第六話 あなたがいた場所へ
── あなただけは幸せでいられますから
優しそうな青い目で、穏やかな口調で、セドリックを死に追いやったあの男はそうささやいた。
部屋に戻っても、ロランの声が頭の中で繰り返し響いて離れない。
「私が幸せに暮らせるですって……?」
シーツに指を深く爪立てる。
「セドリックがいないのに……幸せで……いられるはずがないわっ!!」
返して!!
優しいあの人の笑顔も、彼が作り上げてきた平和も、名誉も、……未来もすべて返して!!
あの澄ました顔に、そう怒鳴ってやりたかった。
あの男の罪を皆の前で暴くことができたのなら……!!
セドリックの仇がいるのに、わかっているのに手が出せない。
あの優しい人が、誰からも憎まれて死すら祝福されるなんて、あっていいはずがない。
悔しくて、悲しくて、
許せなかった。
だけど、一番許せないのは彼を助けられなかった私自身だ。
勝手に線を引いて彼とのかかわりを避けていた。
一度でも彼の手を取っていたら、あなたを救えたかもしれないのに……。
『次に来たら、返事をもう一度聞かせてくれよ』
彼はそう笑った。
また会えるって信じていた。
会いたい。
返事を伝えたいのに、彼はもういない。
泣いて泣いて、瞼が腫れるまで泣いて。
涙すらも枯れ切った。
気が付いた時には、もうすでに日が落ちて夜になっていた。
また、彼のいない朝が来る。
「あなたのいない世界で、生きていくの……?」
そう思ったとき、世界が崩れていく気がした。
かたん。
本の隙間から何かが落ちた。
足元に転がったのは、枯れたペオニアを栞にしたものだった。
── そんなに喜んでもらえるなら。来年も贈るとしよう
彼の笑顔が浮かぶ。
「来年もよろしくお願いしますね」なんて軽口をたたいた。
どうして、永遠に続くと思ってしまったの。
来年も花をもらえると。
また会えると。
当たり前みたいに思ってしまったの。
もう、来ないのに。
あの人はこの世界にいないのに!!
そのとき、記憶の中の母が私にささやく。
『あなたにも、命を懸けたいと思える人ができたら使いなさい』
思い出すのは亡国の聖女だった母が遺した回帰の言葉だ。
「レリヤ・リウラム。レリヤ・ガリアウム」
黒髪と黒い瞳、帝国人ではありえない姿を持つ私だからこそ使える。
私は枕もとの懐剣をつかんだ。これは母の形見だ。
『使えるのは一度きり。真実の愛のためにだけ。愛が偽物なら魂は砕け散るわ』
母の声が記憶の底からよみがえる。
母は帝国に来て父と出会い、愛を知ったと言っていた。
あの頃の私は、愛を尊く美しいものだと思っていた。
私はどんな愛を知るのだろうって、子供じみた憧れを持って。
こんな気持ち、あなたを失ってから知りたくなんてなかった。
あなたがいない世界、あなたが汚される世界にいたくない。
月光に照らされた刃が鋭く光る。
私はごくりとつばを飲み込んだ。
部屋の静けさがやけに重くのしかかり、息を吸う音さえ夜に溶けていく。
指先が震え、懐剣を落としそうになる。
だけど、
『それじゃあ、またな』
彼の笑顔。
彼の声。
笑った横顔。
それがよぎったとき、震えが止まった。
彼を取り戻せるなら、この命など惜しくない。
「セドリック……、今度こそ、あなたを守るから!!」
私はその短剣で胸を貫いた。




