
「なんだこらーッ!」
笑ってる。白い歯。えええ?
手を振ってる。ざけんな!
「|Bonjour, ma belle《おはよう!美しい人》!窓開けてくれない?」
なんだこいつ……ニコニコして両手を振って。落ちない。浮かんでる?……翼?なんか後ろでバサバサしてると思ったら、翼かあれ。速すぎてわからんかった。灰色だ。JJと違う。
わかった夢だこれ。まだ夢。なあんだ。びっくりした。
窓を開ける。夢だし。
風。さむ……くはないな。あったかい風。冬なのに。さすが夢。
「なんなん?なんか用?てかフラれて夢まで出てくるってどんだけだよ。しつこい」
「夢?そうか夢か。それなら、どうかな?一緒に空飛んでみる?」
「飛べんの?ふーん。いいよ。抱っこして」
クソキザフランクが両腕を伸ばしてくる。あたしは抱きつかれる。てかこいつ裸?んー。ヨッキュウフマンだったか?あたし。まあ夢だし。やろうってわけじゃないし。
風。風がすごい。なにこれ。待って待って!
……きもちい。
「で?なんなん?」
「ああ。さよならを言いにきた。もうすぐ死ぬかもだから」
「はあ?さよなら?自殺すんの?一回フラれたくらいで死ぬなアホ。そんなんじゃシアワセになれないよ?」
「はははっ!いい事言うね」
風。青い空。白い雲。雲って近いと白くないんだ。
「いや笑ってんじゃねーし。諦めてんじゃねーよ!あんたそういえばさ、ロク……ロクツィオだっけ?できんでしょ?あたしにやればいんじゃね?そしたら言う事聞くじゃん」
「うーん。それじゃダメなんだ。あなたにはロクツィオはしたくない」
「は?……なにそれ」
風。冷たいけど熱い。こいつの身体か。すごい熱じゃん。
「あんた。熱あるよ。大丈夫か?もういいからおろして」
「熱?ああ、大丈夫。これが普通だから。でも降りよう」
「無理したらだめだよ。熱あるときは休め!それとも恋の病か?なんちて」
「恋?……ああ!やっとわかった。あなたがなに言ってたのか。なんで断られたか。そうか……」
「は?」
「勘違いさせたようだ。悪かった。俺たちには、そういう感情はないんだ」
「……なに言ってんの?」
「恋の病か!はははははっ!」
……。やっぱこいつ変。
ウチの窓のとこまで降りた。窓の桟に降ろされた。うわ、外から見るとサッシとか汚い!掃除しなきゃ。なんかSの字に見える。
風。ブワッと。あれ?あいつどこいった?消えた。
まあいいや。夢だし。
変な夢……
……きもちい、夢。
【同日 アンキュラ、フランク領事館】
サマエルは中庭に、右足からストンと着地した。もう全く痛みも違和感もない。完治していた。
スタスタと歩きだす。灰色の羽根が一本抜けて舞い落ち、それが芝生に触れる寸前にスッと消える。翼をしまったから。
「お帰りなさいませ、モロー様」
執事がうやうやしく一礼し、ガウンと冷たい水の入ったグラスを差し出す。羽織りながら、水を一気に飲み干した。
「本国から、お荷物が届いております」
執事が小さな箱を差し出した。所持品返却、と書かれたラベルが貼ってある。受け取って開けると、鉢植えが入っていた。
「ああ……スコップないかな?」
「……スコップ、でございますか?どのような?園芸用のでよろしければ、そこに——」
執事は中庭の花壇の傍らを指し示した。
「ありがとう」
花壇の一角に、小さな紫色の花がたくさんある。
「この花は、ローズマリーだね?」
「よくご存知で」
園芸用の小さなスコップで、ローズマリーのすぐ脇の土を掘り、そこに鉢植えの土をあけて埋め戻した。ブラーミニメクラヘビの遺骸は、もう土と見分けがつかなかった。短く祈祷して、空の鉢は執事に渡す。
「これはもういらない。副領事は?」
「旦那様は、執務室にいらっしゃいます」
空の鉢を手にして首を傾げている執事を中庭に残し、螺旋階段を一段飛ばしで軽快に3階まで駆け上がる。
「起きろ」
ガスパールは執務室のソファで、だらしなく涎を垂らして居眠りしていた。
「モ、モロー……待っていた」
「報告」
「……はい。マドたちは、明日モンセギュールに行く」
「それはさっき聞いた。詳細は」
「王室の……車で。マド。アンジェリック。ロルト。ヴェシレ」
「1台でか?仲良くなったもんだな」
「マドは……あの方は、上手くやってらっしゃるから」
「宿泊は?まさか城じゃあるまい」
「城……モンセギュール城は、廃墟だから……観光用に整備されてはいるが、トイレもないし。村の……クレデンテス宿舎に泊まる。新築だから、マドも不満はないだろう。Wa-Foもある」
「ペルフェクタスってのはどこに?」
「イザベル……あの婆さんは元シスターだからな。そのままモンセギュール教会に住みついてる。我々が接収して、十字架とか全部取っ払った。鐘も鳴らない」
「イザベル。どんなやつだ」
「あっちじゃ有名なキチガイババアだ。見た目は雰囲気あるぞ?ただの痴呆老人だが。ダミーとしてはアカデミー賞ものだ……ヒェッヒェッヒェッ……」
ガスパールは変な声で笑い始めた。壊れ始めている。ロクツィオをやり過ぎたか。
「飛行機を頼む。お前は寝てろ」
「飛行機……ダッソーはもう待機してる。私は……行かないと。アンジェリックが……」
「……そうだな。一緒に行くか。荷物を運んで貰おう」
こいつは役に立った。最期に娘に合わせてやろう。ヘビクイワシの飼育係が問題か……俺が帰れなくなる可能性も高い。こいつの運転手にやってもらうか。職を失うんだからちょうどいい。それとも……。
計画が大幅に前倒しになった。臨機応変にやるしかない。
あの日まで待つと思っていたが……アヴィエル。
【同日夜 トゥールーズ、ホテル・デュー・サン=ジャック】
『また胡蝶蘭?』
「うん。こないだよりいい株があったんだって」
今夜、マドレーヌがアンジェリック・ヴェスパーと、急に出かけた。胡蝶蘭の個人栽培家のところへ。おかげで、またパヴルたちとスペクルムができていた。
『さすがマドちゃん!貴族パワー』
パヴルがメッセージを書いた。
パヴル:怪しくね。急に2人で。罠
ヴィ:罠?どういうこと?マドレーヌは心配
パヴル:盗聴器。重要事項は文字で
ヴィ:OK サフィ:OK ジェイ:OK
「うん。貴族パワーだね!」
『明日?どこ行くんだっけ。モ……モンスター?』
「モンセギュール。昔、カタリ派が滅亡したお城」
「お城?マジ?すごくね?」
「サフィが想像してるような綺麗なお城じゃないよ。石壁とかがあるだけ」
ヴィ:リンク【モンセギュール城】
「さん……」
サフィ:やべ
「……サン・ピエトロ城?それローマじゃん。あたし達フランクにいるんだよ?」
パヴル:ナイスフォロー
サフィ:ごめんあたしムリ
ヴィ:大丈夫。サフィはいつも通りでOK
パヴル:うんカモフラになる
「あの……さ。変な夢見たんだけど。聞いてくれん?」
パヴル:? ヴィ:?
「夢?」
「うん……クソキザが夢に出てきてさ」
「え?サフィの夢に?」
パヴル:大丈夫かな?これ
「そーなの……変な夢でさ……でも……なんてゆーか……」
「おや?サフィさん?なんか照れてます?」
「はあ?パブちゃん!なんそれ!照れてるわけ——」
ヴィ(DM):ジェイ。なんか書け。それか喋れ
ジェイ:?
ヴィ(DM):モロー。サマエル。大丈夫なの?サフィは
ジェイ:大丈夫とは?
ヴィ(DM):いや待って。抱っこ?空飛んで?
「——それでさ?なんかあったかくってさ——」
ヴィ:おいおい
ジェイ:?おれ達が飛んだら熱出るの知ってるよねヴィは
「——でさ、さよならとか言われてさ!なんそれ!死ぬかもとか!ばかじゃん?あたし、そんなこと言われたら……」
パヴル:サフィ?夢だよね?
「あーサフィ?夢なんてそんなもんだよ?私もよく、見るんだよねージェ……あ、いやなんでもない」
「VVちゃん!その話!もっとちょうだいっ!」
「えー?嫌。てかなんか疲れちゃった。今日はこの辺にしとこ?また明日」
ヴィ:やっぱり音声やめよ。続きは文字のみで
パヴル:OK ジェイ:OK
サフィ:…………
サフィ:なんかごめん
ヴィ:サフィ違う!サフィのせいじゃないから
サフィ:ありがとVVちゃん
パヴル:それほんとに夢?
サフィ:は?
ヴィ:その話はもうやめよ。それかおふたりで。
ジェイ:パヴル。ペルフェクタスのことわかった?
ヴィ:そうそう、そういうの
パヴル:ペルフェクタスね。いちおね。シスター・イザベルって人らしい
ヴィ:シスター? ジェイ:シスター?
パヴル:ヴェシレさんだって元シスターでペルフェクティ。あとシスター・ダフネ
ヴィ:あーそういうこと
パヴル:オカルト界では有名だった。最近見てなかったから知らなかった
パヴル:なんかヤバい婆さんみたい。狂信的な感じ?10年前くらいから急に変になったらしい
ヴィ:10年前。A.A.A.の始まりと一致。K.K.は最近だけど。フランクでは10年前から流行ってたらしい。ケイトから聞いた
パヴル:そうみたいだね。それだけで本物かはわからんけど。教会に住んでるらしい。モンセギュール教会。明日宿泊どこだっけ?
ジェイ:オカルト界とは?
ヴィ:クレデンテスの宿舎だって。ホテルみたいなとこ。インウェニ・ハリタ見たけど、綺麗なとこ
サフィ:いいなー綺麗なホテル
パヴル:あー見つけた。教会すぐ近くだ。
ヴィ:そうか。じゃまずそこからかな
ジェイ:オカルト界とは?
パヴル:ペルフェクタスはでも人間だよねヤバくても。サマエルはどうなの
ジェイ:…………
ヴィ:いいよゆっくりで。ズィよりマシ
サフィ:さまえる?誰それ?
パヴル:モローのこと。あんたのかれぴ
サフィ:パブちゃん!
ジェイ:サマエルはこういうことしない
パヴル:キャラ崩壊?解釈違いってこと?
ジェイ:…………
サフィ:サマエルってクソキザの本名?
ヴィ:本名というか
ジェイ:サマエルはともかく、やっぱりアヴィエルだ
サフィ:アヴィエル?なんそれ?
パヴル:ジェイさん。ゆっくりでいいからまとめて書いて。ジェイさんたちのシステムというか転生とか顕現について
ヴィ:わたしがジェイから聞いた話だと、転生は受肉、顕現は実体なし
パヴル:うんそれはわかる。顕現は天使だけ。アヴィエルは天使。ここまでOK?
ヴィ:OK
パヴル:10年前2015年の、気になる出来事がまだあって
パヴル:ガスパール夫人。アンキュラで療養してて最近亡くなってるのは事実なんだけど2015年に腎臓移植してる
ヴィ:ほんと?
パヴル:ファクト。ドナー待ちだったのに急に順番飛ばしてね
サフィ:フランクだよね?よくある話だわ
ヴィ:そうなの?ローマだと倫理委員会とかあるんだよね?詳しくないけど
サフィ:フランクはかなり合理的。マッチング次第で順番変わるよ。患者の容態でも変わる
パヴル:そうなんだ。じゃこれはたまたまか
パヴル:アンジーがその時一回退職してるのもたまたまかな。一年後に復職してるけど
ヴィ:待ってそっちの方が重要かも!
パヴル:どうかな?単に契約満期だったみたいだけど。それよりアヴィエルは顕現なのか転生なのか
ヴィ:やっぱりアンジーかも。依代になったんじゃなければジェイにもわかんないかもだし
サフィ:転生ってさ。死んだ人の体に入るんだよね?
パヴル:正解
サフィ:じゃあ死んだ人は誰?
ヴィ:そうそれ。それがわかんない
パヴル:うん。死んですぐじゃないと腐るからなんだよね。だから記録には残らない
サフィ:え?じゃあじゃあ、あたしかもしんない?
パヴル:いやさすがに自分が死んだかどうかはわかるだろ
ジェイ:サマエルは真面目で厳しくてすごく強い。信用できるし曲がったことは嫌い。裏切らない。戦友。頭がヘビだけど。灰色。ブラックマンバはサマエルの使い魔じゃない。遠くから指示できない。アンキュラにいて怪我してたみたいだから。アヴィエルはサマエルの妹で、サマエルはアヴィエルを心配してたけど人間のいう心配とは違うかも。サマエルが転生したのはアヴィエルを探しにきたんだと思う。それ以外思いつかない。アヴィエルが転生してないならサマエルが来る理由がわからない。イザベルは可能性ある。もしそうならアヴィエルの目的はなにか。いにしえの琥珀を広めてどうするのか。わからない。
パヴル:キターーーーー
サフィ:頭がヘビってなん?
ヴィ:アヴィエルのことそれだけ?
パヴル:怪我について。ジェイさん達て死ぬ?
ジェイ:…………
ヴィ:うんゆっくりでOK
サフィ:頭がヘビについて詳しく
パヴル:ジェイさん心臓悪いよね
ヴィ:ジェイは一回死んだの。いや2回か
パヴル:ごめん
サフィ:頭がヘビ
ジェイ:頭というか髪の毛がヘビ。灰色で目がない。太い。長さは髪の毛としては普通だけどヘビとしては短め。牙はあって噛まれると痛い。毒はない。依代は死ぬけどおれ達は死なない。帰るだけ。またすぐ来れる。違う人になるけど。だからアヴィエルが誰かわかったら話し合う。殺しても先延ばしになるだけ。
サフィ:太い?短め?
パヴル:なるほど。死なないとなると
サフィ:毒ないんだ。かわいくね?
ヴィ:話し合う?
サフィ:なんか想像したらヤバい。かわいい
ヴィ:アヴィエルてどんなやつ?
ジェイ:………………
サフィ:サマたん写真ない?見たい
パヴル:待ってジェイさん男だよね。アヴィエルは女?依代も?
ヴィ:いやアヴィエルが女とかどうでもよくね。話し合うとか
サフィ:サマたんていくつ?
ジェイ:写真はない
サフィ:そっかーじゃ今度ツーショ撮って送るね!
ヴィ:アヴィエルのこと聞いてんだけど
パヴル:うーんカオスw
サフィ:サマたんどこ住み?アンキュラ?
ヴィ:早く答えろ
ジェイ:アヴgデルは赤い大蛇。下半身が。翅が小さいから飛べない。あまり話したことない。よく知らない。サマエルはいつも心配というか怒ってた。ちょっと変わってるとか言ってた。グリゴリ。人間を観察するのが使命。サマエルの使命は人間に死を宣告すること。今は使命は関係ない。堕ちたから。地獄に住んでる。
ヴィ:よく知らない?ふうん。
サフィ:ちょ!やっぱコワイやつじゃん!
パヴル:なるほど。観察者か。
ヴィ:下半身ヘビ。上半身は?顔は?
サフィ:あでも使命?仕事か。それならしゃーないか。ツラたんなお仕事。サマたんエライ
ヴィ:顔は。答えろ
ジェイ:顔。普通?転生してたらその依代の顔だぞ?
ヴィ:そんなのわかってる!あーもう寝る
——ヴィはログアウトしました——
サフィ:わかるなーマジで。使命かー
パヴル:うーんそうだね。この辺でお開きにしとこう。おやすみ
——パヴルはログアウトしました——
サフィ:あれ?どしたんみんな
ジェイ:サフィ。サマエルのことは忘れろ
サフィ:は?
サフィ:なんそれ
サフィ:こんな超絶激アツ話ぶっこんだくせに忘れろ?
——ジェイはログアウトしました——
iPortaの画面を消した。ヴィがいない。トイレか。
サマエルがサフィに構うことはもうないだろう。この転生を維持できたから感謝した。たぶんそれだけだ。おれでもそうする。
アヴィエル。依代を殺せば、また次の依代を探すだろう。時間がかかる。都合のいい死はそうそうあるものではない。それだけでも意味はあるかも知れない。次の依代を見つけてまた同じことをするとしても、人間たちから見れば別人だし、信頼されない。それが目的なのかはわからないが。
それが問題だ。アヴィエルは何がしたいのか?サマエルは?
それを見つけなければ。
答えを。
【同時刻 トゥールーズ、ホテル・デュー・サン=ジャック、アトリウム】
「お嬢様、お待ち下さい。もう少しお話しがございます」
「——触るな!」
アンジェリック・ヴェスパーに腕を掴まれ、アヴィエルは一瞬、激怒した。だがその腕をふるうのは思いとどまる。アンジェリック・ヴェスパーの目が真剣だったから。
「——貴様。私のこの腕で吹き飛ばされる覚悟か。まあいい。なんだ」
アンジェリック・ヴェスパーが息を吐いた。長く。
「恐れ入ります。あちらで……少し、ラテでもいかがですか?カラスもいませんし、内密なお話がしとうございます」
「ラテか。よろしい」
サロンのソファに沈み込む。
「手短にな。明日は忙しいのだ。このボディが消耗する」
「承知しております。ですが……その明日のことで。計画は……ご予定通りでよろしいのですね?」
「ふん。そうか。心配してるのか?私があいつらに絆されてるのかと?」
「いえ、決してそのような……ただ……ええ、はっきり申し上げます。私は心配しております……お嬢様ではなく、私の理解が及ばぬばかりに。ふつつかで申し訳ございません」
人間め。本心を表に出さず、私の顔色を伺って……恐れている。
それでよい。
「心配はいらん。明日は、兄上とも会えるしな」
アンジェリック・ヴェスパーの顔色が変わる。驚いたか。言ってなかったからな。
「……お兄様、でございますか?」
「そうだ。ガスパールを使って招待した。800年ぶりだ」
「そ……それは……お喜びのことでございますね……」
「アンジェリック・ヴェスパー。お前は気にせんでもよい。むしろ、近づかない方が身のためだぞ?兄上は乱暴だからな。離れて見ておけ。宿の準備に専念しろ。明日はお前が一番忙しいぞ?皆が集まるからな」
「皆、が……かしこまりました。それで……計画は、どのように?」
「まあ見ていろ」
アヴィエルは腰を上げた。その振る舞いは、マドレーヌに変わっていた。
アンジーを振り返る。
「アンジー?は〜やくぅ。お風呂入りたいの。いきましょ?」
ダンスに誘うようにアンジーの手を取り、アンジーが立つと、ホールをスキップしながらエレベーターへ向かう。
「おねえさま!ジェイさまー!まだ起きてるかな?」
アンジェリック・ヴェスパーは慄いていた。
アヴィエル様。わからない。あの方が何をお考えなのか。兄?皆が集まる?
何も聞いていない。聞かなければ。
答えを。
【同時刻 アリエージュ県モンセギュール村】
彼らは待っていた。
明日を。
ぶ厚い雲が月や星を隠し、村の街灯も消えていた。だが上空から俯瞰すると、家々の灯りはまだいくつか残り、仄かに明るい。
サマエルはその直角三角形の村を、数百メートル上空から見降ろしていた。
ダッソーでカルカッソンヌ・サルヴァザ空港に降り、装備を身につけて翼で50分、ノンストップで飛翔してきた。その運動量で体温は上がっていたが、汗はかいていない。この高度では気温は氷点下だった。
直角三角形の村の直角の部分にサマエルとガスパールの宿泊先のコテージがある。サマエルはまだそのコテージには降りていなかった。雪が降らなければ、外で寝るつもりだった。その為のビビィ・サックや防寒シュラフもある。その場所も決まっていた。
コテージにはサマエルよりひと足遅れてガスパールのレンタカーがちょうど着いたところだ。ガスパールは2人分の荷物をふらふらしながら運び込んでいる。
コテージの前の通りは、東に真っ直ぐ伸びて三角形の二つ目の角に達する。そこには大きな古い石造りの教会があった。
ペルフェクタス・イザベルは、その教会の礼拝堂で冷たい大理石の床に跪き、かつて祭壇だった場所の上の数本の燭台のゆらめく炎に向かって祈っていた。燭台に囲まれた中心には拳大の琥珀が置かれ、蝋燭の炎をプリズムのように反射していた。節くれだった骨のような指を組み、ぶつぶつと祈りの言葉を呟いて。
外気温3℃、暖房のない石壁の礼拝堂は堂内でも外と変わらぬ寒さだった。修道衣の下にUSB電熱ベストとヒートテックの肌着を着込み、長くて厚手のローブを羽織っていたが、それでもまだ震えるほど寒かった。
イザベルは93歳にして、認知症以外の持病はなく足腰もしっかりしていたが、寒さだけは耐えられなかった。就寝前の祈りを2分で済ませると、イザベルはそそくさと暖房の効いた居室へと消えた。
教会から150メートルほど南西の村の中央の広場だった土地には、この古い村にはあまりに不釣り合いな真新しい3階建ての宿舎があった。クレデンテスの宿舎だ。その敷地の片隅に、教会の尖塔とそのさらに北にそびえる巨大な岩山を見上げている少年がいた。
トマ・ランベールという名のその17歳の少年は、一昨日『いにしえの琥珀』の送迎バスで両親とこの村に来て、クレデンテスになったばかりだった。
足元に小型の芝犬ほどもある茶色の毛の塊がうずくまり、細長い耳を小刻みに震わせて、トマが与えた大粒のペレットを食べていた。
ヤブノウサギ。一昨日、村に着いてすぐに近くの林で出会い、用意していたペレットなどで餌付けした、生後3ヶ月半ほどの若ウサギ。背中を撫でても気にせず食事を続けている。この2日でとてもよく懐いた。トマはヤブノウサギの毛皮の感触を楽しんだ。柔らかくて暖かかった。
トマは肩まで伸びた金髪をかき揚げてその澄んだ青い目で再び岩山を見上げ、そこに吸い込まれて行く大きな鳥の影を見つめていた。
サマエルはモンセギュールの城壁に舞い降りた。781年ぶりに。
旧石器時代からこの岩山はここにあった。古代ローマの人々も、天然の要害であるこの岩山を見晴台や監視所として活用した。12世紀に要塞化され、この城壁が造られた。そして1244年のあの日、あの女がここに立ち、250人のクレデンテスを地獄の窯へ呼び込んだ。
サマエルは翼をしまって装備を降ろし、左脇の特注ケースからPGMウルティマ・ラティオを抜き出した。その暗視スコープでモンセギュール村を覗く。
村までの距離は1000メートルを超え、350メートルの落差がある。7.62ミリサブソニック弾ではなく6.52ミリクリードムーア弾を用意し、超長距離用660ミリロングバレルも持って来ていたが、装着してはいなかった。
サマエルにとって距離は問題ではなかったが、ここから狙撃することは恐らくないだろう。明日の天気予報は雪。降雪の中ではこの距離の狙撃は不可能だ。サマエルを持ってしても。
ストックを折りたたみ、PGMウルティマ・ラティオを左脇から外した特注ケースに戻す。これは重いし嵩張るが、それも問題ではなかった。腰のホルスターにグロック、テントとシュラフをくくりつけたタクティカル・ブリーフを肩から下げて飛翔してきたが、その辺をジョギングでもしてきた程度にしか疲れなかった。
今夜はここで寝る。雪になったらコテージへ行けばいい。
サマエルは再び村を見降ろした。肉眼でもサマエルには建物の一軒一軒、その灯りのついた窓は見ることが出来た。村の中央のクレデンテス宿舎の窓の明かりも。明かりの消えた窓は、壁と同化して区別がつかない。
その明かりの消えた窓のひとつに彼女は立っていた。
彼女はペルフェクティだった。ペルフェクティは名前を捨てる。ここに来るまでは必要にかられてやむを得ず名乗ってきたが、今はもうその必要はなくなった。
ここに来るのはかねてからの望みだった。望みは叶った。もう何も隠すことも恐れることもない。
この村に来てからまだ日が浅かった。ペルフェクティがクレデンテスと生活を共にすることは琥珀の教えに反するが、左腕を三角巾で吊っていて不自由なこともあり、特別にこの宿舎でクレデンテスたちとの共同生活を許されていた。
愛するものに抱かれながら。お互いの愛を確かめ、分けあいながら。
ケイトでもサラでもなくなったペルフェクティのその黒い瞳に映っているのは、愛するものの顔ではなく、岩山の頂上のモンセギュール城の城壁だった。
彼女の視力は悪くはなかったが、1キロ先が見えるはずはなかった。ペルフェクティはただ漠然とモンセギュール城を見つめていた。
コーヒーカップを手にして。
明日は、再会の時。
真の神よ、感謝いたします。
私とマウティに授けてくださった。
2度目の機会。




