第五話 あなたが奪われたもの
「これですべてございます」
寝室に執事が持ってきたのは、彼が犯したという悪事の資料だ。私は執事に命じてすべて集めさせた。震える指で一枚一枚読んでいく。
彼の罪とされる資料は、すべて集めさせた。
虐殺、拉致、奴隷売買、武器の密輸入。
読めば読むほど、吐き気がした。
どれも完璧に整えられていた。
完璧すぎるほどに。
ロランが皇帝になってから数日後、ようやく動けるようになった私は街に出た。
執事には止められたけれど、私はどうしても店に行きたかった。彼と過ごした思い出の詰まった場所へ。
彼が好んで使っていた机、彼のために生けた花、仮眠をとると言ってもたれていた椅子……。
目を閉じればあの空間が広がる。
もしかして全部が夢だったのではないかとさえ思う。また再び彼がいつもの顔で現れるのではないかと。 ずっと、友達として付き合っていくものだと思っていた。
だが、一歩、通りに出てみれば人々の笑い声が私を残酷な現実へと突き落とした。
「街道の大橋がようやく完成したぞ。これで遠回りをせずに済む!!すべてロラン皇帝のおかげだ」
違う、セドリックが考えたものだ。
みんなが通れるようにって。
「サオファン国の布地は手触りがいいわ。どの国も国交を断られているのにさすがロラン皇帝陛下よ」
セドリックが直接交渉したのよ。現地の言葉を覚え、習慣を覚えて王とともに酒を飲み、舟遊びをして信頼を勝ち得たの。
「下水路を設計されたのもロラン皇帝陛下でしょ? 疫病が減るらしいじゃない。さすがよね」
子供たちが死なないようにって、セドリックが現場に足を運んで設計したの。学者を呼んでね。
だけれど、彼の生きた証を誰一人知らない。
それどころか皆が歓喜に浮かれる。
「ああ、本当にセドリック皇子が死んでよかった!!」
そう喜ぶ人の声を聞くたび、私は胸が引き裂かれそうになる。
早く帰ろう。
そうでないと気が狂ってしまいそうだ。
私はぎりっと歯を食いしばった。
「帰るわ……」
もうここにいたくない。
私は護衛たちにそう言った。
早く屋敷に戻ろう。
路地をいくつか通り、大通りへ向かう途中に悲鳴が響いた。
男たちに子供が蹴られていた。
誰も止めないどころか、むしろ、その場から皆が逃げ出した。
私は駆けだして子供の前に立つ。
「ちょっとやめなさい!! 何してるのよ!!」
「なんだお前? 俺たちはロラン皇帝の右腕、バストン伯爵様の配下だぜ?ただで済むと思うなよ!!」
「それがなに?!狼藉を働いていい理由にはならないわ!!」
「馬鹿が、ここで俺がお前を殺しても罪に問われないってことだよ」
男たちは笑う。
「私はヴァルグレイス公爵家よ!!南部が黙っちゃいないわ!!」
私の声を合図に私の護衛たちが男どもを取り囲む。
だが彼らは、げらげらと笑い出した。
「ヴァルグレイス公爵家がどうしたって? 前の時代じゃ権力があったんだろうが、今はロラン陛下の時代だ。バストン伯爵さまの権力があれば南部だろうと怖くねえんだよ!!」
男の手が私に伸びる。
それを払ったのは私の護衛だ。
「公女様、お下がりください」
護衛たちが私を守ろうと周りを囲む。
だが、男たちはひるむ様子もない。
ヴァルグレイス公爵家の騎士団は強いが、奴らの言う通り、権力が変わった今はこの反撃が領地戦になりかねない。護衛たちが剣を抜けないのはそのためだ。
どう切り抜ければいい……冷や汗が額から流れる。
その時だ。
低い男の声が響いた。
「やめろ」
そう言って彼らを制止したのはいつか街角で出会った男だった。以前の平民のような身なりとは違い、豪奢な軍服を着こんでいた。
男たちは平伏し、いつかのように震え上がる。
「……子供の手当てを。この者たちは規定通り処罰しろ」
ロランはそう言うと、彼の後ろから若い騎士が男たちを引き摺り、また子供は抱き上げられて馬車に乗せられた。
「やあ、こんにちは。また会いましたね」
彼は私に微笑みかける。しかし、あのときのような柔らかさはみじんもなく、目はとても冷たかった。
私はこの男の名前を知っている。
帝国の第二皇子、ロラン・ヴィルラード・グランフェル。
この男だ。
あの人から、すべてを奪ったのは。
腹の奥が熱くなり、怒りがこみあげてくる。
激しくうねる激情のまま私は彼を睨んだ。すると彼は小さく笑った。
「まさかあの時のお嬢さんがヴァルグレイス公爵家の公女だとは思いませんでしたよ」
「……私も、まさか第二皇子殿下だとは思いませんでしたわ。いえ、今は皇帝陛下でしたっけ?」
今にも怒鳴りそうになるのを抑えながら、私は言った。
詰って、憤って、この男の罪を暴けることができたならどんなにいいだろう。
セドリックはこの男に殺された。
名誉を踏みにじられた。
許さない……許さない!!
それなのに、私は彼を睨みつけることしかできない。
彼はそれを見越しているかのように近づいてくる。
私の護衛たちに緊張が走った。
しかし、彼は剣を抜くでもなく、ただ一言私に言った。
「公女殿下、南部にお帰りなさい。そこで大人しくしていればあなただけは幸せでいられますから」
ロランは穏やかに微笑む。
その優しそうに向けられた目は底知れない闇を感じさせた。




