第三十二話 あなたに嫌われようが、構わないと思っていたの
豪華なドレスに身を包んだ貴婦人たちが話題に花を咲かせる。
毛皮のボレロを纏うのは、北部ならでは。
「そういえばご存じ? 北部支援に南部の公女が名乗りを上げたとか」
その話題に貴婦人たちは眉を潜める。
黒髪黒目の南部の公女は有名だ。
とても悪い意味で。
「ええもちろんですわ。いくらフローデンベルク公爵家が衰えたとはいえ、南部がしゃしゃり出るなんて、我ら北部をバカにするにもほどがありますわ」
「ええ、それに。ここだけの話。公女は黒髪黒目で、公爵と血のつながりはないとか……そんなどこの馬の骨ともわからない者に、北部を荒らされたくありませんわね」
そのときだ。
「あら、心外ですわ。わたくしは心底、北部の皆様のためにとやってまいりましたのよ」
大きくはないが、よく通る声が響く。
自然と人々は振り返る。
艶やかな黒髪、薔薇のような赤い唇。
北部の雪よりも白い肌。
長いまつげに縁どられた瞳は大きく、紫檀のように深い色。
魅入られたように、誰も目をそらせない。
「南部、ヴァルグレイスから参りました。エリーザ・ヴァルグレイスですわ。以後、お見知りおきを」
ふふっと笑う表情に、人々は圧倒された。
惚けた顔で声をかける者、呆然と見つめている者、失言にうろたえる者、様々だ。
その夜、北部の社交界で確実にエリーザ・ヴァルグレイスは支配者となった。
商人たちはこぞって、この美しく、また至高の金づるとなんとか縁を繋げようと足しげく彼女の住まう、メリーズ商会の館に通った。
「公女様! ぜひわれらが商会と懇意に!」
「いえいえ、我らこそが公女様にふさわしく!!」
「そうねえ。でも欲しいものならメリーズ商会が揃えてくれるもの。西の王国の上質な毛皮も、東の帝国のお茶もね」
艶やかな赤い唇でエリーザは微笑む。
南部の大商会メリーズ商会は、もともと北部でも名が通っていた。
そこへ公女がやってきて、さらに様々な商品が流通するようになった。
北部の商人からすればたまったものではない。
何が北部支援だ。
ただの乗っ取りじゃないか。この魔女め。
その中で、とある商人はひらめいた。
もしかして、この魔女なら。
あの商品に食いつくかもしれないぞ、と。
彼は日を改めてエリーザの下を訪れた。
「あら、また来たの? 代り映えしない商品だったら叩き出すわよ」
「こんどこそは、エリーザさまのお目に適うと自負しております。私はワイン商人でございますが、ワイン以外にも扱っておりましてね」
「へえ」
エリーザの目の色が変わる。
食いついたと、歓喜した彼は言葉を続ける。
「人を扱っております。これより北のノルドヴァン王国は奴隷制の国でして、見目好い剣闘士などは貴婦人方の人気商品でしてな。帝国では手に入れられない商品……エリーザさまのお好みにあうかと」
にやり、ワイン商人オズワルトは口角をあげた。
エリーザの眼光は鋭く、餌に食いついた獲物そのもの。
「……ええ、ほんとね。欲しかったわ」
「それはようございました!! では、どんなものがお好みでしょう? 髪や目の色、体躯までご指定いただきましたらご用意いたしますが」
「私が欲しいのはね。茶色で青い目。体躯は細身だけど鍛えている身体がいい」
「やけに具体的ですなあ。公女さまの想い人でしょうか?」
皮肉気にオズワルトは言った。この手の注文はよくあるのだ。
「想い人? そうね。脳裏に焼き付いて一度たりとも忘れたことがないというのならそうかもしれないわ。だから連れてきなさい。青い目、茶色の髪の……第二皇子ロランをね!!」
エリーザは獣の咆哮のような怒鳴り声を上げた。
その気迫に驚いて、オズワルトは尻もちをつく。
「ひ、ひ……」
「お前が……第一皇子殿下の夜会でワインを卸した商人だということは知っているのよ。オクタヴィアとつながっているわね? お前の背後にいるのは……あの男。ロランでしょう?」
「ひぇ……」
「お嬢様」
「なに、リディア。私は今、気が立っているわ」
「相手が気絶していますよ」
言われてみれば、泡をふいて倒れている。
「……しょうもない男」
「お嬢様の気迫が恐ろしすぎたんですよ。さすがヴァルグレイスの血筋ですわ。氷の魔将の公爵様、氷刃の公子のお兄様にひけをとりません」
ぱちぱちっと小さく手をたたき、リディアは優雅な笑みを浮かべて称える。
「ロランが関わっていると思うと、どうしても目のまえが真っ赤になって……カーってなっちゃうのよね」
「それほど、恨みが強いということですわ。この男は尋問官に処理させましょう。裏のつながりまできっちりと吐かせてみせますわ」
「お願いね」
エリーザはふうっとため息をついた。
もっとうまくやるつもりだった。
けれど、あの男がオクタヴィアの暗躍したセドリックの夜会に関係すると知ったときから、腹のあたりが熱くなった。
北部にきた目的は支援だけではない。
ロランの資金源を断ち、失脚させる証拠を集めるためでもある。
けれど、どうにも恨みの方が強い。
下手をしたら、短剣片手に暗殺しに行きかねない。私自身が。
「リディアがいてくれてよかったわ。冷静になれるから」
「うふふ。お役に立ててうれしいですわ。お嬢様」
ロズベルク侯爵家のリディアがエリーザの侍女になったのは、北部に行くとエリーザが表明したすぐ後のこと。
南部の足場を固め終えたリディアは、エリーザの側に行きたいと申し出てくれた。
『申し出は嬉しいけれど、地獄を見るかもしれないわよ?』
『ぜひ、お嬢様の隣で一緒に見させてくださいませ』
毅然と言い切った彼女の強さにエリーザは大笑いした。
気品と度胸、この二つを持つ女は中々いない。
エリーザはリディアが淹れてくれたコーヒーで一息を入れた。
豆は自分で配合したものだ。
セドリックはこれも好きだった。
けれど、配合を変えた時は、『前の方が好みだなあ』と顔をしかめた。
彼は今どうしているだろう。
北部の社交界の乱痴気騒ぎは帝都にも届いているはずだ。
オズワルトを釣るために派手に振舞い、噂に尾ひれも付けて流した。それこそ、生真面目な彼が眉を潜めるようなものまで。
『前の君の方が好きだった』
脳内でセドリックが、辛そうな顔で言う。
そう言われても仕方のないことをしているし、『嫌われる覚悟』はすである。
けれど……鮮明に思い出すのは、別れ際に見せてくれた顔だ。
エリーザを惜しんでくれた彼は、真偽を確かめようと動くのではないか。
そこで初めてエリーザは、綿密に立てた計画のほころびに気づいた。




